ご褒美婚17
「署名致しかねます」
クラリスはガッツリとロイの目を見て、キッパリと言い切った。
「……何かご不満がおありで? まさか、本当は閨を賜る側室におなりになりたいと?」
小馬鹿にしたように、かつ、嘲るような視線でロイが言った。
「あ、いえいえ、そのような恐れ多いことを望んではいません。ただ、この書面の中身が色々と抜けております。……アレク陛下のお言葉を余す所なく書面に入れていただきたいと」
「はあ? どこが抜けているというのですか?」
ロイが眉間にしわを寄せて問うた。
「一つ、離縁後は好きに生きろ、との文言。一つ、離縁後は職業に制約はなし、冒険者や旅芸人等も許可。それから、一つ、酔興に老婆になるまでの冷宮暮らしも可能。と、おっしゃったかと」
クラリスは、一つ、一つ、と指を三本立てながら抜けを口にした。
「それは、言葉の綾というものでございましょうに」
「そう、なのですか……言葉の綾……」
クラリスは期待が萎んでシュンとする。
「失礼。リャンでは陛下のお言葉を詳細に記さず、簡易なものとできるのですか?」
レオが会話に入ってきた。
「は?」とロイ。
「ですから、陛下のお言葉に重みはなく、省略を許されているのかと」
「は!?」
「我が姫は、国の頂たる陛下のお言葉には、重みがあるものとだと認識しております。そのお言葉を例え言葉の綾だとしても、自身への戒めとして書面に留めておきたいと。敵国に輿入れした人質王女の矜持でございます」
レオの言葉に、クラリスは首を何度も縦に振る。
「そ、うですかっ」
ロイが唇の端を噛みながら、腹立たしげに言った。
「それから、私からも一つご指摘を」
「騎士ごときが何を!?」
「我が姫の口止めだけでよろしいので?」
レオが書面の、
一つ、冷宮暮らしの詳細を口外しない。
を指差ししながら言った。
「私にも口止め記述が適応されるとの文言が必要かと。こう言っては失礼でしょうが、詰めが甘いですね」
「っ!?」
ロイは唇を完全に噛み、強く握り拳を作っていた。
「こういう契約事は、綿密に練ることをおすすめ致します。もしくは、状況に応じて都度加筆署名することを一筆入れるのも手かと。半年に一度を更新期間とするのもありですね。この契約書面は、なんというか……勢いに任せて作られたものだと丸わかりですよ。口悪いですが、こんなもんでいいだろう的に」
レオがロイに書面を返した。
ロイが書面の端をグシャッと握る。
「大いに参考になりました」
ロイがいかにもといった寒い笑みを浮かべている。
そして、レオからクラリスへと視線を移した。
「一言一句余す所なく陛下にお伝え致しましょう」
いいのか? このまま伝えれば、
心象を悪くするぞ、
機嫌を損ねるぞ、
逆鱗に触れるかもな、
との言葉裏が隠れていよう。
「はい! 是非お願い致します」
クラリスは元気良く応じる。
ピキッ
ロイの笑みがそんな音を立てたかのように、ひび割れ固まっていたが、クラリスにはわからない。
怯む者の感覚は肌感でわかるクラリスであるが、それ以外はてんでわからないから。
「良かったですね、我が姫。問答無用の強制書面ではなくて」
レオがさらに、ロイの笑みを固まらせる。
「互いに主を支える身。ロイ様の心中お察し致します。どうぞ」
それこそ有無を言わさず強制的に、レオが扉のノブに手をかけ退室を促したのだった。
ロイの報告を受ける。
握られしわくちゃになった書面を見ながら。
アレクは、冷宮からの追撃にしばし放心した。
思考が回復すると、初見の痛恨の一撃と同等のダメージを受ける。名を知らせたいあまりに、熟考なく作り上げた書面であると理解したから。
なんなら、追撃内容の方が大打撃である。
契約書面の抜けやら不備。あり得ぬ事態だ。
「見事なまでの難癖です! やはり、あのブルグの王女は腹に一物ある曲者、忠犬野郎も小言を吠える!」
ロイがダンダンと踵を鳴らし、大きな貧乏揺すりをしている。
「どっちが主導権を握っているのか、わかっていない!」
ロイが苛立ちを声にのせている。
「正確で真っ当な指摘だから、苛ついているのだろ? ロイ、冷静になれ」
アレクはロイを宥めた。
ロイがムッとした表情でそっぽを向く。
アレクと視線を合わせない。こういうときのロイは何かを隠しているのだ。
「ロイ、何を隠している?」
「別に何もありません」
そう言うわりには、アレクの視線から目を逸らしている。
「ロイ、言え」
「署名していないから、冷遇続行だと思いまして、……」
ロイが続けない。
「続きを言え」
「……どうせ、雀の涙程度しか食べないとガニオ将軍から聞いておりましたから、カチコチパンと野菜のくずスープを届けさせました!」
ロイが投げやりに言った。
だが、まだロイはアレクを見ない。
「他には?」
「……」
小さくブツブツ言っている。
「ロイ!」
「別にあの二人には何も……。冷宮配備の者に美味しい肉を届けましたよ。冷宮配属になって、心がやさぐれていましたから、せめてもの気遣いです。持ち場を離れられないだろうから、屋敷を監視しながら焼いて食べろと」
冷宮の主がカチコチパンと野菜のくずスープで腹を満たしている中、屋敷外で冷宮配属の者が、肉を焼いて食べる、というのはなんともこれ見よがしであろう。
「お前なあ……」
アレクは呆れたように天を仰いだ。
「そのせいで、書面内容が増える」
「はい?」
アレクはロイの頭をゴツンと叩いた。
「いいか、私があの鋭い騎士なら、署名する前の冷宮暮らしは口外できると考える。その辺も、詳細に綿密に練った書面を作らねば、また指摘されることになるわけだ」
「っ! ……申し訳ありません」
ロイが失敗を自覚し、しでかしてしまった、と顔を歪ませた。
「リャンは浅いと……短慮だと思われているだろう」
ことクラリス王女に関しては、どうも調子が狂うな、とアレクは頭を掻いたのだった。




