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ご褒美婚5

「大変お待ちしておりました、クラリス王女」


 クラリスは辺境領でゆっくりする間もなく、リャン国のお出迎え一行に引き渡されることになってしまった。


 冷たい声に冷たい視線、頭を下げることもなく、もちろん膝も折らず。

 慇懃無礼に言い放ち、クラリスを見下している。


 出迎え一行全員が。


「その態度はあまりにも失礼ではないか?」


 辺境伯が顔をしかめて言った。


「王女かどうかも見定められないほどの様相でお出ましいただき、リャン国には正装を披露するに値しないということかと。ならば、こちらも相応の態度をとったまで」


 クラリスは自身の様相を見る。

 レオが買ってくれた衣装だ。

 確かに、輿入れする王女の衣装かと問われれば、否。

 平民の一張羅と言った方が合っている。


 加えて、髪や肌の手入れなし。化粧もしていないし、痩けた貧相な身体。これでは、確かに王女の体裁は保っておらず失礼か。

 せめて、出発時の着たきり雀、あの古式ゆかしきドレスの方が正装と言えば正装だったかも、とクラリスは考える。もう、端切れにしてしまったけれど。


 でも、あれを着ていたって、リャン国を馬鹿にしているのか、と詰められそうだ。

 つまりは、この慇懃無礼な態度はどうクラリスがあろうとも既定路線だと納得した。

 なんなら、このままクラリスを連れ帰りたくないと感じるほどに。


 ならば、することはただひとつ。


「申し訳ありませんでした」


 クラリスは簡単に膝を折る。

 膝をつく。

 手をつく。

 頭を下げる。

 完璧な土下座を披露した。

 レオも躊躇なくクラリスに倣う。


「っ」と慇懃無礼者。

「なっ」と辺境伯。


 ざわりと空気が揺れた。

 ブルグ国もリャン国もクラリスの行動に度肝を抜かれたようだ。


「た、立たれよ!」


 慌てて慇懃無礼者が言った。

 だが、クラリスは立ち上がらない。


「リャン国の不興を買いましたこと、深く深くお詫び申し上げます」


 ヤバイヤバイヤバイ

 突き返されたくないのよぉぉ

 あの暴君と悪妃の巣食う王城に戻されるなんて、拷問されに行くようなものじゃないのぉぉ


 と、クラリスは内心焦っている。慇懃無礼者よりも切羽詰まっていた。


 リャン国がいちゃもんつけてクラリスを拒否してしまったら元の生活に逆戻りだ、それだけは阻止せねば、とクラリスは必死である。


「どうか、私めの処遇はリャン国にてお受け致します。手枷、足枷、縄縛りで連行でも構いませんわ」


 どうか、リャン国に連れて行ってよぉぉ

 頼んますよぉぉ


 と、クラリスは至って真面目に返答した。


 だが、その言動は敗戦国王女のそれに見えた。屈することの清廉さを見せられた……魅せられたようなもの。


「クラ、リス王、女……よく、そこまでの、ご覚悟で……」


 ブルグ国の辺境伯を筆頭に騎士や兵士らが、涙ぐみ肩を震わせて項垂れる。

 感銘を受け、自ずと膝を折ってクラリスを崇めていた。

 クラリスの内情を鑑みれば、とんだ勘違いであるが。


 だが、クラリスにそこまでされれば、リャン国も溜飲を下げる。いや、クラリスの潔さに呆気にとられていた。


「そのような非道な行いをリャン国はしません! さあ、立ってください。悪者はそっちなのに、こっちが悪し様に見られてしまいます!」


 クラリスは力なくユラユラと立ち上がる。

 両手を胸の前で組む。慇懃無礼者に懇願するために。


「どうか、どうか、私をリャン国にて煮るなり焼くなりしてくださいまし」

「わかりました、わかりましたから! さっさと馬車に乗ってください」

「まあ、なんとお優しいのでしょうか。私など縛られ、馬に引き摺られてでもついていく所存でしたのに」


 慇懃無礼者は、クラリスに軽く恐怖を覚えた。


「それで、お荷物は? 従者や侍女は……」


 慇懃無礼者とレオの視線が重なった。

 レオはクラリスの小汚い鞄を持って、控えている。

 ひとりだけ浮いていた。

 ブルグ国辺境領の出で立ちではなかったからだ。

 王城騎士の出で立ちである。


「忠誠の騎士レオと申します。クラリス王女の嫁入り道具とお思いください」

「……ほお、流石古式ゆかしきブルグ国だ。姫には騎士……姫の騎士(忠犬)か。その鞄を検分する。変なブツが入っていないか確認だ」


「この鞄は、我が姫のものでございます」


 レオは検分を拒否する構えだ。

 そりゃそうだ。

 ご開帳となれば、クラリスの下着下穿き、舞衣装、古式ゆかしきドレスの端切れ、裁縫道具が出てくる。


「バカを言うな。そんな小汚い鞄が王女の物だと?」


 一難去ってまた一難とはこのことか、クラリスは泣きたい気分だ。


「あの、私は、身一つでリャン国に参りますわ。レオ、それは捨てて行きましょう」

「よろしいので?」

「ええ、私も覚悟が足りなかったわ。嫁ぐということは、身綺麗で向かわなきゃいけないものね。これからはリャン国に染まりましょう」


 鞄ひとつのせいで、リャン国行きをご破算にしたくないのぉぉ

 と、クラリス。


 合点承知だ

 と、レオ。


 瞬時に視線で会話した二人だった。


 レオが辺境伯に鞄を渡そうとするが、慇懃無礼者がそれを掻っ攫った。


「あっ、待って!」


 クラリスの止める言葉も無視して、慇懃無礼者が鞄をパカッと開けた。


「……」


 パタン


 と、閉める。

 だが、中身を信じられなかったのか、またパカッと開けた。


「……」


 目を擦る慇懃無礼者。


 真っ赤になり涙ぐむクラリス。


 天を仰ぐレオ。


 開けた鞄の一番上に鎮座していたのは……



 お、ぱーん、つ。



「うわぁぁーん、お嫁に行けないよぉぉー」


 クラリスは泣き崩れた。





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