ご褒美婚24
アレクとクラリスは膝を突き合わせている。
例の年代物のテーブルを挟んで。
少し離れて、アルトとレオが医師の治療を受けている。
その様子をクラリスが眺めており、そのクラリスをアレクが見つめ、そのアレクの後ろでロイとガニオが微動だにせず立っていた。
ちなみに、クラリスは寸胴スモックから、レオに買ってもらった一張羅に着替えている。
クラリスがフッと視線をアレクに移した。
「……」
「……」
またも重なる二人の視線。
アレクは、今回もまたクラリスの発言を待つ。
「あの」
「ん。……んんっん」
短い返答で応えたことが恥ずかしく、アレクは咳払いして誤魔化した。
「なんだろうか?」
気を取り直し、アレクはクラリスに訊ねた。
だが、訊ねたいのはきっとクラリスの方だ、と気づく。
いきなり訪ねてきた王子を保護し、翌朝押し入られ、剣先を向けられたわけだから。
「あ、いや……訊きたいのはそちらか。この状況説明が必要だな。弁明を、いやいや釈明になるのか、ここに至った説明、あらましというか」
「あの」
「色々と誤解が生じてしまい」
「あの」
「まずは、どこから説明すれば」
「あの! 陛下」
クラリスの声にアレクはハッとして、クラリスを見る。
「そちらの事情に興味もなければ、聞く必要もありませんわ」
「なっ!?」
アレクは絶句した。
それはもう躊躇なくピシャリと言われたからだ。
「我が姫、弁明の余地さえ与えぬのはどうかと思いますよ」
治療中のレオが言ったが、クラリスはキョトンとしている。
「え? だって、アルト王子の発言が全てだと思うもの」
そのアルトは治療を終え、クラリスの元にやってきた。
「クラリス母上様、お膝に乗ってもいいですか?」
「こら、アルト。こちらに来なさい」
「嫌です。クラリス母上様のお膝がいいです」
「いいわ、おいで」
クラリスが手を伸ばすと、アルトが嬉しそうに笑った。
アルトの満面の笑みだった。アレクは久しくアルトの屈託ない笑みを見ていなかった、と心苦しく思う。
クラリスの膝に乗りご満悦の表情で、アレクを見ている。
「父上、僕はクラリス母上様と一緒がいいです」
「アルト、それは駄目だ。ここは、アルトが暮らせる環境ではないと言っただろ?」
「では、僕が暮らせるようにしてください」
「アルト……一緒に戻ろう。それから、クラリス王女は母ではないぞ」
「クラリス母上様は側室ではないの?」
「側室、ではあるが」
「僕は側室の子。だから、側室のクラリス母上様のところにいるもん」
「違う側室だ」
「他に側室はいるの?」
「いや、いないが」
「なら、側室のクラリス母上様であってるもん!」
「アルト! 聞き分けのないことを言うもんじゃない!」
アレクの叱責に、アルトの瞳に涙が溜まっていく。
「ヒック……王妃の宮も駄目、ヒック……側室の宮も駄目、僕は……ヒックヒック、どこにも居場所が、ないょ」
「これからは、父が一緒にいるから大丈夫だ」
アレクの言葉に背後のロイが眉間にしわを寄せる。
『陛下が常にアルト王子を付き従えれば周囲が誤解しましょう。王妃様は、アルト王子を次代に選んだとお思いになられ、軋轢が生まれます。今は陛下とアルト王子が近すぎてはいけません』
ロイがアレクの耳元で言った。
その様子をアルトが見ている。
ロイがアルトの視線に、微笑を浮かべて応えた。
「……皆が変わったんだもん。うっうっ……誰も僕を見てなぃょ。変な目で見るんだょ……変な顔なんだょ。怖いの、笑ってるのに、怖いんだもん。ヒックヒック……変なの、笑ってるのに……冷たいの。皆、変な人に変わっちゃった! 嫌だ、嫌だょ、ここ以外は嫌だああああ! うっわあぁぁぁぁん」
アルトの心の叫びだった。
アレクにグサリと突き刺さる。
背後のロイも俯いた。
「大丈夫よ、大丈夫。ここにいてもいいわ。アルト王子、私クラリスと一緒にいましょう」
「母上様母上様母上様」
久しく温もりから離れていたアルトは、必死にクラリスのしがみついていた。
その様子を、アレクは呆然と見つめているしかなかった。
「アルト王子の教育係をしております、ゾレスと申します」
「私はクラリスですわ」
冷宮にゾレスがやって来たのだ。
「かつ本日付けで、冷宮の管理を任されましてございます」
要するに、一般的役職でいうなら家令ということだ。
となると、忠誠の騎士レオが主の身の回りを世話する執事の役割になるだろう。
「それから、こちらの二人は女官です」
アルトが赤子の頃から仕えているという。
亡くなった側室の侍女だったそう。
「陛下より、アルト王子がこちらの冷宮で滞りなく過ごせるようにと、私どもを遣わせましてございます」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
クラリスはゾレスと女官に頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します」
三人も頭を下げる。
クラリスよりも深々と。
良い人なのだわ、とクラリスは思った。
リャンに来て、ここまで頭を下げられたことはない。敵国ブルグの王女だから仕方がないわけで。
冷宮配属となった門扉番の騎士などその例になる。
そういえば、とクラリスは外を一瞥した。
あの二人、ガニオに叱られていたな、と。
「警護は強化すると陛下より聞いております」
クラリスの一瞥で察するゾレスは有能である。
思わずクラリスの笑みが漏れた。
ゾレスも微笑む。
「アルト王子、楽しそうですね」
ゾレスもアレク同様、アルトから笑みが消えていたことに、心を痛めていたのだ。
それが、今はクラリスに抱えられ笑っている。クラリスに甘えている姿に、安堵しているのだろう。
だからこそ、アレクは引いた。
アルトの心を守るために。
「うん! ここは変なお顔の人がいないから、嬉しいんだ!」
「……よおございました」
ゾレスの目元が少しだけ濡れていた。




