第3話 大和、出撃す
王国歴300年1月20日——深夜2時
大和第一艦橋。
プリティームーンの面々が揃っている。
私は紺の扶桑海軍制服を着て、右手には草薙の剣を指揮杖代わりに握った。
軍帽を被り直し、ヤマトヒメに指示する。
「大和、抜錨」
七十一年前に転移してこの世界との調和をはかった船。
そして、ヤツマタノオロチを討ち果たした船。
「了解です。ミサカ艦長」
ヤマトヒメが凛とした声で復唱した。
ゴゴゴゴゴ……
錨が海中から引き上げられる。
「にゃにゃにゃ!? 何が起きてるにゃ!?」
ミケケの耳がぴょこぴょこ動いた。
「大和、微速前進0.5ノット」
「了解しました」
大和が動き出す。
「すごいのじゃ! この魔道具、動いておるのじゃ!」
カルラが艦橋の窓に張り付いた。
「にゃにゃにゃにゃ~」
「武蔵御殿にも驚いたにゃ、でも、この動く魔道具はもっとすごいにゃ」
ミケケがしっぽと耳をばたばたさせている。
ヴィヴィとナターシャは冷静だ。
かつて、彼女たちは大和に乗ってヤツマタノオロチと戦っていた。
「あたいも初めて乗ったときは驚いたものさ」
「だよね、姐さん」
大和はゆっくり進んでいく。
そして、地下水脈を抜ける。
暗闇から——
「!?」
眩しい。
月明かりだ。
満月が、大和を美しく照らしている。
マストには扶桑海軍旗とリヴィエラ王国旗が風にたなびいている。
「綺麗……なのじゃ」
カルラが呟いた。
キラキラと輝く海面。
水平線の向こうには、星々が瞬いている。
異世界の夜は、扶桑とは比べ物にならないほど美しい。
「針路008、原速。——まずは魔島へ向かってください」
「了解です」
ヤマトヒメが操舵を始める。
大和が速度を上げた。
波を切り裂きながら、夜の海を進んでいく。
ヤマトヒメが一同を見渡す。
「皆さん、少しお休みください。魔島までは私が見ております」
「なにかありましたらお呼びします」
「では、あとはお願いします。ヤマトヒメ」
そして、私たちは艦橋を後にした。
◆ ◆ ◆
——数時間後。
「ミサカ艦長、魔島が見えました」
ヤマトヒメの声で目を覚ます。
朝日が、大和を照らし始めていた。
第一艦橋に戻る。
艦橋中央にある水晶球に、魔島が映っていた。
ヤツマタノオロチ戦で完全に崩壊してしまった島。
岩山が崩れ、黒く焦げた大地が広がっている。
「微量な残存瘴気が確認できますが、異常ありません」
ヤマトヒメが報告する。
「カルラ、スマホで撮影を」
「わかったのじゃ!」
カルラがウキウキしながらスマホを操作している。
昨日教えたばかりだが、もう使いこなしている。
パシャ、パシャ。
魔島の現状が次々と記録されていく。
そのとき——
「!?」
魔島より、小さな黒い影が飛び出した。
東の空へ向かって遠ざかっていく。
「ヤマトヒメ、拡大を」
「了解です」
水晶球に映る影が拡大される。
「……あれは」
ナターシャに負けず劣らずの妖艶な体。
角と翼が生えている。
緑の髪の女。
「あれは魔族さ。しかもかなり強いね」
ナターシャが呟く。
「サキュバスにゃ」
ミケケの耳が伏せた。
(魔族……この世界には魔王とかもいるのかしら)
だが、それ以外に魔島には異常を感じられなかった。
「先に進みます」
私は決断した。
いよいよ魔島から先の——
前人未踏の海域を進むことになる。
◆ ◆ ◆
しばらくすると、西に小さな島が見えた。
純白の砂浜が広がっている。
「夏に来ると海遊びとかできそうさね」
ナターシャが窓の外を見ている。
「無人島だし水着も不要さね」
(ナターシャ、裸で泳ぐつもり!?)
(えちえちすぎるんですけど)
「夏になったら海遊びにいこうよ」
ヴィヴィが目を輝かせる。
「砂浜で遊びたい!」
「野焼きパーティーもしたい!」
「賛成なのじゃ!」
「賛成にゃ!」
カルラとミケケも賛成している。
「というわけでミサカ、夏になったら頼むのさ」
ナターシャが私の肩を叩いた。
「考えておきます」
私は冷静に返答する。
(やらないという選択肢はないわ)
「とりあえず名前をつけておこうよ」
ヴィヴィが提案した。
「では——識別のため『プリンセスピーチ島』桃姫島でいかがでしょうか」
(我ながら可愛いネーミングだわ)
私は答えた。
「プリンセスピーチ島……!」
ヴィヴィが飛び跳ねる。
「桃姫島、かわいい!」
「決定なのじゃ!」
こうして、私たちが発見した最初の無人島に名前がついた。
大和はさらに北上する。
風は穏やかで
——海は静かだった。
◆ ◆ ◆
前方に、岩山でできた島が見える。
そのとき——
カルラの体が、ガクガクと震え始めた。
「……やつが、おる」
声が震えている。
「カルラ?」
「お姉さま……」
カルラが私の服を掴む。
「いますぐ引き返すのじゃ……お願い……」
(カルラがこんなに怯えるなんて)
「何がいるの?」
「あれは……あれは……」
次の瞬間——
その島から、巨大な黒竜が浮上してきた。
カルラよりも、はるかに巨大。
全身が漆黒の鱗に覆われている。
『余の領域に侵入したものは死あるのみ』
声が、直接頭に響いてくる。
『この気配は泣き虫カルラか』
カルラが怯える。
『カルラが連れている虫けらどもを始末したら——』
『かわいがってやるとしよう。四千年たてばよい雌になっておるだろうからな』
咆哮が轟く。
私の目が、冷たくなった。
(……この竜)
(今なんて言った?)
カルラが叫ぶ。
「やつはドルラーガ! 三万年生きておる!」
「古代竜でもっとも狂暴な暴君なのじゃ!」
「今、うちが捕まったら確実に犯されてしまうのじゃ!」
ナターシャの顔が歪んだ。
「下品な竜さね」
「……そういうことは女の心を落としてからするものさ」
ヴィヴィが盾を握りしめる。
「許せない……!」
「女の子を物扱いするなんて……!」
「あたし、絶対にカルラを守るから!」
ミケケの耳が完全に伏せている。
「にゃ、やばぁいにゃ……」
「吾輩、あんな下品な竜は大嫌いにゃ……」
尻尾が膨らんでいる。
巨大な黒竜が、大和へ迫ってくる。
私はスピーカーのスイッチを入れた。
「こちらはリヴィエラ王国海軍大和です」
「我々に交戦の意思はありません」
「そして、私の仲間カルラはあなたを毛嫌いしておりますのでお引き取りをください」
警告を発する。
だが——
『虫けらが余に指図とは、身の程をわきまえるがよい』
ドルラーガが嘲笑った。
ナターシャがヴィヴィに無言で合図を送る。
ヴィヴィが頷き、露天艦橋へ駆け上がった。
次の瞬間——
『滅』
ドルラーガの口から、漆黒のブレスが放出された。
大和に向かってくる。
(しまった!)
(ここからではブレスが斬れない!)
不意を突かれた。
冷や汗が背中を流れる。
(忘れていた——)
(異世界でも、死ぬということを!)
ドクン、ドクン、ドクン——
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
(死ぬ——)
足がすくんでいた。
(どうして——)
(どうして体が動かないの——!?)
漆黒の炎が、視界を埋め尽くしていく。
そのとき——
蒼いオーラの盾が、大和前方に展開された。
ブレスが盾に激突する。
だが、貫通しない。
ヴィヴィが神盾士権能・ディバインシールドで防いでくれた。
「……っ」
背中を、ナターシャに叩かれる。
「大和の指揮はあんたしかとれないんだよ」
「しっかりするのさ、ミサカ」
ナターシャもまた、露天艦橋に駆け上がっていく。
(私は一人じゃない)
(私には仲間がいる)
(私は仲間を守らなければならない)
(扶桑も異世界も現実のことなのよ)
(しっかりしろ、ミサカ)
「ありがとう、ナターシャ」
私は軍帽を被り直した。
そして——指揮を執った。
「針路045! 面舵一杯!最大戦速! 射界を確保します!」
「了解しました」
ヤマトヒメが復唱する。
大和が急旋回した。
「徹甲魔弾装填!」
「全主砲、黒竜に照準!」
三基の46cm三連装砲が動き出す。
◆ ◆ ◆
露天艦橋では——
ナターシャが魔法を詠唱していた。
「黒ノ二式・メガフレア」
ナターシャの周囲に、巨大な火球が次々と出現する。
二つ目以降は無詠唱で火球がつくられていく。
一つ、二つ、三つ——
六つの火球が、空間に浮かんでいた。
「六連射な・の・さ」
火球がドルラーガの顔に向かって飛んでいく。
ドゴォ、ドゴォ、ドゴォ!
すべて命中。
『ぐわぁ!』
ドルラーガが悲鳴を上げた。
「目くらましにはなっただろうね」
ナターシャが微笑む。
「これくらいじゃ、あんたは倒せないのは百も承知さ」
「あとはミサカの出番さ」
大和第一艦橋——
ヤマトヒメが報告する。
「主砲発射準備完了」
「自動追尾装置良好」
「誤差修正プラスマイナス2度」
私は力強く発した。
「撃て!!」
「撃って、撃って、撃ちまくりなさい!!」
ズキュゥゥゥゥゥ——
轟音。
ガガガガガァーーーン!
大和が震える。
三基の46cm三連装砲が、一斉に火を噴いた。
空気が裂ける。
海面が波立つ。
九つの砲弾が、ドルラーガに襲いかかる。
ドォン、ドォン、ドォン!
頭、首、腹——
次々と着弾。
ドルラーガの固い皮膚を貫き、爆発。
『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
ドルラーガが叫ぶ。
『余の無敵の皮膚が——焼かれている!』
『余は三万年も生きる古代竜ぞ!』
『なぜだ、なぜこんな虫けらどもに——』
砲弾がさらに着弾する。
貫通。
爆発。
『なんだこの体の震えは——』
『余があの魔道具に恐怖しているだと!』
やむことのない砲弾の嵐。
『やめ、やめてーくれ——』
砲弾の一つが心臓で爆発。
『ぐぎゃあああああああああ!』
断末魔を上げて——
ドルラーガは海に沈んでいった。
波の音だけが響いている。
「……やった、にゃ?」
ミケケが呟く。
怖くて隠れていたカルラが、ゆっくりと出てきた。
「あの……ドルラーガを……」
「やっつけたの、じゃ?」
目を丸くしている。
私は号令する。
「撃ち方止め!」
静寂。
カルラが私に駆け寄ってくる。
「お姉さま、すきすきーーーだーいすきーなのじゃ!」
そして、抱きついてきた。
◆ ◆ ◆
ドルラーガの住処を調べることにした。
岩山の島に飛行ドローンで上陸する。
洞窟の奥には——
「!?」
とんでもないほどの金銀財宝が山積みになっていた。
金貨、銀貨、宝石、魔道具——
数え切れないほどの財宝。
「これは……」
ナターシャが息を呑む。
「……見たこともない、お宝の山なのさ」
しばらく財宝を見つめてから、こちらを向く。
「国を左右するくらいの規模さね。このお宝、ミサカはどうするんだろうね?」
いつもなら飛び跳ねて喜ぶヴィヴィが呆気にとられている。
「姐さん、冒険者としては、至福のときなんだけどさ」
「すごすぎて夢か現実か分からなくなったよ」
「あたいもヴィヴィと同じ気持ちなのさ」
「にゃ! ミケケ、お金持ちになったにゃ!」
ミケケがしっぽを振っている。
「すごいのじゃ! 魔道具がこんなにもたくさんなのじゃ!」
カルラも目を輝かせた。
私は冷静に判断する。
「一日かかりそうですが——」
「飛行ドローンで運びます」
「大和に戻り次第、直ちに作業を開始します」
「識別のため、この島をドルラーガ島と命名します」
「そして、この財宝の処置については陛下の判断を仰ぐことにします」
こうして——
飛行ドローンを使って、一日かけて財宝を大和に積み込んだ。
酷使した飛行ドローンのバッテリー残量。
財宝満載の大和。
(ここまでのようね)
「リヴィエラへ帰還します」
私は決断した。
◆ ◆ ◆
帰還後——
私はカルラのみを連れて、馬車で王城へ向かった。
その他のメンバーは、財宝を転移陣を使って地上に上げる作業をしている。
王宮謁見の間。
クレア女王が座していた。
ボンノー宰相、クルーゼ内務卿、アベルト騎士団長——
重臣たちが並んでいる。
「陛下、ただいま戻りました」
私は一礼した。
「それと——新しい仲間を紹介させてください」
カルラが一歩前に出る。
「うちはカルラなのじゃ、そなたが人の王か?」
「!?」
重臣たちが驚愕する。
私はカルラの頭をコツンと叩いた。
「こらカルラ、陛下に対して失礼です」
「ごめんなさいなのじゃ」
カルラが頭を下げる。
「ふふ」
クレア女王が微笑んだ。
「よいのです、ミサカさん」
クレアがカルラに向き直る。
「そうです。わたしが人の王・クレア・フォン・リヴィエラと申します」
「カルラさん、わたくしと友達になってもらえますか?」
カルラの目が、大きく見開かれた。
「お姉さまの友達はうちの友達なのじゃ、もう友達なのじゃ」
一同が、にこやかな雰囲気に包まれる。
「では、海洋調査の件をご報告させていただきます」
私はスマートフォンを取り出した。
魔島の写真。
サキュバスの写真。
プリンセスピーチ島の写真。
そして——
「これがドルラーガの住処で発見した財宝でございます」
画面を見せる。
一同、絶句した。
「財宝の引き渡しのため、馬車数十台と護衛を西の岬へお願いしたいのです」
クルーゼ内務卿が声を震わせる。
「これは……国家予算の10年分に相当する財ですぞ」
「!?」
ボンノー宰相が目を見開いた。
「ミサカさん、この財宝の所有者は我が国の法によればあなた方プリティームーンのものです」
私は首を横に振った。
「わたしは海洋調査の任務を受けたものです」
「その過程で得られたものはすべて国家のものであると認識しております」
「ゆえに、これらはリヴィエラ王国の繁栄のため使っていただけると幸いです」
クルーゼが尋ねる。
「よいのですか?」
「かまいません」
私は深々と頭を下げた。
「そして、陛下に改めて感謝いたします」
「陛下が私にヴィヴィとナターシャを紹介してくださった意味がよくわかりました」
「私は今回の戦いで彼女たちがいなければ死んでいるところでした」
沈黙が流れる。
クレア女王が立ち上がった。
「ミサカさん、面を上げてください」
私は顔を上げる。
「仲間とはともに支え合うものなのです」
「わたくしも彼女たちには多く助けられました」
「ヴィヴィとナターシャもミサカさんのことが好きで一緒にいるのですよ」
「そして——」
「このような財宝をリヴィエラに寄付していただけることを心より感謝いたします」
クレアは頭を下げた。
「後日、報償いたします」
クレアはアベルトの方を向きを変える。
「アベルト卿、馬車の手配をお願いします」
「は、ただちに」
一礼するとアベルトは退出していった。
◆ ◆ ◆
馬車数十台が、西の岬へ向かった。
護衛の王国騎士たちが同行している。
財宝を積み込む作業が始まる。
金貨、銀貨、宝石、魔道具——
次々と馬車に積まれていく。
「すごい量だ……」
「これ全部、プリティームーンが?」
「古代竜を倒したって本当だったんだ……」
騎士たちが囁き合っている。
そして——
馬車数十台の行列が、王都セレスティアへ向かった。
王都に入ると——
「見ろ、あれ!」
「金銀財宝だ!」
「古代竜ドルラーガの宝らしいぞ」
「なんでも、女王陛下直属の冒険者パーティーがやったらしいぞ」
「プリティームーンというらしい!?」
市民たちが集まってくる。
歓声が上がる。
馬車の行列が、王城へと続いていく。
こうして——
ドルラーガの財宝は、リヴィエラ王国の国庫に納められたのであった。
続く




