プロローグ
1、プロローグ
人生の長い時間において、私はあんな劇的で甘く切ない恋を経験したことはない。
初恋でもなければ、狂ってしまうようなものでもない。
ただとてもあたたかくて優しいものだった。何回も繰り返される燃え上がる恋よりわたしにとっては一番美しくて大切な思い出である。
今日、私は人生の門出に向かう。その前にすべてあの頃のすべてを書き残しておきたい。
そう思ってペンをとった。どんな苦難が待ち受けていようが、あの頃の選択が必死で生きた毎日が間違っていないこと。それはどんな大金をつまれるより、宮殿のような場所で生活することより私にとって価値のある四年間だったこと。それをいつでも心においていたい。
この話はなんの取り柄もない世間知らずな大学生だった私と、なんの生き甲斐もない偏屈な大学教授の話。
今思うと、こうやって物書きみたいなことをしているのも、あの人の影響かもしれない。恋人でもなかったけれど、あの人は確実に私の生き方やしぐさに静かに染み込んでいるのがわかる。
私がこんなことを書いてルのを知ったら、彼はきっと眉間にシワを寄せて嫌みを三つも四つも言うだろう。そしてタバコをふかしてそそくさとその場を去っていくんだろう。
そう。私が好きになった人は漫画に出てくるような王子さま気質の男子学生ではない。
お世辞でも性格がいいとは言い切れず、人間臭い《ただのおじさん》なんだから。長所はちょっと人より恵まれている容姿と絶対に口喧嘩では負けない頭の回転くらいで、話した友人にもよくいただけないという顔をされた。
でも、きっと彼らは知らなかったんだと思う。私が不意に知ってしまった彼の一部を。
私はそんなあの人に会えてよかったと5年たった今でも心のそこから思うのだ。