ご褒美婚31
剣でひんやり。
ベタなビッターン倒れ。
本日三度目があるなど、クラリスは思っていないわけで。
ゾレスに案内され登場したアレクに、また来やがった、とクラリスは辟易した。
「……」
「……」
アレクとクラリスは、またも無言で視線を交わした。
「先触れって知っております?」
クラリスは先攻した。
昨夜からのアルトに続き、早朝ひんやりアレク、契約書そっちのけ懺悔アレク、ときてーの、今度はなんだってんだい? な気分なクラリスである。
すでに、従順で王女然とした言動はアルトを世話すると覚悟した時点で放り捨てたから、今のクラリスは怖いものなしである。
「あ、ああ。すまない。先触れなく訪れてしまった」
「バッターンッの突然登場じゃないだけましですが」
アレクはウッと喉を鳴らす。
「『お前を愛することも(剣で)脅すことも(踊りで)笑うこともない』宣言でもしにきましたの?」
クラリスよ、それ以上アレクを攻めてやるな、なんて誰かが達観して眺めていたりなんかして。
「す、すまないな。もちろん、そんなことでやって来たのではない」
クラリスは半眼した。
そんなことを協議して契約するって約束だったじゃーん、と。
「続きを耳に入れておいた方がいいかと思ったからだ。貴方は第三者視点で物事を判断するだろうと思って、その奇譚なき意見というか、どう感じたか等を」
「サクッと話してくださいませ」
なんの続きだよ!? とクラリスは思っているが、グダグダ言うアレクを促す。
「……あの後、王妃の宮に行った」
「はあ」
「王妃とアルトのことを話したのだ」
「……」
クラリスは無言になる。
アルトのことなら、聞き逃せない。
「……、……というのだ」
アレクが王妃の宮での会話を詳らかにクラリスに話している。会話だけに留まらず、アレクの心情も加えて。
ときおり、背後のロイと視線を交わせ確認しながら。
クラリスは昼間とは違い、ちゃんと話の隅々まで神経を尖らせ聞いている。
アレクの口から、アルトが弟を叩こうとした、と耳にした時は、机の下で強く握り拳を作るほどに。
最後はロイとの会話まで明かして、アレクがロイと互いに頷き合った。
「……以上だ。その足で冷宮に来た」
『ばっかじゃねえの』
クラリスの口から漏れる小さな感情。
「すまない、なんと言ったのだ?」
聞こえなかったアレクが、クラリスに問う。
「『辺境伯家猛者の血筋』であった側室は、確かに健康体だった、と気づいて最初に動いた先がこの冷宮なのですか? 私なら真っ先に王医に確認しに行きますわ! もちろん、当時の診察記録も確認しますわね!」
クラリスは立ち上がり、ビシッとアレクを指差して言い放った。
アレクが目を見開く。
「そう、だな。抜かって、いたようだ」
「まだまだ抜かっておられますわ!」
「あ、ああ。教えてほしい」
「ここにいち早く来たのは、アルト王子に確認したかったからでございましょ? 本当に、トルド王子を叩こうとしたのかどうかを」
クラリスは冷めた視線でアレクを見る。冷めた視線であるのに、熱量は半端ない。言い繕うなよ、とでも言わんばかりに。
「そうだ」
「それで、アルト王子が否定したら、陛下はどっちを信じるのです? 王妃か、アルト王子か」
今度は、アレクが強く握り拳を作る。
「まったく……どっちを信じたいのよ?」
呆れたようにクラリスは言った。
アレクは首を横に振るだけで答えない。
「リャンでは生まれたばかりの赤子を、床にでも転がす習慣でもありますの?」
「は?」
クラリスの発言に、皆怪訝な表情を浮かべる。
「それとも、ソファやベッドにでも置きますの?」
「そんな危険なことはしない」
汚い床になど生まれたばかりの赤子を置くなどしないし、ソファやベッドなどに置き、万が一にでも落下したら大事である。
「じゃあ、乳母車かベビーベッド、もしくは乳母や女官らが抱き上げているはず」
「もちろんだ」
「ばっかじゃねえの」
今度ははっきりと聞こえたことだろう。
「アルト王子の背は、聖人君子に大事に育てられたようで、まだこれくらいでしてよ」
クラリスは大体の位置に水平に手を浮かせた。
アルトは唯一の王子だったから、やんちゃなどさせず、お行儀よく育てられていた。ガニオと剣の練習を始めるまでは。いや……王妃が遠ざけるまでは。
五歳の一般的背丈より幾分低い。箱入り娘ならぬ、箱入り王子だから。
「私の知識が合っているなら、王家の乳母車やベビーベッドは馬車にも似た大きな車輪で、幌もレースもふんだんにある豪華なものだと思いますが」
クラリスは水平にした手を一瞥する。
「きっと、アルト王子の頭ぐらいに高さがあるものでしょうね」
アレクとロイが、あっ、と小さく声を漏らす。
「手が届くかしら? 同じ高さなら、手は届くかもしれない。でも、叩けるの? それは、もう手を伸ばして可愛い弟に触れようとしただけにしか見えない行為ではなくって?」
そこでクラリスは一瞬過った考えをあえて口にする。
「もしくは、憎き側室の血筋に触れられたくなかったから、そう『見えた』のかしら。私の可愛い赤子に触れないで! みたいな」
アレクの目つきが険しくなる。
「叩ける可能性は、トルド王子が床やソファ、普通のベッドに置かれているならできるでしょう。もしくは、抱っこして座っている時なら可能かしら。乳母が授乳する時ぐらいしかありませんわね」
王子の世話で、女官や侍女が座るなどない。乳母も授乳以外では座らない。
王妃が王子を抱き上げることはあっても、座るならベビーベッドか乳母車に戻すものだ。
だいたい着飾った王妃が、抱き上げるのも抱っこで座るのも無理がある。乳母の腕から渡され、乳母の腕に戻すものだ。
「よお、ございましたね。アルト王子に問いただす必要がなくなって。父親にまで謂れなき疑いを向けられたら、アルト王子のお心が壊れるところでしたし」
言葉を失ったアレクとロイ、静かに佇むゾレス。
クラリスは小さくため息をつく。
「側室の侍女であったアルト王子付きの女官二名が、この冷宮におりますわ。触れようとしたのか、叩こうとしたのか、どっちでもなく……でっちあげか、訊いたらよろしいのでは?」
王子付き女官がそんな場に不在だったとは思えないから。
「それから……加えて訊ねたほうが良いでしょうね。側室を、出産時も出産後も世話をしていたでしょうし。当時は気づかなかったおかしなことが、頭にもたげているかもしれませんわ。物事の見え方は、心情や状況で変わるものですから」
クラリスは自身の首元に手刀を当てる。
「誘拐だと思った物事が保護だった。保護が誘拐と『見えた』ように、当時は、甲斐甲斐しく『見えた』世話や看病は……」
最後まで言わずに、クラリスは肩を竦めてみせたのだった。




