第5話 ミサカ組、結成す
王国歴300年2月15日——
王都セレスティア、貧民街。
私——ミサカは、プリティームーンのメンバーと共に人員募集の看板を掲げていた。
『領主屋敷建設工事 作業員募集
日給:銀貨2枚
食事付き
老若男女問わず
子爵 ミサカ』
「日給銀貨2枚……!」
「マジかよ!」
「食事まで付くのか!?」
貧民街の住人たちが、次々と集まってくる。
通常の日給は銀貨1枚。
それが2倍——しかも食事付きだ。
「本当に誰でもいいのかい?」
痩せこけた男が尋ねる。
「ええ。ただし、真面目に働ける方に限ります」
私は答えた。
「力仕事が無理な方は、炊事や洗濯などの雑務をお願いします」
「やります!」
「俺もやらせてくれ!」
人が溢れてきた。
ナターシャが名簿に名前を記入していく。
「順番に並んでおくれよ」
ヴィヴィが誘導している。
「押さないで! 順番に!」
ミケケが受付をしていた。
「名前と年齢を教えてほしいにゃ」
カルラは——
「うちは暇なのじゃ」
ぼーっと立っている。
そのとき——
「おい、ちょっと待てや」
低い声が響いた。
◆ ◆ ◆
人垣が割れる。
傷だらけの男が三人、こちらへ歩いてきた。
「ここで商売するなら、ショバ代払ってもらわねぇとな」
私は冷静に答える。
「ここは王都です。ショバ代など必要ありません」
「へぇ、強気じゃねぇか」
男がニヤリと笑う。
「だがな、ここは俺たちの縄張りなんだよ」
「あんたら、よそ者だろ?」
「少しくらい払ってもバチは当たらねぇぜ」
周囲の住人たちが、息を呑む。
私は一歩前に出た。
「お引き取りください」
「あぁ?」
男の目つきが険しくなる。
「生意気な女だな」
「痛い目見ねぇと分からねぇのか」
男が剣の柄に手をかける。
その瞬間——
「お姉さまに無礼な輩は許さないのじゃ!」
カルラが前に飛び出した。
「カルラ、待ちなさい!」
だが、遅かった。
カルラの拳が、男の顔面に炸裂する。
ドゴォッ!
「ぐわぁぁぁ!!」
男が吹き飛んだ。
五メートルは飛んで、壁に激突。
ズシャァッ!
壁に大きなひびが入る。
「……え?」
カルラが固まった。
「あ、あれ?」
男は動かない。
血を流して、気絶している。
「……うち、やりすぎたのじゃ?」
カルラの声が震えた。
残りの二人が叫ぶ。
「兄貴ぃぃぃ!!」
「て、てめぇ!!」
二人が剣を抜く。
「待つのじゃ! うちは謝るのじゃ!」
カルラが両手を振る。
だが——
「死ねぇ!!」
二人が斬りかかってきた。
「危ないのじゃ!」
カルラが反射的に腕を振る。
バキィッ! ボゴォッ!
二人とも、吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。
「……」
静寂。
カルラの目に涙が浮かんだ。
「うち……うち、悪くないのじゃ……」
「でも、お姉さま……ごめんなさいなのじゃ……」
私はカルラの頭を撫でた。
「謝る必要はありません」
「でも……」
「力加減は、これから学べばよいのです」
ナターシャが呆れた声で言う。
「あたいもカルラの馬鹿力には驚いたもんさ」
「確かに、カルラは手加減を覚えたほうがよいだろうね」
「カルラは悪くないよ!」
ヴィヴィがカルラの肩に手をそえる。
「これから一緒に練習しようね!」
「みんな……ありがとうなのじゃ……」
カルラが涙を拭く。
私は周囲を見渡した。
住人たちが、固唾を呑んで見ている。
「とりあえず——」
私はミケケにお願いした。
「この三人を、治療してください」
「しかたないにゃ」
そういうと三人に駆け寄り白魔法をかけ始めた。
◆ ◆ ◆
翌日——2月16日。
同じ場所で、人員募集を再開していた。
「昨日は申し訳ございませんでした」
私は集まった住人たちに頭を下げる。
「いえ、気にしないでください」
「あいつら、前から問題起こしてたんです」
「むしろスッとしましたよ」
住人たちは好意的だった。
募集を再開して、しばらく経ったとき——
「ガロン様、あの女どもです!」
昨日の男の声がした。
重い足音が近づいてくる。
路地から現れたのは——
二十人ほどの男たち。武器を持っている。
そして、先頭を歩く男。
全身——傷だらけだった。
顔、首、腕、見える部分すべてに古傷が走る。
右目には黒い眼帯。左の眼光は、刃のように鋭い。
特に目を引くのは、右腕の竜の刺青。
赤い鱗、炎を吐く口、天を睨む双眸——
肩に担いだ大斧が、鈍く光っている。
「俺の名はガロン」
低く唸るような声。
「このへんを仕切っている」
眼帯の下で、口元が歪む。
「昨日、俺の舎弟が世話になったそうだな」
ガロンが大斧を地面に叩きつける。
ガンッ!
石畳に亀裂が入った。
「俺たちに喧嘩をうったらどうなるか——貧民街の連中はみんな知ってる」
「昨日の落とし前をつけさせてもらうぜ」
私は一歩前に出る。
「カルラ、下がっていなさい」
「で、でも……」
「いいから」
私は草薙の剣を抜いた。
青白い神気が立ち昇る。
「私一人で十分です」
男たちが嘲笑う。
「女一人で?」
「笑わせんな!」
「やれ、やっちまえ!」
二十人が一斉に襲いかかってきた。
私は——
「黒ノ五式・エア」
風が足元で弾ける。
体が加速する。
(峰打ちで、草ちゃん)
最初の男の剣を躱し、峰打ち。
ガンッ!
「ぐはっ!」
男が崩れ落ちる。
次の男——峰打ち。
その次も——峰打ち。
「な、なんだこいつ!」
「速ぇ!」
私は無表情で応戦する。
風魔法による加速。
二十人など——敵ではない。
三分後——
全員が地面に転がっていた。
「……」
私は剣を鞘に収める。
周囲の住人たちが、唖然としている。
「つ、強ぇ……」
「あの子爵様……人間じゃねぇ……」
ヴィヴィが目を輝かせた。
「ミサカさん、かっこいい!」
「流石はうちのお姉さまなのじゃ!」
カルラも興奮している。
ナターシャがため息をつく。
「あたいはもう驚かなくなってきたのさ」
ミケケの耳が立っている。
「ミサカ、おそろしい子にゃ……」
私は倒れた男たちを見下ろす。
「二度と来ないでください」
「……」
静寂。
そのとき——
倒れていたガロンが、ゆっくりと立ち上がった。
血を拭い、私を睨む。
「……くそ」
右腕の竜の刺青を撫でる。
「覚えてやがれ……」
ガロンは舎弟たちを引きずりながら、路地へと消えていった。
私は彼の背中を見送る。
「……来るわね、また」
ナターシャが肩をすくめた。
「間違いないのさ」
「次はもっと本気で来る」
「分かっています」
私は頷いた。
そして——
募集を再開した。
◆ ◆ ◆
翌日——2月17日。
「……来ます」
私は呟いた。
遠くから、大勢の足音が聞こえる。
ドドドドド……
「!?」
住人たちが悲鳴を上げる。
「逃げろ!」
「やべぇのが来た!」
「ガロン組のやつらだ!」
角を曲がって現れたのは——
百人を超える男たちだった。
武器を持ち、怒りに満ちた顔。
そして——
屋根の上に、弓を構えた男たちが三十人ほど。
「うわぁ……」
ヴィヴィが私の前に立ち、盾を構える。
「弓もっているじゃないのさ、今日は本格的だね」
ナターシャが屋根を見上げる。
「お姉さま……うちも戦うのじゃ!」
カルラが前に出ようとする。
「いえ」
私は彼女を制止した。
「ナターシャ、屋根の上をお願いします」
「了解なのさ」
ナターシャが不敵に笑う。
「かわいそうに、ミサカを怒らせちゃったのさ」
「私は近接を相手にします」
私は草薙の剣を抜く。
そして——
百人の男たちへ、ゆっくりと歩いていった。
「ガロン組の面子にかけて——」
ガロンが叫ぶ。
「てめぇらは、すべてぶっ殺す」
「今日こそ、地獄を見せてやる!」
私は立ち止まる。
そして——静かに告げた。
「まとめてかかってきなさい」
「ナメやがって!!」
ガロンが腕を振り上げる。
「弓隊、撃て!!」
屋根の上から——
三十本の矢が、一斉に放たれた。
その瞬間——
「黒ノ五式・ストーン」
ナターシャの声が響く。
石の弾丸が、矢を次々と撃ち落とす。
カン、カン、カン!
「な、なに!?」
弓使いたちが驚愕する。
ナターシャは容赦なく連続詠唱を続けた——いや、二度目以降は無詠唱だ。
石の弾丸が次々と生成され、弓使いたちに向けて飛んでいく。
ドガッ、ドガッ、ドガッ!
「ぐわっ!」
「いてぇ!」
次々と弓使いが倒れていく。
石、石、石——
雨のように降り注ぐ石の弾丸。
「に、逃げろ!」
「こいつら普通じゃねぇ!」
弓使いたちが屋根から飛び降りて逃げ出す。
三十秒後——
屋根の上には、誰もいなくなっていた。
「あたいの仕事はこれで終り」
「あとはミサカの仕事さね」
ナターシャが涼しい顔で言う。
「そうですね、ナターシャ」
私は頷いた。
そして——
近接の百人へ視線を向ける。
「さて」
私は剣を構える。
「あなたたちには"おしおき"が必要なようですね」
ガロンの顔が引きつった。
「ひ、怯むな! まだ百人いるんだ!」
「やっちまえぇぇぇ!!」
百人が一斉に襲いかかってきた。
私は——
「黒ノ三式・エア」
加速する。
最初の十人を、一瞬で薙ぎ払う。
「ぐわっ!」
「はやっ!」
次の集団へ。
峰打ち、峰打ち、峰打ち——
草薙の剣が唸りを上げる。
「化け物か、こいつ!」
「逃げろ!」
だが——逃がさない。
私は冷徹に、次々と倒していく。
二天流。
幼少より鍛錬された扶桑の剣道。
風魔法による超加速。
そして——草薙の剣の力。
十分後——
百人全員が、地面に転がっていた。
「……」
私は剣を鞘に収める。
息は、乱れていない。
ナターシャが隣に降り立つ。
「お疲れ様なのさ、ミサカ」
「ナターシャもお疲れ様」
二人で、倒れた男たちを見下ろす。
ガロンが、震える声で言った。
「お、おまえら……何者だ……」
「言っておきますけど——」
「私は化け物ではありません!」
「ただの子爵、ミサカです」
私は淡々と答える。
「そしてこちらは、宮廷魔術師のナターシャ」
「もう二度と私たちに関わらないでください」
「……ま、待ってくれ」
ガロンが地面に額をこすりつけた。
「俺たちが悪かった!」
「も、もう手を出さねぇ!」
「だから……命だけは……」
「殺すつもりはありません」
私は冷たく言い放つ。
「ただし、条件があります」
「な、なんだ……」
「今後、この貧民街で暴力行為を一切禁止します」
「それを守れるなら、見逃します」
ガロンの目が見開かれる。
「そ、それだけか……?」
「ええ」
私は頷いた。
「なお——破った場合は容赦しません」
「わ、わかった!」
「絶対に守る!」
ガロンが頭を下げる。
そして——
「姐さん!」
「これからは姐さんと呼ばせてください!」
「……は?」
私は困惑した。
「姐さんの言うことなら、何でも聞きます!」
「俺たちをミサカ組に入れてください!」
「組……?」
周囲の男たちも、次々と頭を下げ始める。
「姐さん!」
「姐さん、お願いします!」
「俺たちを拾ってください!」
荒くれ者全員が——
土下座していた。
「……」
私は、どう反応していいか分からない。
後ろから、ヴィヴィの笑い声が聞こえた。
「すごいよミサカさん! 組ができちゃった!」
「お姉さまは組長なのじゃ!」
カルラも嬉しそうだ。
「ミサカ組の誕生にゃ……」
ミケケが呟く。
ナターシャが私の肩を叩く。
「あはは! ミサカ、親分になっちまったのさ!」
「まあ、悪くないんじゃないかい?」
私は深く息を吐いた。
「……わかりました」
「では、約束してください」
ガロンが顔を上げる。
「な、なんでも!」
「まず、暴力は厳禁」
「は、はい!」
「次に、真面目に働くこと」
「働く……?」
「ええ。私の領地で、建設作業員として雇います」
「日給は銀貨2枚、食事付きです」
「!?」
男たちが驚愕する。
「ま、マジっすか姐さん!」
「俺たちみたいな荒くれ者を……?」
「真面目に働くなら、過去は問いません」
私は真っ直ぐに告げた。
「これからを、見させてください」
沈黙。
そして——
「姐さん……俺たち、どうせ死ぬまでこの貧民街で腐るだけだった」
ガロンが拳を握る。
「でも姐さんは、俺たちを『これから』で見てくれた」
「だから——もう俺たちは悪さはしねぇ」
「わかりました」
「ミサカ組の初仕事は領地開発です」
私は拳を掲げた。
「給料はきっちり払います。真面目に働きなさい!」
「おうッ!!」
百人の声が、貧民街に響き渡った。
こうして——
ミサカ組が誕生したのであった。
◆ ◆ ◆
翌日——2月18日。
西の岬。
領地の開発が、始まる。
続く




