98.道
9月。
命を燃やした体育祭が終わり、残す大型行事は文化祭のみとなった。
三年生の出し物は毎年屋台と決まっているから、メニューとレシピと準備物が決まれば、あとは直前の買い出し位だ。
このクラスは相変わらず積極的に動く人が限られているけど、今回はあえて空気を読んで動くのは止めた。
簡単に自分を追い込んで、大切な人に心配をかける癖を直したかったから。
黙っていても物事は決まっていくもので、このクラスは中庭でクレープ屋さんの屋台を出すことになった。
運動会後に変わったことと言えば、一・二年生の間でちょっとしたファンクラブのようなものができていて、カケル派、リョウ派、イブキ派の三派閥が主流らしい。
「いや〜一年の時の俺が今の俺を見たら、泣いて羨ましがるだろうな〜けど実際この状況になってみるとエネルギー吸い取られるわ。イブキたちの苦労がやっと分かった」
フリーのリョウくんは、特に熱心なアプローチを受けているようで、毎日ぐったりしている。
何か酷い目に遭ったのか、愚痴を言いに私の席まで来たらしい。
「おお。なんて言葉をかけていいか⋯⋯お疲れ様」
リョウくんは力なく片手を上げたあと、自分の席に戻って行った。
リョウくんも不憫だけど、当然イブキ派の関心は私にも向けられるわけで⋯⋯
昼休み、ミナちゃんとお弁当を食べた後、トイレの個室に入っていると嫌な会話が聞こえてきた。
「イブキ先輩早くフリーにならないかな〜」
「三年生って今の時期、別れるカップルが多いらしいよ〜受験の夏を越えられないって」
なんて失礼なんだろう。
人に不幸が起こるのを待ってるなんて。
それに私たちはお互いの存在が受験勉強の妨げになんかなっていない。
「確かに彼女も可愛いけど、それ以外は特にいい所が分からないよね」
「従姉らしいよ? 子供の頃から一緒にいるって」
「うわ! それ最強属性じゃん! それなら私だって付き合えてる〜!」
「ほんとそれ〜」
黙っていられなくなった私はドアを開けて個室を出た。
「そんな意地悪なことを言ってる人は、何年一緒にいても難しいんじゃないかな」
自分の声とは思えないような冷たい声が出た。
この子たちは一年生だろうか。
私の顔を見て固まっている。
「はぁ⋯⋯」
私は思わず失礼な二人組を見てため息をついてしまったあと、トイレを出た。
その日のホームルームの時間は、進路希望のアンケート用紙が配られた。
春頃にも一度配られたけど、適当に大学進学って書いちゃったな。
今回はこれを元に、より具体的な志望校や就職先を決める面談が行われるらしい。
「自分のなりたいもの、それがまだ分からない人は特技や強みを活かせるような分野を考えるといいな」
フジモリ先生はクラス全体に向けてアドバイスをした。
なりたいものか⋯⋯
一番なりたいのは正義の味方だ。
妖怪退治をしたり、怪我をした人を助けたり⋯⋯
けどそんな事を馬鹿正直に書いたら、間違いなく危ない人認定される。
巫女の力を抜きにした、表向きの私ってどんな人なんだろう?
ふと思い出すのは先ほどの一年生の会話だ。
特にいい所が分からない人か。
話したこともない人に言われてもダメージを食らう必要ないけど、自分でも分からないならそれは図星なんだろう。
私はその場では何も記入せずに用紙を持ち帰った。
その日の放課後は、マユちゃんと二人でカラオケに行った。
「気持ちはわかるよ? 少女漫画でも定番じゃん? 体育祭をきっかけに先輩に恋をする⋯⋯実行委員長とか、団長とか、リレーの選手とか! けど私がカケルくんを好きになったのは、彼が団長だったからでも、リレーの選手だったからでもないのよ! こっちは歴史があんのよ! ちょろっと遠くから見てただけの女に何がわかるのよ! あと簡単に別れろっていうのやめろ腹立つ」
マユちゃんも相当溜まっているみたいだ。
「いやほんとわかる。所詮ミーハー心なんだよね。キャーキャーするのが楽しいのはすっごく共感できるよ? けどこっちは生まれた時から一緒にいるの! あんたたちイブキがお漏らししてるところ見たことありますか? 転んで泣いてるところ見たことありますか? それでも好きですか? 軽い気持ちで好きとか言った上に私の事を下げるのは止めてよ! 何が私でも従姉だったら付き合える〜よ! いい所が分からないとまで言われたんだよ? 人格否定でしょ!」
私も言いたいことをぶちまけた。
「はぁ〜? それは腹立つ! 絶対許せない! 今度そんな事を言う子がいたら呼んで! 成敗しにいく」
「マユちゃんも私を呼んで! 助太刀するから」
同盟を結んだ後は、どれだけ重くて暗い曲を歌えるか大会を開いて、存分に大笑いした所で解散になった。
その次の休日、私はお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家を訪ねた。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんとアヤメちゃんと四人で食卓につくと、サルビアが紅茶を淹れてくれた。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんは姿勢良く、優雅に紅茶を飲んでいる。
「カスミが一人で来るなんて珍しいな。こちらは大歓迎だが、何か悩み事か?」
お祖父ちゃんは私の表情から察してくれたらしい。
優しく微笑んでいるけど、少し心配そうだ。
「将来の進路の事で悩んでるの。私は今、アヤメちゃんとやっている活動をずっと続けたい。もちろん他のみんながどれくらい協力してくれるかにもよるけど」
私は三人にアドバイスをもらいたかった。
「そうだな⋯⋯俺たちに何かあれば、いずれはこの家はサクラ、アヤメが継いだ後にカスミに回ってくるだろう。けどそれはカスミがずいぶんな年になってからのはずだから、あまり考えなくていいというのが前提で⋯⋯」
「俺は平和が好きだ。だからカスミたちが力を他人のために使ってくれるのはありがたい。だが、今の自分たちの限界も知っていて欲しいんだ。世界中の人を治療できるわけではない。世界中の争いを鎮められるわけではない。今この一族は、力を隠しながら救える範囲で無償の人助けをするという形が出来上がっている。この社会で生きながらそれを維持するためには、まずはカスミたちが幸せじゃないといけない。人助けを軸に考えるにしても、カスミがこれから作っていく家族の生活が、安定していないといけないんだ」
お祖父ちゃんの言いたいことは分かった。
人助けはあくまでもボランティア。
余暇活動であって、仕事には出来ない。
もしかしたら遠い何世代も先には、堂々と人々に力を使って、それを仕事にできる未来が来るかもしれない。
けど、今の私たちの一族の規模では全ての人を救うことはできないから、この力は隠すしかない。
需要と供給が合わないのに私たちの存在が明るみに出れば、今度は人間同士の争いの火種になる。
つまりはお父さんやアヤメちゃん達と同じように、この力の事を抜きにしても自分達家族の生活が成り立つような仕事をする必要がある。
そしてそれは私と家族が幸せになれるものじゃないといけない。
「とまぁ偉そうに語ってはみたが、俺だってカスミの歳にはやりたいことなんか決まってなかった。就職のことを考えて法学部にしたってくらいで⋯⋯」
お祖父ちゃんは少し照れたように笑っていた。
「私は高校生の時から美容関係の仕事をやりたかったんだけど、会社を立ち上げようと思ったのはやっぱり時間に融通が利くのがいいと思ったからかな! 忙しいのは変わりないし、実働部隊としては時間に間に合ってないからサツキとカスミに任せっきりだけど⋯⋯あと、お姉ちゃんはある意味、この力を仕事に出来てるよね。間口は広くないかもしれないけど、夫婦で人助けをしながら息子三人育てられてる」
この時のアヤメちゃんの言葉は、後の自分の人生にとって大きなヒントになった。
「カスミは本当に偉いわよ。私の代では人助けなんて出来なかったんだから。もっと自分を誇りに思っていいのよ。こんなにも優しい子なんだから」
お祖母ちゃんは優しく頭を撫でてくれた。
見知らぬ人にどう思われたっていい。
大好きな人が私の事を見ててくれるんだから。
そう思えた。
三人にお礼を言って帰宅した私は、進路希望の用紙には、"大学進学後、個人事業主になる"と書いた。
そして迎えた文化祭当日。
私のクラスのクレープ屋さんの人気は上々だった。
イブキはと言うと、教室内で喫茶店を開いていて、こちらも主に女子たちで賑わいを見せていた。
実は今日、お父さんとお母さん、トウキ伯父さんとサクラ伯母さんが四人で遊びに来てくれていた。
芸能人集団と間違われて騒ぎになったり、お母さんが一人でうちのクレープの全三種類を制覇したりと忘れられない思い出になった。
午後、二人で当番の時間帯を揃えたので、自由時間はイブキと一緒に見てまわることが出来た。
ひと通り文化祭を楽しんだ後、恒例のように早めに教室に戻る。
今年はイブキの教室に入り、壁に並んでもたれた。
「お祖父ちゃんお祖母ちゃんの家、どうだった?」
イブキには事前に進路相談のために話しに行くと伝えていたから、気にしてくれてたのかな。
「うん。将来のことを相談出来た。やっぱり私は自分の力を人助けに使いたい。でもそれだけじゃ今の世の中は生きていけないから、大学に行って、普通の仕事もする。その上で今みたいに、縁あって私たちにたどり着いてくれた人たちを救うことをこの先も続けたい。けど、欲を言えばもう少し自分からも自然な形で困っている人を探しにいけるような職種がないか、考えているところ」
イブキは静かに話を聞いてくれている。
「それでね。私が力を使うためにはイブキの協力が必要不可欠で⋯⋯これからもイブキの負担にならない範囲で手伝って欲しいの。公私ともにパートナーでいて欲しいの。ずっとこの先も一緒にいて欲しいの」
イブキに向かって頭を下げる。
イブキはそんな私の手を引いて、そっと抱きしめてくれた。
「大丈夫。分かってる。俺も一緒にカスミの夢を叶えたい。まずは勉強して、自分の能力を伸ばして、カスミと一緒に生活できるようになる。そしたら結婚しよう。その時もう一度プロポーズする」
イブキはさらにぎゅっと抱きしめてくれた。
イブキから発せられた突然の結婚の約束。
もちろん私も当たり前のようにそのつもりで話していたけど、いざ言葉にされると嬉しさと驚きで声が出ない。
「指輪はまだ買えないけど、これ」
身体を離したあと、イブキは自分のカバンから小さい袋を取り出した。
中身は細身のレザーのブレスレットだった。
イブキがブラックで私が赤みの強いブラウンのお揃いのものだ。
イブキはそっと私の左腕にブレスレットをつけてくれた。
「似合ってる」
「ありがとう。嬉しい」
「よかった」
イブキは嬉しそうに笑っている。
きっと私も飛び切りの笑顔で彼を見ていると思う。
「カスミのことが好き」
イブキは三年連続、壁ドンをしてくれた。
けど今年の壁ドンは柔らかい雰囲気で、私も彼も笑顔だ。
「うん。私もイブキのことが好き」
そのまま二人の顔が近づいて唇が重なる。
二年前と違うのは、私もこの気持ちをイブキに伝えられる事とキスできる事だ。
こうして三年生の二大行事が終わり、受験勉強に打ち込むのみとなった。
みんなに桜が咲きますように。
その願いは無事に叶えられることとなった。




