90.悪魔の血
イブキと喧嘩した翌週の月曜日の朝、イブキから"しばらく距離を置きたい"とメッセージが届いた。
仲直りできたと思っていたけど、私の言動はとことんイブキを怒らせてしまったらしい。
罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。
私はどうしたら良いんだろう。
一人で登校し、自分の席に座っているとミハマくんも登校してきた。
「ミーちゃんおはよ! あれからどうなった? その顔、聞くまでもないか」
ミハマくんはそう言い捨てたあと、前を向いて授業の準備を始めた。
私は初めてミハマくんの言葉を無視してしまった。
別に彼が悪いわけじゃない。
事なかれ主義の私がいけないんだ。
次に何かされても毅然とした態度でいよう。
それで周りに何を思われても気にしない。
それはイブキと付き合う時にも心に決めたはずだ。
身構えている時に限って、ミハマくんは何もしてこず大人しくしていた。
クラスに特別仲の良い子はいない。
ミハマくんとも話さない。
イブキに話しかけてはいけない。
そこからは孤独との戦いだった。
毎日朝と帰りは一緒に過ごしていたけど、その習慣がなければ、もうイブキがどんな風に過ごしているか、全くわからないほどだった。
ちなみに少し早めの連休を取得しているアヤメちゃんは、悪魔の世界に二度目の視察に行っている。
だから妖怪退治の活動もなく、接点が全くなくなった。
木曜日、始業前にリョウくんが私の元に来た。
「イブキ大丈夫そう? 相当身体がキツいのか未だに返信ないし、普通の風邪にしては長引いてるよね〜」
心配そうなリョウくんが何を言っているのか、私には理解が出来なかった。
「え? イブキ、休んでるの?」
「え? カスミ、知らなかったの? 今週ずっと休んでる」
⋯⋯え?
イブキが私と距離を置きたいと言ったのは月曜日の朝だ。
その日からずっと学校を休んでる?
そんなの聞いてない⋯⋯
「彼女なのに学校に来てないの気づかないとかってある? 赤の他人じゃん」
ミハマくんが会話に入ってくる。
「まぁまぁ、何か事情があるんじゃない? ほら、男ってかっこつけだし?」
リョウくんはフォローしてくれた。
「そっか、女を取られたショックで不登校か。そりゃ誰にも言えないよな。スカした顔してメンタル弱すぎんだろ」
「ちょっと黙ろっか〜」
カケルくんがミハマくんに声をかけた。
声は柔らかいけど表情は怒っている。
ミハマくんはその圧に負けたのか、肩をすくめたあと静かになった。
「とにかく! 連絡とってみる〜リョウくん、教えてくれてありがとうね!」
なんとかそれでその場は収まった。
その直後にイブキにメッセージを送った。
放課後になっても返事がないので、伯母さんに電話することにした。
伯母さんは詳細を教えてくれた。
実は先週の金曜日の晩からずっと、悪魔のオーラが暴走して収まらず、威圧の暴発など周囲への影響を考慮して、家で休んでいるとのこと。
ひとまずこのまま大型連休明けまで休むつもりらしい。
先週の金曜日と言えば私と喧嘩した日だ。
あの日も校内だというのに、おびただしい量のオーラが出ていた。
妖怪退治をするときだって、あそこまでの量は出していなかったのに。
私は伯母さんの許可を得て、イブキに会いに行くことにした。
サロンにいた伯父さんと伯母さんに挨拶をしてから、イブキの部屋に向かった。
伯母さんがイブキに私が来ることを伝えてくれたそうだ。
――コンコン
「イブキ、入るよ」
ノックをしてからしばらく経っても返事がないので、声をかけて入ることにした。
ドアを開けると暗い部屋の中、イブキはベッドの上で片膝を立てながら壁にもたれていた。
その身体から出るオーラは、触れるだけでひりつくほどだった。
中に入ってドアを閉めると、室内はさらに真っ暗になった。
「隣に座っていい?」
私の問いかけにイブキは無言で頷く。
「何があったの?」
イブキの手を握りながら尋ねる。
すると緊張したようにその身体に一瞬力が入ったけど、すぐに元に戻った。
「⋯⋯悪魔になった」
イブキは私から目を逸らしたまま静かに答えた。
「それってどういう意味?」
「そのままの意味。俺はもう人間じゃない。カスミはこんな俺のことを受け入れられないと思う。だから他の男と幸せになって」
ずいぶんと一方的な言葉だった。
「悪魔になったって、このオーラのこと? こんなの全然怖くないよ。確かにずっと浴びてたら皮膚が剥けそうだけど、回復すればいいだけから」
私はその場で結界を張った。
すると室内は黄色い光に包まれ、二人を柔らかく照らす。
「きれい」
イブキは悲しげな表情で呟いた。
「でも、オーラだけじゃない」
その言葉に私は何が起きたのか分かった気がした。
変化が起きた部分には怪我をしているみたいだ。
結界に反応して淡く光って見える。
「大丈夫だから。触ってもいい?」
イブキはしばらくためらったあと、覚悟を決めたのか静かに頷いた。
まずはそっとイブキの背中に手を伸ばす。
うん。何もない。
次に頭に手を伸ばす。
淡く光る部分の周囲の髪の毛を優しくかき分けると、そこには人間には無いものがあった。
2センチ位だろうか、角が二本生え始めている。
角本体と周りの皮膚が傷ついているのか、出血していた痕跡がある。
「削ろうとしたけど、痛いし血が出るし、無理だった」
イブキは説明してくれた。
角に触れると温かかった。
たぶん中を血液が流れているんだろう。
「こんなの嫌でしょ。怖いでしょ」
イブキは両手で角を隠して顔を伏せる。
「ううん。怖くないよ。私はイブキの全部が好きだよ」
イブキの手を握って、その手を下に降ろす。
今度はそのまま頭を抱えて、目の前の角をパクッとくわえた。
「え? なにしてんの?」
胸元から困惑しているイブキの声が聞こえてくる。
「こんなお菓子があったなーと思って! イブキ、怖かったね。不安だったね。でも大丈夫! 私はイブキの頭から角が生えても、キノコ・タケノコが生えても好きだよ? もやしでも豆苗でも、なんでも生やしていいんだよ?」
イブキの顔を覗き込みながら笑いかける。
イブキは自分の変化を誰にも打ち明けられずに一人で悩んでいたんだ。
私にも受け入れられないと思って隠していた。
この変化を受け入れられること位しか、私が他の女の子に勝っている部分なんてないのに。
「食べ物ばっかり」
イブキは吹き出し笑いをしたあと、安心したように笑った。
二人で笑い合っているうちに、暴走していたイブキのオーラが弱くなった。
そのまま火が消えるみたいに静かに収まっていった。
「カスミ、ありがとう。ごめんね。今回のことも、ミハマのことも」
イブキは優しく抱きしめてくれた。
「ううん。私こそ傷つけてごめんね。私が好きなのはイブキだけだよ」
私はイブキの膝の上に跨り、首の後ろに腕を回した。
イブキの目をしばらく見つめたあと、泣きぼくろにキスをした。
「私、イブキが好き。大好き」
「俺も、カスミが好き。大好き」
イブキは私のことを愛おしそうな目で見つめながら、まるで宝物を扱うように優しくキスをしてくれた。
大丈夫。
イブキは何も変わってない。
優しいままだ。
そこから私は夢中になって彼の唇を奪った。
まだ大人になれない私たちだけど、お互い今の等身大の愛情をぶつけて気持ちを確かめあった。
その日の夜、イブキは自身の身体の変化について、伯父さんと伯母さんに報告した。
二人は驚いていたけど、普段通り接してくれたとのことだ。
その後は連休に突入したこともあり、緊急で一族の会議が開かれることになった。




