94.耳たぶ
悪魔の世界から帰って来た私たちは、大型連休明けから日常生活に戻っていた。
角が無くなったイブキは、今まで通りに普通の高校生として過ごしている。
私はというと、遠足と体育祭を経て、無事にクラスに馴染めるようになり、女の子の友だちも出来た。
その友だちと言うのは、バスケ部のリコちゃんとミナちゃんだ。
リコちゃんはサラサラのロングヘアと高身長が特徴的な、みんなのお姉さん的存在だ。
ミナちゃんはポニーテールがトレードマークのムードメーカーだ。
リコちゃんとミナちゃんはマユちゃんの友だちな上に、リコちゃんの彼氏は5組の男子バスケ部のワカサくんで、ミナちゃんも同じくアワノくんと付き合っている。
ワカサくんとアワノくんはイブキとリョウくんと4人でつるむことが多いらしく、前々から私のことを認識してくれていたそう。
けど、ミハマくんと過ごしている私にどう声をかけようか迷っていたとのことだった。
この日は10分休憩にこんな話をしていた。
「昨日のドラマの最終回見た!? 結末が衝撃的過ぎて、SNSの他の人の感想読み漁ってたら寝付けなかった!」
ミナちゃんは机をバンバン叩きながら興奮している。
大人気少女漫画がドラマ化されたもので、クラスの女子の大半が見ていると言っても過言ではない。
ちなみに原作の漫画を私は持っている。
「まさかそっちの二人がくっつくなんて、最初の頃は思わなかった!」
ストーリーの導入で、転校初日のヒロインが電車の中で男子生徒に助けてもらい、実はその彼が隣の席のクラスメイトで⋯⋯とくれば、その彼と結ばれるのが王道のはずだ。
「私はやっぱり、この試合で勝てたら俺と付き合ってくれ!ってやつがよかった〜」
リコちゃんはうっとりとした表情で言う。
「ワカサも似たようなことやってたよね?」
「このシュートが決まったら⋯⋯ってやつでしょ? それ宣言したら毎回入らなくて、もうじれったくって私から言っちゃったから。不完全燃焼なせいで、強い憧れが残ってしまって」
リコちゃんカップルも、なかなかに少女漫画チックな関係のようだ。
「後はさ〜お揃いのピアスをあけるシーン! 憧れる〜!」
「あたしたちは部活があるから、しばらくあけられないよね⋯⋯でもカスミちゃんは出来るんじゃない!?」
二人が言っているのは、ドラマの中で両想いの二人が彼の部屋で、同じ箇所に同時にピアスの穴をあけるというものだ。
ほんの少し痛いのを二人で我慢するのがちょっと大人っぽくて、しかもお揃いのピアスをつけて登校するというドキドキのシチュエーションだった。
「イブキくんとお揃いであけちゃいなよ!」
リコちゃんに背中を叩かれる。
「ん〜相談してみようかな〜」
少しその気になったところで授業開始のチャイムが鳴り、自分の席に戻った。
昼休み、前に座っているあの彼に質問する。
「ねぇ。ピアスをあけるときって、どのくらい痛いの?」
「え! なに? ミーちゃんあけたいの?」
ミハマくんは驚きながら振り返った。
あれからミハマくんに関しては、クラスメイトとしての態度で接することを心がけた。
イブキと私の間にはつけ入る隙がないことを理解してくれたのか、ちょっかいを出してこなくなった。
カケルくんが"やさぐれ王子"というあだ名をつけたことで、クラスメイトからイジられるようになり、賑やかに過ごしている。
彼も彼で家庭の事情で悩みがあったみたいだけど、そこは踏み込まないでいる。
今は普通に良好な関係だ。
「うん。まだ興味の段階だけど」
やっぱり痛いんだろうか。
「まぁ、それなりに痛いよ。でも俺は中学ん時に三つあけたから」
「すごいね? さすがやさぐれ王子!」
「教えてやってんのにバカにすんのか?」
ミハマくんは冗談っぽく怒っていたけど、ピアスをあける手順やエピソードを詳しく教えてくれた。
しかし、自分とミハマくんではある条件が違うことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
次の土曜日、イブキが私の部屋に遊びに来てくれた。
キョウとサツキは友だちと約束があって不在。
お父さんお母さんとショウマはショッピングモールの着ぐるみショーに出かけていている。
つまりこの家には今は二人きり⋯⋯なんだけど、出発前のお父さんから、高校生らしからぬ行動は慎むように事前に注意を受けた。
それに対してイブキは"言われなくても分かってる"と言い返し、なぜかお父さんが複雑そうな表情をしていたのだった。
「また増えてる」
イブキは本棚にある、少女漫画の単行本を手にとった。
「そうなの! 今回もよかった! スキー合宿中に急に天気が悪くなって、山小屋で二人きりで朝まで互いを温めあって⋯⋯」
「ふーん」
イブキはパラパラとページをめくっている。
男兄弟しかいないイブキは少女漫画と接点のない人生を送ってきたらしいけど、私と付きあうようになってからこの部屋の少女漫画を読むようになった。
それは私の趣味嗜好を理解するためだそうで⋯⋯
しかも、お願いしたら割と何でも再現してくれるという極上のサービス付きだ。
「なんでこの人たちってすぐに服を脱ぐんだろう。服を着ていたままの方が温かい気がするけど」
イブキは問題のページを見ながら言った。
確かにその意見はごもっともだ。
「もしかしたら服が濡れてたのかも! それに、ドキドキして体温が上がるのを期待して⋯⋯とか?」
しかし結局のところは、少女漫画は必ずしもリアルである必要はなく、読者がドキドキ出来ることが重要なはずだ。
「今日の再現シーンはこれがしたいってこと?」
⋯⋯え?
イブキは真剣な表情で私のことを見ている。
なんだろう。
自分とイブキに置き換えて想像した途端、この漫画の登場人物たちがいかにとんでもないことをしているかが理解できる。
実際は背中合わせで一つの毛布に包まっているだけなんだけど、それを今ここで再現するなんて⋯⋯
私ってとんでもない女の子だと思われてる?
「違う! そういうんじゃない! 私だって年がら年中こんなこと考えてるわけじゃないよ? それに、今は夏だから雪も降ってないし? 暑くなり過ぎも考えものっていうか⋯⋯」
動揺した私はペラペラと言い訳を並べてしまう。
「冗談。カスミは忙しいね。赤くなったり青くなったり」
イブキの顔を見るとイタズラっ子みたいに笑っていた。
なんだ。からかわれただけか。
「って、あぁ! 脱がなくていいやつで一つご相談が!」
私はこの前リコちゃんとミナちゃんと話していた例のシーンについてイブキに相談することにした。
本棚からドラマの原作漫画を取り出し、該当のページを開ける。
「これ一緒にやらない? お揃いのピアス⋯⋯」
イブキは黙って漫画を受け取り、内容に目を通す。
「いいけど。回復で穴が塞がるんじゃないの?」
「やったー!! って⋯⋯え?」
そっか。
私が誰かに回復の力を使うタイミングで自分の怪我も治るから、ピアスの穴も塞がっちゃうんだ。
全然気がつかなかった⋯⋯
「あ〜残念⋯⋯」
床に座って両足を投げ出す。
「落ち込まないで。イヤリングだって似合うと思う」
イブキはそんな私を後ろから抱きしめて、自分の足の間に座らせた。
そして頭を撫でもらってコロっと機嫌が治ったところで、いきなり右の耳たぶにキスをされた。
「あぁっ!」
思い切り怪しい声が出て大慌てで手で口を塞ぐ。
恐る恐るイブキを振り返ると、ばちんと目が合った。
「ここ、弱いの?」
思わぬ弱点を発見したイブキは的確にツボを狙ってくる。
何度もキスされては、時々唇でハムハムと優しく噛まれる。
声にならない声が出て、無意識に身体が動くけど、しっかりと抱きしめられていて逃げられない。
どんどん身体が熱くなってくる。
それから耳の縁を唇でなぞられたあと、首筋にキスされる。
「んんん〜!」
「可愛すぎ」
手で口を塞いだまま抗議するも、イブキの攻撃は弱まらない。
「カスミの匂いがする。いい匂い」
「もう助けて! このままじゃ溺れる!」
自分で口を塞ぐのをやめればいいと気づいた私は、全力で抵抗しなんとか解放されたのだった。
後日。
放課後デートの時にイブキは私にプレゼントをくれた。
「カスミ。これ、いいのがあったから」
可愛い封筒のような包装紙を開けると、中にはピアスシールが入っていた。
白い小さな花の形をしている。
貼替え用のシールを使えば何度も使えるらしい。
「これならピアスしてるように見えるでしょ? 俺はつけられないからお揃いは別のものがいいけど。カスミにはこれが似合うと思う」
イブキは私の手からピアスシールを取って、私の耳に貼ってくれた。
鏡で見ると魔法がかかったみたいに、少し大人っぽく見えた。
「うん。よく似合ってる」
イブキは優しい笑顔で私を見ていた。
「ありがとう! 大事にする! じゃあ、イブキも付けられるお揃いのもの探しに行こう!」
私は大好きな彼の手を引いて、街に飛び出した。




