ご褒美婚19
「ロイ、冷静にな」
アレクはそう声をかけた。
「はっ」
ロイが応じた。
前回のような失敗はしないと、ロイは思っていよう。
「ガニオ、頼んだぞ」
今回はガニオも同伴させる。
あの冷宮の二人とは、ガニオの方が面識が長い。長いといっても国境に出迎えに行き、王都に案内する期間程度であるが。
前回とは違い、今回は二部作成し互いに署名する形とする。ちゃんとした契約書にするためだ。
それを踏まえ、こちらの要望を上げた書面をロイとガニオに託し、冷宮の二人と協議してもらう。
一方的強制契約にしないため、冷宮側の要望も訊くこととした。
「あの、陛下」
「なんだ、ガニオ」
「外にアルト王子がおります。剣の練習を丸めた紙の棒から木刀に変え、足腰鍛えるために駆け足をはじめました。私の後をついて回っています。例のお散歩はこの一週間していないかと」
「そうか……」
アレクは優しい顔つきになり頷く。
「お声がけくださいませ」
「ああ」
ということで、三人で廊下に出た。
扉番が姿勢を正す。
その横で、アルトも真似をしてピシッと立っていた。
アレクはアルトの頭を撫でる。
「すごいぞ。アルトももういっぱしの騎士のようじゃないか」
「はい! 父上」
「では、我々は冷宮へ」
ロイとガニオが会釈して冷宮に向かう。
「では、父上」
アルトも二人についていこうとするが、アレクはヒョイッと抱き上げた。
アルトは足をバタバタさせる。
「ガニオはお仕事だ。アルトは父と一緒に母と弟トルドの所に行こう」
アレクと一緒なら、王妃もアルトを邪険にはしないだろうと考えた。
だが、アルトがより一層足をバタつかせる。
「駄目です! 王妃様とトルド様にご迷惑になります。僕はもう五歳なので、大丈夫です」
アレクの手がゆるんだ。
今まで王妃のことを、母様と呼んでいたアルトが王妃様と口にしたからだ。弟トルドにも様をつけていた。
アレクが衝撃を受けている中、テッテッテッとアルトが駆けていく。
ハッとして、すぐに追いかけようとした。
「あの、陛下、お時間ですので」
予定管理の役人が、申し訳なさそうにアレクに声をかけた。
王妃とトルド王子の所に行く約束の時間だと。
アレクは近衛に、アルトを見つけゾレスのところに送り届けるように指示し、胸に重しを感じながら王妃の宮へと向かった。
クラリスとレオはロイとガニオの訪問を受ける。
例によって三度目の先触れなしときたものだ。
クラリスとレオはせっせと水汲みをして、今夜の湯浴みを準備している最中であった。
その姿に、ロイとガニオは固まっている。
リャンの主城では水路が整っているが、ここ冷宮は古い宮殿で水路はなく、未だに井戸の水汲みでしか水を確保できない。
まあそこも、ブルグ王城と同じで、クラリスもレオも別段なんとも思っていなかった。
クラリスに至っては、ブルグで井戸も使えず雨水を貯めていたから、現状の方が格段に暮らしは向上している。
「何かご用ですか?」
レオが水桶を二つ肩に掲げながら、ロイとガニオに声をかけた。
レオもブルグで水汲み雑用はしていたからお手の物である。
「あ、ああ」
ロイが漏れるような声で応えた。
「少々お待ちください。ロビーなら暖炉の火が灯っておりますので、どうぞ。ああ、でも寛げる応接セットはないので、固い木椅子になりますが」
レオがトットットッと軽妙に駆けていき、屋敷の出入口で桶を置き扉を開けて二人を待つ。
「……行きましょうか、ガニオ将軍」
「ああ……」
そこでやっとガニオが、周囲を見回す。
警護の二人はどこにいるのだ? と、思ったからだ。
「警護のお二方は、湯浴みのための薪を取りに行っていますよ」
ガニオの疑問に気づいたレオが告げる。
湯浴みするなら、薪の量は多く必要になるため二人で取りに行ったのだろう。
だが、監視としては機能していない状態だ。
ガニオが若干険しい顔で頷いた。
「契約書が履行されれば、冷宮の態勢も整えられます。早急に協議しましょう」
ロイがそう言って屋敷に入る。
ガニオもそれに続いた。
入った瞬間に、二人は桶を持つクラリスとバチッと目が合った。
「そ、それなりに、ちゃんとした服装に着替えてきますので!」
クラリスは桶を大階段裏に置いてから、裏階段へと走っていく。
だが、途中でハッとしたクラリスはピタッと足を止め、振り返って愛想笑いをした。
それから、背筋を伸ばし静々と歩き出す。
王女然としておりますわ、オホホホ、と背中で訴えるように。
その姿を、ロイとガニオはただただ見ているだけだった。
で、取り決め協議が始まる。
前回、前々回同様に、クラリスの部屋で。
だって、そこしか綺麗にした部屋はないから。
ギリ使える年代物の調度品を並べているが、チグハグ感は否めない。調和など取れていないから。
「お、お座りなすってぇぃ、なさってくださいませ」
クラリスは噛んだ。
また愛想笑いしておく。
ロイとガニオが無言で座ると、レオがカップを並べた。
もちろん、揃っていない。
「汲みたてほやほやの水を沸かした新鮮な白湯でございます」
ジョボジョボジョボォォォ、とレオはティーポットから盛大にカップに白湯を淹れた……入れた、のか?
「……失礼にもほどがある」
ロイが一拍溜めてから言った。
お茶でなく白湯をとびっきりの嫌味を添えて、これ見よがしに出されたからだろう。
「そうですよね。私もそう思っています」
レオが応えた。
そして、続ける。
「食事と薪しかこの宮に運ばれませんので、お茶もご用意できませんから。そちらの失礼のほどを実感しております。確か、我が姫の出迎え準備に一週間かけておられましたが、この宮のどこにその準備とやらがあったのでしょうか? ああ、暖炉を使えるように煙突掃除に一週間かけたとか? 冷遇で失礼対応になってしまう責任転嫁をこちらにされても、どうしようもありませんよ。茶葉なんて物は手元にありませんので」
レオ、初っ端から飛ばすなよ、とクラリスは内心で突っ込んでおいた。




