01 神の日常
―――2014年12月25日PM21時57分―――
1.世界にファンファーレを響かせた優しい神様は、一粒の可能性に満ちた小さな種に力を注ぎこむと、青が広がる美しい世界が生まれました―――
2.神様はこの広い世界にいるすべての動物に幸せを届けるため、自らの血を代償に七人の人間をその地へと産み出しました―――
3.神様によって生み出された最初の七人の人間たちには不思議な力が宿っており、その力で森や海、そして空間と時間を作りました―――
4.神様はそんな世界とこの夢の様な楽園を作り愉快に過ごす人間たちをたいそう愛し、享楽しました―――
5.そして神様と七人の人間たちは世界を幸せへと導けるよう全身全霊で頑張り、この先の未来を楽しく幸せに暮らしました―――
「―――おしまい―――」
夜の静寂が辺りを包む中、神は少女に絵本を読み聞かせていた。
二人が読んでいるのは神様の軌跡の物語。絵本ににされているだけあって実に子供向けといったところか、人の愛に満ちた世界を神様が楽しむというなんと平和なことかと思う絵本だ。
「え~!またここでおわり~!?もっとききたい~!ききたいききたい~!!」
少女はこの絵本が大好きである。それはもう、神に毎日読み聞かせをさせるくらいには。
「だーめ・・・。早く寝ないと怖いお化けが襲いに来ちゃうよ・・・」
だが、今日はもうお開きらしい。神は絵本をそっと閉じ、椿を強引にベッドへと寝かせる。
「え~・・・やだ~。でも、神様の声もっと聴きたいから~だから続きよんで~!!」
寝ころびながら少女が必死に物語の続きを読めと駄々をこねるが、神は断固として読まない。ダメなものはダメだ。それにここで要求を呑むと永遠に続いていくのが分かっているからだ。
「君が悪い子のせいでもうそこに怖いお化けが来ちゃってるよ~。私は守らないからね~」
「絶対嘘!私が危ない時は絶対に神様が助けてくれるって分かってるから!神様は優しくて最強で最高の良い神様!そうでしょ!!」
少女は満面の笑みで神にそう言う。思わず私の顔から微笑みが落ちてしまう。
「ふっ・・・君には負けるよ。・・・そうだね、必ず君は私が命を懸けてでも守ってみせるよ・・・。でも今日はもう寝ないと。分かった?」
「ちぇ~・・・。分かったよ・・・。でも明日は絶対お話の続きを聞かせてね!」
「・・・はいはい、分かったよ。・・・それじゃ、私はそろそろ行くよ。おやすみなさい椿・・・」
「うん!おやすみ!神様!!はやく帰ってきてね!!」
「ああ・・・、必ず約束するよ・・・」
神は少女に別れを告げ、一人ベッドから抜け出す。そして部屋を出ると着ていた服を脱ぎ、純白のドレスの様な服を身に纏い外へと飛び出す。
行先は決まっている。やることも決まっている。今からやることは、あの人が生み出した原罪を消すだけの作業だ。簡単。私には簡単なことだ。私が汚れるだけでいいのだから。なのに何故だろう。こんなに足が重たいのは。
「神様は優しくて最強で最高・・・か・・・。そうだな、あの人はずっとそうだったじゃないか。だかほら、あんたも笑えよ。神・・・」
神はそう呟きながら夜の空へと飛び去る。
―――2014年12月25日PM23時57分―――
「あんただろ・・・、人を殺し続けているイカレやろうってのは・・・。1年前ニュースになった施設にいた全員をぶち殺したってやつもお前だよな・・・この化け物・・・」
「そうだね、私は化け物だよ。でも知っているだろ?化け物は人を殺して血をすすっていかなければ生きていけないんだよ」
薄暗い路地裏の中、少女はそんな言葉を吐きながら切っ先を男へと振り下ろすと、世界を照らしていた月明かりが赤へと染まっていく。
「君に安らかなる死を」
少女はそう言うと痕跡を一切残さず空へと高く飛び上がり、自らの家へと帰る。
「あの子ちゃんと寝てるかな・・・。最近言う事聞かなくなってきたんだよな・・・」
―――私、雪野 椿は神である。そして、人殺しの神だ。
理由があってこの世界にいる人間を全員殺す。
文字道理の意味だ。絶望と悲鳴の限り殺し尽くし、世界から人類の痕跡を一切残さず消す。
何故かって?私は人間に絶望をもたらしたいんだよ。それは偏に、人間が嫌いだからだ。人間たちだって嫌いな虫を簡単に殺すだろ?それと同じだ。
強欲を唄う人間が嫌いだ。幸せを唄う人間が嫌いだ。矛盾した人間が嫌いだ。自分を棚に上げる人間が嫌いだ。人を救う人間が嫌いだ。争いを進める人間が嫌いだ
―――私は、人間が嫌いだ。
ほら、人間と同じ。神なんて単純だろ?聖書の様な人類に幸せを歌う、実にバカで愚かで無知な神様なんていないんだよ。聖書なんて100円ショップで売っているただのジョークグッズだ。だから、そんなふざけた物を書いた奴らは全員殺した。惨たらしく悲鳴も上げさせないほどに。
その他にもこの世界にいるむかつく奴はいっぱい殺した。
一昨日は8人殺した。昨日は3人殺した。そして今、一人殺した。もう何人私の手で殺したか分からない。でもそれでいい。殺した数を数えても時間の無駄なだけだ。
そんな私にも殺せない人間がいる。私のお気に入りの小さくてかわいい女の子。
「ただいま~・・・」
雫は閉めていた家の玄関を鍵で開け、扉を音を立てずゆっくりと開けていく。私があれほど寝ろと言ったから寝ているとは思うが、ここまで慎重なのはあの子にばれたら面倒なことになるのは明白だからだ。
「神様遅い・・・。すぐに帰ってくるって言ったじゃん・・・」
「あっ・・・。やっっっっっっっっうううう~・・・」
ゆっくりと家の中へ入るといたよね。それも直ぐそばに、玄関に半泣きでウミウシのぬいぐるみを持った小さな女の子が。その女の子が私の足へと抱きついてくる。
「なんで・・・寝てないんだ・・・椿・・・」
少女はその答えに何も答えず頬をぷくーと膨らませ上目遣いでこちらを見てくる。私は頭を抱えてしまった
―――雪野 椿。私が今育てている子供であり、私が神と唯一知っている人間である。
咲き誇った黒薔薇のようなサラサラの髪に、全てを煌めかすような澄んだ琥珀色の瞳。
いつも元気でわんぱくな、本当に手のかかる寂しがりやな女の子。
さっき言っただろ、お気に入りの子供がいるって。それがこの子だ。
彼女は約半年前に起きた宗教施設での89人が虐殺された事件の生き残りである。
あの事件は一時期、日本どころか世界で取り沙汰された事件だった。近隣が一時期封鎖され、警察官のほとんどが吐いてしまうほど施設の中は酷いありさま。壁に血肉が付き、床には血の池が出来るほどだ。そんな事件の犯人だが、今だ捕まっていない。
あのニュースが流れた時世界の誰もが言った。これは悪魔の仕業だと。
私は思わず鼻で笑ってしまったよ。いや、あれは呆れの感情だったかもしれない。だって私がその事件を起こしたのだから。
私が完膚なきまで殺し尽くした。血だまりで水遊びできるほどに、愉快爽快晴れやかな気持ちでニコニコとあの場にいる全員をぶち殺した。涙が出る程楽しかったのを覚えている。
何故、そんなことをしたかって?施設にいる奴らがむかついたからだ。
あの宗教施設のやつらは愚かにも人の分際で神を作ろうとしていた。毎日毎日信者たちのなんでも願いを叶えてくれる、人救ってくれる、そんな神を。その神の素体として選ばれたのが今目の前にいる雪野椿だ。
小さなころから絵本の中にいる勇敢で優しい神様を信じる、ちょっとメルヘンな女の子。
そんな彼女を私の知っている限り、信者たちは片時も目を離さず365日神として育てていた。ある時は視力を奪い、ある時は手足を縛る。人間として反抗すれば待っているのは、死に近しい暴力。あいつらはやることに微塵も躊躇がなかった。何故なら全ては自分たちの都合のいい神を作り上げるためなのだから。
その信者たちの目論見通り彼女は善良で全てを受け入れる都合のいい神になった。
そのことを初めて知った時腹の底から怒りがこみ上げた。そんなのは私じゃない。あれはただの滑稽で愚かで退屈な偽物だ。
だからそんなものを作ったあいつらを殺した。何十人も一気に殺すとなるとやはり疲れるものだ。特に耳が。あいつら全員、私を恨みと呪詛を吐いて死んでいったのだから。
もちろん彼女も殺すつもりだった。境遇が可哀そうだからとかそんなことは私には関係ない。私の目に映る人間はすべて殺す対象なのだから。
だが彼女はあの場所にいなかった。必死に探したよ、施設の中全部。台所しかり、クローゼットしかり。そしてなんと、最終的に見つけたのが施設の中ではなく外だった。
彼女がいたのは木と草が生い茂る誰も近づかない山。我ながらよく見つけたと思うよ。
まぁ、なんとなく施設の中にいないと分かった時から予想はついていたんだけどね。
上から見ても分かるほど彼女は今にも死にそうな程酷く憔悴していた。当たり前だ。日々あんな胸糞の悪い事を足らされているのだから。しかしそんな感情を持ちながら、どこか希望に満ちた目を宿し、目の前にある星に手を伸ばし何かを掴もうとする強い意思が彼女にはあった。
「神様・・・助けてよ・・・」
その言葉を聞いて私は正直怖かった。そして腹が立った。なぜ絶望の中でそんなものに希望に目を輝かせられるのか。私に言わせれば、それは最も愚かな行いだ。
だから、私は風を断ち切りながら武器を構え、その希望を断ち切るため感情の赴くままに殺そうとした。
「お前は・・・やさしいからな・・・」
一瞬。そう、これは何の躊躇もなく一瞬で終わらせられること、のはずだった。
不意にその言葉が頭に流れた時、私の体は動かなくなっていた。
それは、先の施設で私が最後に殺した男の言葉。
随分変わった男だった。他の人間たちが恨み辛みを吐く中、あの男だけ私に「優しい」と言ったのだから。
私のどこが優しいのだ。私はただの絶望を運ぶ人殺しだ。あいつらから言わせれば悪人なんて生易しいものじゃない。ふざけている。ほんとうに、愚かしい程ふざけている。
だけど、そんなふざけた男の言葉が私の頭から足のつま先まで離れない。殺すという感情を止めてしまうほどに。
「やめだ・・・」
こんなざまではもう彼女を殺せない。ならばどうするか。
別に今殺せなくてもいい。
私がこの子を殺すその時まで私はこの子の信じる神を演じ続けようじゃないか。
「すぐに帰ってくるって言ったから寝ずに待ってた・・・。でも帰ってこなかった・・・」
「ごめんね・・・。だから泣かないで・・・」
私は絶望を運ぶ人殺しの神。
彼女を側においておけば私が彼女を殺すとき、いかに私が残虐非道な神様を熱弁し、彼女が人生最後に絶望して私に恨みを向けられながら殺す。私を信じる彼女にとって、そして人間嫌いな私にとって、両者ともに良い結末だ。
だから、今はその絶望を感じる必要はない。その時までずっと笑顔でいてくれさえすれば、私にとって最高の一日が続いていく。
実に完璧な計画―――と言ったものの、これには欠陥が一つある。それは、彼女の世話は疲れる。
私と出会う前はおとなしくて聞き分けのいい子だったはずなのに、今では私があれこれしないと気が済まない。今の状況だってそうだ。こういう経験が無いせいで少し色々とやりにくい。
今みたいに彼女が泣いていたら機嫌を取らなければいけない。
彼女が寝付けなければ横で一緒に寝てあげなければいけない。
「また・・・私みたいにいっぱい泣いている人たち助けていたの・・・?」
「そうだよ・・・。私にできることはそれくらいだからね・・・」
そして、人を殺しに行くとき嘘をつかなければならない。
私が人間に隠し事をしなければいけないなんて。
「迷惑」、彼女と過ごし始めたその時からそんな言葉が何度出てきたか。私は彼女の専属メイドではない。まったく迷惑な話だ。
―――本当に、迷惑だ。そんな嘘を付く私に純粋さを向けられるのは。
「ごめんね・・・。さぁ・・・、早く寝ようか・・・。明日の朝も早いんだから・・・」
「今日は横で一緒に寝て・・・。神様嘘ついたから・・・」
「分かったよ・・・。私のかわいいお姫様・・・」
私はこれから何度も嘘を付き続けるだろう。でもそれでいい。その方が楽だ。
これは私が彼女を、人間を滅ぼす物語なのだから。
「大好きだよ・・・椿・・・」
「わたしも・・・すき・・・。だから今日は一緒に寝ようね・・・?」
「もちろんさ・・・。かわいい椿・・・」




