91.繁栄
大型連休が始まり、私たちの家族はお祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に集合した。
この家の敷地内には一族が代々管理している祠と、悪魔と契約を交わした洞窟がある。
私の家もイブキの家もこの家と同じ路線で繋がっているので、アクセスは比較的良好だ。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんと、子世代が配偶者含めて五人、孫世代が七人、その他悪魔の三人が一堂に会した。
そして今はお祖母ちゃんを中心に、手分けして食事の準備をしている。
「お母さん、これはもう揚げ始めていいの?」
「お願い!」
「お義母さん、一口サイズに切っちゃいますね」
「お願い!」
「母さん、それ全部一気に運ぶつもり? もう歳なんだから無理せずに置いといて。俺たちで運ぶから」
「ちょっと! 年寄り扱いしないでちょうだい! まだまだ現役。ピッチピッチの六十代ですけど?」
お祖母ちゃんはお父さんを指さしながら怒っている。
「お祖母ちゃん、これ皮むけたよ!」
我々孫チームは主に洗い物と皮むき担当だ。
「ありがとう! これで下準備は完了ね!」
お祖母ちゃんは可愛らしい笑顔を向けてくれた。
ドタバタの中、料理が出来上がる。
食卓には全員は座りきれないので、いつも二間続きの客間に、ローテーブルを並べることになっている。
準備が落ち着きだした頃、トイレに行きたくなった私は廊下を歩いていた。
この家は本当に広いな。
敷地内には洞窟もあるし、この建物も同時に何人が暮らせるんだろう。
考え事をしながら何度か廊下を曲がった先には⋯⋯悪魔がいた。
頭からは二本の角、背中からは黒い羽根が生えている。
白い髪に切れ長の目が特徴的だ。
どこかで見たことがあるような⋯⋯
そっか、イブキに似てるんだ。
この悪魔はがっしりとした体型だけど、もう少し線を細くして中性的にしたらイブキになりそうだ。
「こんにちは」
初対面の悪魔なので軽く挨拶を交わす。
「ん?」
悪魔は私を振り返って首をかしげていた。
客間に行くと、人がたくさん集まっているからか、頭がおかしくなりそうな位、騒々しかった。
「ちょっと、静かにしてくんない?」
主にうるさいのはうちの下三人だ。
お父さんが怒っている。
私たちの家族は、食事をとりながらワイワイガヤガヤしていた。
毎度恒例のサフランの新作魔道具の披露大会や、サルビアの心理操作体験などの余興?も楽しんだ。
一方、イブキたちの家族は、落ち着いた和やかな雰囲気だった。
イブキの家族に先ほどの初対面の悪魔が混じっている。
そこは本来なら伯父さんが座っている席のはずで⋯⋯
「え? もしかして、伯父さん?」
私が驚いて声を上げると悪魔はこちらを見た。
「やはり気がついていなかったのか。やけに余所余所しいと思ったが」
伯父さんは頭を掻いていた。
普段の伯父さんは四十代後半くらいの人間の姿だ。
それが悪魔の姿になると、二十代半ばくらいに若返っているんだから、驚くのも無理はなかった。
今までの集まりで変化を解いたことはなかったのに。
イブキを気遣ってのことなのかもしれない。
その後も盛り上がる私たちを、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは優しい表情で見ていた。
「こんなに賑やかになるとは思わなかったな」
「うん。あの頃は想像もつかなかったわね」
二人は微笑み合っていた。
「これ全員エリカちゃんの子孫? 欲しいなぁ。こんなにたくさんいるなら、一人くらい居なくなってもバレないよね」
「ジグさん、絶対に言うと思った。普通にバレるから」
お父さんはジギタリスの危うい言動を阻止していた。
食後、手分けして片付けをした後に会議が始まった。
議題は大きく三つ。
一つ目はアヤメちゃんの視察内容の共有。
二つ目はイブキに起きた変化。
三つ目はその対処方法だ。
アヤメちゃんの視察では、特に危険なことや大きな出来事はなかったそうだけど、薬品や固有能力の研究をしている、アガパンサスという悪魔と接触することがあったそうだ。
アガパンサスとサフランとストロファンツスは旧知の仲らしい。
二つ目のイブキの角に関しては、最初はみんな少し驚いていたものの、余りにも悪魔を見慣れ過ぎていて、特段大きな反応もなしといったところだ。
しかし、悪魔サイドはスイッチが入ってしまったようで⋯⋯
「私のように長く、鋭く、艶のある角を目指すことだ。なんなら艶出しの軟膏を少し分けてやってもいい。ハッハッハ!」
「俺みたいな角ならどんな服も似合うよ。羽根とのバランスもいいし、この曲線が可愛いって女の子も褒めてくれるからね」
「生前のファンツス様の透明感のある角は、美しく輝いて見えました⋯⋯」
サフラン、ジギタリス、サルビアがそれぞれ角について語りだす。
イブキは気まずそうに目を逸らし、伯父さんは苦笑いをしていた。
角の発現条件ははっきりとはわからないけど、イブキだけが三兄弟の中で、固有能力の使用頻度が圧倒的に多いことに加えて、激しい気持ちの揺れ動きによりオーラが制御できなくなったことが、トリガーになったのではないかと推測された。
そして、三つ目の議題は角の対処方法だ。
サフランの話では、アガパンサスの研究に肉体改造に関するものがあったそうで、それを頼る線が濃厚みたいだ。
つまり、イブキはアガパンサスに会いに、悪魔の世界に行く必要がある。
「こちらはサクラと息子たち三人とも連れて行く。イブキに変化があったのなら、シオンとカナメも後々該当する可能性が高い。ミズキたちはどうする?」
伯父さんは言った。
「興味はあるけど、うちはパスで。わざわざ今急いで行く必要もないし。ぞろぞろ行ってこっちの世界が手薄になるのも気になる」
お父さんの言っていることは正しいと思う。
今はイブキにとっては緊急事態だけど、うちの家族までわざわざ危険を冒して悪魔の世界に行くことはない。
お父さんは私たちを守ろうとしてくれているだけだ。
でも、本当にそれでいいのかな。
イブキの一大事に黙って待ってるなんてできるかな。
私はどうしたい?
「お父さん、私も行きたい」
自分の気持ちを正直に発言すると、みんなの視線が一斉に集まった。
「どうして? 理由は?」
鋭い目つきになったお父さんに問われる。
「イブキが心配だから最後まで見届けたいの。困っている時に側にいたい。それに、もっと悪魔のことを知りたい」
緊張しながらもなんとか自分の言葉で伝えた。
「⋯⋯普通に危険でしょ。今回は姉ちゃんとトウキに任せな」
お父さんは許可してくれなかった。
でも、ここで引き下がりたくない。
「お願いします。行かせてください」
お父さんに向かって頭を下げる。
すると、後ろで誰かが動く気配がした。
振り返るとイブキが私の隣に座ろうとしている。
「って、うちの娘は言ってるけど」
お父さんは今度はイブキに鋭い視線を向けた。
「カスミは俺の変化を怖がらずに受け入れて、支えてくれました。未熟な俺のオーラの暴走を止めてくれたのはカスミです。俺にはカスミの支えが必要です。カスミのことは俺が必ず守ります。お願いします」
イブキはお父さんに頭を下げた。
お父さんは険しい表情で考え込んでいる。
「行かせてあげてもいいんじゃないか?」
口を開いたのはお祖父ちゃんだった。
「悪い。口を出すつもりはなかったんだが⋯⋯二人がそこまで想い合っているなら、許してやってもいいんじゃないか? 今回の訪問先の悪魔たちは昔からの知り合いばかりだ。それに、能力の相性で言えば、サクラたちと六人で行動すれば、安全なように思うが⋯⋯」
お祖父ちゃんは私の考えを尊重してくれた。
「私も行かせてあげたいです」
そう言ってくれたのはお母さんだった。
「すみません。部外者なのに口を出して⋯⋯けど、好きになったら一直線になるカスミの気持ちはよく理解できます。危険があっても関係ない。私もミズキくんを好きという思いだけで、両親にはこの家の事情を明かさずに嫁いで来ましたから。母親としては行かせたくないですけど、女性としてはすごく共感できるので⋯⋯」
お母さんは私の両肩に手を置いてくれた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯まぁ。サユリと父さんがそこまで言うならいいんじゃない。けど、必ず無事に帰ってきて」
お父さんはまたしばらく考え込んだ後、ようやく認めてくれた。
「はい。約束します」
こうして私も悪魔の世界に同行させてもらえることが決定した。
会議が終わり、またみんながワイワイガヤガヤし始めてきた頃、ジギタリスに話しかけられた。
「カスミちゃんって悪魔に興味があるんだね。じゃあ、俺のねぐらに来ない? たくさんあるんだけどどこがいいかなぁ。高いところか、暗いところ、それとも狭いところかな?」
ジギタリスは微笑みながら顔を近づけてくる。
「ごめんなさい! 行きません!」
きっぱりと断るも、ジギタリスは微笑んだままだ。
「カスミは俺のために言ってくれてるだけ。他を当たって」
イブキも加勢してくれる。
ジギタリスのこういう声かけは恒例なので、イブキも落ち着いていた。
「そっか⋯⋯じゃあ、サツキちゃんがもう少し大きくなってからかな」
ジギタリスは退屈そうに言ったあと、その場にプカプカと浮かんでいた。
サツキ、ごめん⋯⋯
心の中で謝った。
この日はこの家には泊まらずに帰宅し、悪魔の世界に行く準備を整えた。
出発は翌々日に決まった。




