教えたくとも難しく
「あー、悪い。あたしじゃ教えられないんだわ」
知り合いの小僧、ロドに呼び出されたあたし、ハイドランジアは、
頼みごとの内容を聞いて、自分じゃ出来ないと言う他なかった。
この小僧は十二歳の上級冒険者だが、様々な魔術を得意としてる。
攻撃してんのはまだ見たことないものの、色々使うところは見た。
だけど神聖魔術、特に治癒術は小僧の知ってる魔術にないらしくて、
元神官で治癒術師の知り合いって事であたしに声がかかったらしい。
基礎だけでもいいので自分に神聖魔術を教えてくれ、と。
「やっぱり神殿の秘術扱いで、他人には教えられないんですか」
相変わらずの無表情だが、小僧が少々がっかりしているのは伝わる。
「いや多分な、神殿のお偉いさんはそうなのかもしれねえけど、
その辺の治癒術師を連れてきても教えるのは無理じゃねえかな。
アレを口で伝えるのって結構大変だと思うわ」
あたしもアレは何をどう説明したらいいのか分かんねえが…
神殿であたしがどうやって神聖魔術を会得したかを伝える事にした。
◆
あたしが神殿の門を叩いて神官見習いを始めた時。
最初に渡されたのは教義経典と神聖魔術経典の二冊だった。
教義経典は、まあ神殿が伝えるところの「神の教え」ってやつだ。
自衛の為以外の争いは避けよとか、貧しき者には与えよとか。
で、神聖魔術経典を修める事で神聖魔術が使えるようになるんだが、
これがまあ訳の分からん文面がやたらと長い長い。
円を思い描け、その内側に有るは四本の曲線なり、そを繋ぎつつ…
とかいう文章がずーっと続くんだな。これを頭ん中に思い描く。
図で経典に描いてくれりゃいいんだが、そうはなってねえんだ。
疑問に思ったんで教師役の神官に聞いてみたことがあるんだが、
「書面に形として残すのは神に対する冒涜です」とか言われた。
どこがどう問題なのかも分からなかったが、教義に反するらしい。
仕方ないんで毎日毎日毎日毎日繰り返し頭ん中に思い描いてた。
そのうち《聖者の慈愛》はこの図形、《聖者の救済》はこの図形、
とどうにか頭に浮かぶようになっていった。
ここまででようやく出発点に立てた状態で、その次は瞑想だった。
身体ん中の血の流れ、意識の流れ、力の流れ、魔素の流れを感じて、
それぞれを意識しつつ図形を思い浮かばせる事で発動が出来る。
このあたりは個人個人で感覚が違ってるらしく、伝えられねえ。
なので教師役の神官も、方法を伝えるだけしかしてくれなかった。
いや、われながらよく神聖魔術を使えるようになったと思うわ。
なかなか出来なかった奴も多かったし、向いてたんだろうな。
◆
話をあちこちに飛ばしてた気もするが、知る限りを小僧に伝える。
ほんと悪いな、お前にゃこれまで随分と世話にもなってるんだし、
どうにかして神聖魔術ぐらいは教えてやりてえんだが。
何も言わず、時々相槌を打ちながら小僧は一通り聞いていた。
指で自分のこめかみをこつん、こつんとしばらくつついていたが。
「ハイドランジアさん、貴女に魔術をかけてよろしいですか?」
とか聞いてきた。何するつもりだ、こいつ。
「んー…まあ、危なくないもんなら別にいいけどよ。
何かけるつもりなのかは一応教えてくれるんだろうな」
小僧は一瞬言い淀んだが、意を決したらしくこう言った。
「《使い魔》という魔術です。
僕とハイドランジアさんの精神を同調させる事が出来ます。
これで神聖魔術の図形が読み取れるかと」
魔術の名称に引っ掛かるものがないでもないが、あたしは了承した。
発動の為に小僧とあたしの額同士をくっつける。
意識が包み込まれる、というのだろうか、妙な感覚が身体を巡る。
全身を隅から隅まで撫で回されるみたいだ。でもイヤじゃあない。
結構な時間が経った気がするが、ほんの一瞬だった気もする。
いつの間にか小僧はあたしから額を離していた。
「ありがとうございました。神聖魔術、読み取れましたよ」
小僧は珍しく笑顔を作り、あたしに礼を言ってきた。
まあ役に立てたのなら何よりだが。あの感覚は何だったんだ。
「ちょっと使ってみますね」
そう言うなり、小僧は自分の掌を短剣で斬りつけた。
何やってんだ!と怒鳴ろうとしたら、同時に《聖者の慈愛》を発動。
滲んだ血を残して小僧の切り傷が塞がっていた。
こいつ本当に神聖魔術を習得しやがった!
しかしイカレた奴と思ってたが、確かめる為に自分を斬りつけるか?
「あたしがいなきゃ治せなかったかもしれねえんだぞ」と言ったら、
「そこはハイドランジアさんを信じていますので」ときたよ。
こいつアレだ。頭は良いけど並外れたバカだ。
この前、小僧は妙な格好のとんでもない美少女と一緒にいたが、
あれが彼女ならかなり苦労してるんじゃねえか?
恩義があるし見捨てる訳にもいかねえ。
あたし、本当に厄介なのと知り合いになっちまったなあ。
「無自覚○○」のハイドランジアは結構自分のお気に入り。
術のリスクは「使い魔という魔術」にて触れております。




