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1930~習志野騎兵第一旅団~2

 さて、今回も俺こと工藤夏樹の現状報告から始めさせてもらおう。

 まず、俺と本城がいるのは東海道本線を走る長距離特急の中。

 四人掛けのボックス席にいるのは顔に無数の絆創膏を貼り付けている俺と不気味なアルカイックスマイルを浮かべている本城、それに俺達が拘束されていた習志野駐屯地の司令である吉岡少将とその部下で俺達を最初に拘束した騎兵部隊の指揮官。

 軍人二人と俺は上等なスーツに身を包み、本城は質素な着物を上手く着こなしている。服に着られている俺とは大違いだ。

 旅の最終目的地は、海軍最大規模の拠点であり横須賀や舞鶴、佐世保と並んで四大鎮守府に列せられる軍都呉。

 朝に習志野を出発して大阪で一泊する、現代人たる俺としては信じられない日程だ。

 俺の手に握られているのは一枚の小さな新聞の切り抜き。

 そこには、呉にほど近い無人島に出現した謎の建築物に関する小さな記事が載っていた。






習志野駐屯地、医務室。

 顔の形が変わるんじゃないかと言うほど殴られた夏樹は、本城に付き添われてベットで寝ていた。

 夏樹は必死になって、本城に言われた通りに黙秘を続けたのである。その結果、本城が隣の部屋で話をつけるまで血の気の多い参謀長殿にひたすら殴られ続けたのである。

 あれだけ殴って腫れ一つないその拳には衝撃を受けた。いったいどんだけ頑丈なんだよ。

 その後、吉岡司令に救助された俺は医務室に運ばれ、さすがに罪悪感を覚えたらしい本城が手当てを試みてくれたが、脱脂綿をつまんだピンセットが頬の傷口にめり込んだ時点で丁重にお引き取り願った。泣きっ面に蜂ってこういうの言うんだろうな…(遠い目)。

 後を引き継いだマッチョの衛生兵は多少乱暴だが手際よく傷の手当てをしてくれて、一晩眠って翌朝には、若干目が腫れぼったいが普段通りの生活が出来るようになった。

 その時には、俺達の生活環境は驚くほど改善されていた。

 昨日は独房に放り込まれていたのに、医務室から出ようとすれば折り目のきっちりした軍服をまとった従兵がついてきてくれて、行きたい所へ案内してくれる。与えられた部屋は吉岡司令に与えられている司令用の宿舎(ものすごい豪邸)、その客間が本城と一緒に与えられていた。

 どうやら俺が寝てる間に本城が交渉をまとめてくれたらしい。

 そして、部屋で暇を持て余していると本城が吉岡少将を連れて(昨日と比べて随分やつれた感じがする。原因は本城だろう。合掌)部屋に入ってくるなり言った。


「喜べ。少将閣下が呉まで旅行に連れて行ってくれるそうだぞ」


 ニヤリと言うにふさわしい笑みを浮かべた本城と、胃のあたりを押さえて苦悩の表情を浮かべている吉岡司令の差異が痛々しかった。






 その後、本城による俺への詳しい状況説明と吉岡司令の休暇取得などの絡みで二日ほど習志野で旅支度をする事になった。俺達の服装調達も行われた。

 その時、俺は本当に過去にタイムスリップしたんだと肌で感じる事になった。






 俺達が向かったのは駐屯地からほど近い津田沼の町。

 そこまでは軍の鉄道工兵による路線が敷かれているので、資材の運送に従兵と一緒に同乗させてもらった。

 ついでに、俺達の身分は吉岡司令の親戚の子供というもので、海外から帰ってきたばかりなのだということにしてある。司令宿舎の客間を借りている子供の設定としては一番やりやすいという事で本城が決めた。

 俺と本城の乗った車両の牽引車は当然のように蒸気機関車で、小型の物を二台つなげて重連として大量の物資を輸送した上での津田沼への帰りだった。車両の騒音と振動は半端ではなく、乗り物酔いした事が無い俺でも気分が悪くなった。

 そうしてたどり着いた津田沼は、まるで発展途上国の様だった。

 いや、この時代の日本はまさに発展途上国なのだ。

 京成と国鉄、二つの津田沼駅を中心に広がる商店街は雑然としていたが活気にあふれている。

 街中には軍服の姿も目立ち、たまの休暇を満喫している様子だった。

 ついでに、俺達の今の服装は俺は吉岡司令から貸してもらった普段着の着物を着て、本城は参謀の一人がなぜか持っていた男物の子供服(笑)を着ている。

 …いや、これを本城が着るとき、つい思いっきり笑ってしまい、顔の傷口に爪を突っ込まれた。これのせいで、本城の機嫌はさっきからすこぶる悪い。

 付き添いの従兵(実は彼は俺達を捕まえた部隊の所属で遠藤さんという。お前達を捕まえてから馬に触る事も出来ないと恨みごとを言っている)の人はきちんと軍服を着ている。

 これなら、見た目は完璧に遠くから兄か親戚の軍人に会いに来た年の離れた兄弟(笑)に俺と本城は見えるはずだ。


「それじゃ、最初にどこに回りますか?」


 遠藤さんが問いかけてくる。


「まずは服だ」


 非常にそっけなく本城が答える。いい加減機嫌を直してくれ…。


「分かりました。とりあえず、一番上等な店に行きますか」


 ついでに俺達の予算は非常に潤沢である。高給取りの将校である吉岡司令から本城がごっそり奪いとっている。吉岡さん、この埋め合わせはいつか必ずします…。

 遠藤さんの案内でたどり着いたのは小さな呉服屋。ここがこの辺では一番の店らしい。


「いらっしゃい!」


 店に入ると、俺より少し小さい中学生くらいの女の子が元気よく出迎えてくれた。その愛らしさに頬が緩みそうになる。


「どんな品物をお探しですか?」


 少女の質問に俺が答えようとすると、後ろから本城が出てきて俺に代わって言う。


「私には女物の着物を三着、この男にはできれば洋服、ないなら適当な着つけが簡単な形の着物を三着。どちらも旅行に使えるものにしてくれ」

「は、はい。かしこまりました!」


 なぜか本城の顔を見た少女の顔が引きつっていたが、要望を聞くとすぐに店の奥に駆け出していく。


「おい、本城。あの女の子なんか顔が引きつってたぞ。もうちょっと優しい言い方したらどうだ?」

「ふんっ!お前があの女に色目なんぞ使うからだ」


 一体いつ俺が色目なんか使ったんだと思う。というかお前が気にする事じゃないだろうに。

 俺達の様子を後ろから見て、遠藤さんが本城に同情のまなざしを向ける。


「…お嬢さんも大変ですね…」


 それを聞いてにっこりとほほ笑みながら振り返る本城。


「私に同情してくれてありがとう。この調子なら君の昇進は確実だろう。だが、余計な事をしゃべったら…」


 二階級特進だ。


 最後のところは何と言ったか俺には聞き取れなかったが、遠藤さんはひきつった顔でコクコクとうなずいている。

 その時、奥からさっきの少女が出てきた。


「洋服の品揃えはあまりありませんので、こちらでどうでしょうか?」


 まず出てきたのは、古い映画に出てくる英国紳士が着ていそうな茶色の古風な印象のスーツ。正直俺が来ても似合わないだろうと思うが、本城の奴はふんふんとうなずいている。いや、俺に選ばせてくれよ。

 なんとなく口をはさめないでいると、次の品物が出てきた。


「いや、それはないだろ!」


 さすがに口を挟まざるおえなかった。

 出て来たのは縦縞柄のズート・スーツ。古い映画のアメリカマフィアが着てるやつである。

 はっきり言って周囲に飾られている和服から完全に浮いていて、なぜこの店にこんなものが置いてあるのか非常に疑問である。


「あ、あの。お気に召しませんでしたか?」


 少女が少し上目づかいにこちらを見て来る。非常にかわいらしいがさすがにこれはない。


「ああ、できればこれは…」

「買った」


 俺が辞退しようとしていると、本城が勝手に買った宣言してきた。


「おいっ!これは俺が着るものなんだぞ!」

「ふんっ、財布を握っている私に逆らうと言うのか」


 懐に紐でつながれた財布をひらひらさせてニヤリと笑う本城。


「安心しろ。そっちのスーツも一緒に買ってやる。何も今すぐ着ろという気もない。精々大事にとっておけ」


 いきなり着ろと言われる事を考えていた俺としてはかなり拍子抜けだったが、それなら別にかまわない。着なければいいだけの話だ。


「裾直しはいかがなさいますか?」

「ああ、お願いするよ」


 それなら一度実際に着てみなければならない。更衣室はどこか聞こうとする。

 その時、本城がポケットからメモを取り出し一緒にしまっていた万年筆でさらさらと何かを書きだした。


「夏樹、わざわざ履く必要はない。店員、これが夏樹のサイズだ」


 そのままメモを握らせる。


「一ミリも間違っていないはずだ。それでやってくれ」

「おいちょっと待て」


 何でもないように言う本城に待ったをかける。


「なんでお前が俺のスリーサイズを熟知してんだよ!てゆうかいつそんなの調べた!?」


 激しい口調で問い詰めると、本城の奴は頬なんか染めている。


「だって、将来の夫の事はちゃんと知っておかないと…」

「一体いつ俺とおまえは婚約したんだ!」


 それ以前にたとえ親兄弟でも、そこまで詳細なスリーサイズは知らないと思う。

 結局、測った方法は分からずじまいで、数字を確認すると本当にあっていた(恐ろしい…)のでそのままそれで裾直しをお願いする。

 これとあと一つ青い着流しを買って、俺の買い物は終了。次は本城の番だ。


「着物でしたらたくさんございますので、好きなものをお選びください」


 そう言って周囲の展示してあるの以外にも、店の奥からサイズ的に合いそうな商品を掘り出してきてくれる。


「ふむ、夏樹はどれがいいと思う?」


 商品を眺めながら、俺に問いかけてくる本城。


「そうだな、この青いのなんかいいんじゃないか」


 俺は適当に近くにあった蒼地に色とりどりのアサガオが描かれたものを指す。


「馬鹿が、それは浴衣だ。旅に着ていくものではない」


 駄目だしを食らう。そうせ俺に和服の知識なんてねーよ。

 しかし、駄目だししたくせに、本城の奴はその浴衣を買い、それ以外に桃色の紬と水色の訪問着を買って終わった。

 その後、俺達は靴屋や小道具やをめぐり適当な旅道具をそろえた。これまでは靴も現代にいた頃の物をそのまま使っていたので、実はかなり目立っていた。はっきり言って新しい靴のはき心地は決して良くなかったが、革靴は本革使用のきちんとしたものだし、普段用の下駄もかなり高級なもので割らないか心配だった。

 一通り品物をそろえ終わったところで、俺は二人と別れ裾直しを頼んでいた店に行った。

 閉まっている扉を開けようとすると、中からさっきの少女とその母親と思しき人物の会話が聞こえてきた。


「本当に売れてよかったね!これでしばらくはご飯も平気だね」

「そうね、本当にこの不況も早く終わってくれないかしら」


 実は俺の本音としては、ここであのズート・スーツは返品してしまい、自分の予算を得るつもりだった。だから二人に待ってもらっているのだ。

 だが、この会話を聞いて今がいつの時代か思い出す。

 今はまさに、世界恐慌の真っただ中なのだ。

 思えば、路地の奥に何をするでもなく座っている汚れた男の姿があった。

 店にはシャッターを下ろしているものもたくさんあった。

 そして、この呉服屋も今日の食事にも困っているほどなのだ。

 その時、扉が内側から開けられた。


「いらっしゃい!…って、さっきのお客さんですか!今終わりますんでそこの椅子に座って待っていてください」

「ああ、ありがとう」


 改めて見れば、この少女も和服で分かりづらいがかなり線が細い。ダイエットなどではなく、食べ物が少ないのだ。

 なんとなく、居心地が悪く感じられた。

 そのあとすぐ、俺はスーツを受け取って二人の元に戻った。

 袋には、ズート・スーツがきちんと入っていた。

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