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1930~習志野騎兵第一旅団~3

 列車の車窓からは、関ヶ原ののどかな風景が広がっている。太平洋側有数の豪雪地帯にして、新幹線開業後も最大のネックとなっているエリアだ。

 その平和な光景を見ながら、俺―――工藤夏樹―――は本城の現状説明を思い出していた。






 時は尋問と拷問の間の行為に見舞われた翌日、いきなり呉旅行を告げられた直後の事だ。

 いきなり呉への旅行を宣言した本城は、まだ殴られた跡が痛むので早めにベッドに入っている俺の横に丸椅子を持ってきて座っている。

 看病での失態を取り戻すつもりか、本城はナイフで器用にリンゴの皮をむいている。一本に繋がってするするむけていくリンゴを見ていると、なんで傷口にピンセットを突き刺すのか本当に疑問である。嫌がらせか?

 そこで、本城に現状の説明を受けたのだ。


「タイムスリッごは!」


 タイムスリップ!?と叫ぼうとした瞬間、本城のボディーブローが鳩尾に決まり、ベッドの上で悶絶する俺。


「大きい声を出すな。傷に響くぞ?」


 たしなめるように言ってくる本城。切ったリンゴを一つ口にして「国光か…」とつぶやいている。怪我を気にするなら、お前のさっきの一撃は何なんだと言いたい。激痛で言えないが。


「ごほっ…。それで、タイムスリップって本気なのか?」


 詰まった息を整えて本城に聞き返す。


「そうだ、本気だ」


 本城の説明によれば、なんでも一度過去に行ってみたくなって二月ほどかけて準備を進めてきたそうだ。すでにその時点で正気を疑いたくなるが、本城でこれなら余裕で許容範囲だ。当初の予定では『七年』戻るつもりだったそうだが、俺が本城の家に行く時、魔方陣のどこかを書き変えて『七十年くらい』過去に行ってしまったらしい。


「おい、それより戻る方法はあるのか!?」


 それを聞いて、俺は本城に掴みかかる。相手が自分と三十センチ以上も身長差のある女だとかそんなことは一切頭になかった。


「方法はある…!」


 絞められて、若干苦しそうにしながらも本城は答える。


「だが、一緒に転送されたはずの家を見つけなくては話にならない」


 なんでも、家の中に帰還に必要な装置を積んでいるらしい。本当なら、家ごと自分達は転送されるはずだったのだが、これまた俺が書き換えたせいで別々に転送されてしまったらしい。


「それなら、家はどこにあるんだ!」


 俺に掴まれてベッドに引きづり込まれるようになっている本城が、当てはあると言う。


「それが今回の呉旅行だ」


 なんでも、新聞記事にそれらしきものがあったらしい。近いうちに海軍と東大の調査隊が向かうそうだ。

 幸いな事に、俺達を捕まえた騎兵隊の指揮官はそれなりに名の知れた華族で、多少の無茶は通るということだった。


「この特権を利用して現場に近づく」


 そしたらこっちのものだ、とシニカルな笑みを浮かべる本城。

 具体的な帰還方法は現地に行ってからにすると言う事で話は終わった。が…


「それより夏樹、こんなに強引に仕掛けられても、いきなりこんなプレイはちょっと…」


 本城が顔を赤らめて言った。

 気がつけば、本城は俺に引き寄せられる形で俺の下半身の上にうつ伏せになり、上目づかいで上半身を起こした俺を見上げていた。

 本城の表情と合わせて、実に危ない光景である。


「どうしてもと言うならいいけど、さすがに公開は…」


 ついでに、ドアは半開きになり、様子を見に来た吉岡少将が俺の事を犯罪者を見る目つきで睨んでいる。外に控えている衛兵を呼んでいる。


「違う!誤解だ!」


 必死の弁論もむなしく、その後本城が助け舟(ただし行先は地獄)を出してくれるまで集まった衛兵と吉岡少将からこってり絞られることになった。






 その時の会話を思い出し、悪夢を見る表情になる夏樹。

 あの後、猛烈な尋問にさらされる俺に向かって、外見相応のかわいらしい、いじらしい表情で本城は言ったのだ。


 責任取ってくれるよね?と。


 瞬間、尋問の手は完全に止まり、吉岡司令と衛兵、全員が俺の返事を待ち構える。

 過酷な尋問に神経が擦り切れそうだった俺は、本能が発する危険信号を無視して言ってしまったのだ。


 もちろんだ、と。


 その瞬間、周囲の衛兵達は汚らしいものを見るような目つきで俺の周囲を離れ、本城には同情と励ましの視線を向けて部屋を出て行った。


「工藤君…」


 吉岡司令だけは、ここにきて本城の本性を思い出し、俺に対して憐れみの視線を向けて来た。

 少し落ち着いた俺は、ゆっくりとこれまでの会話を脳内で吟味。

 真っ青になった。


「おい本城!さっきのは嘘も方便というか言葉のあやというかとにかく本心からの物では…」


 必死に言葉を重ねる俺に対し、いままで作っていたかわいらしい表情が崩れた本城は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「夏樹、私は嬉しいぞ。あそこまで激しく私を求めて、それに責任も取ってくれるのだろ?証人も大勢いるからな」

「そんなバカな!」


 結果、駐屯地内で、俺は本城に対して『責任を取らなければならない』行為に及んだ男とされ、会う人会う人から文字通り家畜以下の扱いを受ける事になったのである。

 ついでに買い物についてきてくれた遠藤さんは俺の理解者で『俺にもその気持ちはわかる…!』と暑苦しく語っていた。立派な変態である。

 今、一緒に呉への旅についてきてくれている真田少佐も、今朝会ったときは文字通り虫けらを見る目で俺を見て来たのである。無茶苦茶きつかった。吉岡司令がとりなしてくれたので威圧感は若干収まっているが、今でも俺には話しかけようとしない。

 ついでに本城のアルカイックスマイルの理由は、俺がそのシニカルな笑みを止めろと八つ当たり気味に言った事が原因である。

 その指示を忠実に守った結果、なぜかアルカイックスマイルに落ち着いたのである。その時も、俺の言う事なら何でも従います的な態度で本城は従ったのである。駅員さんの視線が痛かった。はっきり言ってもう勘弁してほしい。

 吉岡司令は完全に俺を見捨て本城サイドに着いた。逃げやがって畜生!

 せめて真面目そうな真田少佐を味方につけたいが、こちらは完全にシカトの態勢。取り付く島もない。


 もうどうとでもなれ!


 ヤケクソ気味な俺を乗せ、列車は一路大阪に向かっていた。

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