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1941~トラック攻防~5

とうとうトラック編終了です!

この後はまたタイムスリップにいくです!

トラック南方海上『伊―19』潜水艦

「浮上!」


 艦長の楢原の指示により、これまで十二時間近く海中にとどまっていた艦は、ようやく浮上する事に成功した。

 艦橋のハッチを開けて顔を出した楢原の視界に写る艦体には、至近距離で炸裂した爆雷によって刻まれた傷が至る所に残っている。

『伊―19』潜水艦は、味方秘密兵器による攻撃の成果を確認し報告した後、即座に海域からの離脱を図った。だが、雷撃を受け混乱しているイギリス艦隊の一角がこちらの推進音を探知。そのまま熾烈な潜水艦狩りが始まったのだ。

 必死に逃げまどった『伊―19』だったが、応援に駆け付けた対潜哨戒機まで加わった爆雷の飽和攻撃を前にその全てを回避する事は叶わず、甚大な損害を被る事になった。その攻撃から逃れるために、ある重要な情報をトラックの司令部に伝達する事に失敗していた。

 その時、艦橋周辺のアンテナ設備の補修に当たっていた兵員から報告が行われる。


「艦長、やはりここでの応急修理では通信は不可能です。どこかの泊地で本格的な修理を受けなくては」

「そうか」


 そう返す楢原。その視線は目の前の海域に向けられている。

 深夜にそこで攻撃を受けたイギリス艦隊の姿はすでにそこになく、わずかに重油の薄膜がその痕跡をとどめるに過ぎない。

 イギリス艦隊、トラックへの進撃を再開。

 この伝達の失敗は、致命的打撃として日本軍に返ってきた。






トラック環礁南方 高度六千メートル

 激戦は、空でも続いていた。


「『サシバ』『ツバメ』補給のため竹島に後退!」

「第一次攻撃隊、間もなく帰還します。損傷機多数!不時着準備!」

「第二次攻撃隊、ラバウルへの投弾開始!迎撃による被害甚大!」


 統合航空軍空中管制機『天空』

 そこは無数の情報が交差する、情報の集積拠点と化していた。

 レーダーの画面はラバウル―トラック間に存在する敵味方の無数の航空戦力を映し出し、戦況表示板には使用不能になったトラックとラバウルの滑走路が次々と赤の水性ペンでバツ印がつけられていく。

 トラックのすぐ南には艦隊決戦の現場もある。

 すでに処理能力は『天空』の限界を超えようとしていた。


「これよりトラック方面の航空迎撃の全権を、夏島航空管制に移管。こちらは早期警戒とラバウルへの航空攻撃の指揮に専念する!」


 指揮官席に座った統合航空軍の航空管制官が苦渋の決断を下す。これ以上は無線すら混線で使用不能になる恐れがあった。

 そこにさらなる報告が舞い込む。


「敵戦闘機の一群が本機を目指して接近中です!」

「回避!護衛の戦闘機隊を差し向けろ!」


 指示を受け『天空』はその巨体を傾け、ゆっくりと旋回する。機内の人間はそれぞれ何かにつかまってその傾斜をやり過ごしている。


「ん?」


 その時、機体が旋回したせいで一時的にレーダー波の照射角度が変わった。

 その水上レーダーの探知範囲ギリギリに、何かが移ったように担当の兵士は見えた。

 だが、それを確認する余裕はない。

 激しい衝撃が機体を襲う!


「右翼被弾!」


 同時に機内に煙が生じ始める。


「お前!今すぐ消火に当たれ!他は航空管制に専念!」

「了解!」


 水上レーダーを担当していた兵士が指名され、急いで消火器を抱えて火災が発生していると思しき場所に急行する。

 その間に、傾斜を回復した機体のレーダーから先ほどの反応は消えていた。






アメリカ艦隊戦艦部隊二群『コロラド』

「勝負あったな」


 指揮官であるキンケードの口元には笑みが浮かんでいる。

 海戦は、その勝敗を決しようとしていた。

 キンケードの視線の先には、全ての砲塔を破壊され大破した二隻のナガト・タイプの姿がある。決死の抵抗と時間稼ぎを試みたイセ・タイプとヤマシロ・タイプはすでにその姿を海面に留めていない。


「しかし、ここまで粘るとは…」


 最初に艦隊の前に立ちふさがったイセ・タイプとヤマシロ・タイプは鎧袖一触で粉砕したが、その後のナガト・タイプとの戦闘ではこちらも損害を被った。

 ナガト・タイプは巡洋艦部隊の猛射を浴びながらも必死の反撃を行い、おそらく艦橋を直撃した巡洋艦の八インチ砲弾で射撃に必要な電路が断たれるまで射撃を継続していた。

 当初ナガト・タイプが相手取っていたサウスダコタとインディアナはすでに大破し、機関停止状態で漂流している。傾斜しているところから考えて、水中弾による浸水被害を相当程度被っているようだ。生還は難しいだろう。


「艦隊に集結を命じろ。このままでは水雷突撃に不安がある」


 キンケードの指揮を受け、通信士が艦隊に『集マレ』を打電する。

 その時、彼らに油断が無かったと言えば、それは嘘になる。

 脅威は、頭上から迫っていた。


「敵航空機捕捉!本艦直上!」

「なに!?」


 次の瞬間、

 ドォォォ………ン!

 後方から轟音が轟いた。


「何があった!」

「こ、後方の味方戦艦が爆撃を受けた模様!メリーランド大破の模様!火災の煙で後方の様子が伺えません!」


 見張りの絶叫が、艦橋に木霊した。


「馬鹿な…!」


 キンケードは、一瞬にして勝者から敗者に転落した。

 その視界の端には、再度の突撃態勢にある敵水雷戦隊が、味方駆逐艦の防御線を粉砕する姿が写っていた。






「突撃、突撃、突撃だ!」


『最上』艦橋。

 そこでは、司令の伊崎が鬼神のごとき表情で、艦隊に突撃を命じていた。


「敵駆逐艦接近中!」

「全艦撃ち方始め!魚雷は使うな!」


 号令を受け、艦隊の駆逐艦が一斉に砲撃を開始する。だが、最上は砲撃しない。

 なぜ、最上以下四隻が水雷戦隊に配備されたか?

 それは連日の対空戦で弾薬が枯渇したからだ。

 徹甲弾以外を含めても二十斉射分に満たない弾薬では、まともな戦闘は難しかった。ゆえに、その雷装を生かして水雷戦隊の先頭を『弾よけ』として突っ込ませたのだ。

 統制の取れている日本側水雷戦隊に対し、アメリカ側はこれまでの海戦で隊列が乱れ組織だった抵抗が十分に出来ていない。

 薄い弾幕の中を、『最上』以下の艦艇は一気に突っ込んでいく。


「敵戦艦まで距離一万メートル!」

「敵戦艦、高角砲、副砲の射撃始めました!」

「撃ち返せ!」


 即座に艦隊の砲撃目標は敵戦艦に変更される。

 放たれる十二・七センチ砲弾は戦艦の主要防御区画は貫けないが、副砲や高角砲、測距儀などの脆弱な上部構造物を破壊するには十分な威力だ。

 両軍の間で、激しい砲火が交わされる。

 だが、いまだ唐突な爆撃の混乱から回復できていない敵艦隊の砲撃は精彩を欠いている。日本艦隊の砲撃も、高速航行の動揺からまともな照準とは言い難いが、それでも数発が命中する。

 そのまま一気に日本水雷戦隊は、敵戦艦との距離を詰めていく。

 そしてとうとう、待ちに待った瞬間が訪れる。


「距離四千メートル!」

「雷撃開始!」


 裂帛の号令を受け、これまで直進を続けて来た『最上』は急速に舵を切る。

 同時に魚雷発射管から、多数の魚雷が一斉に放たれる。

 そのまま艦隊は、敵戦艦に背を向けて、一目散に撤退していく。


「…魚のえさになれ、アメ公」


 伊崎が小さくつぶやいた。

 直後、彼らの背後、アメリカ戦艦群の横腹に無数の水柱が生じた。






 トラック環礁 夏島司令所

「第一艦隊より入電『我、敵艦隊ヲ撃滅セリ』!」

「やったか!?」


 その報告を聞いて、司令部に歓声が生じる。


「これで、トラックに迫る敵艦隊の脅威は排除できたという事か」


 安堵のため息とともに、司令が呟く。周囲の面々も緊張が解けたという表情をしている。

 それを見て、司令が気を取り直すように言う。


「諸君、今も航空隊はこのトラックを守るために決死の戦いを続けているのだ。この後は敵艦隊残余に対する追撃戦やラバウルとの航空戦が続く事になる。気を緩めないように」


 そう言われ、引き締まった表情を取り戻す司令所の面々。

 しかし、それでも彼らには油断があったのだ。


「伝令!」


 突然、息を切らした伝令が司令所に駆けこんできた。

 そのまま、司令の許しも得ずに叫ぶ。


「監視所より報告!敵戦艦が接近しています!すでに目と鼻の先です!」

「なんだと!?」


 即座に詳細を問いただそうとする司令。

 その返答は、頭上から届く激震によってなされた。

 トラック壊滅。

 海戦の勝利を打ち消して余りあるその事は、この時点で確定した。

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