ご褒美婚7
窮地である。
誰が?
もちろん、クラリスとレオである。
「もう、これしかありません。申し訳ありません、我が姫」
「いいのいいの! だって元々はレオの持ち出しだったのでしょ? それなのに、これも買ってもらって……予定外の出費だったってわかるわ。あの暴君が、路銀なんて支給するはずないもの」
クラリスは自身が纏うワンピースを撫でた。
ガニオには見窄らしいと言われてしまったが、クラリスにとって何にも代えがたい大事な衣装と言える。
レオの眉尻が下がる。
つまりは、路銀が底をつきかけている。
いや、レオの持ち出し金だ。雑用騎士をして貯めたお金だったに違いない。
「私がガニオ様に相談しましょうか、我が姫」
「……嫌よ」
ブルグ王城でだって、どんなにいびられても泣き事を言わなかったクラリスである。
「二人でなんとかしましょう」
「我が姫の仰せのままに」
レオが小さく頷いて微笑む。
「うーん、リャン国王との面会衣装かあ……」
クラリスは小汚い鞄を開いて見る。
「ちちんぷいぷいで中身が豪華なドレスに変わっていたらいいのにね」
母から譲り受けた舞衣装と裁縫道具。繕った下着下穿き。端切れしか入っていない。
ブルグ出発時に身に纏っていた古式ゆかしきドレスを解いて仕立て直し、部屋着程度に着れる寸胴スモックにした。その残った端切れである。
つまり、クラリスは昼間はレオに用立ててもらったワンピース、就寝時は寸胴スモックで毎日過ごしているのだ。
寸胴スモックは鞄には入らず、レオが腰荷にして括ってくれていた。
それで、ガニオが頑なまでの着たきり雀にうんざりし、『我が主(リャン国王)との面会もそれで通すおつもりか?』と嫌味を言われたのだ。
クラリスに言わせれば、その衣装ではリャン国王に会わせないぞ、と変換される。
リャン国王に会わねば、側室に認められない。
ご褒美婚がご破算。
突き返される。
ヒィッィィィィ。
生きる屍生活じゃねえかよぉぉぉぉ。
と、クラリスは盛大に焦るが顔には出さず、『精進致します』と微妙な返答をガニオにした。
ガニオにしてみれば、まさかブルグ国の王女が手持ちがないとは思っていないわけで、見窄らしさの演出はもういいから、ドレスでもなんでも購入すればいいものを、と暗に示したのだが。
さてさて、クラリスとレオは唸っている。
妙案はないかと考えを巡らせて。
「一攫千金を狙うなら賭け事。地道に稼ぐなら……」
レオが顎に手を当てながら言った。
「稼ぐなら?」
クラリスは問う。
「芸……とか?」
レオの視線は舞衣装に移っていた。
クラリスは瞬きする。
そして、瞬時に理解した。
「踊り子ね!」
「あ、でも、我が姫はダンスも習っていないと」
「ダンスと芸舞は違うわ! 母からちゃんと仕込まれたわよ。でも、音源が」
「それは、いわゆる、タッタカター、的な?」
「そうそう、それ。打楽器的なやつよ。そういえば、母は鞄を」
「叩いていた?」
二人の視線が自然と鞄に移る。
なぜ、小汚いか……叩かれ酷使されていたからだ。
「では、私がタッタカター打音で」
「ええ、私はヒーラヒラ舞って」
二人は頷き合った。
日が落ちた。
警護態勢の隙をつく。いや、隙をぬって夜の宿場町へと二人は向かうのだ。
クラリスは舞衣装の上に寸胴スモック。
レオは残った有り金で買った底値の平民服。
暗闇に紛れて二人は宿屋を抜け出した。
向かうは盛り場。
一曲
一舞
して小金を稼ぐために。
小声で二人は喋る。
盛り場裏の暗がりだ。
『ねえ、盛り場にガニオ居るかもよ?』
『いても、わかりませんって』
『確かに目元以外は隠しているし、大丈夫かしら』
『盛っていますから、我が姫とは思わぬかと』
クラリスはフンッと胸を張る。
詰物(端切れ)でかなり盛り盛りの胸を。
『ププッ、レオだってかなり盛っているじゃないの』
『怪しい旅の打楽器奏者ってイメージです』
レオがクルリン八の字髭を撫でた。
加えて長髪鬘である。
そんなおかしな物をどう用立てたかと問われれば、馬の尻尾毛をちょこっと拝借して作ったのだ。
『では、行きましょう』
盛り場にいざ出陣。
「今宵、皆様方に披露するは、かの大王をも骨抜きにさせた舞でござーい!」
レオの出囃子だ。
クラリスは寸胴スモックをハラリと脱いでターンした。
ヒューヒュー
ピューピュー
突如現れた踊り子に口笛が吹く。
「踊り子には手を触れないでくださいねえー。大王の呪いを受けますぞいっと」
タッタカター
タッタカター
ヒーラヒラ
ヒーラヒラ
クラリスは羽衣舞を披露した。
羽衣の踊り子を知ってるかい?
町から町へ正体不明の踊り子が渡り歩いているんだってさ。
その舞を見た男どもは皆こう言うんだ。
「下手くそ過ぎて笑い転げちまう」ってさ。
「酔い覚ましにちょうどいい」って。
「字のごとく盛り場が最高に盛り上がる」らしい。
「笑いの力ってのはすげえ。しけた面した奴も、鬱々した奴も、やさぐれてた奴も、気が立ってた奴だって、笑い転げりゃ、一気に解放……快方される。骨抜きにされちまう」ってんだ。
そんな噂など露知らず、クラリスとレオは毎夜、一曲一舞に励んだのだった。