99.成熟※
あれから半年が経ち、私たちは無事に卒業を迎えた。
みんなで卒業アルバムに寄せ書きをしながら思い出を語り合う。
「一年の時は二人で劇の台本書いたね〜」
「今でもたまに読み返してにやける」
「わかる〜」
「修学旅行の夜は皆で暴露大会したよね〜!」
「あれはいたたまれなかった⋯⋯」
「なにそれ! 俺知らない〜!」
「リョウは俺と交代してたから〜」
「最後の体育祭は波乱万丈だったね!」
「けど、人生で一番寝ずに頑張った!」
こうやってわいわいするのもこれで最後か。
三年生に進級した時から何度も覚悟してたのに、寂しさを感じる。
来月からは、私は四年制大学に、イブキはデザイン系の専門学校に進学することが決まっている。
仲の良い友人たちとも別々の道を歩むことになるけど、私たちは繋がっているからいつだって会える。
さっそく来月にも新生活の共有という名目で集まる予定もある。
「カスミ、帰ろうか」
声をかけてくれるイブキも少し寂しそうに見える。
「うん。帰ろう」
二人仲良く手を繋いで、最後の下校の思い出を記憶に刻んだ。
それから一週間後。
私とイブキは一泊二日の卒業旅行に来ていた。
初日の今日がイブキの誕生日なので、そのお祝いも兼ねている。
旅行のテーマは芸術だ。
私たちは海が見下ろせる高台の街に来ていた。
ここは数百年前に海外から訪れた外国人の邸宅が立ち並ぶ場所で、お洒落な異国情緒溢れる街並みが今でも残されている。
建物の中に入ることも出来て、それぞれの建物にはコンセプトがあって、室内には調度品や絵画や彫刻などが展示されているという。
「ホッキョクグマってこんなに大きいの? 何この仮面⋯⋯」
まずは動物や昆虫の剥製や仮面などが所狭しと展示されている家に来た。
ものすごい情報量だ。
一部屋だけでも何時間でも見ていられそうなくらい。
「すごい⋯⋯」
イブキは完全に心を奪われて自分の世界に入っていた。
そこからは願いが叶うという椅子に座って祈りを捧げたり、願い事をしながら狛犬の間をくぐったり、パワースポットを巡る。
そして、次にたどり着いたのは、お洒落な庭に佇むイノシシの銅像の前だ。
このイノシシの鼻を撫でると幸運に恵まれるという。
「どれだけ願うの?」
イブキはほんの少し呆れたように笑っている。
「何度でも願うの! 数撃ちゃ当たるの!」
とは言え、私の願いはイブキにも最初に話したけど、そう特別なものではない。
これからもずっとイブキとラブラブでいられること、大学生活も充実すること、家族やみんなが健康で暮らせること、世界が平和であること⋯⋯
イノシシの銅像を近くで見ると、鼻の色が変わっているのが分かる。
きっと、数えきれないほどの人がこの鼻を撫でて来たからだ。
君もたくさんの人の願いを叶えてきたんだね。
「お疲れ様」
イノシシの鼻を撫でさせてもらったあと、頭と背中もたっぷりと撫でた。
次に入ったのは貴族の家だった。
重厚感ある調度品の数々と、お洒落なテーブルクロスに、華やかな柄の食器に、キャンドルに⋯⋯
どの方向を切り取っても絵になって、シャッターを押す手が止まらない。
思わず目がハートになる。
それに、所々お洒落なドレスを着たマネキンが展示されている。
ドレスか⋯⋯
ドレスと言えばやっぱり結婚式だ。
イブキとの結婚式か⋯⋯
高速で妄想を始めた私だったけど、イブキも同じようなことを考えていたのか耳打ちをしてきた。
「結婚式の時、俺がカラードレスを選びたい。だめ?」
イブキの言葉が耳をくすぐって一気に顔が熱くなる。
ゆっくりとイブキの方に目線を動かすと、少し甘えたような表情でこちらを見ていた。
どうしよう。
甘すぎる。
「だめなわけないでしょ? 一番似合うのを選んで?」
背伸びをして耳元で言った。
「もちろん。ありがとう」
イブキは少し照れたように微笑んだ。
最後に入ったのはトリックアートの館だ。
背の高さが入れ替わるものや、巨大なステーキに押しつぶされそうになっているように見える絵など、いろいろな絵の前で写真を撮って楽しんだ。
お洒落なカフェで休憩したり、植物園に行ったりとたっぷり満喫した後、宿泊先のホテルに到着した。
夕食と入浴を済ませてくつろぎタイムになったところで、イブキの誕生日をお祝いすることにした。
「イブキ、お誕生日おめでとう!」
用意していたプレゼントボックスを渡す。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろん」
イブキは丁寧な手つきで包装を開けていく。
プレゼントは腕時計にした。
これから毎日は会えなくなるから、私の代わりにイブキの側にいられるようなものを選びたかった。
この時計はベルトは革で、本体が天然木で出来ている。
お母さんの方のお祖父ちゃんの工房で取り扱っているものだ。
作り方を教えてもらって、私も工程の一部に携わった。
落ち着いた色がお洒落なイブキによく似合う。
「かっこいい。これから毎日着ける。ずっと大切にする。カスミ、ありがとう」
イブキは腕時計を着けて、嬉しそうに笑った。
しばらく雑談をした後、いい時間になったのでそれぞれのベッドで寝ることにした。
しばらく時間が経ったあと、布団から目を覗かせてイブキを観察する。
イブキは私がもう寝たと思っているんだろうか、薄暗い明かりの中、寝転がりながら腕時計をじっくりと眺めている。
時に嬉しそうに、時に愛おしそうに。
私は彼のそんな行動からも愛情を感じるし、そんな彼を心の底から愛おしく思う。
それに今日で私たちは大人になったんだ。
私は静かにイブキに近づき、ベッドに潜り込んだ。
イブキは最初は少し驚いた様子だったけど、すぐに優しく抱きしめてくれた。
「寝れなかった?」
イブキはそっと頭を撫でてくれる。
それに甘えるようにイブキの胸に顔を埋めて言った。
「うん。イブキのことが好きすぎて寝れなかった。私⋯⋯もっとイブキに近づきたい」
その言葉にイブキの動きが止まる。
私の気持ち、伝わったかな。
ゆっくりと顔を上げてイブキの顔を見る。
するとイブキは今まで私に見せたことのない表情をしていた。
強い目で私を見ている。
これはたぶん、スイッチが入った男の人の顔だ⋯⋯
「カスミ、意味が分かって言ってる⋯⋯と思っていいの?」
イブキの声はいつもより低く、重たく響いた。
「うん。分かってる」
イブキにのしかかり、頬を両手で包みこんで、逃さないようにしてキスをした。
それからイブキの脚に自分の脚を絡める。
キスを続けているうちに、徐々に二人の体温が上がっていく。
夢中になっていると、ぐるりと上下が反転した。
お互いの指を一本一本絡めるようにして繋いだ両手をシーツに押さえつけられる。
イブキはさっきよりも熱い目で私を見下ろしている。
「本当に大丈夫? 俺、たぶん怖い顔してる」
イブキは少し不安そうに言った。
「全然怖くないよ。優しいイブキをたくさん知ってるから。むしろ嬉しい。その顔は私だけのものでしょ?」
イブキの頬を撫でながら伝える。
「お願い。怖いと思ったらすぐに止めるから。何も言わずに離れて行かないで」
「うん。離れないよ。ちゃんと言うから」
もう一度気持ちを確認しあったあと、ゆっくりと再び唇が重なり、緩やかに深まっていく。
私を強く抱きしめるイブキの身体つきは筋肉質で硬く感じるのに、触れる唇は柔らかくてそのギャップに気持ちが高まる。
ぎこちなくも優しく触れあううちに、鼓動と息がどんどん速くなる。
思わず声が出そうになって、手で口を塞ぐとそっと手を取り除かれた。
「キスできない。それに声が聞きたい」
また唇を塞がれて、漏れ出る声も熱い吐息も飲み込まれていく。
いつもより少し強引な彼の様子にますます気持ちが高ぶる。
素肌が触れるとイブキの身体は少し汗ばんでいて、いつもと同じ匂いがして安心した。
大好きな彼を近くで感じられたことに、心から満たされた夜だった。




