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1930~習志野騎兵第一旅団~1

 ただいま、俺工藤夏樹は大変危険な状況に置かれている。

 まず、しゃがんでいる俺の腕の中には、逃走中に転んでしまった幼馴染の本城。

 そして周囲を囲むのは完全装備の騎兵一個小隊。騎銃の先端の銃剣を突き付けてきている。

 …………。

 いったい俺達、どうなっちゃうの?





習志野騎兵隊司令部。

 まるで洋館のような立派な建物に、それは設置されていた。

 そこに、今基地にいる参謀達のほとんどが集合していた。

 時刻は正午過ぎ。本来なら昼食休憩の時間である。それが唐突に憲兵隊に呼び出しを食らったのである。集まった幕僚の表情は一様に不機嫌だった。

 そんな空気最悪の中、呼び出した癖に一番遅れて憲兵隊の隊長の大佐が司令部に入ってきた。


「…一体何の用かね?」


 駐屯地司令にして騎兵第一旅団司令である吉岡少将が不機嫌そうに口を開いた。


「はっ、駐屯地内で不審な人物を発見したのですが、こちらの手には余ると判断、緊急に少将閣下の御裁可をいただきたくこのようにさせていただきました」


 その言葉に、てっきり誤認逮捕した人間を間違って殺したといった報告だと思っていた幕僚達は驚いた表情を見せる。本来憲兵は陸軍大臣の元、独立した指揮権を持っている。それが司令部の意見を聞きたいなどと言うとは思ってもみなかった。


「不審者なら君達で勝手に裁けばいいだろう。そのための君達だろうに」


 吉岡はめんどくさそうにしながらも、状況を説明するよう促す。


「発見したのは小隊単位で訓練中の第十四連隊の部隊です。それが訓練中に演習場のど真ん中にいる二人組の男女を発見、逃走を図ったため追跡、これを捕縛しました」


 ここまでなら普通のスパイへの対応と変わらない。


「問題はその後でして、二人ともここがどこか、どこの国なのかすら分からない様子だったというのです。服装も奇妙でして、年齢的にもまだ十五歳程度のようなのでただのスパイとは思えないのです」


 そして何より、これが問題です。


 そう言って憲兵隊長が懐から取り出したのは一つの腕時計。

 個人的な話だと前置きして続ける。


「自分の実家は時計店をやっておりまして、時計にはいささか詳しいと自負しております。ですがこのような仕組みは見た事がないのです」


 確かに、裏蓋のはずされた腕時計は、ゼンマイも何も入っておらず奇妙な緑色の板とそれにはんだ付けされたいくつかの部品。そして小型の電池しか入っていなかった。

 そして、裏蓋の表面に刻まれた製造年。

 そこには『AD2005』とはっきりと刻印されていた。

 メーカーのところには『SEIKO』の文字。

 その刻印を見て、一様に沈黙する幕僚達。


「まさか、そいつらは未来から来たとでも言うんじゃないだろうな…」


 冗談めかした声で言う幕僚に、真面目な表情でうなずく憲兵隊長。


「どうか、ご協力をお願いします」





 彼らは知らない。

 そのクオーツ腕時計の回路の片隅に、本来の機能上不要なものが取り付けられている事に。

 それは1.5ボルトのボタン電池から供給される僅かな電力で高感度圧電素子から送られてくる電気信号をデジタル暗号に変換し、半径数百メートルの範囲内に発信し続けていた。






習志野駐屯地、営倉。

「なあ、本城。ここは本当にどこなんだ?」


 ノミの湧いたむしろの上に転がった俺は、疲れ切った口調で向かいの独房にいる本城に問いかける。

 あの後、正体不明の騎兵に連行された俺達は持物を全て取り上げられ、昔の軍服のようなものを着たおっかないおっさんたちにわけのわからない質問の嵐を浴びせられ、そのまま別々にこの独房に入れられたのだ。

 俺はつい先ほどまで本城の家の中にいたはずなのに、今じゃ窃盗の現行犯も真っ青の激烈な取り調べと、不衛生な独房生活である。平穏な日常を返せ。


「………」

「おいっ!」


 本城の答えが無い事にいら立った俺はむしろから起き上がり向かいの独房を見る。

 怪しい事をしていた。

 奴の耳には白いレースのついた奇妙な形のイヤホンとワイヤーのような堅そうなケーブルが伸びている。

 そのケーブルの先にはヘアピンを組み合わせたらしい奇妙な形の針金の塊が握られていた。


「…おい、何をしている?」


 声をひそめて尋ねる。だが、本城は答える気がさらさら無いらしく、時折考え込むようにしながらイヤホンから聞こえる音に耳を傾けている。

 その時、あいつがピクリと動くと素早くイヤホンや針金を制服のポケットに押し込む。

 そこでようやく俺の方に視線を向けると、唇の前で親指と人差し指を合わせ横に引く動作をして見せた。


(黙ってろってことか…)


 詳しくは教えてもらえなかったが、以前あいつの巻き添えを食らいどこぞの組織に拉致された時もあいつは同じことを言ってきた。こういうときは本城に従う方がいいと経験でわかっている。


(くそっ!もうどうとでもなれ!)


 後ろ向きな決意を俺が固めた時、半地下式の牢屋の入口が開け放たれる音がした。

 駐屯地司令、吉岡少将のお出ましだった。






吉岡サイド

 吉岡の前では、椅子に座らされた小柄な少女が無表情にこちらを見つめていた。


「君達は何者かね?」


 営倉から尋問室に引っ張り出された少女に丁重に問いかける。ただ迷い込んだ民間人なら理由を聞いて憲兵に嫌味でも言いながら穏便に済ませればいい。もう一人の少年は別室で参謀長に同じような質問を受けているはずだ。

 吉岡の質問に、表情を変えることなく少女は簡潔に答えた。


「未来人」


 まさかの答えにフリーズした。

 スパイ容疑者が、まさかこんなことを言うとは思わなかった。


(こいつは本物かもしれない…)


 ごまかすための張ったりだと確信した吉岡は同じ質問をもう一度する。


「君達は何…」

「『…一体何の用かね?』」


 その瞬間、吉岡は凍りついた。

 周囲で監視している兵達も、突然少女の物ではない声が聞こえてきてぎょっとした表情を浮かべている。

 その音は少女の胸元から聞こえてきた。

 流れる音、そらは先ほどの会議室での会話に他ならなかった。

 硬直している全員の前で、少女は胸元に手を入れそれを引きだした。

 見た目はただの下着を彩るフリルにしか見えない。

 だが、僅かな隙間からうかがえるその中身は金属質の光沢を放ち、今も先の会議の内容を流し続けていた。


「…これはモノモルフ構造の圧電素子を利用した高性能スピーカーと高感度無線受信装置、それに小型のフラッシュメモリーを組み合わせた小型通信装置」

「…なんなのだそれは…」


 絶句する吉岡に、いたずらっぽく微笑む少女。


「あなた達の、百年先の技術よ」

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