第15話 ミサカ
私は静かに語り始めた。
「私は和泉の国、美多木神社の娘として生まれました」
「幼い頃は——」
少し遠い目をする。
「魔女っ娘の物語が好きな、普通の女の子でした」
苦笑する。
「剣術なんて興味がなかったんです」
「でも、親に二天流の道場に入れられて……」
「それで——」
私は胸の前で手を組む。
「十歳の時です」
「師範との模擬戦がありました」
「その模擬戦で私が——勝ってしまったんです」
「!」
一同が驚く。
「十歳で師範に……?」
クレアが目を見開く。
「はい」
私は頷いた。
「その時——不思議な感覚があったんです」
「相手の動きが…遅く見えたんです」
「時間がゆっくり流れているような…」
ナターシャの目が——鋭くなった。
「女性陣からは喝采されました」
「でも、男性陣からは——どよめきが上がって」
「その時から…『普通じゃない』って自覚はありました」
◆ ◆ ◆
「十二歳の時です」
「多木小学校で、クラスの男女が大喧嘩になってしまって…」
「私が女子代表として、男子代表と一騎打ちすることになりました」
「体育館裏で、クラス全員が集まって」
「そして——」
「私は手刀で男子を倒してしまったんです」
「その時も——男子の動きが止まって見えたんです」
「手刀……!」
ヴィヴィが驚く。
「女子からは歓声が上がりました」
「でも男子からは——」
「『怖い』って顔で見られて」
私は俯く。
「なぜそんなことができたのか、自分でも分からなくて……」
◆ ◆ ◆
「十三歳から手平山女子校に通いました」
「女性ばかりだったので、居心地は良かったです」
「でも——」
私は苦笑する。
「2月14日になると、同性からたくさんチョコレートをもらうんです」
「なぜ、その日にチョコレートが貰えるんですか?」
リリアが尋ねる。
「扶桑では好きな人に贈る習慣があって……」
「普通は女性から男性にチョコレートを贈るんです」
私は肩をすくめる。
「あ」
クレアが理解する。
「つまり、ミサカさんは女性から……」
「はい……」
「『お姉さま』『ミサカさま』って呼ばれて……」
ナターシャが私を見つめた。
「ミサカは、同性にモテたということかい?」
沈黙。
「今思えば、そうだったのかもしれません」
私は頷いた。
◆ ◆ ◆
「十七歳の時です」
私の表情が曇る。
「友達と遊んでいたら、不良グループに囲まれました」
「遊びに行かないかって」
「きっぱり断って、立ち去ろうとしたんですけど——」
「肩を掴まれて」
拳を握る。
「手刀で払ったら、襲いかかってきたんです」
「ミサカさん……」
リリアが心配そうに見つめる。
「そして——」
「全員を倒してしまいました」
「その時も、相手の動きが遅く感じて——」
友達は畏怖するような目で私を見ました。
「その後も何度か襲われたんですけど、すべて撃退しました」
「それ以降、不良たちは私を見ると頭を下げて、足早に去っていきました」
「『あの女はやべぇ』『化け物だ』って……」
静寂。
◆ ◆ ◆
「十八歳の春、私は海軍士官学校に入学しました」
私は顔を上げる。
「物語の女性士官に憧れて」
「かっこいい女性士官になりたくて」
クレアが微笑む。
「入学直後の体力測定で、百メートル走がありました」
「男子と一緒に測ったんです」
「そこで——」
「『負けたくない』って思ったら……」
「体が急に軽くなって」
「風になったみたいに——」
「一位で走破してしまいました」
ナターシャの目が——さらに鋭くなる。
「男性陣からどよめきが走って」
「その後も、戦術、砲術、航海術——すべて学年トップで」
◆ ◆ ◆
「優秀な士官候補生として評価されました」
「でも——孤立していました」
「男子学生は気後れして近寄らない」
「女子学生からは人気があったんですけど……」
「本当は——」
声が震える。
「普通の女の子として、友達や恋人が欲しかっただけなのに……」
リリアの目が潤んだ。
「そして——」
私は深く息を吐く。
「二十歳の頃です」
「訓練後、偶然立ち聞きしてしまったんです」
◆ ◆ ◆
「『加藤、ミサカに告白して玉砕してこい』」
私は当時の会話を再現する。
「『先輩、勘弁してください』」
「『ミサカは美人じゃないか』」
「『勘弁してくださいよ、先輩』」
そして——
「『自分は"人間の女"を相手にしたいのであります』」
「『そうだな…ははは、悪かった』」
静寂。
誰も——何も言わない。
「私は——」
涙が滲む。
「ショックでした」
「人間じゃない、って……」
「化け物だ、って……」
「自分でも、なんで普通じゃないのか分からなくて……」
ヴィヴィが涙を拭う。
カルラも目を潤ませている。
◆ ◆ ◆
「それで——」
私は手を目元に添えた。
「寮の自室で落ち込んでいたんです」
「『私は…人間じゃないのか…』って」
「そんな時——」
顔を上げる。
「ネットサーフィンをしていたら、広告が出てきたんです」
「『恋愛シミュレーションゲーム』って」
「ゲームの中でなら…普通の女の子でいられるかもって思って」
「ダウンロードして——」
私は微笑む。
「ソウジと出会いました」
◆ ◆ ◆
「ソウジは——」
私の声が温かくなる。
「私を恐れなかったんです」
「ゲームの中だけですけど……」
「初めて、"普通に"恋愛できたんです」
「優しくて、強くて、正義感があって……」
「私を——守ってくれて……」
涙が零れる。
「それが……私の好きな人です」
「現実じゃなくて、ゲームの中の人で……」
「変ですよね……」
静寂。
そのとき——
「ねえ、ミサカ」
ナターシャが静かに言った。
◆ ◆ ◆
「それ、全部魔法なのさ」
「!」
一同が息を呑む。
「……え?」
私は目を見開く。
「魔法…ですか?」
クレアも驚いている。
「あたいはずっと気になっていたのさ」
ナターシャが髪をかき上げる。
「ミサカの話を聞いているとね」
深緑の瞳が私を見つめる。
「ミサカは無意識に魔法を使っていたのさ」
「で、でも私は……」
私は混乱する。
「扶桑には魔法なんて……」
「だから気づかなかったのさ」
ナターシャが頷く。
「扶桑には魔法の概念がない」
「だから誰も気づけなかった」
「ミサカ自身も分からなかった」
◆ ◆ ◆
ナターシャが指を立てる。
「十歳の時の『動きが遅く見えた』」
「あれは加速の魔法」
「ミサカが使う風魔法と同じ原理なのさ」
「!」
「十八歳の時の『体が軽くなった』」
「それも同じさ」
「無意識に風魔法で加速していたのさ」
私は震える声で尋ねる。
「でも…どうして私だけ…?」
「魔法の才能さ」
ナターシャが微笑む。
「ミサカは生まれつき魔法の才能があった」
「でも扶桑はマナが希薄で、魔法の概念もない」
「だから無意識の、本能的な魔法しか使えなかったのさ」
「魔法…」
私は自分の手を見つめる。
◆ ◆ ◆
「つまり」
クレアが静かに言う。
「ミサカさんは、魔法の才能があったから」
「人として扱われなかった」
「そういうことさね」
ナターシャが頷く。
「ミサカがこの世界に来た時——」
「あたいは魔法の手ほどきをしたのさ」
「それだけでミサカは魔法が使えた」
「その時は驚いたものさ」
私は——
呆然とする。
(私の異常性の正体は…魔法だった…?)
(だから、周りと違っていたの…?)
◆ ◆ ◆
「だから」
リリアが優しく言う。
「ミサカさんは孤独だったんですね…」
「誰も理解してくれなくて…」
リリアが私の手を握る。
「でも、今は違います」
温かい手。
「わたしたちは、ミサカさんを理解しています」
「仲間です」
「カルラはお姉さまが大好きなのじゃ!」
カルラが角をぴょこっと動かす。
「ミサカ、吾輩のレディ友達にゃ」
ミケケの尻尾が揺れる。
「ミサカさんはヴィヴィの友達だよ」
ヴィヴィが微笑む。
「ミサカ」
ナターシャが肩を叩く。
「あんたはもう一人じゃないのさ」
「あたいらがいる」
◆ ◆ ◆
私の目から——涙が零れた。
「みなさん…」
初めて——
誰かに理解してもらえた。
初めて——
仲間と呼べる人たちができた。
「ありがとう…」
温かい。
仲間たちに囲まれて。
ここが——
私の居場所。
「ミサカさん」
クレアが微笑む。
「みんな、ミサカさんの友達です」
私は——頷いた。
涙を拭う。
「私の友達——」
温かい時間が流れる。
笑い声が響く。
女子会は夕方まで続いた——
私はやっと、居場所を見つけた。
続く




