第2話 疫病の村ノルデン
カルラが人型になった瞬間、ぎゅっと抱きついてきた。
赤髪に二本の角。見た目は十五歳くらいの少女。
さっきまで巨大な古代竜だったとは思えない軽さだ。
「お姉さま、うちを連れてってくれるんじゃろ?」
「ええ、約束ですから」
私は平静を装って答える。
(古代竜が「お姉さま」呼び……)
ま、異世界だしね。今さら驚くことでもないわ。
「では、乗ってください。他の皆さんも待っていますから」
カルラは名残惜しそうに離れ、私と一緒にドローンへ乗り込んだ。
◆ ◆ ◆
再び空へ。
ドローンの中で、カルラと仲間たちの顔合わせが始まる。
「うちはカルラ。みなさん、よろしくなのじゃ」
カルラが胸を張って名乗る。
ぼっちのひきこもりのわりに、態度だけは堂々としている。
「あたしはヴィヴィ、よろしくね!」
赤銅色の三つ編みを揺らして、ヴィヴィが手を振った。
小柄なドワーフ娘は、相変わらず元気いっぱいだ。
「あたいはナターシャさ。よろしく、カルラ」
ナターシャが微笑む。
「吾輩はミケケにゃ。よろしくにゃ」
三毛柄の猫耳がぴこぴこ動いた。
ミケケは、新しい仲間に興味津々といった様子だ。
「ふむ、個性的な面々なのじゃ」
カルラが一同を見回す。
「四千年ぶりの外じゃから、うちもいろいろ勉強させてもらうのじゃ」
「四千年!?カルラさん、そんなに引きこもってたの?」
ヴィヴィが目を丸くする。
「得体のしれない魔島の邪気が怖くてな……」
「へぇ、古代竜でも怖いもんがあるんだ」
ナターシャが意味ありげに笑う。
「う、うるさいのじゃ!あれは別格なのじゃ!」
カルラの頬が赤くなる。
角がぴくぴく動いているのは、照れているのだろうか。
(意外と可愛いところあるじゃない、この子……)
私は内心で微笑みながら、操縦に集中した。
◆ ◆ ◆
ノルデン近郊に到着。
ドローンを林の中に降ろし、私たちは徒歩で村へ向かう。
「ここからは私が先行します」
私は調査キットを手に取り、防護用のヘルメットを被った。
「感染症の危険があります。皆さんは少し離れて待機を」
「感染症?」
ヴィヴィが首を傾げる。
「よくわからないけど、ミサカの言うとおりにするのさ」
ナターシャが肩をすくめた。
ミケケは黙って考え事をしている。
(あの魔道具はなんにゃ?)
(流行り病なら、防御魔法をかけてから対応するものにゃ!)
「待つにゃ!」
ミケケが叫んだ。
「防御魔法をかけるにゃ!」
そして詠唱を始める。
「白ノ四式・サークルプロテクション」
淡い光の輪が地面に広がり、全員を包み込んだ。
「お姉さま、気をつけるのじゃ」
「ありがとう、カルラ」
(さて、……人の命がかかっている以上遊びではないわ)
私は深呼吸して、村へと足を踏み入れた。
◆ ◆ ◆
村の入り口で、救護隊と思しき一団と遭遇した。
「何者だ」
隊長らしき男が警戒の目を向けてくる。
「私はミサカと申します。後ろの者は私の仲間です」
「クレア陛下の依頼でこちらへ参りました」
私は懐から依頼書を取り出し、押印を見せた。
男の表情が一変する。
「これは……失礼いたしました!女王陛下直々のご依頼とは」
「状況を教えてください」
「はい。村人の多くが原因不明の病に倒れています」
「我々も手を尽くしましたが……正直、私自身もだいぶ参っておりまして……」
隊長の顔色は確かに悪い。目の下に隈ができている。
「……あなたも、ですか。詳しく調べさせてください」
◆ ◆ ◆
まず、救護隊で一番重症の患者から調べる。
体液と血液を採取。携帯検査キットで分析にかけた。
『ピピッ、分析を開始します』
その様子を横で見ていた救護隊の隊長が、目を見開いて携帯検査キットを見つめる。
「流石は陛下が派遣された方だ……」
彼は畏怖と尊敬の眼差しを私に向けた。
私は苦笑いをしながら作業を続けた。
『分析完了』
結果が出る。
『既知の感染症:該当なし』
(扶桑で知られている病気じゃない、か……)
次に、村の重症患者も同様に検査。結果は同じだった。
「普通に暮らしていただけなのに、急に体が動かなくなって……」
村人が力なく呟く。
「食事は何を?」
「いつもと同じものを……」
救護隊の隊員にも聞く。
「我々は持参した食料だけです。村の物には手をつけておりません」
(食事は関係ない……じゃあ、共通点は何?)
私は村の構造を観察する。
小さな村だ。家が数十軒。中央に広場があり、そこに——
「あの井戸は?」
「村で唯一の水源です。皆、あそこから水を汲んでいます」
救護隊の隊長が答えた。
「我々も、飲み水だけはあの井戸を使わせてもらっていました」
——水。
「井戸水を調べます」
◆ ◆ ◆
井戸から水を汲み上げる。
見た目は完全に透明。臭いを嗅いでも無臭。
(普通の水にしか見えないわね……)
検査キットで分析。
『植物性の未確認物体:0.1ppb』
『鉱物性の未確認物体:0.02ppb』
(何か混入している……でも、この数値だと肉眼では絶対わからない)
私は調査キットから小型の探査ロボットを取り出した。
無線操作で水中探査が可能な、最新の調査機材だ。
カルラは不思議そうにロボットを見る。
「お姉さまは不思議な魔道具をいっぱいもっておるのじゃ」
私はノートパソコンを開き、ロボットの操作を開始する。
ロボットを井戸の中へ。
モニターに映る映像を確認しながら、慎重に降下させていく。
水深五メートル。
水深八メートル。
水深十メートル——
「……あった」
モニターに映ったのは、布に包まれた何か。
井戸の壁面に引っかかるように、それは沈んでいた。
回収アームで掴み、地上へ引き上げる。
◆ ◆ ◆
「ミサカ、何か見つかったのかい?」
離れて待機していたナターシャたちが近づいてくる。
「ええ。井戸の中から、これが」
私は防疫用の手袋をはめ、慎重に布を開いた。
中から現れたのは——黒いバラに似た植物の束。
禍々しい色合いだ。
「これは!!」
ミケケが叫んだ。
ポーチから分厚い図鑑を取り出し、猛スピードでページをめくる。
「間違いないにゃ……これは『死灰草』にゃ!」
「死灰草?」
「なんでこんなものがこの村に……!」
「ラルザス帝国の東方で、三十年に一度しか採れない毒草にゃ」
「一束で金貨1万枚はするにゃ……」
ミケケの猫耳がピクリと動く。
「毒性は弱いにゃ。無味無臭で、じわじわ体を蝕む」
「でも本当に厄介なのは——」
「厄介なのは?」
「消魔石を養分として取り込む性質があるにゃ。だから——」
ミケケが震える声で続けた。
「——白魔法が、効かないにゃ」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
(白魔法が効かない……つまり、この世界の医療では治せない、ってこと?)
「布で包んである……誰かが意図的に投げ込んだ、ということね」
私は冷静に分析する。
布で包まれている時点で、自然に混入したとは考えられない。
ヴィヴィが少し低い声で呟く。
「誰がこんなひどいことを……」
「これは、大きな騒動になるかもしれないのさ」
ナターシャが眉をひそめた。
「それは後で調べましょう。今は、治療法を見つけることが先です」
私は死灰草を密封容器に入れ、立ち上がった。
「一度、武蔵に戻ります」
◆ ◆ ◆
地底湖——
武蔵後部甲板。
カルラは武蔵と大和を見て、驚きの声を上げる。
「お姉さまはどんな竜族よりもすごい魔道具をもっておるのじゃ」
「お姉さまは王の中の王、竜王なのじゃ!」
(どこかで聞いた言葉ね、どこだったかしら?)
ムサシヒメとティティが一同を出迎えてくれる。
ムサシヒメがカルラを見て聞いてきた。
「ミサカさん、あの角が生えている人はだれですか」
私は答える。
「カルラといいます、ゆえあって私たちの仲間になりました。仲良くしてあげてください」
「あたしはティティよ。カルラさん、よろしくねぇ」
「僕はムサシヒメ、よろしくカルラ」
「うちはカルラ、よろしくなのじゃ」
ナターシャが私の後ろから声をかけてきた。
「あたいたちはお風呂に行くのさ、ミサカはどうする?」
私は答える。
「私は仕事が終わってから入ります」
「ティティもカルラもナターシャと一緒にお風呂に入ってきなさい」
「はーい」
「はい、なのじゃ」
◆ ◆ ◆
武蔵の医療区画。
私は採取した死灰草と、患者から採取した体液・血液をmicotにかけた。
micot——武蔵に搭載された自立型艦内AIシステム。
扶桑の最新技術の結晶だ。
『分析完了』
画面に結果が表示される。
『検出物質:
・正体不明のウイルス
・正体不明の重金属
診断:
正体不明のウイルスが患者の心肺機能を侵食中。
正体不明の重金属は扶桑の薬剤で排出可能。
推奨治療:
①重金属排出薬の投与
②その後、白魔法による治療が有効になる可能性あり』
(なるほど……まず扶桑の薬で重金属を排出すれば、白魔法が効くようになる、と)
私は思わず拳を握った。
(やった……!治療法が見つかったわ!)
(異世界と最新式AI……私のチートに祝福をなんてね!)
内心でガッツポーズ。
でも表情は崩さない。艦長の威厳は大事だ。
「micot、重金属排出薬の在庫は?」
『あります。ただし数が限られております』
「まずは治験」
「効用が確認できれば、創薬できるか検討しましょう」
◆ ◆ ◆
翌日。
私は手持ちの薬を持ってノルデンへ戻った。
「まず、重症患者から試します」
一番状態の悪い患者に、扶桑の薬を飲ませる。
そして、しばらく待つ。
全員が息を飲む。
ナターシャが呟く。
「ここが勝負所さね」
「……よし。ミケケ、お願い」
「わかったにゃ!」
ミケケが杖を構えた。
「白ノ五式・キュアポイズン!」
緑の光が患者を包む。
すると——
「あ……体が、軽く……」
患者の顔に、生気が戻り始めた。
「効いた……効いたにゃ!」
ミケケが飛び跳ねる。猫耳がぴんと立ち、尻尾が嬉しそうに揺れている。
「よかった……本当によかったのじゃ……」
カルラが目を潤ませた。意外と涙もろいらしい。
「まだ全員じゃない。喜ぶのは早いのさ」
ナターシャがそう言いながらも、口元は緩んでいる。
「でも、これで助けられるってわかったんだから!」
ヴィヴィが明るく言った。
私は頷く。
「問題は薬の量です。手持ちでは全員分に足りません」
◆ ◆ ◆
再び武蔵へ。
micotに問いかける。
「この薬を量産するには、何が必要ですか?」
『現地の素材で代替可能な成分があります。必要素材量、約500個』
「わかった」
私は王都へ飛んだ。
薬草店を片っ端から回る。
ありとあらゆる薬草、植物を買い集め、武蔵に持ち帰ってmicotで分析。
『分析完了。
検体002、004、075、144、275、333、345、511、522で創薬可能と判断』
(よし!)
必要な素材を買い集め、創薬を開始。
武蔵の設備をフル活用して、薬を量産する。
(異世界で創薬ってすごいわ。……私、救世主とかだったりして)
内心でそんなことを考えながら、作業を進めた。
◆ ◆ ◆
薬が完成次第、ノルデンへ。
全ての患者に同じ処置を施していく。
扶桑の薬を飲ませ、ミケケの白魔法をかける。
一人、また一人と、患者たちが回復していった。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……!」
村人たちが涙を流して感謝する。
「我々救護隊も、お陰で助かりました」
隊長が深々と頭を下げた。
「いえ、当然のことをしたまでです」
私は淡々と答える。
でも内心では——
(やった……全員助けられたわ……!)
——ガッツポーズしていた。
「お姉さま、かっこいいのじゃ!」
カルラが目を輝かせて私を見上げる。
「うちもお姉さまみたいになりたいのじゃ!」
「人として、当然のことをしただけです」
(カルラって意外とちょろくて可愛いわね……)
私は照れを隠しながら、武蔵への帰路についた。
◆ ◆ ◆
翌日——
王都セレスティア、王城。
私は馬車で王都へ向かい、クレア陛下に報告した。
「ノルデンの件、見事に解決してくれたそうですね」
玉座に座るクレア陛下——いや、友人のクレアが微笑む。
「はい。ただ、井戸に毒草が投げ込まれていたことが気がかりです。意図的な犯行かと」
「調査は続けます。ミサカさんには感謝いたします」
「それと——」
私は報告を続けた。
「その過程で古代竜カルラを仲間にしました」
クレアの目が見開かれる。
「古代竜を!?」
クルーゼが咳き込んだ。
「ゴホッ……古代竜を仲間にですと!?」
片眼鏡の奥で驚愕の色を隠せない。
「はい。カルラと申します。今はプリティームーンの一員です」
「……」
クレアは一瞬言葉を失い、それから微笑んだ。
「流石です、ミサカさん」
「今度、わたくしにもカルラさんを紹介してくれませんか?」
「はい、承知しました」
「クルーゼ卿、ミサカさんに報酬を」
クルーゼは、盆に乗せた革袋を私の前に差し出し、述べた。
「金貨100枚でございます。お受け取り下さい」
私はそれを受け取り返礼する。
「ありがとうございます。陛下」
隣に立つボンノー宰相が口を開いた。その隣にはヤマトヒメがいる。
「ところで、ミサカさん。次の依頼があるのですが——」
「次の依頼?」
「ええ。漁師から報告がありました。海で『黒い影』を見た、と」
「黒い影ですか」
私は相槌を打つ。
ボンノー宰相が私とヤマトヒメを真剣な表情で見て告げた。
「まずは、大和の艦長を引き受けていただきたいのです」
「自分はこのセレスティアを離れるわけにはまいりません」
「すでにヤマトヒメも承諾の上です」
「その大和をもって——」
「魔島の現状や、その先の未踏破領域を調査していただきたいのです」
「ヤツマタノオロチは倒しましたが、魔島にはまだ何かがいるかもしれません」
「海洋調査を、お願いできますか」
「報酬は相応のものを用意させていただきます」
私は一瞬考え、頷いた。
「承知しました。大和艦長及び海洋調査の件、お引き受けいたします」
(海洋調査……未踏破領域……ワクワク——)
こうして、次なる任務が決まった。
続く




