第7話 妖精の依頼
王国歴300年2月25日——
「聖下、お連れ致しました」
「お入りください」
◆ ◆ ◆
レファリア教大聖堂、教皇執務室。
奥のソファに——
リリアが座っていた。
淡い金髪。清らかな瞳。
教皇としての威厳と、柔らかな雰囲気を併せ持つ。
「皆さん、お久しぶりです」
リリアが微笑む。
「そして、はじめましてカルラさん」
「カルラなのじゃ、よろしくなのじゃ!」
カルラが元気よく挨拶する。
私たちは一礼した。
「お久しぶりです、リリアさん」
私は答える。
ヴィヴィが嬉しそうに駆け寄った。
「リリアさん! 元気そうで良かった!」
「はい、おかげさまで」
リリアが微笑む。
「教皇の仕事、慣れたかい?」
ナターシャが尋ねる。
「正直に言えば……」
リリアが小さく息を吐く。
「書類の山に埋もれそうになります」
「組織の長になるとそうなるものさね」
ナターシャが少し同情する。
「宰相閣下は手伝ってくれないのかい?」
ナターシャが首を傾げる。
「ボンちゃんは宰相の仕事で手一杯で……」
リリアが苦笑する。
「でも、夜は話を聞いてくれます」
リリアは顔を赤らめる。
「御馳走様なのさ」
ナターシャがニヤニヤする。
「もう、ナターシャさん!」
リリアは恥ずかしそうに俯いた。
◆ ◆ ◆
リリアが顔を上げる。
「ところで——」
リリアの表情が真剣になる。
「今日は、皆さんにお願いがあってお呼びしました」
「お願い、ですか」
私は姿勢を正す。
リリアが肩に視線を向ける。
そこには——
「!?」
20cmくらいの小さな人が座っていた。
ワンピースを着て、背中には透き通った羽根。
妖精だ。
(フェアリー!? かわいいわ!)
内心で興奮する。
でも表情は崩さない。
「こちらは——」
リリアが紹介する。
「西にあるウッドウインド村から来た、ファムさんです」
妖精が小さく飛び立った。
私たちの前をふわふわと飛び回る。
「はじめまして、私、ファムっていうの」
「よろしくなの」
可愛い声だ。
「か、かわいいのじゃ!」
カルラが目を輝かせる。
「妖精にゃ! 初めて見たにゃ!」
ミケケの尻尾が嬉しそうに揺れた。
「ファムちゃん、よろしくね!」
ヴィヴィが手を振る。
「妖精を見るのは久しぶりなのさ」
ナターシャが興味深そうに見つめる。
私も微笑む。
「よろしくお願いします、ファムさん」
「よろしくなの!」
ファムがくるくると回った。
◆ ◆ ◆
全員がソファに座る。
ファムはリリアの肩に戻った。
「まず、ファムさんの話を聞いてほしいのです」
リリアが促す。
一同がファムに視線を向ける。
ファムが一呼吸置いて——
「お話を聞いてくれてありがとうなの」
「ウッドウインドで……」
小さな声が震える。
「夜な夜な若いエルフの娘がいなくなっているの」
「!」
一同が息を呑む。
ナターシャが前のめりになった。
「いなくなるって、家の中からかい?」
「そうなの」
ファムが頷く。
「家族はなんともないの」
「娘だけが、消えるの」
「……」
沈黙が流れる。
ミケケが尋ねた。
「窓や扉の鍵はどうなっていたにゃ?」
「窓も扉も、鍵がかかったままなの」
「!?」
ミケケの耳が立つ。
「おかしいにゃ……」
「密室から消える、か」
ナターシャが眉をひそめる。
「魔法的な何かだろうね」
ヴィヴィが尋ねる。
「何人くらいいなくなったの?」
ファムの目に涙が浮かんだ。
「もう……5人も……」
小さな体が震える。
「5人も!?」
ヴィヴィが目を見開く。
「それは……人隠しなのじゃ……」
カルラも震えた。
ファムが続ける。
「最初は家出かと思ったの」
「でも、みんな真面目な子ばかりで……」
「そんなことするはずないの……」
涙が今にも零れそうだ。
「いつ頃から消え始めたにゃ?」
ミケケが優しく尋ねる。
「2週間前からなの」
「最初の子が消えて、それから2、3日おきに……」
ファムが俯く。
「誰も……誰も見てないの」
「気づいたら朝、いなくなってるの」
「手がかりも、何もないの……」
静寂。
ナターシャが静かに言った。
「厄介な事件なのさ」
私も頷く。
「そうですね」
◆ ◆ ◆
ファムが顔を上げる。
「ティアが……」
「ティアがどうしていいのか分からなくて、困ってるの」
「ティアさん?」
私が尋ねる。
「ティアはファムの友達なの」
ファムが答える。
「村長代理をしているの」
「親が病気で倒れちゃって……」
「だから、ティアが村のことをやってるの」
「でも、ティアまだ若いの」
「こんな事件、どうしたらいいか分からないの」
ファムの声が震える。
「次は……ティアが狙われるかもしれないの……」
涙が零れた。
小さな体で、必死に涙を拭う。
「ファムちゃん……」
ヴィヴィの目も潤んでいる。
カルラが拳を握る。
「こんなに小さいのに……」
「友達のために、頑張ったのじゃ……」
ヴィヴィが尋ねた。
「ウッドウインドから、どうやってここまで来たの?」
「一人で飛んできたの」
ファムが答える。
「ティアを助けたい一心で、ひとりでここまで来たの」
「ファム、外に出たの初めてなの」
「外は魔物とかいて、とっても怖かったの」
小さな体がまた震える。
「でも……ティアを助けたくて……」
◆ ◆ ◆
ファムが一呼吸置く。
「冒険者ギルドで助けを呼ぶにも、お金がいるなんて知らなかったの」
「ファム、お金持ってないの」
俯く。
「困って……どうしたらいいか分からなくて……」
そしたら——
「レファリア様の波動を感じたの」
ファムが顔を上げる。
「波動を辿ったら、リリアがいたの」
リリアに視線を向ける。
「リリアにお願いしたの」
「助けてって」
「そうしたら、リリアがあなたたちを呼んでくれたの」
ファムがこちらを見た。
「だから……お願いなの……」
リリアが真剣な表情で言う。
「どうか皆さん、ファムさんを助けてもらえないでしょうか」
リリアが頭を下げる。
「申し訳ありませんが……」
「教会の立場上、報酬をお出しすることができません」
「奉仕に報酬を求めない、でしたね」
私は頷く。
リリアが驚いたように顔を上げた。
「ご存知なのですね……」
「はい。ここにきてからレファリア教の教えも学びました」
リリアがほっとしたように微笑んだ。
沈黙。
◆ ◆ ◆
ファムがリリアの肩から飛び立った。
ふわふわと——
私の前に来る。
そして——
小さな体で、必死にお辞儀をした。
「お願いなの!」
声が震える。
「ティアを、村のみんなを助けて欲しいの!」
「ファム、何もできないけど……」
涙が零れる。
小さな妖精が、必死に訴えている。
ヴィヴィが涙を拭った。
「ファムちゃん……」
カルラも目を潤ませる。
「うち……うち、助けてあげたいのじゃ……」
ナターシャが私を見る。
ミケケも、じっと私を見つめていた。
私は——
ファムを見つめた。
小さな体。
必死な表情。
友達を助けたい一心で、危険を冒してここまで来た。
「……わかりました」
私は静かに言った。
「え……?」
ファムが顔を上げる。
「お引き受けします」
私は微笑む。
「困っている人たちを見過ごすわけにはまいりません」
「!」
ファムの顔が——
輝いた。
「本当なの!?」
「本当です」
「ありがとうなの! ありがとうなの!」
ファムが嬉しそうにくるくると回る。
涙が飛び散った。
でも、今度は喜びの涙だ。
ナターシャが微笑む。
「ミサカならそうすると思っていたのさ」
リリアが目を潤ませる。
「ミサカさん……」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げた。
「いえ、当然のことです」
私は答える。
◆ ◆ ◆
教皇執務室を出る。
大聖堂の廊下を歩く。
ファムが私の肩に乗った。
「案内するの!」
「よろしくお願いするの!」
羽根をぱたぱたさせている。
「ええ、任せてください」
私は微笑んだ。
「ミサカさん、優しいんだね」
ヴィヴィが嬉しそうに言う。
「ミサカは優しいのさ」
ナターシャが肩を叩く。
「お姉さまはかっこいいのじゃ!」
カルラも嬉しそうだ。
「密室——」
ミケケが呟く。
「きっと、からくりがあるはずにゃ……」
尻尾が膨らんでいる。
「確かに」
ナターシャが真剣な顔になる。
「認識阻害の魔法かもしれないのさ」
私も頷く。
「ええ。慎重に調査しましょう」
大聖堂の扉を出る。
青空が広がっていた。
「明日、ウッドウインド村へ向かいます」
私は空を見上げる。
「準備をしておいてください」
「了解なのさ」
「了解だよ!」
「了解なのじゃ!」
「了解にゃ!」
みんなが答える。
ファムが私の肩で小さく言った。
「ありがとうなの……」
「本当に、ありがとうなの……」
小さな声が、震えていた。
私は優しく答える。
「大丈夫です」
「必ず、ティアさんと村のみんなを守ります」
「……うん」
ファムが頷く。
明日——
エルフの村ウッドウインドへ。
新たな冒険が、始まる。
続く




