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ご褒美婚6

「リャン国に、ウッウッ、辱めを受けましたぁぁ! うわぁぁーん」


 クラリスはヤケクソに言い放った。


「ク、クラリス王女、どうかどうか、落ち着いてください!」


 慇懃無礼者が焦っている。


「まさか、まさか、下着まで殿方に検分されるなんてぇぇ、リャン国は変態でございますぅぅ」


 クラリスは突っ伏した。


「ちょ、静かに静かに、クラリス王女!」


 辺境伯を筆頭に、ブルグ国の騎士や兵士らが、冷たい視線をリャン国に向けていた。

 初見とは真逆になったわけだ。


 こうなれば、リャン国一行は膝を折らねばならないだろう。


「た、大変失礼致しました、クラリス王女!」


 慇懃無礼者を筆頭に膝を折る。

 ブルグ辺境伯らは先ほどからすでに膝を折っている。

 つまりは、皆が低姿勢になったわけだ。


「我が姫、どうぞお立ちください。リャン国王に、ちゃんと釈明しましょう」


 レオがクラリスを促した。


「そうね、そこが出迎え者に、はしたなくも私は下着をご開帳してしまったと……」

「我が姫、そのような言い方ですと、あらぬ誤解が生まれましょう。乙女が下着を見せたーー強引に下着を暴かれた、ということは……」


 そこで、クラリスとレオは同時に慇懃無礼者に視線を向けた。

 わなわなと口元が動き、若干顔色が悪くなっている。


「あの、最悪、あなたが責任を取って私を、その、ね?」


 引き取ってね

 と、クラリスは圧をかけておいた。


「滅相もございません! これは、このあれは、ちょっとした行き違い! そう、行き違いです。クラリス王女の輿入れになんの問題もありません。さあ、リャン国に行きましょう。我が主もきっと首を長くして待っておられますから」


 そんなわけあるか!?

 と、クラリスは内心で突っ込んでおいた。


 かくして、クラリスはしめしめと思いながら、リャン国へと出発したのである。





 さて、すでに、国境から離れリャン国内の最初の宿場町である。


「クラリス王女」


 慇懃無礼者がクラリスを呼んだ。


「はい、何かしら?」

「名乗りを忘れておりまして」


 慇懃無礼者が会釈する。


「ガニオ・バルザと申します」

「ガニオ様ですか。王城までよろしくお願いします」


「はっ、お任せを。ですが……くれぐれもご自身の立場をお忘れなきようにお願いします」

「ええ」


「リャン国では、ブルグ国でのような何不自由ない暮らしはできぬとお覚悟を」

「もちろんですわ」


 クラリスはニッコニコである。


 ブルグ国でだって不自由しかない暮らしだったわけで、リャン国での新たな暮らしが待っていると思うと、クラリスはウキウキなのだ。


「その慎ましい出で立ちで、周囲の同情を引こうとお思いでしょうが、騙されませんから」

「は、はあ」


 クラリスにそんな思いは全くない。

 ないどころか、ガニオが口にした慎ましい出で立ちだが、クラリスにとって今までで一番と言っていいほど着飾った出で立ちなのだ。


「見窄らしさを演出して、我が主の気を引こうとしても、無駄ですよ」

「はい」


「憎きブルグの王女を娶らねばばらぬ我が主を煩わせないようにお願いします」

「はい」


「少しでも不穏な動きをなさったなら、どうなるかは肝に銘じてください」

「はい」


 こういう高圧的な者には、はいはいと応じておけばいいと、クラリスは暴君と悪妃で経験済みだ。

 従順で応じていてもいびられるのだが、反抗的に応じたらもっと過酷ないびりになるとわかっている。


 要するに、適当にはいと応じて、右耳から左耳に流しておけばいいわけだ。


「宿屋の部屋から出ないようにお願いします」

「はい」


「そのわざとらしい従順な態度を崩さぬように。敗戦国の人質王女ですから」

「はい」


 俯きだんだんと無表情になっていくクラリスに、ガニオはきつく言い過ぎたようだ、と咳払いする。


「コホン……明日、早朝出発ですから、早めに夕飯を摂り、湯に浸かって、サクッと就寝がよろしいでしょう」

「はい!」


 クラリスは元気よく返事した。

 飯にありつけるぅぅ、湯に入れるぅぅ、早寝できるぅぅ

 と、クラリスはガニオ様々だわ、と本人を拝んだ。


「な、何をなさっておいでですか!?」


 そりゃあ、両手を擦って『ガニオ様々ぁぁガニオ様々ぁぁ一生ついていきますぅぅ』と拝まれたら焦るだろう。


「我が姫、ガニオ様が困っております。さあ、お部屋へ」


 レオがガニオに軽く目礼して、クラリスを宿屋へと促した。


「そうね! ガニオ様のお気遣いを無碍にはできませんわ」


 飯、飯、飯、とクラリスの頭は食事に占領されていた。




「……気味の悪い王女だ」


 ガニオが額に手を当て呟いた。


「ガニオ将軍、周囲の警護態勢が整いました」


 ガニオの部下が報告した。


「それにしても、あの王女……」

「なんだ?」


 部下の言い淀みを促す。


「痩せすぎているようで」

「ハンッ、敵国に嫁ぐと決まって食事も喉を通らなかったんだろうよ。それならと、見窄らしさを演出して、同情を引こうとしているだけだ」


「そうですかねえ?」


 部下が首を傾げる。


「化けの皮はいつか剥がれるさ」

「確かに、あのブルグ国の王女ですからね」


「いつまで猫を被っていられるか見物だな。そのうち、あれが欲しいこれが欲しい、ああしろこうしろと、傍若無人我儘の素が出てくるだろうさ」


 ガニオはフンと鼻白んで宿屋を見上げていた。




「うっひょーん」


 ボスン


「うわー、フカフカベッドだ! レオ、レオ! ほらほら」


 クラリスはベッドではしゃぐ。

 完全に猫。

 猫を被っているのではない。猫。

 猫そのもの。

 目新しいおもちゃに夢中のそれ。


「あー、やっぱ、ブルグに比べてリャンの方が格上ですね。ブルグの宿屋のほとんどは粗末でしたし」

「だね。でも、ブルグの宿屋だって、私には天国だったわよ」

「まあ、私もです」


 平民騎士と同じ居は嫌だと、レオは宿舎から追い出され馬小屋暮らしだったのだ。

 クラリスも同様に、王城でなく離宮……とは名ばかりのオンボロ離れーー掘っ立て小屋暮らしだった。


「「隙間風がないとか天国」」


 二人同時に同じ発言に至った。

 クラリスとレオは固い握手を交わす。

 離して腕をクロスさせる。

 拳を突き合わす。

 そして、互いに頷き合った。


「では、食事を取ってきます」

「楽しみね」

「はい」


 という会話を繰り広げていた宿屋を、ガニオは見上げていたわけだ。

 全く見当違いの会話を繰り広げながら。





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