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1941~反撃の狼煙~3

オアフ島上空 日本軍第三次攻撃隊。

 第一次攻撃の時点で四百機以上いたその機数は、すでに三百機前後まで減っていた。消耗率は二十五パーセント超。間違いなく大損害である。

 無論、その全てが撃墜されたわけではない。連続する出撃に機体が耐えかねて故障したものもあるし、帰還はしたが損傷が激しくて再出撃不能とされた機体も多い。生き残った搭乗員の疲労も限界に達している。

 だが、これまでの出撃で彼らが未曾有の大戦果をあげたのは間違いなく、その名誉を支えに、搭乗員達は今日最後の出撃に臨んでいた。


「しかし、妙だな…」


 これまでの戦いを無傷で生き残り、今回も指揮を執っている淵田は怪訝そうな表情を浮かべていた。

 真珠湾に大型艦がいない。

 その事は第一次攻撃で軍港上空を通過した時に明らかになっていた。

 司令部では、条約型の旧式戦艦と近年就役した新鋭戦艦が、合計で六隻前後停泊していると見積もっていたのだ。そのために、水深の浅い真珠湾で使用可能な浅沈度魚雷を開発したのだ。

 だが、湾内にいるのは巡洋艦以下の補助艦艇に限られ、その巡洋艦も多くは旧式かドック入りしているものだった。

 そのため、第二次攻撃で使用予定だった魚雷は使用されず、低空からのトス・ボミングで仕留めていた。

 悲惨なのは敵飛行場だ。

 第一次攻撃の際の撤退方位から、当初は民間飛行場と思われた飛行場がいくつか軍用になっている可能性があり、対艦攻撃の必要性が薄れた航空隊は集中的に爆撃を加えていた。

 淵田の眼下には、島全体を飛行場として整備されているフォード島が見える。飛行場の周辺施設は彗星隊がばら撒いた小型爆弾の雨を食らって今も激しく炎上を続けているし、滑走路は、淵田を含む天山隊が大型爆弾の集中砲火を行い、二か所にまるで巨大な斧を叩きつけられたかのような大穴を穿たれ、三つに細胞分裂している。

 だが、大型艦がいない事実に、淵田はうすら寒いものを感じていた。


(連中、この攻撃を分かってたんじゃ…)


 考えてみれば、アメリカ軍がこの攻撃を予期していた可能性は十分にあった。当初は気休めのつもりで偵察隊がばら撒いたチャフに、敵は迅速に対応し戦闘機隊を差し向けて来た。湾上空に到達したとき、すでに艦艇は動き始め盛んに対空砲を撃ってきた。飛行場の敵機はほとんどが偽装され発見を逃れようとしていた。

 それでも勝てたのは、こちらの戦力が相手を大幅に上回っていたからに過ぎない。もし相手が、後二百機航空機を配備していたらどうなったかわからない。

 なら、そのぶんの戦力はどこに…。

 その時、淵田に部下からの報告が入った。


「隊長、やはり真珠湾にめぼしい目標はありません。攻撃を第二目標に切りかえる事を具申します」


 第三次空襲では天山の装備は、二百五十キロ対地徹甲爆弾を二発搭載している。すでにめぼしい艦船は撃沈し尽くし、後は対地攻撃を行うだけだからだ。

 一応、有力な敵艦がいるようならそちらを優先することになっていたが、いないようなので第二攻撃目標である燃料タンクの攻撃に移る。火災による煙が攻撃の障害になるので、ここまで一切の攻撃を行っていない。

 本来なら、燃料タンクへの攻撃は艦隊の艦砲射撃で行う手筈だったが、真珠湾上空への侵入直前、艦隊司令部からの指示で変更がなされた。

 怪訝に感じた淵田が理由を尋ねても、返事は得られなかった。


(一体何があったんだ…)


 その時、編隊が軍港の上空に侵入を果たした。

 対空砲を警戒するが、すでにほとんどが破壊されたようで、飛行場を襲撃している編隊が散発的に砲撃を受けている程度だ。


「よし、各機爆撃態勢!」


 無線に叫ぶと、淵田は爆撃照準器を覗き込む。

 搭載されている照準器は工藤技研製の『特式爆撃照準器』高速ジャイロで水平を保ち、自機の速度を自動で計算に組み込んで照準を補助する最高機密の装置。高価なため一部の指揮官機にしか搭載されていない。


「ちょい右」

「ちょい右了解」


 照準を合わせる淵田の声に従い、操縦士が機体を操る。

 眼下には、巨大な艦船用燃料タンクがたむろしている。


「よし、そのまま直進」

「直進了解」


 装置ではさすがに横風の影響まで計算に入れる事は出来ない。事前に投下した観測弾の軌跡を読んで照準に反映する。後続の機体は淵田の爆撃にタイミングを合わせて一斉に投下する。責任は重大だ。


「投下、今!」


 照準器の十字と目標が重なった瞬間、淵田は投下索を引いた。

 次の瞬間、重量物の投下で跳ね上がる機体。

 それを感じながら淵田が背後を振り返ると、編隊の各機は全機が無事に投下を終えていた。再度照準器を覗くと、急速に小さくなる爆弾の姿が見えた。

 投下から着弾まで数十秒。全員が、息をのんでその瞬間を待つ。

 一瞬、目標のタンクが膨らんだように見えた。


「…!」


 次の瞬間、タンクは炎の塊に代わる。同時に周囲に多数の爆弾が着弾、破壊の嵐を撒き散らす。

 僅か数秒で、タンクのあった付近は火の海と化していた。存在が予想される地下タンクの破壊に成功したかは定かでないが、甚大な打撃を与えたのは間違いなかった。

 遠くを見ると、ダイヤモンドヘッドが爆炎を上げていた。あちらの攻撃部隊は、新型の対地貫通爆弾を搭載していたはずだ。自由落下にロケット加速を組み合わせ、高度六千メートルから四メートルの対爆コンクリートを貫通する凶悪な兵器である。おそらく、あの地下にある砲兵観測所は阿鼻叫喚の地獄と化しているだろう。


「全機、帰還する」


 戦果を見届けると、淵田機を先頭に全機が撤退する。

 機体は、あっというまにオアフ島の上空を抜けた。

 任務を終えた充足感を感じながら、淵田はそれでも油断なく周囲を監視していた。気を抜いた奴から、先に死んで行くのが戦場だ。

 その時、一群の艦艇が真珠湾から遠ざかる方向に航行しているのが見えた。

 真珠湾に姿が見えなかった戦艦かと警戒する各機。

 だが、その艦隊は旭日旗を掲げていた。


「隊長、あれは行きに見かけた砲戦部隊じゃ…」


 確かに、よく見れば先頭を航行しているのは艦隊に所属していた陽炎型だし、中心を単縦陣で航行しているのは四隻の金剛型だ。

 かなりの高速を出しているらしく、艦全体をうっすらと水しぶきが包んでいる。


「だが、進行方向がおかしいぞ」


 本来なら、戦艦部隊は第三次攻撃に前後して真珠湾への砲撃を敢行する予定だった。

 それが、今は急いで艦隊へと引き返している。

 猛烈な悪寒に、背筋を振るわせる淵田。


「…一体何があったっていうんだ…」


 答えは、北の大地にあった。

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