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1941~トラック攻防~2

とうとう累計ユニークPVが一万を超えたのです!

読んでくれたみんなに感謝なのです!

十二月九日 西カロリン諸島 トラック環礁

 前日から断続的に続く空襲は激しさを増していた。

 上空にはラバウルを出撃した敵航空部隊が一時間も待たずにひっきりなしに押し寄せ、そのたびに航空隊と地上の対空砲、そして環礁内の艦艇の対空戦闘が行われた。

 特に艦隊の状況は悪化の一途をたどっていた。

 空襲による沈没艦はまだなく、一部艦艇が敵の超低空攻撃で大破したのを除けば大きな被害は出てないように見える。

 だが、問題は目に見えないところに発生していた。






戦艦『長門』作戦室

「それでは、これより現在のトラック島に対する敵航空部隊の攻撃と接近しつつある敵艦隊への対応を議論したい」


 議論は、艦隊司令の南雲忠一中将の言葉で始まった。


「まず、現在の敵艦隊と航空部隊の展開状況を説明いたします」


 現状の報告を行うのは、今回の呉への敵機動部隊の接近を受け軍令部から派遣された情報参謀の中島親孝なかじまちかたかだ。


「現在、敵航空部隊はかつての『ラバウル危機クライシス』の際建設された五つの飛行場に、総数千機近くが展開していると見積もられています」


 主力は陸軍の重爆ですが、一部に欧州でもすでに報告が上がっている機首に機銃を集中して装備した対地攻撃機ガンシップによる対艦攻撃も行われており、軽巡以下の艦艇に大きな脅威になっています。


「現在のトラックの航空戦力はマーシャル・ギルバート方面への増援用の兵力を加えても五百二満たない状況です。連日の空戦で戦闘機隊の疲労もたまりつつあります。基地航空隊単独での反攻は不可能と言っていいでしょう」


 次に、昨日索敵潜水艦が発見し、その後、触接しょくせつを続けている敵艦隊についてです。


「現在敵艦隊はラバウル北方の赤道直下に展開しています。発見された艦隊は三つ。内一つは巡洋艦を中心とする大西洋連邦諸国の混成艦隊であり、おそらく先にシンガポールで報告された連合艦隊と思われます」


 問題は残り二つです。


「一つはイギリス海軍の極東艦隊を中心とした部隊です。キング・ジョージ五世級戦艦が二隻、R級戦艦が五隻ないし六隻を中心に、護衛の巡洋艦や駆逐艦多数をひきつれています」

「最後の一つはアメリカ海軍です。真珠湾を脱出した条約型戦艦八隻に、艦形不明の新型戦艦が四隻加わって十二隻をそろえています」


 その圧倒的戦力に会議参加者が絶句する中、中島は一度唾を呑んで喉の調子を整える。


「現在はラバウルの航空隊が制空権を奪取するのを待っているのか、積極的な行動を起こしていませんが、航空隊だけでの制圧が難しいとなれば確実に戦艦部隊での制圧を狙ってくるでしょう」


 今回の議題は、これと戦うか、それともパラオまで後退するかの会議です。

 現在のトラックの艦隊戦力は長門型、伊勢型、山城型戦艦が各二隻。最上型重装軽巡が四隻。妙高型重巡が二隻。阿賀野型防空巡洋艦が二隻。川内型をはじめとする五千五百トン級軽巡が六隻ほど。それに各種駆逐艦が五十隻弱である。

 このうち、阿賀野は先の空襲でガンシップの強襲を受け大破。その後水平爆撃でとどめを刺され竹島近くの浅瀬にその骸を晒している。

 その他にも多くの艦が、至近弾などで小さな傷を負っている。

 敵艦隊との戦力差は二倍以上。はっきり言って戦うだけ無駄と思える状況だった。


「本土からの増援はないのか?」


 会議参加者である巡洋艦艦長が尋ねる。


「現在、本土に残留していた艦隊は、大陸での地上部隊の支援に全力を挙げています。こちらに増援を派遣する余裕はないでしょう」

「第一機動艦隊は?」

「真珠湾への攻撃には成功しましたが、現在は満州での航空支援を行うべく全力で大湊への帰港を急いでいるとのことです。こちらへの出撃は時間から考えても望めません」

「………」


 沈黙する参加者。

 どう考えても、勝つ手段が見いだせなかった。

 かといって、撤退を具申するのもはばかられた。何よりそれはトラックの民間人を見捨てる事に直結する。それは許せなかった。


「…私は、決戦を挑むべきだと考えている」


 南雲が、口を開いた。


「確かに、戦力差は懸絶しているがその差を埋めるために…」


 その時、息を切らした伝令兵が作戦室に飛び込んできた。


「只今トラックに本土からの増援を積んだ飛行艇が降り立ったのですが、乗っておられた技官殿が司令部に行きたいと言いまして、現在本艦に…」

「話が長い、邪魔だ」


 報告を行っていた伝令は、突然後ろから蹴りを食らい、そのまま床に叩きつけられて気絶する。

 背後から現れたのは、


「…子供?」


 身長百四十センチ弱の小さな少女だった。

 即座に誰何の声を上げようとする男達。

 だが、それは予想外の発言で停止する。


「南雲はいるか!こっちは子育てで忙しいのにこんなところまで呼び出して、覚悟はできてるな?」


 司令を呼び捨て。そして子育て?

 その姿にあまりにも似合わないその言葉に、呆然とする会議参加者達。


「呼び出してしまい申し訳ありません。わざわざトラックまで来ていただいて感謝いたします」


 低姿勢な南雲。

 それを見て、チッ、と舌打ちする少女。


「お前が至急来てほしいというんだ、戦況と見比べれば状況は分かる。今回だけは許してやる」


 二度目はないと思えよ、と少女は言った。

 そこで、突然その顔に愛くるしい表情を浮かべて、作戦室に集まっている人間にぺこりと頭を下げた。


「初めまして。私は工藤技研の工藤美樹といいます。まだ二十五歳ですが、今回は新兵器の説明に参りました」


 よろしくお願いします、ともう一度頭を下げる少女―――工藤美樹。その姿のあまりの変貌に呆然とする会議の面々。南雲はなんとなくたそがれている。あの時会わなければ、遭わなければ…!


「それでは、説明を始めます。この兵器は―――」






「南雲司令、あの少女はいったい何者なんですか?」


 会議後、作戦室に残った南雲に、参謀の一人が問いかける。

 嵐のように現れ、潮が引くように立ち去って行った謎の少女。その関わりを知りたかった。


「彼女は、我が国の至宝だ」


 南雲は答える。


「君は、今の我が国の発展の要となっているのは何だと思う?」

「やはり、勤勉な国民性と…」

「違う。そういう事ではなく、もっと技術的な面だ」


 少し考え込む参謀。


「それでしたら、工藤が開発した新型電算機、三菱の自動車、それに兵庫セラミックスの特殊セラミックスでしょうか?」

「君が上げたその全ては、彼女が開発したものだ」

「は?」

「工藤が開発した代物はほぼ全てが彼女の手によるものだし、工藤と他社の合弁事業も大抵はそうだ。君津の製鉄所の新型転炉も彼女が基本設計を手掛けている」

「そんなバカな。あれはドイツからの技術で…」

「そうした方が妬みを買いにくいからそうしただけだ」


 絶句する参謀。その表情はとても信じられないと雄弁に語っている。

 南雲は続ける。


「君はさっきの兵器の説明を聞いて、その技術を理解できたかね?」

「…いえ、正直性能以外は…」

「それが正常だ。その理解不能な技術を、可能な限り形にして世に送り出しているのが工藤技研だ。あそこはただ彼女の代理を果たすダミー会社に過ぎない。彼女こそが中心なのだ」

「…一体どこで彼女と知り合ったのですか?」

「…忘れもしない、五年前のマリアナ演習だ…」


 それより、と南雲は話を切る。その表情はあの時の事を思い出したくないという思いも浮かんでいたが、それ以上に艦隊の切実な危機をなんとかしなければという思いが浮かんでいた。


「各艦の対空砲の砲身命数はどうなってる?残弾は?」


 頻繁な戦闘で、艦隊の対空砲はその限界が早くも迫っていた。

 空襲の打撃は、ボディーブローのように、艦隊をじわりじわりと締め付けていた。






十二月十日深夜 ラバウル北方海上 イギリス海軍極東艦隊旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』

 艦隊は、緊張に包まれていた。

 艦隊外周の駆逐艦が、微かな魚雷と思しき航走音を捉えたのだ。

 幸い、目標は魚雷ではなかったらしく艦隊に被害の報告は出ていないが、今度はそれが小型潜水艇の可能性が出てきてしまい、艦隊は厳戒態勢を強いられていた。


「まったく。決戦前にこのような目に遭うとは、我らも運が無い」


 ぼやくのは、就寝中に叩き起こされた艦隊司令のトーマス・フィリップス大将。『親指トム』の愛称で知られる勇将である。


「しかし、雷撃を受ければ、たとえ戦艦と言えど一発で戦力を喪失しかねませんからね」


 答えるのは、艦長のリーチだ。北海ではドイツをはじめとするEEUの潜水艦隊と死闘を繰り広げている歴戦の艦長だ。

 夜戦艦橋から見える外の景色は闇に包まれてはっきりとは分からないが、その中で駆逐艦をはじめとする各種補助艦艇では、聴音手が耳をすませ、他の乗員はその邪魔にならないよう息を殺しているのだろう。

 このプリンス・オブ・ウェールズでも、艦首部に設けられた聴音室でパッシブ・ソナーを操作する兵員達が海中の脅威を探っている。

 艦隊は、トラックとの距離を詰めているところだった。

 十二月八日から始まったトラックへの空襲は、三日間かけても大きな戦果を上げるに至らなかった。

 爆撃機は戦闘機の護衛無しの出撃を繰り返し、そのたびに敵戦闘機と対空砲火の熱烈な出迎えを受けて、損害率が二割近い大損害を繰り返した。

 敵飛行場も多数の爆弾の直撃で大きな打撃を受けたはずだが、重機による迅速な修理が行われ致命的な打撃を与える事が出来ない。

 夜間爆撃による精神的なダメージは蓄積しているはずだが、それは短期的には大きな戦果にはなりえない。超低空からの近接爆撃は敵対空砲陣地や泊地に停泊する補助艦艇に大きな打撃を与えているはずだが、目に見えて対空砲火が目に見えて減少するような打撃は与えられていなかった。

 結局、業を煮やした艦隊は十分な制空権を確保する事なく、敵艦隊との決戦に臨もうとしていた。

 確認されている敵戦艦は六隻。それに対し、イギリス艦隊は同じく戦艦六隻をそろえている。

 中心をなすのは、艦隊旗艦『プリンス・オブ・ウェールズ』と巡洋戦艦の『レパルス』それにロイヤル・ソヴリン級が四隻続いている。

 そのほかの補助艦艇も、巡洋艦『エグゼター』をはじめとしてかなり強力な布陣を整えている。

 さらに、アメリカ艦隊はそれを上回る戦力をここに派遣している。

 日本軍との戦力差は二倍以上であり、戦力二乗の法則にしたがえば、負ける事はあり得なかった。

 今、彼らは日本軍との決戦を目指して、一路ラバウルの制空権下から離れトラックを目指していた。たとえ制空権が無くとも、最低限の航空優勢はこれまでの戦いで得られている。昼になればラバウルの航空隊は再びトラックへの空襲を開始して、それへの対応に敵航空隊は忙殺されると踏んだのだ。


「日本軍に勝ち目はないさ」


 自信に満ちた様子のフィリップス大将。

 その自信が、砂上の楼閣に過ぎない事は、次の瞬間には分かった。

 ドーン―…!

 突如として、海上に轟音が響き渡った。


「何事だ!」

「『ロイヤル・オーク』から緊急電!『我、敵の雷撃を受ける』!」

「駆逐隊は何をしているのだ!」

「本艦の聴音班も敵の魚雷管解放音を捉えていません」


 リーチが報告する。

 被害は連続する。


「『ロイヤル・ソヴリン』『ラミリーズ』からも被雷の報告!」

「『レパルス』もです!」

「馬鹿な…!」


 今まで最強と信じていた自らの艦隊が、目の前で壊滅していく事が、フィリップスは信じられない思いだった。

 刺客の手は、プリンス・オブ・ウェールズにも忍び寄りつつあった。


「魚雷航走音探知!方位60距離500!至近距離です!」

「回避!」


 即座にリーチが指示を出す。

 フィリップスも艦橋の窓に駆け寄り、航跡を捉えようと目を凝らす。

 すると、艦の後方に抜けるようなコースで、魚雷がこちらに向かってくるのが見えた。


(…よかった。この艦は無傷で済む…)


 フィリップスが安堵した瞬間、魚雷は鋭角に方位を変えた。


「…!」


 そのまままっしぐらにプリンス・オブ・ウェールズに向かって突っ込んでくる。

 次の瞬間、艦内を衝撃が突き抜けた。






「どうやら攻撃は成功したようだな」


 イギリス艦隊の監視に当たっていた『伊―19』潜水艦長、楢原省吾ならはらしょうごは、潜望鏡から見える火災を見て言った。

 本来なら、伊―19はこれから敵艦隊への決死攻撃を仕掛ける事になっていた。すでにトラックの防衛戦力が不足しているのは明らかだったので、少しでも敵戦力を決戦前に減らす必要があったからだ。

 だが、その任務は急遽戦果確認に変更され、これまでイギリス艦隊に張り付いていたのを別の艦に交替して、指定された海域に急行した。

 そしてそこに、昼ごろに上空に飛行艇が数機飛来し、抱えていた魚雷のようなものを投下していった。

 楢原はその行動に首をかしげるばかりだった。司令部の意図が掴めない。どうして魚雷をこんなところに捨てているんだ。どうせなら機雷でもばら撒いていけ。

 そして夜。

 この海域にイギリス艦隊が来るのは、触接にあたっている潜水艦の連絡ではっきりと分かっていた。そこでの雷撃も、彼らは厳禁されていた。とにかくイギリス艦隊の予想進路上にいろという命令だった。

 そして、その結果がこれだった。

 イギリス艦隊は、どこからか忍び寄ってきた雷撃で、大型艦ばかり次々に被雷している。


「一体どんな兵器を使ったんだ?」


 なかば呆れたように、楢原はつぶやいた。

 これでは我々の出番がなくなるではないか。

 洋上では、なおも激しい火災が続いていた。






 時間をさかのぼり、工藤・・美樹が会議の場でで新兵器の説明をしているところ。


「これはスマート機雷です」

「スマート機雷?」

「はい。これは事前に設定した条件を満たした時に起動し、指定された音源に向かって自立誘導で突撃する機雷です」


 会議の参加者は頭の上に『?』マークを浮かべている。


「簡単に言ってしまえば、これは適当な海上に放っておいて、敵を見つけると勝手に相手に突入する誘導魚雷のようなものです」

「そんなもの、聞いた事が無いぞ」


 会議参加者の一人が、疑わしげに言う。


「それはそうでしょう。全て工藤の新開発技術で出来ていますから」


 その言葉に驚きを隠せない面々。まさか工藤の技術とはそこまで凄まじい物なのか。


「だったら、それを大量に配備すれば我々はアメリカなど敵ではないではないか」


 もっともだと何人かがうなずく。

 それに首を横に振る工藤美樹。


「コストが高すぎます」

「どれほどなのか?」

「一発で『天空』が二機買えます」

「なっ…!」


 それはコストが高いとかそういうレベルではない。二発もあれば巡洋艦が建造できるではないか。何かの冗談にしか聞こえない。


「今回だけは工藤が格安で提供しますが、量産できる価格ではないのであきらめて下さい」


 沈黙する面々。それを見て工藤美樹は言った。


「この兵器の運用はこちらで行います。海軍には一隻だけ潜水艦をお借りしますがよろしいですか?」


 反論は、なかった。

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