第18話 ウェスタル鉱山II
王国歴300年4月3日——
武蔵御殿。
朝9時。
私たちは後部甲板に集まっていた。
「よく眠れたにゃ」
ミケケが伸びをする。
「うちも万全なのじゃ!」
カルラが拳を突き上げた。
「今日は第二層だね」
ヴィヴィが盾を確認している。
「行くのさ、ミサカ」
ナターシャが微笑んだ。
私は頷く。
「では——出発します」
飛行ドローンに乗り込む。
ウェスタル鉱山へ向けて——
再び、空へ。
◆ ◆ ◆
11時。
ウェスタル鉱山入り口。
ミケケは防御魔法をかける。
サークルライトで光源を確保する。
私たちは第一層をぬけて第二層への階段を降りた。
第二層——
空気が、少し湿っている。
壁には苔が生えていた。
「足元に注意してください」
私は告げる。
石畳が濡れている。
滑りやすい。
コツ、コツ、コツ……
足音だけが響く。
しばらく進むと——
カサカサカサ……
奥から、何かの音。
「警戒して!」
ヴィヴィが盾を構えた。
暗闇から——
巨大な蟻が飛び出してきた。
体長一メートル半。
鋭い顎が、こちらを狙っている。
「ケーブアントにゃ!」
ミケケが叫ぶ。
一匹、二匹、三匹——
次々と現れる。
「迎撃します!」
私は号令した。
◆ ◆ ◆
ケーブアントが襲いかかる。
ヴィヴィが盾で受け止めた。
「あたしが防ぐ!」
ガキィン!
鋭い顎が盾に食い込む。
「黒ノ五式・エア!」
私は加速した。
斬る!
ズバッ!
ケーブアントの頭部が飛ぶ。
「白ノ五式・ホーリージャベリン!」
ミケケの杖から、光の槍が放たれる。
ケーブアントの胴体に命中。
ギィィィ!
悲鳴を上げて倒れた。
「黒ノ五式・ファイア!」
ナターシャの火球が炸裂。
ケーブアントが燃え上がる。
「うりゃー!」
カルラの拳が炸裂。
ドゴォンン!
ケーブアントが拳に貫かれる。
五分後——
全てのケーブアントを倒し終えた。
「ふぅ……」
ヴィヴィが息を整える。
ナターシャとカルラが死体を焼却する。
煙が天井へと昇っていった。
◆ ◆ ◆
さらに奥へ進む。
天井が、少し高くなってきた。
その時——
「!」
私は立ち止まる。
天井に——
何かがいる。
黒い影。
大きい。
「上だよ!」
ヴィヴィが叫んだ。
その瞬間——
巨大な蜘蛛が、次々と飛び降りてきた。
体長二メートル。
八本の脚。
鋭い牙。
「ケーブスパイダーさね!」
ナターシャが杖を構える。
ヴィヴィが盾を上に掲げた。
「聖盾士権能・ディバインシールド!」
青い障壁が展開される。
ケーブスパイダーが次々と弾かれた。
だが——
その瞬間。
一匹が障壁の隙間をすり抜けた。
「!」
ヴィヴィの足首に噛みつく。
「痛っ!」
ヴィヴィが悲鳴を上げた。
紫色の液体が傷口から滲む。
毒だ。
「ヴィヴィ!」
私は叫んだ。
◆ ◆ ◆
ヴィヴィに噛みついたケーブスパイダーを斬る。
ズバッ!
真っ二つになった。
「黒ノ五式・ファイア!」
ナターシャの火球が次々と飛ぶ。
ドゴォ、ドゴォ、ドゴォ!
ケーブスパイダーが次々と燃え上がる。
「お姉さまの邪魔はさせないのじゃ!」
カルラがブレスを吐く。
ゴォォォォ!
残りのケーブスパイダーが焼け落ちた。
「ミケケ、ヴィヴィの回復を!」
「わかったにゃ!」
ミケケが駆け寄る。
「白ノ三式・キュアポイズン!」
緑の光がヴィヴィを包んだ。
紫色の液体が——傷口から排出される。
「白ノ五式・ヒール!」
傷が塞がっていく。
「ありがとう、ミケケ」
ヴィヴィが微笑んだ。
「どういたしましてにゃ」
ミケケの尻尾が揺れる。
私は深く息を吐いた。
(油断禁物だわ……)
ケーブスパイダーの死体を焼却する。
煙が立ち上る。
◆ ◆ ◆
「先に進みましょう」
私は告げた。
そして——
狭い通路を抜ける。
「うわ、広いのじゃ!」
カルラが声を上げた。
「天井が高いにゃ……」
ミケケが見上げる。
「何かいそう——」
ヴィヴィが盾を構え直した。
「なにか来るのさ!」
ナターシャが叫ぶ。
その時——
カサカサカサカサカサ……
昆虫の足音が聞こえる。
無数の。
「!」
嫌な予感がする。
サークルライトが——
空間を照らし出す。
そこには——
大型のケーブローチが大量にいた。
体長一メートル。
黒光りする外骨格。
長い触角。
素早い動き。
巨大なゴキブリだ。
「ケーブローチにゃ……」
ミケケが呟く。
その瞬間——
私の中で、何かが崩壊した。
◆ ◆ ◆
「キャアアアアアアアアアアア!」
私の声だった。
手が——震える。
足が——竦む。
草薙の剣が——
カラン。
地面に落ちた。
「Gは……」
声が震える。
「Gだけは……だめなのよ……!」
顔面蒼白。
冷や汗が止まらない。
(艦長の威厳が……)
(でも……無理なのよ……!)
(あれだけは……本当に無理……!)
「ミサカ!」
ナターシャが叫ぶ。
「しっかりするのさ!」
「お姉さま、どうしたのじゃ!」
カルラが心配そうに駆け寄る。
だが——
私は動けない。
ただ——震えることしかできなかった。
「Gは……Gは……」
うわ言のように繰り返す。
◆ ◆ ◆
ケーブローチの大軍が——
悲鳴を聞きつけて、こちらへ向かってくる。
カサカサカサカサカサ!
無数の足音。
ヴィヴィが私の前に立った。
盾を構える。
「大丈夫、ミサカさん」
「あたしが守るから」
その時——
ナターシャの声が響いた。
「あたいが指揮をとるのさ!」
普段とは違う——
勇ましい声。
力強い。
(ナターシャ……)
私はぼんやりと、その声を聞いていた。
「みんな、落ち着くのさ!」
「ミサカは今、戦えない」
「でも——あたいらがいる!」
ナターシャが杖を構える。
「ミサカを守って、敵を倒すのさ!」
「ミケケ!」
ナターシャが指示を飛ばす。
「入り口にホーリーウォールを築くのさ!」
「わかったにゃ!」
ミケケが詠唱する。
「白ノ三式・ホーリーウォール!」
大広間と通路の間に——
金色の障壁が形成された。
ケーブローチが障壁にぶつかる。
ガンガンガン!
だが——障壁は破れない。
「カルラ!」
ナターシャがカルラを見る。
「ホーリーウォールが解除されたら、ブレス攻撃を頼むのさ!」
「ミサカを守るのさ!」
「分かったのじゃ!」
カルラが拳を握る。
「お姉さまはうちが守るのじゃ!」
◆ ◆ ◆
ナターシャが詠唱を始める。
「黒ノ二式・メガフレア!」
巨大な火球が出現した。
無詠唱で次々と——
二つ、三つ、四つ、五つ、六つ。
計六つの火球が空中に浮かぶ。
「そろそろさね」
ナターシャがミケケを見る。
「ミケケ、障壁を解除するのさ」
「わかったにゃ!」
ミケケが杖を下ろす。
パリンッ!
障壁が砕け散った。
ケーブローチが迫る。
カサカサカサカサカサ!
「今なのじゃ!」
カルラが口を開ける。
ゴォォォォォォォ!
炎のブレスが吹き出した。
近接するケーブローチが——次々と焼け落ちる。
ジュウゥゥゥ……
私はぼんやりと見ていた。
(みんなが……戦ってくれてる……)
「くらうのさ!」
ナターシャが火球を放つ。
一つ、二つ、三つ——
六つの火球が空間に飛んでいく。
そして——
ドゴォォォォン!
大爆発。
空洞内のケーブローチが——ほとんど焼き尽くされた。
煙が立ち込める。
生き残った五匹が迫ってくる。
カルラが再びブレスを吐いた。
ゴォォォォ!
四匹が焼かれる。
最後の一匹が——
私に向かって突進してくる。
カサカサカサカサ!
「ひっ……!」
私の声が漏れる。
「させない!」
ヴィヴィが盾を構えた。
「ミサカさんには——」
一歩、前に出る。
「指一本触れさせない!」
力の限り盾を叩きつけた。
ドゴォン!
強烈なシールドバッシュ!
ケーブローチが吹き飛び——
壁に激突して粉々に砕け散った。
◆ ◆ ◆
静寂。
煙だけが、ゆっくりと昇っていく。
「よし、終わったのさ」
ナターシャが息を吐いた。
「ミサカ」
私を見る。
だが——
私は放心状態だった。
「Gだけは……だめなのよ……」
うわ言のように呟く。
ナターシャが頭を抱える。
「今日は、ここまで——」
ナターシャが落ちている草薙の剣を私の鞘に戻す。
「あんたたち、ミサカの周りに集まるのさ」
全員が私の周りに集まった。
「黒ノ二式・エスケープ!」
光が——私たちを包む。
◆ ◆ ◆
鉱山の入り口。
午後3時。
曇り空が広がっていた。
私は——まだ放心状態。
ナターシャが正面から——
私を抱きしめた。
「大丈夫さ、ミサカ」
温かい声。
「あんたらもミサカを抱きしめるのさ」
「わかったのじゃ!」
カルラが背中から抱きしめる。
「お姉さまは一人じゃないのじゃ!」
「あたしたちがいるよ、ミサカさん」
ヴィヴィが右から。
「ミサカは吾輩のレディ友達にゃ」
ミケケが左から。
四人に囲まれて——
温かい。
震えが、少しずつ止まっていく。
呼吸が、落ち着いてくる。
(みんな……)
(ありがとう……)
しばらくして——
私は正気を取り戻した。
◆ ◆ ◆
「狼狽してしまい……」
私は小さく呟く。
「申し訳ありません」
頭を下げようとする。
だが——
ナターシャが私の頭を撫でた。
「誰にだって、弱点はあるものさ」
優しく微笑む。
「完璧な人間なんていない」
「ミサカも、普通の女の子だったのさ」
「ケーブローチが怖くて当然なのさ」
「お姉さまはうちが守るのじゃ!」
カルラが抱きついてくる。
「ミサカさんは、いつもあたしたちを守ってくれてる」
ヴィヴィが微笑む。
「今日は、あたしたちがミサカさんを守ったんだよ」
「そうにゃ」
「仲間が困っていたら助けるものにゃ」
ミケケの尻尾が揺れた。
「ミサカも吾輩と同じ普通のレディにゃ」
「吾輩、安心したにゃ」
私の目から——涙が零れた。
「みんな……」
温かい。
仲間がいる。
私は——一人じゃない。
「ありがとう……」
小さく呟いた。
◆ ◆ ◆
「今日は早いけど、帰るのさ」
ナターシャが飛行ドローンを指差す。
「ゆっくり休むのさ、ミサカ」
「……はい」
私は頷いた。
飛行ドローンに乗り込む。
自動操縦で、武蔵御殿へ。
空を飛ぶ。
眼下には、森が広がっている。
曇り空だが——
心は、温かかった。
続く




