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1941~トラック攻防~4

アメリカ艦隊 戦艦部隊第一群『サウスダコタ』

「敵艦発砲!弾着まで後三十秒!」


 生き残った見張りの絶叫が司令塔に木霊する。

 そして、きっかり三十秒後。


「グッ…!」


 司令塔に詰めているキンメル達を襲う轟音、そして激震。司令塔内部を照らす蛍光灯は弱弱しく明滅している。


「馬鹿な…!奴は本当に長門クラスなのか…!」


 キンメルが驚愕の呻きを漏らす。

 戦艦同士の戦いは、アメリカ側が劣勢に陥っていた。

 キンメルとオルデンドルフは、サウスダコタとインディアナが敵の長門クラスを迅速に撃破。返す刀で後方の伊勢タイプ・山城タイプを始末しようと考えていた。条約明け後とその前の戦艦とでは歴然たる戦力差があると考えていたからだ。

 その考えはあっさりと覆されようとしていた。


「本艦の砲撃、弾着、今!」


 見張りの声を受け、キンメルが船窓から敵の長門タイプを見る。

 そこでは、長門タイプの一隻が多数の水柱に囲まれ、さらにその陰で二つの直撃弾の閃光が走るのが見えた。


「やったか…!」


 だが、その期待はまたも裏切られる。

 至る所から火災の炎と煙をを噴き出しながらも、長門は速度を落とす事もなく悠然と水柱の影から姿を現す。そして、発砲。

 その砲撃も四基ある主砲塔全てから放たれ弱まる様子はない。


「まさか、我らが負けるというのか…!」


 すでにサウスダコタは第二砲塔を爆砕され、敵艦に向けられている左舷の対空砲は全滅している。

 水中弾による浸水被害も拡大し、このままでは早晩射撃精度を確保できなくなる。

 その後方では、インディアナがもう一隻の長門クラスと死闘を続けており、他艦を支援する余裕は全くない。ソースカロライナ級二隻は敵戦艦四隻にタコ殴りにされ、最早隊列から落伍しつつある。


「馬鹿な…!」


 再度、キンメルは信じられないというように呟いた。

 その言葉に、現実を変える力はひとかけらもなかった。






アメリカ軽巡洋艦『ブルックリン』

「全艦、最大戦速!敵戦艦を仕留めるのは我々だ!」


 その艦橋で気勢を上げたのはブルックリン以下四隻の軽巡をその指揮下に置くアーレイ・バーク中佐。本来なら別の人間が指揮を執るはずだったが、書類上のばかばかしいミスで工廠勤務のはず唐突に最前線に叩き込まれたのである。

 しかし、どれほど人事に文句があろうとも、戦闘となればそんな事は言ってられない。

 気合いを入れて指揮にあたっていた。


「味方戦艦、敵戦艦と同航戦に入りました!」

「敵戦艦までの距離、一万八千メートル!」

「駆逐隊、突撃開始します!」


 そこに、見張りから次々と報告が入る。


「前面に新たに敵艦捕捉!軽巡クラスが二隻に、一個駆逐隊ほどがこちらに突撃しています!」

「敵巡洋艦に集中打を浴びせろ!一番二番艦は敵一番艦、三番四番艦は敵二番艦!」

「撃ち方始め!」


 バークの命令を受け、ブルックリンの艦長が砲撃を命じる。

 瞬間、艦首方向に配置された三基の十五・二センチ砲が火を吹く。

 放たれた砲弾は、しかし目標から離れた位置に弾着を果たす。


「修正急げ!」


 艦長の怒号と同時に第二射。しかしこれも先ほどに比べればましだがまだ遠い。有効打には程遠い。

 その間も、距離は急速に縮まっている。


「味方駆逐艦、砲撃開始!」

「敵巡洋艦、駆逐艦、共に砲撃開始しました!目標は駆逐艦に絞っている模様!」

「…まあ、正解の反応だな」


 敵にとって一番の脅威は駆逐艦の雷撃だ。それを真っ先に潰そうとするのは理にかなっている。

 バークは首から下げていた双眼鏡を構える。

 そして、ふと首をかしげる。


(あのような形式の巡洋艦は日本海軍に存在したかな…?)


 双眼鏡の視界に映る敵巡洋艦は、艦首方向に向けられる三基の単装砲から、六秒から七秒に一度の割合で砲撃を繰り返しながら突撃を継続している。

 バークの気に障ったのは、その艦橋の左右の上甲板の様子だ。

 最初は日本海軍の五千五百トン級の一隻だと思った。だが、正面からでは分かりにくいが、そこには砲以外の何かが装備されているのが見えた。


(…?)


 しかし、そのバークの考えを遮るように、新たな報告が舞い込む。


「敵駆逐艦先頭艦、本艦との距離一万を切ります!」

「味方駆逐艦、針路変わりません!まっすぐ突っ切るつもりです!」

「味方戦艦部隊、後方の二隻が炎上中!おそらく『ノースカロライナ』と『ワシントン』です!すでに砲撃停止しています!」

「まずいな…」


 報告が確かなら、味方戦艦部隊は明らかに劣勢だ。日本の戦艦は基本的に高速だ。今から逃げようにも間に合わないだろう。味方の後衛戦艦部隊の到着を待つしかない。


(オルデンドルフ中将は失敗したな…)


 日本軍の旧式戦艦は我々のコロラド級などとはわけが違う。どう考えても新造した方が安くつくだろうレベルの大改装を戦前に繰り返し受けている。それこそ、新鋭戦艦と正面から殴りあえるほどに。


(急がなくてはな…)


 こうなっては、我々側面から突撃を続けている突撃部隊だけが頼みの綱だ。


「敵駆逐艦と巡洋艦は我々で相手取る!なんとしても駆逐艦の切り込みを成功させろ!」

「了解!」


 バークの命令を受け、砲撃が心なしか勢いを増す。

 それに応えるように、戦果の報告が上がる。


「敵駆逐艦一隻炎上中!速度を落として隊列から落伍します!」

「よし!その調子だ!」


 すでに距離は八千を切っている。

 敵艦隊の砲撃は、手数の少なさゆえか有効打を与えられていない。


(いけるか…)


 バークの脳裏に希望が生じる。このままいけば雷撃を成功させ、バーク達の突撃が海戦の趨勢を決した大金星を取る事も夢ではない。

 そして、先頭艦との距離が六千を切った所で。


「敵艦隊転舵!」

「いまさら回避運動か?」


 ふいの転舵で艦隊の砲撃は狙いを外され海面を撃つばかりとなっている。


「修正急げ!」


 再び艦長の怒号が艦橋に響いている。

 敵艦隊の奇妙な動きはまだ続いた。敵駆逐艦はそのままこちらから離れる方向に舵を切り、彼我の距離は急速に離れつつある。それに対し、敵巡洋艦は再度転舵し駆逐艦と別行動を取る。


「何を考えている…?」


 その答えは、次の瞬間判明した。


「…!」


 突如、敵巡洋艦の一隻がはじけ飛んだ。

 爆発を起こした敵巡洋艦は、まるで爆竹が弾けるように誘爆で上部構造物を粉砕され瞬時に洋上から姿を消した。

 その姿はまるで…。


「…まさか!」


 搭載魚雷に直撃弾を浴びた駆逐艦のようだった。


「全艦転舵!敵艦隊は雷撃を行った!それも大量だ!」


 だが、命令は一歩遅かった。

 次の瞬間、駆逐艦の先頭艦が巨大な水柱を上げた。

 艦の前部に炸裂した魚雷の一撃で、その駆逐艦はつんのめるように停止する。

 艦首付近の海面は激しく泡立ち、激しい浸水を物語っている。おそらく生還は不可能だろう。

 被害は連続する。

 敵艦隊に向かって一直線に突撃していた駆逐隊は雷撃の猛威をもろに食らっていた。


「『メイヨー』被雷!行き足止まります!」

「『バートン』『ミード』『ベイリー』もです!」

「駆逐隊、隊列大幅に乱れます!」


 そして、悲劇はバークの足元にも迫っていた。


「雷跡確認!距離千五百!」

「回避!」


 見張りの報告を受け、艦長が即座に回避を命じる。

 魚雷の被雷面積を減らすべく、魚雷に正対するように艦を動かす。


「雷跡近いです!」


 その瞬間を、バークは息をつめて待つ。巡洋艦クラスでは、魚雷を一発食らえば、それだけで撃沈の可能性もある。高速航行中に艦首に直撃すれば、そのまま大量の海水を呑みこみ、前後のバランスが狂いそのまま海中に消える事すらあり得る。

 だが、


「魚雷、全て本艦後方に抜けました!」


 一息つくバーク。

 だが、背後で生じた轟音に、とっさに背後を振り返る。

 そこでは、僚艦の一隻が水葬に付されようとしていた。


「『フィラデルフィア』被雷!」


 遅ればせながら見張りの絶叫が艦橋に木霊する。

『フィラデルフィア』にはさらなる悲劇が襲う。

 半ば停止した『フィラデルフィア』の左舷中央付近に、さらなる被雷の水柱が上がる。

 すでに艦首に直撃を受け青色吐息だった『フィラデルフィア』はその一撃で致命傷を負い、艦上から乗組員を撒き散らしながら轟音とともに転覆した。


「『フィラデルフィア』転覆!」


 まるで悲鳴のような報告が艦橋に木霊した。


「馬鹿な…!たった五隻でこれほどの魚雷を放ったというのか…!」


 艦隊の前面に現れた敵艦は軽巡二隻と駆逐艦四隻。しかも駆逐艦の一隻はすでに砲撃で撃破されている。それでこの打撃は確率論的にあり得なかった。

 その時、バークの脳裏に爆竹のようにはじけ飛んだ敵巡洋艦の姿が思い起こされた。

 それはまるで魚雷を積んだ駆逐艦が誘爆するような…!


「まさか、舷側一杯に魚雷を積んでいたというのか…!」






 バークの推測は正しかった。

 日本海軍巡洋艦『北上』『大井』

 この二隻は、酸素魚雷と言う強力無比な決戦兵器を得た海軍が、その能力を最大限に生かそうと従来の軽巡を改造して作った重雷装艦である。

 その装備は十四センチ単装砲を四基以外は一切の砲墳兵器を搭載せず、かわりに合計十基四十門もの魚雷発射管を設けるという、極端から極端に走りたがる日本海軍の特性をこれでもかと発揮した艦だ。

 改装で排水量が増加し、最大速度は三十ノット強に落ちたが、代わりに従来の艦艇とは懸絶した雷撃能力を得る事になった。

 だが、一度戦場で使えばタネはわれてしまう。一度限りの秘密兵器だった。

 そして、大井を失いながらも、彼らは十分にその存在意義を果たした。






日本海軍第一艦隊旗艦『長門』

「敵水雷戦隊、壊乱しました!『北上』『大井』の雷撃が成功した模様!」

「ふむ、これで最大の脅威は排除できたな」


 南雲は重々しくうなずいた。

 これで情勢はこちらの優位にほぼ固定された。

 戦艦同士の決戦は、日本側の圧勝に終わろうとしていた。

 すでに敵艦隊の後方に位置していた二隻のノースカロライナ級は大火災を起こして猛烈な火災の煙の中にその姿を隠し、様子をうかがう事も出来ないほど痛めつけられている。

 長門と陸奥が相手をしていたサウスダコタ級はさすがに頑丈で、今も火災煙の中から砲撃を繰り返している。長門もすでに二十発近い直撃弾を受け大破に近い中破の状態だ。

 だが、こちらは全ての主砲塔や測距儀が無事なのに対し、相手はそれぞれ砲塔の一基を粉砕され、射撃精度も浸水被害のため低下している。

『伊勢』『日向』『山城』『扶桑』の四隻のうち、伊勢と山城はノースカロライナ級の反撃を受け、それぞれ二十発近い直撃弾を受け大破漂流状態に陥っていたが、残った日向と扶桑は文字通りノースカロライナ級を滅多打ちにして四十発近い直撃弾を与え、両艦はすでに沈黙を通り越して水葬に付されようとしていた。

 だが、そこに横槍がつきつけられた。


「敵巡洋艦部隊接近!数八!」

「なに!?」


 それは妙高以下四隻の重巡が相手取っていた敵巡洋艦部隊だった。

 決死の戦闘を挑んだ妙高以下の艦だったが、数の差はいかんともしがたく、なんとか二隻を脱落に追い込んだ時点で敵艦隊の猛射を浴び『妙高』『羽黒』が沈没。『那智』『足柄』が全主砲塔を粉砕され戦力を喪失した。

 そのまま敵巡洋艦部隊はこちらの戦艦部隊に肉薄砲戦を挑んできたのだ。


「敵巡洋艦発砲!」

「敵巡洋艦は副砲と高角砲で対処しろ。主砲目標は戦艦のままだ」

「了解。副砲目標敵巡洋艦部隊。撃ち方始め!」


 号令と共に、艦の舷側砲郭廊に上下二段に分かれて両舷合計二十門が装備された十四センチ砲が、三十八キロの砲弾を秒速八百五十メートルの初速で一斉に放つ。

 しかし、すでに右舷の副砲は相当数が敵戦艦の砲撃で破壊され、放てるのは僅か四門しかなかった。高角砲はすでに全滅して、甲板の粗大ごみとなり下がっている。

 そこに、敵巡洋艦の第一射が降り注ぐ。まだ直撃はないが、かなりの至近距離に落下し水しぶきが長門に降り注いだ。

 同時に敵戦艦の砲撃も降り注ぎ、一発が長門を直撃して金属的な叫喚を奏でる。


「くっ…!被害報告!」


 艦長が叫ぶ。

 その報告が入る前に、これまで鳴り響いていた主砲発射をつげるサイレンが途切れ、そして轟音。長門の第二十一斉射が放たれ、そして着弾。


「命中弾二!」

「これでとどめか…?」


 だが、次の瞬間、猛火の中から敵戦艦の新たな砲撃が飛び出す。

 その時、ようやく被害報告が入る。


「敵弾は右舷中央を直撃!貫通は阻止しましたが、右舷側の機関への浸水が激しくなっています!応急班を追加で向かわせました!」

「さすがに厳しいか…」


 ここまで優勢に砲戦を戦っているとはいえ、長門はすでに二十歳を超えるロートル。艦のあちこちに疲労が蓄積されて、防御性能はカタログスペックを維持できていない部分も多い。被弾の衝撃でリベットも次々とはじけ飛んでいる。

 凶報は続く。


「『扶桑』より通信『後方より敵戦艦接近中。数六』!」

「くっ…。手間取りすぎたか…」


 後方の敵戦艦も、機関の全力を振り絞って戦場を目指し、激しい砲戦で機関に損傷を受けた『扶桑』『日向』に追いつこうとしていた。


「『扶桑』『日向』は後続の敵戦艦を阻止。指揮権は『日向』艦長に一任!」


 南雲の指揮を受け、先立ってのノースカロライナ級との砲戦で傷ついた体を引きづりなながら、二隻の超弩級戦艦は隊列を離れていく。立ち上る火災煙が『長門』と『陸奥』に別れを告げているようだった。

 敵戦艦は無傷の条約型戦艦が六隻。対するこちらは傷ついて火力の三分の一を失った条約型戦艦。

 勝敗は、目に見えていた。






アメリカ艦隊後続戦艦群旗艦『コロラド』

「ようやく追いついたか…!」


 艦橋で小さく歓声を上げたのは、指揮を執るトーマス・キンケード少将。

 ここまで鈍速の戦艦部隊を巧みに操り高速艦ばかりの艦隊から落伍するのを防いできたキンケードだったが、さすがに戦闘速度で突っ走る新鋭戦艦群には追いつけず後塵を拝していた。

 それがここにきて、ようやく戦場となっている海域に到達したのだ。

 先だっては敵水雷戦隊を追い払い、今目の前には新たな獲物として日本海軍の超弩級戦艦二隻が現れた。


「敵戦艦は『イセ・タイプ』ならびに『ヤマシロ・タイプ』と認む!」

「敵艦速度十八ノット、距離二万メートル。T字を描きつつあります!」

「…機関を損傷したのかな…?」


 キンケードの見たところ、敵戦艦二隻はいずれも大きく損傷しているように見えた。ヤマシロ・タイプなど艦後部の主砲塔二基が文字通り粉砕され、スクラップ置き場と化している。


「全艦、針路そのまま。一気に殲滅しろ」


 艦隊は、針路、速度共に変える事なく進軍を続ける。損傷した二隻にT字を描かれたところで対応する必要をキンケードは認めなかった。

『日向』と『扶桑』二隻の絶望的な戦いが、幕を開けようとしていた。

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