ご褒美婚35
着替えを余儀なくされたクラリスは、女官らの手によって世話されることになってしまった。
クラリスは断ろうとするが、女官はいっこうに引き下がらない。
手際よく湯船に入れられ、髪も洗われ、真新しい下着に下穿き、ドレスに手を通す。
女官らがときおり涙ぐむ。
クラリスの貧相な身体に、数々の傷痕を見て、心を締め付けられたのだろう。
当人クラリスは縮こまって気づいていない。
人に世話されるなど……母以外にはなかったから、完全に借りてきた猫状態なのだ。
化粧品はまだ用意できていなく、女官らは辛うじて髪結いで華やかさを演出した。
「側室様、できました」
クラリスはハッと顔を上げた。
鏡に映る自分に驚愕する。こんなに着飾っちゃってもいいの? これいくらすんのよぉぉぉ!? っと肝が冷えている。
「……お気に召しませんか?」
クラリスはすぐに首を横に振った。ブンブンブンと。
「あの、えっと、このお代は?」
恐る恐る訊いてみた。
「滅相もございません! これらは全て陛下がご準備されましてございます。側室様への相応の準備品でございます。まだ、化粧品が揃っておりませんが、ゾレス様が近日中にはご用意なさるかと存じます」
「そ、そうなの。ア、ハハ」
好待遇に乾いた笑いが出る。
着慣れないドレスに、ドギマギしてしまっていた。
「陛下がお待ちです」
女官に促され一歩を踏み出すが、履きなれないヒールの靴がクラリスを戸惑わせた。
よちよちと歩き、アレクのいる部屋へと移動する。
「我が姫、お手を」
待っていたレオがすぐに手を差し出す。
クラリスはホッとして、その手を掴もうとしたが……クラリスの手はなんとアレクが取ってしまった。
固まるクラリス。
クッと笑いを留めるレオ。面白がっているのだろう。
「クラリス、申し訳なかった」
アレクがクラリスの手を軽く包み、目礼のみで謝罪した。
流れるようにエスコートされ、クラリスはアレクにされるがまま椅子へと促された。
「よくお似合いだ」
「……どうも」
クラリスは引きつり笑いを浮かべる。
よくは似合っていない。着こなしているのでなく、着させられた感満載といったところ。
背伸びし過ぎた出で立ちだと、クラリスは自覚している。
まあ、古式ゆかしきブルグのドレスだって、仕方なしに着せられていたようなものだが。
「では、失礼致します」
女官らが、再度お茶を淹れ直してから下がった。
訓練後のアルトの世話に行くようだ。きっと、お茶とクッキーを出すのだろう。その後は、ゾレスとの勉強時間になる。
「それでだ」
アレクが口を開いた。
「お披露目会に出てほしい」
「お披露目会とはなんですの?」
クラリスはハテと首を傾げた。
「リャンでは、生後六カ月あたりをめどに、赤子のお披露目をする風習がある。赤子披露の夜会だ」
クラリスは他国の知識に疎い。
踊り子の母に文字を習っていた程度で、勉強もダンスも教えられなかったし、社交には出られなかったわけで。
代わりに教わっていたのは、一人で生きる術……サバイバル術である。
それから……あの踊り。
踊り子だった母から受け継いだものだ。
つまり、クラリスは夜会など未経験。
超絶ご遠慮願いたい頼みだった。
「お断り致し」
「その場で、リャンの跡目を発表する」
クラリスの言葉の途中で、アレクが言った。
クラリスを揺るがぬ視線で見つめて。
「……アルトをなのですね」
「ああ」
「出ますわ」
アレクがフッと笑った。
アルトのために身を張るクラリスを、快く思ったのだろう。
「クラリスのお披露目会参加情報を流す」
「王妃の関心を私に向けさせるためにですか?」
「話が早くてありがたい。表向きはクラリスを社交会に出す準備だが、その裏でアルトの跡目準備をする」
「情報が漏れたり、訝しがられる可能性があるのでは?」
「ああ。だから、クラリスがアルトの保護者としてお披露目会に出る準備をしていると思わせる。訝しがられたら、アルトをクラリスの養子にする手はずだとも」
「王妃の子と、側室の子に……見せる。相手にとって、都合の良い『見え方』になるのですね」
「これ以上ない隠れ蓑になろう。何より、相手が発した言葉を利用してやる」
「アルトを傷つけた言葉で、仕返すのですね」
そこで、アレクとクラリスは互いにお茶のカップを持ち上げ、頷き合った。
喉をいったん潤す。
「それに伴い、もう一つ頼みがある」
「なんなりと」
「お披露目会当日、クラリスには貴族のあたりが強いだろうと予測される」
クラリスはアレクをジッと見つめた。
「ん、んん……あ、ああ。私もそうであった」
「今さらですわ。ブルグの敵国王女ですもの、甘んじて受け入れます」
「いや、そうではなく。クラリスには、リャンの貴族連中を覚えてもらいたい。アルトに敵意ある者、邪なお近づきをする者等々を見極めてもらいたいのだ」
「跡目の発表前後で、貴族たちがどう動くかということですね?」
アレクが『ああ』と応じた。
「クラリスの真贋に頼りたい。私はアルトの近くには居られないから」
トルド王子のお披露目会であるから。何より、王妃の目を欺くには、アレクがアルトから離れておく必要がある、跡目発表までは。
「アルトと一緒に貴族名鑑を覚えてくれないか?」
「そういうことならば、頑張りますわ」
「ありがたい。暗記は頭を使うから……甘い物が欲しくなろう。毎日、甘味を届ける。クッ」
アレクがリスクラリスを思い出して笑った。




