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1930~責任~2

「なんだと…!」


 本城の告白に、俺は言葉を失った。


「他に方法はないのか?」

「…ない」


 俺の確認に、そっけなく答える本城。


「ふざけるな!そんなことしたら、ここにいるみんながどうなるか…!」


 俺は本城に掴みかかった。


「お前は吉岡司令や真田さんがどうなってもいいって言うのか!」

「そんなわけない!」


 本城も怒鳴り返してきた。


「夏樹はずっと早く帰りたいって言ってた!だから私は頑張って準備して、夏樹が傷つくだろうからこの事も秘密にしてきたの!それなのに、なんでこのタイミングで気付いちゃうの!」


 瞳に涙を浮かべながら本城は続ける。


「本当は、全部私が背負うつもりだったのに、どうして…!」


 あまりの本城の覚悟に、衝撃を受ける俺。

 肩を掴まれたまま、本城は俯いて静かに泣き始めた。

 小さくしゃくりあげる声が、俺の胸を苛んだ。






 時は三日ほどさかのぼる。

 転移直後の尋問の日から一月ほどが経過している。

 あれから何度か俺達は帰れるのか本城に尋ねたが、少し時間はかかるが可能だそうだ。方法は教えてくれなかった。どうせ聞いても分からないだろうと、俺も深く考えなかった。

 あれから、本城は政府と交渉し、各種技術協力を条件にある程度の資材などの配慮を受けられるようになった。こちらの持つ技術を欲する政府や軍部としては、強引な尋問を行った事はかなりの弱みになっているようだった。その窓口には騎兵連隊司令を解任された吉岡司令(本当にすみません…)が当たる事になった。

 それを通しての最初の要求が、今日行われる予定だった。


「なあ本城、今日は何が運ばれてくるんだ?」


 すでに本城の家の前では、作業に当たる作業員(全員が真田さんの部隊に所属していた人)が受け入れ準備を進めている。


「まあ、見ればわかるだろう」


 飄々とした様子の本城。自前の怪しい薬を服用して怪我はほとんど癒えている。シニカルな笑みは健在だ。

 その時、視界の中に一隻の小さな船が見えて来た。奇妙に角ばった印象を受ける船だ。

 驚いた事に、その船はそのまま浮島と化している本城家の駐車場だった場所(向こうにいた時も使われるのを見た事が無い)に乗り上げて来た。

 コンクリートと鋼鉄がこすれる嫌な音を響かせながら、低速で乗り上げた舟艇はそこで停止し艦首に備えてあった渡り板を倒してきた。

 作業員が一斉に舟艇に取り付き、荷降ろしを始めた。

 出て来たのは、大量の石だった。


「なんなんだあれは?」

「なに、ちょっとした鉱石だ。地下の精錬施設で使う」


 鉱石は、本城の家の庭にある貨物用エレベーター(この存在も俺は知らなかった…)で地下の収納施設に運ばれている。

 舟艇一杯に積み込まれた鉱石。

 気のせいか、何かで見た気がした。


「お前、一体何するつもりだ?」

「…秘密だ」


 一瞬の間が若干気になったが、本城は普段と変わらない表情だったので、出来上がるまで黙っていようと思った。

 俺は気がつかなかった。

 俺の視界の外、本城の手が、爪が食い込むほど堅く握りしめられている事に。




 そろそろ春も終わりの季節。そとにずっといると若干汗ばむほどなので、作業の終わりと同時に俺と本城は本城の家に。作業に当たった部隊は、調査隊がそのまま残した野営施設に戻り休息に入った。

 本城はすぐに自分の部屋に引っ込んでしまい、俺はする事もなく鉱石が運び込まれた倉庫に赴いた。

 そこは他の建物から隔離された場所で、地下一階から伸びる地下通路で連絡されていた。

 通じる扉は電子ロックだったが、すでに指紋と声紋を登録済みの俺はすぐに通れた。

 その時、背後から慌てて駆けて来る足音が聞こえて来た。


「待て夏樹!その中に入るな!」


 その右手には見覚えのある白い防護服があり、よほど慌てたのか、顔に汗を浮かべている。

 驚いた俺が足を止めたのを見て、本城も足をゆるめる。


「夏樹、私の家で勝手に行動するとはいい度胸だな」

「うっ…」


 確かに。俺の家が海中に消えてしまった(涙)とはいえ、ここは本城の家なのだ。勝手にうろつくのはほめられた事じゃない。


「わ、悪かった」

「分かればいい」


 そういうと、本城は俺を通路から引っ張り出し、すぐにロックを掛け直した。

 それを確認すると、本城は足早に去って行った。

 その様子に、どこかおかしい物を感じる俺。

 ふだんのあいつなら、あの後『だが、私の夫になってくれるなら話は別だぞ?』などと言ってくるはずだ。だが、今回はそれが無かった。


「体調でも悪いのかな?」


 あいつが元気だからうっかり忘れがちだが、あの尋問からまだ一月しか経っていないんだ。


(少しは気づかってやるか)


 この時、俺は深く考えなかった。本城の持っていた防護服の意味を。




 鉱石は翌日も大量に運び込まれていた。

 俺は地下で、その精錬が行われる様子を見ていた。

 地下一階と二階をぶち抜いた、高さのある部屋にその施設はあった。俺はそこを二階部分に設けられたガラス張りの部屋から眺めていた。

 施設は完全に機械化されていて、黒っぽい鉱石がアームで機械に放り込まれ、出口からは緑色の塊になって押し出されていく。

 その塊は、さらに奇妙な円筒形の装置に運び込まれ、なにか作業をしている。

 …似たような何かを、見た事がある気がする。

 本城の動きは、いよいよ怪しくなってきた。

 これまでは、朝は俺に起こしに来させていたくせに、急にそれを止めさせたのだ。おまけに、最近は夜もあまり眠っていないらしく、俺にしか分からないほど僅かだが顔色が悪い。


「…直接本人に聞いてみるか」


 うじうじ悩んでも仕方がない。ここは一発、本人に聞いてみよう。

 そのまま地下から本城の部屋の前まで移動し、扉をノックする。だが、返事はない。


「本城、入るぞ」


 一応そう断って、本城が寝起きしている各種機械に埋め尽くされた部屋に入る。

 本城は中央の学習机に突っ伏して眠っていた。女性の寝顔を見るのはあまりほめられたことではないが、その寝顔はあまり安らかとは言えない。

 うなされているようなら起こしてやろうと思い、机に近づく。

 その時、机の上に置いてある、何かの設計図のようなものが俺の視界に入った。

 卵のような形をした何かを描いたそれは、俺の知らない言語で書かれていてすぐに判別する事は出来なかった。だが、異常に不吉な何かを感じさせた。


「んッ…」


 その時、俺の気配に気がついたのか、本城が身じろぎした。

 慌ててその設計図をポケットに突っ込む俺。やってから、なんでこんな事をしてるのか自分で疑問に思ったが、次の瞬間本城が起きてしまって返すタイミングを失った。


「…!夏樹!なんで私の部屋に勝手に入った!」

「いや、だって呼んでも出てこないから心配になって…」


 なにやら動揺した様子の本城。

 それに、とっさに口をついて出る言い訳。

 だが、本城はそれを聞いて嬉しそうな苦しそうな、複雑な表情を浮かべた。


「そうか…、いや、私の事を心配してくれるのは嬉しいが、しばらくこの部屋には入らないでくれないか?」

「…わかった」


 理由を聞きたかったが、本城の目が珍しく真剣だったので追撃する機会を逃した。

 体に気をつけるように言って、俺は本城の部屋を後にした。

 ポケットの中に突っ込まれた手。

 その中には、机の上にあった一枚の設計図が握られていた。




「あ~~~、畜生!これでもない!」


 翌日。俺は本城の家の書庫に籠って設計図の解読を試みていた。ここまで、英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語を調べたがそのどれでもなかった。

 周りには引っ張り出された辞書が散乱し、今また新しい辞書がその仲間入りを果たした。


「これはどうだ…、ん…?」


 半ばあきらめながら、新しい辞書を取る。


「…あった」


 それはキリル文字、つまりロシア語の辞書だった。どうりで見覚えのない言語だったわけだ。日本でロシア語を知ってる人間なんて外務省か旅行会社にしかいない。

 それを使って解読を進める。



 二時間後、ほぼ解読が終わった。


「これ、一体なんだよ…!」


 そこに記されていたのは、多段階核弾頭の設計図だった。

 名称は『RDS―220改』

 基本設計は中心にある起爆用プルトニウム型爆縮原爆の周りに核融合用の重水素を充填。さらにそれをウランが包むという三層構造だ。補足に書かれている通りなら重量は二十トンを超える巨大爆弾だ。

 威力は広島型の数千倍。ここで起爆すれば広島ではなく広島県が日本の地図から消えるだろう。

 その時、俺は昨日ここに運ばれていた鉱石が何なのか思い出した

 人形石だ。

 人形峠周辺で取れる特殊な鉱物。戦後日本で、国土の半分を掘り返したといわれる大規模な探床において発見されたもの。

 国内で唯一、ウランを含む鉱石。

 本城は俺が倉庫に入るのを止める時、防護服を抱えていた。その意味が分かった。


「…本城!」


 あいつが何を考えているか、今すぐ確認する必要がある!

 俺は、急いで本城の部屋に向かった。




「本城!」


 部屋は散らかりきっていた。床一面に大量の紙が散乱し、その間に引っ張り出された引き出しが転がっている。何かを探していたのは明らかだった。


「夏樹!部屋に入るなと…」

「探してるのはこれか?」


 突然部屋に入ってきた事に抗議する本城の言葉を遮って、俺は例の設計図を取りだした。


「なっ!どうしてそれを持ってる!」

「そんな事よりも、俺はお前が何をしたいのか知りたいな」


 俺の言葉に、本城は顔をそむけて答えない。


「これは核兵器だろ。こんなものを作って、お前は何をするつもりなんだ!」


 俺達はあくまでもこの世界の部外者だ。本城が帰る準備を終えたらさようならだ。だが、そこに核弾頭を置いていくなど正気とは思えなかった。

 ここまで、多くの人とこの時代で出会ってきた。真面目な騎兵将校の真田少佐。不幸属性の吉岡司令。不景気に喘ぐ商店の人たち。恐怖の憲兵隊。

 たとえ会う事が出来なくなっても、幸せになってほしかった。今行っている技術提供もその足しになればいいと思っての事だ。

 だが、そこに核弾頭を残して行く事が、彼らの幸せにつながるとは思えなかった。

 俺が怒鳴ると、本城は聞き取れないような小さな声で何か言った。


「なに?」

「帰るために必要だと言ったんだ!」


 俺が再度問いかけると、本城は怒鳴るように言った。


「私達が元の世界に帰るのに、この爆弾を起爆して出るエネルギーを利用する以外、方法はないんだ!」


 衝撃の事実だった。

 話は、ここで冒頭に飛ぶ。






「悪かった…」


 肩を掴んでいた手を離して、そのまま抱きしめた。


「そんなことになるんなら、俺は帰れなくてもいい。お前と一緒にいるって約束したんだ。だから、こういう事を一人で抱え込まないでいいんだ…!」

「夏樹…!」


 そのまま本城も抱きついてきた。

 俺は思う。

 なぜここで、あんな事態が起こるんだ。せめてあと一分ずれていれば、あんな事態は避けられただろう。

 俺に深いトラウマの記憶を植え付ける事になる惨劇。


「な、なんだこれ!」

「もしかして…!」


 突然足元に生じた魔方陣。

 次の瞬間、青白い光とともに俺と本城の姿はその場から消えていた。

次回はまた開戦直後です!

『反撃の狼煙』では、北で変事が起こったと書いてありますが、実際は南でも同時進行で危機が起こっています!

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