ご褒美婚25
執務室に戻ったアレクは、冷宮にゾレスと女官二名を向かわせる指示をした後、大きくため息をついた。
「ゾレス様なら、冷宮を上手く管理できましょう」
ロイが言った。
ゾレスがあれこれと冷宮の不備を改善することだろう。リャン王城の生き字引のような者だから。
「ああ、そうだな」
「それに……」
ロイが言い淀む。
「なんだ?」
「災い転じて福となすと言いましょうか……こう言ってはなんですが、アルト王子が冷宮暮らしとなることで、明確になりましたよね」
「何がだ?」
「王妃様のお子トルド王子と、側室の宮暮らしのアルト王子、という明確な線引きです」
アレクはギロリとロイを睨んだ。
「ロイ、どういう意味だ?」
「……事実、皆はそう判断することでしょう」
跡目として育ててきたアルトを主城から冷宮に追いやれば、嫡長子を跡目として動き出した、と皆は思うことだろう。
ロイは明言を避けながら言ったのだ。
「王妃様もご安心なさるのでは?」
「……」
アレクは何も応えたくなくなった。
「これで、アルト王子も安泰だと思います。このままでは……危うかったかと」
「……」
その意味がわからないアレクではない。
嫡長子を跡目にしたい勢力から、アルトは狙われ続けるのだ。
「陛下」
「……」
アレクは応じない。
誰もがアレクのひと声を待っていよう。
そのひと声を待ちわびているのは、王妃に違いない。
アレクは気持ち悪さを感じた。
この流れのまま、跡目を決めても気持ちが晴れることはないだろう。
アルトと同じで、アレク自身も周囲の変容に苦しさを感じていた。
冷宮を後にした時を思い出す。
クラリスに抱き抱えられ、嬉しそうに笑っていた。キャッキャ言いながら、アレクに小さな手を振っていた。
クラリスも控えめに手を振っていたな、と。
「午後、冷宮に契約の協議に行く。準備しておけ」
「はっ」
準備に取りかかるロイを横目に、アレク自身もアルトのように心休まる場に行きたいと思った。だが、アレクには、そんな場は思い浮かばなかった。
王妃の宮。
「王妃様、お耳に入れたき情報が」
王妃の宮女官が、嬉しそうに報告する。
「アルト王子、冷宮側室に預けられたそうです」
「あら、まあ……」
王妃は小さく頬を緩ませる。
報告をした王妃の宮女官も、微笑みを浮かべ頷いた。
「きっと、陛下がご決断されたのでございましょう」
「そう……陛下のご判断なら私も従いますわ」
王妃がベッドに眠る我が子の頭を優しく撫でた。
「仕方ないじゃないの、お腹を痛めて生んだ我が子が一番なのは。この子の行く末を阻む障害は取り除くのが母たる私の役目」
そう、母であることを選んだのだ。
王妃であることを止めて……。
アルトの養母であることも捨てて……。
アレクを支える妻であることも忘れて……。
懐妊し王子を生んだことが、王妃の心に変容をもたらしていた。
「失礼するぞ。王妃よ、息災か?」
「まあ、父上。またいらっしゃったの?」
王妃の私室に入ってきたのは、王妃の父であるガラク侯爵だ。
「可愛い孫の顔を見にな」
ガラク侯爵がスヤスヤ眠るトルド王子を見て頷いた。
「陛下はやっと決断したようだな」
「父上ったら、もうご存じなのね」
父と娘は笑い合う。
『陛下もやっと重い腰を上げたか』
『ええ、ブルグの側室のせいで、あれこれあったようでね』
『だが、そのブルグのおかげで上手くことが運んでいると言ってもいい』
『フフ、本当に』
『資金は長らく人買いブルグから調達できた。もう少しばら撒けるぞ』
『お願いします。陛下へあと一押しが必要ですわ。陛下の側近をこちらに取り込めば……ね。トルドを王位継承とする勅詔をいただかないと』
『皆、懐が暖かくなって満足している。アルト王子を担ぐ者はもう少ない』
『ブルグ様々ね』
『あとひと踏ん張りだな』
『アルト王子を王位継承から完全に排斥しないと……不安よ』
王妃とガラク侯爵はコソコソと話し合う。
懐妊時から王子出生を期待し、ガラク侯爵は娘の王妃のために貯めていた袖の下をばら撒いていたのだ。
秘密裏にリャンの民をブルグの人買いに手引きして。
『父上、アルト王子の後ろ盾を潰したいわ』
『……殺した側室の生家か』
『ええ。あの側室が懐妊したときは、苦汁を飲んだわ。でも子ができぬ私には、どうしようもなかったもの。不要となった側室は退場させて、アルト王子を手に入れた。我が子のように可愛がったわよ、跡目の養母の地位を確固たるものにするために。でも、やっと我が子を抱けたのだもの。今度はトルドの地位を確固たるものにしたいの』
『ああ、そうだな。よく耐えた。トルドこそ次代だ。あの側室の生家は厄介だが、陛下と距離を置く辺境伯だ。悪評を広めておこう』
亡くなった側室は、殺されていたのだ。
その側室の生家こそ、ブルグの人買いを国境で追いつめた辺境伯になる。
『でしたら、この状況下で辺境伯がアルト王子に会いに来たなら……ね?』
『色々と誤解が生まれるか。それもアルト王子を御旗にした反逆の企てに仕立て上げるのもいいだろう』
王妃とガラク侯爵の策略が始まろうとしていた。
それにクラリスも巻き込まれるわけである。




