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開戦2

高知沖、空母『ヨークタウン』




 目の前の光景は圧巻だった。

『ヨークタウン』の右舷側では同型艦の『エンタープライズ』が飛沫を上げながら並んで航行している。

 この二隻を取り囲むように『ポートランド級』や『ニューオーリンズ級』といった重巡洋艦に『ブルックリン級』の軽巡洋艦、それに駆逐艦が堅牢な輪形陣を敷いている。

 どの艦も対空砲に仰角がかけられ臨戦態勢にある事をうかがわせる。

 これとほぼ同規模の艦隊が二十カイリほど離れた海面にもう一つ展開しているのだ。

 総戦力は空母4、巡洋艦12、駆逐艦24、搭載機合計は四百機に迫る機動部隊だ。

 指揮官は『ブル』の愛称で知られる海軍最強の猛将、ハルゼー中将。

 目的は呉軍港に配備されている日本軍主力艦の撃滅。そして、基地に隣接して建設されている『工藤技研』研究所の破壊。

 水兵達はこの大艦隊を見て、自らの勝利を確信していた。


 相手は所詮ニップだ。いくら数を揃えても白人である我々にはかなわないと。


 このハルゼーの演説で、その確信は一層強まった。

 しかし、マイクを置いたハルゼーの表情は険しかった。


「…とうとう、来てしまったか…」


 司令部の他の面々も、複雑な表情を浮かべている。

 彼らは理解していた。この戦争が合衆国に利益をもたらさない事を。それどころか不利益しか生まない事を。

 さらに、ハルゼーは個人的にある人物を恐れていた。


(あの鬼才がこの事態を想定していないはずがない…)


 脳裏に浮かぶのは幼い顔つきの一人の少女。

 五年前にマリアナでの演習の折に一度だけ話す機会のあった、静かなる狂人。

 今から彼らが攻撃するのはその牙城。油断すれば一瞬で食い殺される。

 すでに二次にわたる攻撃隊は出撃を終えている。

 後は、戦果の報告を待つしかなかった。






高知県上空高度八千メートル。空中管制機『天空』




 暗めの照明で照らされる機内は、まるでSF小説に出て来る宇宙船のようだった。

 機体の内壁に沿うように複数の大型無線が置かれ、あちこちにあるブラウン管が薄暗い光を放っている。

 それらに囲まれた機体中央には、レーダーなどの情報を客観的に表示する戦況表示板が置かれ、自機の位置を中心に多数の表示が水性ペンで書かれている。

 それら全てがもっともよく見える位置に置いてある指揮官席に腰かけた女性士官が、傍らの無線で呼びかける。長い漆黒の髪と小柄な体はおしとやかな日本美人だが、その眼には戦意が溢れている。


「『カモメ』より各隊、状況を報告」

『こちら「ツバメ」異常無し』

『こちら「サシバ」同じく』

『こちら「トンビ」楽な仕事をくれると嬉しい』

『こちら「ライチョウ」一機エンジン不調で引き返させた。他に異常無し』


 この通信における符号は『ツバメ』と『サシバ』が海軍基地航空隊、『トンビ』と『ライチョウ』が陸軍飛行戦隊である。


 それぞれの返事を聞いた彼女は、一拍置いて宣言した。


「各隊了解。これより本戦域における一切の航空指揮権の掌握を統合航空軍中佐、新庄マリは宣言します!」


 それに対し、一斉に返事が返る。


『「ツバメ」了解』

『「サシバ」了解』

『「トンビ」了解!』

『「ライチョウ」了解』


 返事を聞いたマリが指示を出す。


「全隊、方位190に進軍開始!前衛は『ツバメ』『サシバ』。残りは二隊に後続せよ。追って指示を出す」

『『『『了解!』』』』


 全機が指示に従い移動を始めたのを戦況表示板で確認すると、マリはそのまま視線を敵編隊の表示に向ける。

 敵編隊は大きく四つに分かれて飛んでいた。おそらく二個の艦隊が展開していてそれぞれが戦闘機を先行させて後方から雷爆撃機編隊が続いていると思われた。総数はおよそ百五十。

 対するこちらは陸海軍戦闘機隊の混成部隊で機数は百近い。さらに呉上空には後詰の陸軍航空隊一個戦隊が控えている。

 それだけ確認すると、マリは椅子に腰を下ろして傍らのボトルから少し水を飲む。

 敵戦闘機を多めに見積もり半数の七十機前後だとしても、こちらの数の優位は崩れようがない。性能差とこちらの航空管制を加味すればその差はさらに開く。


「…意気込んでる艦隊には悪いけど、敵は全て空の部隊で仕留めさせてもらうわ」






高知沖五十キロ。アメリカ海軍機動部隊第二次攻撃隊。

 編隊は重苦しい空気に包まれていた。

 まだ彼らは敵と遭遇したわけではない。

 理由は、先だって出撃した第一次攻撃隊の状況だった。

 はじめは全機勝利を確信した様子で、予想より早く迎撃に出撃した日本軍戦闘機隊との交戦に突入した。

 だが、無線から聞こえる声は、あっという間に救援を求める悲鳴のような声に代わった。


『なんなんだ!ジャップの戦闘機があんなに速いなんて聞いてないぞ!』

『ケツを取られた!誰か助け…』

『こちら攻撃隊!敵戦闘機の攻撃を受けている!戦闘機隊はこっちを援護してくれ!』


 この直後、彼らの使用している周波数隊に強力な妨害電波が発信され始め、機体間の交信は手信号か発光信号しか使えなくなり、第一次攻撃隊の状況は完全に分からなくなった。

 そして、彼ら第二次攻撃隊はとっくの昔に第一次攻撃隊が帰還するのとすれ違っているはずなのに一向にその姿は見えなかった。


『全滅』


 全員の脳裏にその言葉が浮かんだ。

 その時、前衛を務めている戦闘機隊が急激に高度を上げ始めた。

 敵機を視認したのだ。

 後方の攻撃隊も密集陣形をとり相互の火力支援を行いやすくする。

 直後、高度を取った敵戦闘機が急降下しながらこちらの戦闘機隊と交差する。

 直後、火や煙を吹きだしながら数機の戦闘機が撃墜される。

 堕ちたのは、全てこちらの護衛戦闘機だった。


「…!」


 あまりに一方的な戦果に衝撃を受けるアメリカ軍パイロット達。

 急降下していった敵機は、そのまま千メートルほど降下すると機首を引き起こして今度は急上昇しながら襲いかかる。

 今度はこちらも急降下で応戦する。そして交差。

 今度は敵機にも被害が出て、二機が撃墜される。一機など一瞬で機体が消滅するような大爆発を起こしていた。

 だが、こちらの被害はさらに大きく五機ほどがそのまま引き起こしをかけることなく海面へと突っ込んでいった。

 戦闘機同士の戦いを、後方の攻撃機隊は祈るように見つめる。

 その時、太陽が一瞬陰った。

 次の瞬間、編隊の最後尾の数機が一瞬で撃墜される。


「敵機発見!」


 遅ればせながら後席の搭乗員から敵機発見の報告が届く。


「クソッ!連中は囮だってことか!」


 前方で交戦中の戦闘機隊は最初に襲ってきた敵戦闘機への対処に追われ、こちらを支援する余裕はない。

 攻撃隊の後方からは多数の敵戦闘機が風防に陽光を反射しながら一斉に押し寄せてくる。

 後席の搭乗員が必死に旋回機銃を放つが、敵機は軽快な機動でそれを躱し、まるで糸で引き寄せられるかのようにこちらとの距離を詰めていく。

 距離を詰め切った敵機は、両翼や機首に仕込んだ機銃を一斉射すると即座に離脱していく。追撃の銃撃を放つ隙もない、敵ながら見事な襲撃戦法だった。

 それでも、運悪くこちらの攻撃を受ける機体もある。

 放たれた銃弾がコクピットを直撃した機体は、蜘蛛の巣城にひび割れた風防の中を真っ赤に染めてしばらくまっすぐ飛んだかと思うと、そのまま真っ逆さまに墜落して行った。

 翼の弾倉に被弾した敵機は一瞬でバラバラに砕け散り、炎の塊から機体の残骸を撒き散らしていく。

 だが、必死の反撃にもかかわらず、堕ちていく機体は明らかにこちらの攻撃機の方が多い。

 機銃に操縦席を一舐めされた機体は、機体の原型をとどめたまま真っ逆さまに海へと突っ込んでいく。

 エンジンに被弾した機体は黒い煙を吐きながらも、なんとか飛び続けていたが、編隊から落伍したところでとどめを刺される。

 腹に下に抱えている爆弾に機銃の直撃を受けた機は、一瞬で爆散し周囲の味方機を巻き添えにする。

 爆弾を投棄する余裕すらない。


 このままここで全滅か?


 だれもがそんな思いを感じ始めた時、敵機の襲撃がパタリと止んだ。

 唐突に離れていく敵編隊に、攻撃機のパイロット達はぽかんとした表情をする。

 このままいけば自分達が全滅する事を覚悟していたからだ。


「…ここまで来て、引くわけにはいかん…」


 この場で爆弾を投棄して撤退するという選択肢が頭をよぎったが、すでに敵艦隊はその視界にとらえつつある。これまでの道程で払った犠牲を思えば、到底容認する事は出来なかった。


「全機、進軍を継続!仇敵を討ち果たせ!」


 編隊長の判断で、進軍は継続される。

 そこに、さらなる地獄が待っているとも知らずに。






広島湾上。戦艦『大和』

「ほう。今度は迎撃を突破してきたか」


 その露天艦橋で呟くのは艦長の高柳大佐。

 周囲には対空見張り要員と伝令が控えている。

 先の第一次攻撃は味方の戦闘機隊が太平洋上で殲滅してしまい、艦隊には出番が無かった。

 だが、今度は迎撃が間に合わなかったようで、敵編隊は明らかに数を討ち減らされ編隊を乱れさせながらも艦隊の上空までたどり着く事に成功したようだ。


「もっとも、それが奴らにとって良きことかどうかは分からないがな」


 すでに『大和』を含む艦隊各艦は高角砲に仰角をかけ、いつでも射撃できる態勢にある。射撃管制レーダーもすでに予熱を終え、敵編隊にその指向性電波を照射している。

 接近する敵編隊を見ながら、高柳は館内放送のマイクに手を伸ばす。


「総員傾聴!これより本艦は敵航空部隊との交戦に突入する!総員、主砲射撃に備えよ!」


 次の瞬間、今まで静かに正面を向いていた主砲が敵編隊に向かってゆっくりと旋回を始める。

 同時に艦の奥深くに置かれた戦闘情報管制室(CIC)が、レーダーからもたらされる射撃情報を主砲射撃専用の電算機に入力する。

 距離、高度、速度を筆頭に、自艦の速度、気圧、湿度、風速、緯度まで入力し、必中の射線を割り出す。

 甲板の対空砲要員のうち、シールドに守られていない者達は各所に設けられた退避所に避難する。もし甲板にいるときに主砲が放たれれば、彼らは爆圧で人間の姿を放棄する事になる。

 水圧駆動式の主砲は、しばらく微調整を行い砲身を僅かに上下させ、やがて一点でぴたりと止まる。

 すでに砲弾は装填され、後は引き金を引くのを待つだけだ。


「射撃準備完了!」


 CICにいる砲術科の兵員の報告を受け、露天艦橋のすぐ下に控えている砲術長が高柳に許可を求める。


「準備完了、いつでもいけます!」


 それにゆっくりうなずいた高柳は、射撃許可を与える。


「よろしい。本艦の力、やつらに思い知らせてやれ」


 次の瞬間、全艦でサイレンが鳴り響く。そして、三十秒後。


 -----!


 とても人間の耳では収まりきらない巨大な砲声が轟いた。

 砲身からは、艦の全幅をはるかに超える長さの砲炎と共に、音速の二倍以上の速度で九発の対空散弾が放たれる。

 放たれた砲弾は、事前に指定された時間飛翔した後、時限信管が作動、数千もの弾片を周囲にばらまく。

 露天艦橋で敵の動きを見ていた高柳だが、砲煙で一瞬その姿を見失う。

 その砲煙が消えた時、そこにあったはずの敵編隊の姿はどこにもなかった。


「…他の艦に恨まれるかな?」


『大和』の初陣は、完勝に終わった。

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