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第5話〈ソロコン 後編〉

「*」のついた専門用語には、後書きに解説があります

 10月。杉崎と乃恵琉がソロコンに向けて練習を始めてからおよそ1か月半。

 いよいよ予選当日を迎える。


 この予選で選ばれれば、本選へと進むことが出来る。由希子の車に同乗した二人は、会場となっている隣県のホールに到着した。

 受付を済ませて、控室と書かれた大きな部屋に入り、楽器を置いて二人は一息をつく。

 室内には、見慣れない学生服を着た何人もの参加者が、それぞれに楽器の音出しをしている。誰も一言の会話も無く、淡々と楽器の音だけが響く空間に、緊張感が否応なく高まる。


 乃恵琉には他の参加者たちが皆、自分よりずっと上級者のように見えた。傍らの杉崎を見ると、いつも通りの無表情。さすが落ち着いてるな、と思うと自分も少しだけ落ち着きを取り戻す。大きく息を吸って、ゆっくり吐き、小声で「よし!」と言って楽器の準備を始める。


 気合を入れている乃恵琉を横目に、杉崎はいつも通り、平静な自分を確認していた。杉崎にとってもソロコンは初めてのことだが、緊張はしていない。

 楽器ケースを開き、父親から譲り受けたアルトサックスを軽く撫でる。父が若いころに買った楽器で、その当時の父の給料の数か月分を費やしたと何度も聞かされた。数十年を経てラッカーもかなり剝げ落ちているが、鳴りは良い。音大を受験したいと言った時、父は手放しで応援すると言ってくれた。

 今日は、絶対にこの楽器で勝つと静かに決意して、杉崎は楽器を取り出した。


 二人がそれぞれに楽器の音出しをしている中、由希子は所在なく部屋の隅の椅子に座る。こういう時、ピアノ伴奏者は案外と時間を持て余すものだ。

 何気なく部屋を見渡していると、杉崎と乃恵琉とは反対側にいる男子学生に目が留まる。

 アルトサックスを構え、小さな音で音階練習をしている男子。

 上手い。明らかに他の参加者とはレベルの違う実力を感じる。

 吹いているのは単純な練習だが、極めて高い精度で音をコントロールしている。本番前であるのに落ち着いていて、かなりの経験値もありそうだ。

 コンテストでは、たまにこういうことがある。他の参加者よりも圧倒的に実力の上回る一人がいて、優勝をかっさらう。

 杉崎と乃恵琉は自分の音出しに集中していて、彼には気づいていない。本番前には気づかない方が良いと思った由希子は、何も言わずにその場を過ごしていた。


 しばらくして、控室に係員の声がかかる。乃恵琉の受付番号が呼ばれた。

「じゃ、行ってくる!」

 そう杉崎に言って、乃恵琉は演奏会場のホールへ移動する。


 薄暗い舞台裏に着くと、パイプ椅子が数台置いてあり、そこで待つように言われる。舞台裏では、前の順番の参加者が演奏している音がはっきりと聞こえる。かなり上手いように感じた。聴いていると自分の中にプレッシャーが沸き上がってくる。でも、大丈夫だ。ピアノ合わせの時に聴いた杉崎の演奏に比べたら、大したことはない。乃恵琉はそう思って楽器を握りなおす。


 パラパラとした拍手が聞こえ、演奏が終わる。演奏していた参加者が舞台から出てきて、入れ替わりに乃恵琉の演奏順が来る。

 乃恵琉は、暗い舞台袖から眩しい光に満たされたステージに目を向ける。明るさに目が慣れず、はっきりと見えないがそれでも思い切って足を進める。

 ステージに出ると、いくつものスポットライトに照らされて、光の中を歩いているようだ。慎重に一歩ずつ歩き、床面に舞台中央を示すしるしを見つける。そこに立って客席側を向くと、正面に数名の審査員、他の席にはまばらに人が座っているのが見える。

 鼓動が高まる。血流がグンと心臓に流れ込むのを感じながら、その場で深く、十分に時間をかけてお辞儀をする。これはレッスンで先生に言われたことだ。コンテストでは演奏前の印象から大切。それにお辞儀に時間をかけることで、自分自身を落ち着けることもできる。

 顔をあげて、後ろに座る由希子の方を向いて*チューニング。由希子は落ち着いた表情で乃恵琉を見返す。乃恵琉はトロンボーンを構え、ゆっくりと息を吸い込みピアノの音に合わせて「*B(ベー)」の音を鳴らす。ホールでは杉崎家の防音室よりもずっと音が響く。気持ちよく反響して耳に帰ってくる自分の音。

 よし。いける。

 乃恵琉は正面を向き、深く息を吸って一音目を吹き鳴らす。


 夢中で吹き切って演奏を終え、乃恵琉はステージから降りた。控室に帰る間もドキドキがずっと収まらない。血がものすごい速さで全身を巡る。走ってもいないのに息が荒くなる。

 紅潮した顔で控室に戻ると、杉崎が迎えてくれた。

「お疲れ。どうだった?」

「わかんないけど、とにかく吹いてきた!」

「うん」

「杉崎も頑張って!」

 頷いた杉崎の番号を、係員が呼び出す。楽器を手に杉崎は控室を出る。

 乃恵琉も杉崎の演奏を聴こうと急いで楽器を片付け、客席へと向かった。


 客席に着くと、ちょうど杉崎の一つ前の参加者の演奏が始まるところだった。同じアルトサックス、知らない制服を着た小柄な男子だ。まあ、どうせ杉崎ほどではないだろう、と高を括って乃恵琉は眺める。

 だが、その音を聴いた瞬間、驚愕で目を離せなくなった。


 次元が違っていた。

 豊かで、艶やかで、深みのある音色。とんでもなく難しいであろう音並びを、事も無げに吹く安定したテクニック。ホールを満たすフォルティシモから、繊細に消え入るようなピアニシモ。

 本当に同じ高校生なのかと疑いたくなった。こんなに上手い人がいるなんて。乃恵琉は、吹奏楽のコンクール会場などで、いろいろな学校のサックスを聴いたことがあるが、杉崎より上手い人は見たことがない。高校生で、杉崎より上手いサックスなんて日本中探してもいないだろうと乃恵琉は思っていた。しかし、そんな認識は全く甘かった。上には上がいる。

 この人は、杉崎よりも圧倒的に上だ。

 これを舞台裏で聴いている杉崎は、どんな気持ちなのだろうかと乃恵琉は思う。杉崎自身も、自分より上手い高校生は会ったことがないんじゃないか。さすがに動揺してしまうかもしれない。しかし、常に冷静沈着なあの杉崎だ。きっと大丈夫。

 不安な気持ちで見つめる中、その男子の圧巻の演奏は終わり、杉崎の出番となった。


 その後の杉崎の演奏はボロボロだった。

 自信なさげに吹き始めた音は不安定に揺れて、音程もあやしい。いつも完璧に吹けている箇所も指がおぼつかない。ついには暗譜がとんで分からなくなってしまい、演奏が途切れてしまった。何とか吹き直して演奏を再開したものの、無残なものだった。

 普段の杉崎の演奏を知っている乃恵琉は、叫び出したい気持ちで客席から見ていた。

 こんなんじゃない!杉崎はこんなんじゃないのに!そう思うと、悔しくて悔しくて、乃恵琉の目に涙が浮かぶ。


 演奏を終えると、浅い礼をして、杉崎は足早にステージを降りていった。

 乃恵琉もすぐに控室に向かう。


 控室で見つけた、うつろな表情の杉崎。乃恵琉は言葉をかけることもできない。

 部屋の隅で背を向けて、楽器を片付け始めた杉崎から聞こえる、かすかな嗚咽。


 乃恵琉と由希子は先に控室を出た。

 ロビーに向かいソファーを見つけて腰を下ろす。


 言葉なく座る二人のところに、杉崎も楽器ケースを持って控室から出てくる。その目にもう涙はないが、表情は鉛のように固まったままだ。

 そして一同は、無言のまま結果発表を待った。


 長く空虚な時間の後、係員と思しき数人の男女がロビー現れた。それに合わせて、演奏を終えた参加者の人だかりがざわざわ動く。

 ロビー中央に置かれたホワイトボードに人が集まる。審査結果が張り出された。予選を通過した者の名前が発表される。


 〈トロンボーン 山田乃恵琉〉

 乃恵琉は自分の名前を見つける。だが、杉崎の名前はなかった。

 杉崎は全く感情のない顔で、その発表を見ていた。

「おめでと。乃恵琉」

 顔も見ずに小さく言って、杉崎はその場から離れて行った。

 乃恵琉は後を追うこともできずに立ち尽くす。

 喜びと、悲しさと、悔しさと、どうにもならない気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。

 周りでは、たくさんの参加者たちが一喜一憂しているが、乃恵琉の耳には何も届かない。

 ただ無音の中にいるようだ。

 歩み寄ってきた由希子に肩をたたかれて、ようやく意識が今に還る。

「おめでとう。乃恵琉ちゃん。じゃあ、帰ろうか」


 二人が駐車場に行くと、杉崎は既に車の前で待っていた。一行は、重苦しい空気のまま車に乗り込み、帰路に就く。


「乃恵琉ちゃんは今日の演奏、今までで一番良かったね。練習だと失敗してた部分も吹けてたし。彩香ちゃんは、うーん、残念だったわね。まあ、こういうこともあるものよ」

 帰りの車内で、由希子は努めて明るくふるまって声をかけたが、「ありがとうございます」という乃恵琉に対して、杉崎は無言のままだった。

「杉崎の前に吹いてた人、めちゃくちゃ上手かったですよね。あんなに上手い人がいるんじゃ、しょうがないですよね」

 乃恵琉は少しでも杉崎を励ましたいと思って、由希子に話しかける。

「あの子ね、控室にいた時から上手いなって思ってたけど、演奏順が彩香ちゃん直前だったのは不運だったわね。あの子の伴奏してたピアニストが私の知り合いだったから、聞いてみたら隣県の音高の子なんだって。もういろんなコンクールで入賞してて、芸大目指してるって」

「芸大って、*東京藝術大学ですか?入るの超難しいって聞いたんですけど」

「そうねー。子供のころから本気でプロを目指してるような子たちの中でも、特に上手くないと入れないから」

「うわー。そういう人たちって、本当に別次元って感じですね。まあ、しょうがないよ、杉崎」

 乃恵琉は窓の外を見たまま、会話に入らない杉崎に声をかけた。

 そんな乃恵琉に、杉崎は反応しなかった。

 顔を背け、手は膝の上で握りしめられたままだ。

 かすかな吐息。杉崎の髪が揺れる。


 乃恵琉が再び声をかけようとした瞬間、杉崎は独り言ちるようにつぶやく。

「しょうがなくなんてないよ」


 再び黙り込む杉崎に、乃恵琉は何とか間を繋ごうと話しかける。

「また頑張ればいいじゃん。ソロコンは他にもあるんだからさー。あんな上手いやつ、そんないないだろうから、今度は大丈夫だよ」


 杉崎はゆっくりと乃恵琉に向き直り、硬い視線を放つ。

「何言ってんの?乃恵琉。音大に入ったら、ましてやプロ目指すってなったら、あのくらいのやつがゴロゴロいるんだよ。聴いてたんなら分かったでしょ。私じゃ全然ダメだって」

「そんなことないって、杉崎。今回はちょっと失敗しただけだって」

「いや、本番であんなにびびって、暗譜も飛んじゃう時点で、ダメなんだよ」

「誰でもミスることはあるって」

「ミス?ミスなんてもんじゃなかったでしょ、今日のは。ボロボロだったじゃん」

「そんな…。練習では吹けてたんだし。次、頑張れば…」

「そうじゃなくて!そもそも私なんて才能ないんだってことだよ!才能ないやつがなにやったって無駄じゃん!」

 杉崎は、声を荒げて吐き捨てた。

 乃恵琉は、初めて聴く杉崎の感情的な声に、何も反応出来なかった。

 ただ、沈黙だけが流れた。


「乃恵琉はいいよね。才能あるよ」

 長い間があって、杉崎が口を開く。冷え切ったように温度のない声。

「そんなことないでしょ。今回はたまたま上手くいったけど、まだぜんぜん下手だし」

「いや、技術的なことはこれから練習していけば身に着くから。そうじゃなくて音が良いってこと。これは才能なんだよ」

「え?」

「管楽器はさ、吹く人によって音が違うじゃん。それって、骨格とか歯並びとか、そういう個性なんだろうけど。それで、最初から超良い音で吹けちゃうやつっているんだよ。今日、私の前に吹いたやつとか、乃恵琉もそう」

「そうなの…?」

「そうだよ。初めてうちの防音室で一緒に練習した時から思ってたし。学校とかお父さんの楽団のトロンボーンの人と、乃恵琉の音はまるで別物だよ。乃恵琉はまだ下手かもしれないけど、音だけなら昔聴いたプロの人に近い」

「うそでしょ。それほどじゃないよ」

「いや、そうなんだって。私は、親の影響で子供のころからいろんな音楽聴いてきたから、耳だけはいいんだよ。乃恵琉は天才。それで、私は凡才ってこと」

「そんな、急に褒めてこられても…。杉崎だって才能あるでしょ」

「別に褒めてる訳じゃない。ただ事実を言ってるだけ。管楽器の才能って、結局、音なんだよ。それ以外の技術とか音楽性とかは、練習すれば身に着くから。でも、音はさ。さっきも言ったけどもって生まれた身体で決まるから。私は、多少は器用に吹けるかもしれないけど、あんな良い音出せないんだよ。それが今日、はっきり分かったんだよ」

 杉崎は冷静に言い放つ。乃恵琉はなにも返すことができなかった。


 それまで二人の会話を運転席で聞いていた由希子は、大きく息を吐く。

「彩香ちゃん、あなたの言っていることはよくわかるわ。私も今日、伴奏をしてて乃恵琉ちゃんが凄く良い音で吹いてたの聴いてたし。特に第一印象が大事なコンテストだと、音が良いってことはアドバンテージになるわね。でも、彩香ちゃんの良さだって私は知ってるから」

 杉崎は、無表情のまま聞き流す。由希子は淡々と続ける。

「私はピアノだけど、手が小さいのね。だからどうしても弾けない曲があって。大学の時に猛練習したけど、やっぱり弾けなかった。手が大きい同級生が私の弾けない曲を弾いているのを聴いて、本当に悔しかったわ。私の手がもっと大きければって。でも、手が小さい方が小回りが利いて良い時もあるの。*ラフマニノフは無理だけど、モーツァルトなら私は絶対に自信がある。だからつまり、生まれ持った身体の才能もいろいろってこと。彩香ちゃんの意見はもっともだけど、音楽に対してちょっと一面的過ぎる。音が良いってことにも、いろんな『良い音』がある。彩香ちゃんの前に演奏した男の子みたいな音は、彩香ちゃんには出せないかもしれないけど、違う『良い音』を出せる可能性はきっとある。音楽のスタイルは無限にあるもの。才能っていう言葉で安易に片づけて、自分を諦めるのは、まだ早いんじゃないかと思うな」

 由希子は、優しい声で語る。杉崎は、相変わらず無反応のままだが、言葉は耳に届いていた。

「そうだよ。杉崎。私、杉崎が吹いた宝島のソロを聴いた時、マジで感動したんだから。あの宝島は、他の人には吹けないよ。そりゃ、上手な人はいるだろうけど、杉崎みたいな熱さはないもん」

 乃恵琉の言葉に、杉崎はほんの少し頬を赤らめて、うつむいた。


 車は乃恵琉の家の前に到着した。先に乃恵琉だけが降りる準備をする。

「乃恵琉ちゃん、お疲れ様。彩香ちゃんはこの後、家まで送ってあげるから」

「由希子先生、ありがとうございます。それじゃあ杉崎、また来週のノー部活デーでね!」

 乃恵琉はそう言って車を降りて、杉崎に手を振った。

 杉崎は無言のままちらっと乃恵琉を見て、わずかに手を挙げて振り返した。


 水曜日、乃恵琉は今日行くから、と杉崎にメッセージを送ったが、既読スルーだった。

 それでも、構わずに乃恵琉は杉崎家を訪れて、インターホンを鳴らす。

「乃恵琉ちゃんいらっしゃい。どうぞー」

 杉崎の母が明るく出迎えてくれ、乃恵琉は防音室へ通される。中には杉崎がいつも通り楽器を手に座っていた。

 ちらっと乃恵琉を見た杉崎は、一言も話さない。そのまま壁を向いてロングトーンを始める。 

 乃恵琉も無言のまま楽器を出して、練習を始める。

 楽器を吹いていれば、いつもと変わらない空間だ。互いに自分の練習を淡々と進めていく。


「乃恵琉、そこちょっと音程おかしくない?」

 不意に杉崎が声をかける。

「え?わかんなかったけど、どこ?」

「そのFの音、高すぎでしょ。ていうか、いつもFが高くなるのに気づいてないの?」

「あ、そうか。Fが高くなりやすいのは、もちろん知ってたよ。でも、うっかりってあるじゃん」

「うっかりじゃないんだよ」

「厳しいな~」

 杉崎から容赦のない指摘に、乃恵琉は悪い気はしなかった。一瞬、お互いに目が合って、また練習に戻る。杉崎のやつ、始めは冷静なやつなんだと思ってたけど、本当はけっこう感情的なんだと乃恵琉は思う。

 杉崎は、厳しく指摘しても一向にへこたれることも無く、きちんと修正してくる乃恵琉に、密かに敬意を抱いている。欠点や失敗を素直に認めて、それを直していくことは、簡単なようで難しいことだ。


 自分も変わっていかなければ。

 サックスのレッスンを受けている先生に、ソロコンの結果を報告したら、冬に開催の別のコンクールに出ないかと言われた。先生も若い時はコンクールに落ちまくったことがあるらしい。

「私、冬のソロコンも出るから」

「そうなの!私も出よっかな~」

「乃恵琉は、まずは今回のソロコンの本選でしょ。そんなんで金賞とれると思ってるの?」

「どっちも頑張るから!それに冬はアンコンもあるし、もっと練習しないとね!」

 真っ直ぐ目を見てそう宣言する乃恵琉に、杉崎は自分の気持ちも強くなっていくのを感じる。〈もっと練習しないとね!〉と心の中で繰り返して、楽器を構え直す。


「私、音大受験するから」

 二人が基礎練習を一通り終え、無音の空白がふと降りた時、自らに決意するように乃恵琉は言った。

「そう。決めたんだ」

「うん。親にはこれから言う。お金かかるから反対されるかもだけど」

「奨学金とかもあるらしいよ」

「そうなんだ。調べてみる」


 二人は今日も白い壁に囲まれた防音室で、ハーモニーを響かせる。初めて合わせたころに比べ、二人の音は表情を増して、色鮮やかなパレットのように多彩な響きを奏でていく。

 ノー部活デーの二重奏が部屋の中を満たす。

 週1回のこの時間が、二人の今と未来を大きく変えた。これからもきっと変わっていく。でも、二人で練習したこの部屋、この時間、そのかけがえのない思い出は、忘れられることなく、二人の中に降り積もっていく。


「もう一回、一緒に吹こうか、乃恵琉」

「OK!杉崎」

 二人は楽器を構えて、大きく息を吸い込んだ。


【吹奏楽 用語解説】

〈チューニング〉

ソロを吹くときは、演奏前にピアノと音合わせのためのチューニングをします。


〈B〉

ドイツ語読みで「ベー」、シのフラットの音です。

トロンボーンは通常の、このBの音でチューニングします。

ピアノが先にBの音を鳴らし、それに合わせてトロンボーンが1~2回、Bの音を吹くのがチューニングの流れです。


〈東京藝術大学〉

日本で一番入試難易度の高い音楽大学です。藝術大学の「藝」の字は、「芸」ではなくこの難しい字体を使うのが正式の様です。


〈ラフマニノフ〉

20世紀を代表する偉大なピアニストで、作曲家としても素晴らしい楽曲をたくさん作曲された方です。

手が非常に大きかったので、彼のピアノ曲には、手の小さい人には弾くことが困難な曲があります。

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