1941~チキンレース~1
すみません、やっぱり満州戦が書きたくて、投稿なのです…
十二月二十日。シベリア鉄道沿線。
「発射!」
鉄路から少し離れた小高い丘に、彼らは展開していた。
本来であれば牡丹江付近で敵軍主力との決戦に突入する東部方面軍への増援だった彼らは、情勢の急変を受け、急遽輸送用の鉄道を降りて、この地に陣地を構築していた。
全員で寝る間も惜しんで掘り続けた陣地には、半ば雪に埋もれるようにして十門以上の百二十二ミリ砲が展開していた。
護衛の歩兵部隊が一個中隊も存在しないという過酷な状況だが、彼らはここで敵を足止めするように司令部に命じられていた。
「装填急げ!第二射、発射!」
指揮官の号令と同時に、先ほどの射撃の結果から仰角を調整した第二射が放たれる。
だが、その砲撃がまともな損害を与える事はない。
砲兵指揮官が観測所を置いている丘の頂上。
そこからは、雪原を驀進する無数の戦車と装甲車、その轍をたどるトラックの隊列が映し出されていた。
事前に散開して対砲撃陣形を整えた敵に、砲撃はまともな打撃を与える事も出来ない。
逆に、彼らの命が風前の灯だった。
「…!隊長、敵隊列の後方に自走砲と思しき隊列を発見!停車して照準中です!」
「!陣地転換作業急げ!」
報告を受け、即座に事前に準備していた第二陣地への移動を決定する指揮官。
だが、その判断は遅すぎた。
「敵自走砲発砲!」
「総員、着弾に備えろ!」
それが指揮官の最期の言葉になった。
事前の航空偵察で敵砲兵の展開場所に当たりをつけていた自走砲部隊は、砲兵の本隊が展開している丘の中腹だけではなく、頂上の砲兵観測所までまんべんなく対人榴弾の雨を叩きこんでいた。
敵砲兵の沈黙を確認した自走砲部隊は、砲撃のために五分ほど遅れてしまった進撃スケジュールを取り戻すため、護衛の歩兵部隊と共に急ぎ進撃を再開した。
わざわざ掃討部隊など送り込まない。
補給の途絶えた敵部隊は、十二月のシベリアの冷気が自然に抹殺してくれるからだ。
また、彼らにもその余裕はなかった。
ごく短時間での反攻部隊の編成。
それは彼らに、極めて厳しい作戦期間の制約を与えていた。
事態は、日ソ両軍の司令官の予想外の状況になりつつあった。
十二月二十日 牡丹江正面戦線
「退避ーーー!」
軍曹の号令を受け、兵達は即座に塹壕に逃げ込む。
直後、着弾。
ソ連軍が釣瓶打ちしてくる百二十二ミリ砲弾は、塹壕から突出する位置に展開していた側防射撃用の機銃座を木端微塵に打ち砕き、塹壕の到る所を衝撃で崩し、ごく稀に、不運な兵士が塹壕の中に飛び込んできた砲弾の直撃を受けミンチ以下の存在になり果てていた。
ソ連軍砲兵は、補給線が途切れているとは到底思えない凄まじい攻勢準備砲撃を繰り広げていた。
その時、背後からも砲声が轟く。
日本軍の十センチカノンを中心とした軍団直轄砲兵が、敵砲兵への砲迫射撃を開始する。
だが、反撃を確認したソ連軍砲兵は即座に陣地転換を開始。同時にこれまで隠蔽されていた砲兵が所在を暴露した間抜けな日本軍砲兵に逆撃を仕掛ける。西部と違い、東部ソ連軍の砲撃は完全な縦深一斉射撃(前線だけでなく、その後方の二線、三線陣地まで同時に砲撃を加える事)であり、EEUとの激戦からの戦訓を十分に生かしている。
「!隊長、敵戦車接近中!」
「くそ!戦車部隊はまだか!?」
そして、準備砲撃から立ち直る間を与えない機甲突撃。鋼鉄のように堅い凍土を必死になって掘って埋めた対戦車地雷は、準備砲撃でその大半を破壊され、ただの歩兵部隊に戦車の突撃を阻止する力はない。
さらに、その後ろから一気に突撃を開始する敵歩兵部隊。味方砲兵の突撃破砕射撃が降り注ぐが、その弾幕はあまりにも薄い。
すでにその後方では、第二、第三梯団が、梯団攻撃の準備を整え進撃を始めている。
日満両軍は、ソ連軍に多大な出血を強いながらも、その強大な圧力に徐々に押し込まれつつあった。
原因は、日本側の意志統一の不徹底だった。
石原は『最終目標をハバロフスクに置く』という言葉を、軍そのものの最終目的として提示しており、この第一段階ではヴォロシロフの制圧さえできれば十分だと考えていた。
しかし、石原の考えを『現状の戦力で一気にハバロフスクを襲え』という意味に前線司令部は誤解した。不幸にも、彼らにそれを実行可能な戦力があった事がその考えを支えてしまった。
ソ連軍側も、ヴォロシロフの陥落でウラジオストックが孤立した事に衝撃を受けていたが、それでも日本軍の進軍はそこでストップだと考えた。
石原とジューコフのこの後の予測はほぼ同じであり、ヴォロシロフから東部方面軍の側面を日本側が伺い、それと牡丹江の日本軍の両方に注意を払いながら、ソ連側が後退して春までは戦線の整理を優先すると考えたのだ。
だが、出来レースとなるはずのその動きは、日本軍の無謀な突撃でチキンレースに変わった。
日本側の集成装甲軍は、ハバロフスクという夢を見てひたすらに凍土をかけ続け、ソ連軍東部方面軍は、この苦境を正面突破からの逆包囲で一気に巻き返そうとした。
どちらもすでに補給線が存在せず、手持ちの物資でどこまで突っ込めるかの勝負であった。