第16話 依頼
王国歴300年4月2日——
武蔵御殿、食堂。
朝食のテーブルに、プリティームーンのメンバーが集まっていた。
「昨日は楽しかったね」
ヴィヴィが笑顔で言う。
「えぇ、とても——」
私も自然に微笑んでいた。
温かい気持ちが胸に広がる。
「今日のお姉さまは昨日のお姉さまより乙女なのじゃ!」
カルラが嬉しそうに言った。
「昨日のミサカはレディだったにゃ」
ミケケがニヤニヤする。
「ミケケ!」
私は顔が熱くなる。
「でも、良かったのさ」
ナターシャが優しく微笑む。
「ミサカの過去を知れて、あたいらも嬉しかったのさ」
温かい朝のひとときが過ぎていく——
今日は宰相から呼び出しを受けていた。
私は準備を整え、馬車で王都へ向かった。
◆ ◆ ◆
宰相執務室。
扉を開けると——
ボンノー宰相とヤマトヒメ、そしてムサシヒメがいた。
「ミサカさん、よく来てくださいました」
ボンノーが一礼する。
「命により参上致しました。閣下」
「妻たちから聞きました」
ボンノーが穏やかに微笑む。
「よろしければ、自分も名前で呼んでくれませんか?」
「……わかりました。ボンノーさん」
私は頷いた。
ヤマトヒメが扶桑茶を淹れてくれる。
ムサシヒメがお茶菓子を用意した。
「どうぞ、ミサカさん」
「ありがとう」
お茶を一口飲む。
ボンノーがテーブルに地図を広げた。
「まず、ミサカさんにお話ししたいことがあります」
指が地図上を動く。
「以前ミサカさんに調査していただいたノルデンの死灰草ですが……」
「はい」
私は身を乗り出す。
「同様の事件が、いくつかの村で発生していました」
「!」
「幸い、ミサカさんの創薬した薬で事なきを得ましたが——」
ボンノーの表情が曇る。
「毒が混入していたのは、国王派貴族領及び王家直轄領のみでした」
「つまり……」
「ええ。意図的です」
私は地図を見つめた。
赤い印が、国王派の領地に集中している。
「さらに——」
ボンノーが別の印を指差す。
「魔物による村への襲撃、街道への野盗の暗躍……」
「すべて国王派にとって不利益になるものばかりです」
「反国王派の仕業……ですか」
私の目が少し鋭くなる。
「間違いないかと」
「しかし——証拠がないのも事実です」
ボンノーが拳を握る。
「警備を強化してはいますが……」
「国内の情勢は非常に不安定です」
静寂。
私は深く息を吐いた。
お茶菓子を一つ口に入れる。
(美味しい。扶桑の味!)
少しだけ、緊張が和らいだ。
ボンノーが別の地図を広げる。
西の山岳地帯を指差した。
「有事に備えて、わが国では黒鉄鋼が大量に必要なのです」
「市場で買い入れを行っておりますが、数が少なくて」
ボンノーが続ける。
「そこで——」
「ミサカさんにお願いがあるのです」
指が山の奥を指す。
「ウェスタル鉱山」
「かつて、この国随一の黒鉄鋼の生産量を誇っていた鉱山です」
「かつて、ということは……」
「今は操業停止中です」
ボンノーが頷く。
「理由は?」
「スタンピードです」
「スタンピード……?」
私はその言葉を知っていた。
「鉱山から大規模な魔物が発生するということでしょうか?」
「その通りです」
「ウェスタル鉱山では、定期的にスタンピードが発生しています」
ボンノーの表情が曇る。
「その度に、周辺の村々に甚大な被害が出ています」
「原因不明で——」
ボンノーが真剣な表情で続ける。
「長い間、ウェスタル鉱山周辺は立ち入り禁止措置を行っております」
「……」
私は地図を見つめる。
「そこで、プリティームーンに依頼したいのは——」
ボンノーが深々と頭を下げた。
「ウェスタル鉱山の魔物の駆除とスタンピードの原因の調査です」
私は少し考える。
「報酬ですが——」
「金貨二千枚を用意させていただきます」
「!」
二千枚——二億円!?
「非常に危険な任務ですが——」
ボンノーが顔を上げる。
「この任務を依頼できるのがプリティームーンしかいません」
私は頷いた。
「わかりました」
「まずは——」
私は真っ直ぐにボンノーを見る。
「仲間と相談してから、お返事させてください」
「もちろんです」
ボンノーが微笑む。
「お待ちしております」
◆ ◆ ◆
武蔵御殿。
私は一同に状況を説明した。
「——ということです」
「みんなの意見を聞かせてください」
静寂。
しばらくして——
「ウェスタル……」
ヴィヴィが小さく呟いた。
「ヴィヴィ?」
私は彼女を見る。
ヴィヴィの拳が、震えていた。
ナターシャが——何かを察したように、ヴィヴィの肩にそっと手を置く。
「ヴィヴィ、無理しなくていいのさ」
優しい声。
「でも——」
ヴィヴィが顔を上げる。
「あたしの故郷なんだ、ウェスタル」
「!」
私とカルラとミケケが驚く。
「十年前……」
ヴィヴィの声が震える。
「あのスタンピードで、父さんと兄さんが……」
「ヴィヴィ……」
私は息を呑んだ。
涙が、ヴィヴィの頬を伝う。
「母さんとあたしとティティを逃がすために……最後まで戦って……」
「盾になってくれたんだ」
ナターシャが静かに言った。
「だから、行かなくていいのさ」
「あたいらが行く。ヴィヴィはここで待っていればいい」
「姐さん……」
ヴィヴィがナターシャを見る。
だが——
「ううん」
ヴィヴィが首を横に振った。
涙を拭い、強く言う。
「あたしは行く」
拳を握りしめる。
「あの悲劇を……もう二度と繰り返したくないんだ」
「父さんと兄さんみたいに、誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて——」
ヴィヴィの目に、強い意思が宿る。
「スタンピードの原因を、あたしが止める」
「そうすれば、もう誰も——」
「誰も死ななくて済むから」
私はヴィヴィを見つめた。
(ヴィヴィ……)
悲しみを乗り越えて、前を向いている。
誰かを守るために。
「わかったわ、ヴィヴィ」
私は頷いた。
「一緒に行きましょう」
「ミサカさん……」
ヴィヴィが笑顔を見せた。
涙の跡が残る、けれど凛とした笑顔。
「吾輩も行くにゃ」
ミケケの耳が立つ。
「ヴィヴィを一人にはさせないにゃ」
「うちもお姉さまと一緒なのじゃ!」
カルラが拳を突き上げる。
「ヴィヴィの仇を討つのじゃ!」
「仇じゃないよ、カルラ」
ヴィヴィが優しく微笑む。
「みんなを守るために、行くんだ」
ナターシャが深く息を吐く。
「……わかった。止めても無駄な顔をしてるのさ」
ヴィヴィの頭を撫でた。
「なら、行くしかない」
「あたいが、ヴィヴィを守るのさ」
「ありがとう、姐さん」
私は立ち上がった。
「では——」
「プリティームーンは、ウェスタル鉱山へ向かいます」
全員が頷いた。
◆ ◆ ◆
翌日、ボンノーさんに受諾の意思を表明。
私たちは飛行ドローンでウェスタルへ向かった。
◆ ◆ ◆
ウェスタル鉱山町——
町は、荒れ果てていた。
人影はない。
「……」
ヴィヴィが無言で町を見つめている。
奥に、巨大な坑道の入り口が見える。
暗闇が、口を開けていた。
続く




