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ご褒美婚賜ります  作者: 桃巴


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ご褒美婚18

「レオったら、ああいう契約書面に詳しいのね」


 ロイを見送って、クラリスはレオに訊いた。


「ええ、そりゃあまあ。ブルグの貴族騎士連中は、剣の鍛練より情報合戦していましたし、情報の売買とか取り決め書面とか……は、ブルグでは当たり前で化かし合いするものだったので。雑務係のおかげで、ああいう書面に詳しくなったんですよ」


「重箱の隅をつつくような?」

「ええ、書面作成でしごかれましたよ」


 レオが肩を竦めた。


「でも、ちょっとやりすぎたかもしれません。ロイ様の機嫌を悪くしたのは確かでしょう」

「あら、そう? ちゃんとアレク陛下に一言一句余す所なくお伝えすると意気込んでいたじゃない。あっ、アレク陛下……旦那様のお名前よね」


 クラリスは両手で頬を包み、アレクの名を呟く。


「もしかして、リャン国王のお名前を知らなかったのですか?」

「ええ。兄暴君も悪妃からも言われなかったわ、敵国王に輿入れしろとだけよ」


 掘っ立て小屋暮らしで、王女然とした教育もなければ、社交もしていなかったのだから当然である。


「でもまあ、お名前を知っても呼ぶことはないわよね、白い結婚だもの。フフッ」


 クラリスは笑った。


「上手くいけば、白い結婚で離縁しても白い髪になるまで、ここでの暮らしを手に入れられるわ。グフッ、グフフフフッ」

「旅芸人もよろしいかと思いますよ。二人で、そこそこ稼げましょう」


「ええ、もちろんよ。住まいは冷宮で、職業は踊り子。好きに生きてもいいのだもの」

「なるほど! 離縁後は好きに生きろ。職業に制約はなし、冒険者や旅芸人等も許可。酔興に老婆になるまで冷宮暮らしも可能。だけが加筆されれば、詳細は穴だらけ。冷宮からの出入りに関して未記述なら」


 クラリスはパチンと指を鳴らす。


「でしょ? 好きで冷宮で暮らし、踊り子仕事に出かけたっていいってことになるもの」

「私よりも、我が姫の方が上手でした」


 とまあ、こんな感じの二人に、届けられた夕食はカチコチパンと野菜くずのスープだった。




 クラリスは涙ながらに食す。

 カチコチパンを野菜くずのスープに浸して。


「我が姫……そのように泣かれなくても……」


 レオが眉尻を下げながら言った。


「だって、だって……この食事よ? 泣かずにいられる? グスン」

「はいはい、わかりましたから。はい、どうぞ」


 レオが暖炉で炙ったカチコチパンをクラリスに渡す。


「はあぁーん、懐かしくて美味ぃぃ」


 クラリスは歓喜の涙を流しながら、野菜くずのスープを啜る。


「ハハ、それは、ようございます」


 ブルグ王城で最下層の食事しかありつけなかったクラリスは、豪華な食事では胃が拒絶し、普通の食事でも胃がもたれ、質素な食事でなんとかつまめ、貧相過ぎる食事で胃が喜ぶのである。


 一日一食から毎食に進化しているが、まだ身体が追いついていないのだ。お腹の許容量はまだまだ小さい。


 ガニオが報告したように、雀の涙程度の食事量である。数十年続けてきた食事量が、ほんの数カ月で改善されるわけもなく。


 だけど、食事があるだけでウキウキと天にものぼる気分になるのがクラリスである。


「でも、レオには足りないでしょ?」


 クラリスは、窓を一瞥した。

 外では騎士二人が肉を焼いている。


「大丈夫です、我が姫。私もブルグの騎士生活では、残飯処理ばかりでしたので。馬小屋で馬以下の食事でした」


「ブルグって、本当にクズ国よね」

「でも、クズの方が美味しい出汁がでますよ」


 レオの言い様に、クラリスは野菜くずのスープを掬って笑ってみせた。


「そうよね、クズ国だったから、私はブルグを出されたもの。クズも良い働きをするものね」

「確かに、我が姫も良い出汁が出ておりますから」


「それ、褒めている?」

「もちろんです。それにしても、昨日の食事に比べ、この食事は意図的なものを感じます」


 レオがフッと鼻で笑う。


「署名していないから冷遇といったところでしょうか。なんとも浅はかですね」

「食事が出されるのだから、冷遇ではないでしょう。私にとってこの食事はご馳走だわ」


「我が姫を冷遇しようにも、リャンはいつも下手をこきますね」


 クラリスが普通の王女ではないからで。


「このまま、気ままなリャンの生活を謳歌したいわ」


 だが、そうは問屋が卸さないわけでして。

 クラリスの下を目指すちびっ子がいるわけでして。

 まあ色々と、騒動が巻き起こるわけですよ。




 テッテッテッ

 テッテッテッ


 トテトテと歩いていた足は、テッテッテッと駆け足になっている。

 数カ月経ってもいっこうに食事量が増えないクラリスとは違い、たった一週間で五歳の育ち盛りは軽やかな駆け足となる。

 それもこれも、ガニオと鍛練しているからだろう。


 鍛練を始めて三日で、紙を丸めた棒から木刀に変わった。木刀を素振りするには足腰の鍛練が必要で、駆け足練習をしている。


 例の散歩はしていない。

 だが、アルトの行動範囲は広がっていた。

 ガニオの背を追って、あっちに行ったりこっちに行ったりと、行ったことのない場をアルトは知る。


 今までは、誰かに案内されていた場も、道筋が頭に入っていく。

 王城を冒険しているようで、アルトの好奇心をくすぐった。

 最終冒険地は、『側室の所』である。


 テッテッテッ

 テッテッテッ


 今日もアルトは、大股歩きのガニオを追う。

 ガニオがときおり振り返り、一生懸命駆け足でついてくるアルトを確認し、また進むのだ。


「失礼致します」


 ガニオがアレクの執務室に入る。

 入る瞬間、扉番にアルトを見守るように目配せした。


 扉がパタンと閉まる。


「お呼びだと伺いまして」


 アレクがロイと一緒に書面を持って待っていた。

 例の契約婚の書面である。

 拙速に出してしまい、こんなもんでいいだろう的だと指摘された前回の書面を踏まえ、一週間は寝かせた。

 さてさて、冷宮でお披露目となるわけだ。





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