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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
最終章:カスミ後編〜悪魔の力と光の一族〜
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88.大切にしたい子


 始業式当日のホームルームにて。


「⋯⋯ということで、これから1年間はこのメンバーで過ごすことになります。よろしくお願いします」


 新しい担任のヤサカ先生は、四十代後半の男性で真面目な印象の先生だ。


 クラスの雰囲気はさすが二年生といったところで、すでに雰囲気が出来上がっているというか、主に部活で接点があるメンバーが固まりだしている。

 特にこのクラスの空気を掌握しているのは、バスケ部のメンバーだ。


 昨年の宿泊研修のおかげで、話したことがある女の子も何人かいる。

 誰かと友だちになれるといいんだけど。 



 翌日の昼休み。


「ミーちゃん。さっきのここの解答、何番って言ってた? メモが間に合わなくて」


 ミハマくんが振り返ってくる。

 彼が動く度にウッド系の香水の香りが漂ってくる。


「ちょっと待って。そこは⋯⋯Bが正解」

「サンキュー」


 目つきの悪さから周囲に恐れられているらしい彼も、授業中の態度は意外と真面目みたいだ。



 お弁当はどうしようかな。

 運動部文化部問わず、部活に力を入れている子たちは、午前中に早弁をして昼休みは練習に行っている。

 誰かに話しかけたいところだけど、みんな自分の席で食べる感じか。

 ひとまず様子見ということで、私は大人しく自分の席で食べることにした。


 イブキはどうしてるかな。

 リョウくんもいるし、きっと今頃賑やかに食べているんだろうな。


 

「ミーちゃんの弁当うまそう! 誰が作った?」


 ミハマくんが再び振り返って来た。


「いつも自分で作ってるよ! 今家族でお弁当が必要なのは三人だけだから、私がまとめて作ってる!」


「三人だけって? ミーちゃん何人家族?」

「家は六人家族!」

「へー! 初めて見た」


 そこから何となく子どもの頃の話やら、去年のクラスの話やらで盛り上がった。



「そのおかずってどんな味? 俺の唐揚げと交換しない?」


 ミハマくんが興味を持ったのは、油揚げでひき肉を巻いたものだった。


「いいよ! これは結構美味しくできたと思う。レシピサイトに載ってたのを忠実に再現してるから!」


 ミハマくんは私のお弁当箱からおかずを取り出して、私も彼のコンビニ弁当の唐揚げをもらった。


「さっすが! めっちゃうまい! 料理上手なミーちゃんは、いいお嫁さんになりそう」

 

 笑顔で褒められる。

 イブキのお嫁さんか⋯⋯

 楽しい妄想を始めようとしていたのに、すぐに現実に引き戻された。


「それに、スケベなお嫁さん」


 耳元で囁かれる。


「え〜! だからあれは違うって」


 大声を出したいところをぐっと堪えて小声で言い返す。


「ミーちゃんって嘘つく人なんだ? 俺知ってるし。あれはキャミじゃなくてブラ紐だった」


 ミハマくんは得意げな笑みを浮かべている。


「男子高校生が! キャミって言った!」


 女慣れしている危険な男の気配を感じて、思わず指をさしてしまう。

 

「それよりも公然わいせつ罪って知ってる?」

「知りません。分かりません。当てはまりません!」


 こんな調子で散々からかわれたのだった。



 

 次の日の昼休み。


「ミーちゃんの今日のおかずは何かな?」


 ミハマくんはニコニコしながら振り返ってくる。


「もう。前向いて食べてよ」


 私は昨日の一件ですっかり機嫌を損ねていた。


「ごめんって〜からかいすぎた」


 ミハマくんは両手を合わせて頭を下げている。


「もういいよ」


 私が許すとミハマくんは笑顔に戻った。



「そう言えば陸上部は昼練ないの?」

「昼練に行ってるのって、部活中には満足にボールに触る時間がないとか、コートに入れる時間が短いとか、そういう人たちが多いんじゃない? 俺は別にそこまでじゃないし」


 ミハマくんは自分のコンビニ弁当をカバンから取り出しながら答え、そのまま私の机の上に置いた。 



「うわ〜6組すっからかんじゃん! あ! いたいた!」


 騒がしく教室に入って来たのはリョウくんだ。

 そのすぐ後ろにはイブキもいた。


「あ! イブキ! リョウくん!」

「カスミ、久しぶり〜ハヤトと前後なんだもんね〜?」


 リョウくんはミハマくんの席と通路を挟んだ隣の空席に座った。

 イブキは私の席のすぐ隣に立っている。


「まだ新学年が始まってから一週間も経ってないのに、もう懐かしい気分だね!」


 新しいクラスに馴染めているとは言えない私にとって、二人の登場はかなり嬉しいものだった。



 それからは5組の様子を教えてもらったり、部活中の二人について教えてもらったりした。



「このおかず、初めて見た」


 イブキは例のおかずを指さした。

 大量に作って冷凍してあるので、まだまだ連日登場する予定だ。


「これ美味しいよ! 食べる?」


 イブキは無言で頷いた。


 イスに半分スペースが空くように座り直したあと、ポンポンと叩くとイブキはそこに座った。

 そこから向かい合うようにして、お箸を使っておかずを口に入れてあげた。


 イブキはモグモグと口を動かしている。

 可愛い。

 イブキの感想を待っていると、ミハマくんが先に口を開いた。


「そのおかず、うまいよ。俺も昨日食べさせてもらったから。イブキくんも気に入った?」


 ミハマくんの言葉にイブキの動きが止まる。

 その言い方だと語弊があるような⋯⋯


「昨日、おかずを交換してね。もちろんミハマくんはセルフサービスですよ?」


「イブキはいいな〜可愛い奥さんに食べさせてもらって! 俺も早く奥さん欲しいな〜」


 私とリョウくんがフォローを入れると、イブキは再び動き出した。


「うん。美味しい」


 イブキは微笑んでくれた。




 次の休日、私はイブキの部屋に来ていた。

 家に到着してサロンの方に顔を出すと、トウキ伯父さんとサクラ伯母さんは接客中だった。

 軽く会釈だけして、住居の方に向かう。

 

 

 イブキの部屋に入るのは、記憶を返してもらった日以来だ。

 あの日は切羽詰まってたからそれどころじゃなかったけど、そういえばそれ以前に入ったのは小学生が最後だったかもしれない。

 好奇心から室内をキョロキョロと見回す。


 本棚には動物や植物、天体などの図鑑がずらりと並んでいて、他にもデザインや配色の参考書もたくさんあった。


 小さい頃からイブキは図鑑をよく読んでいた。

 それに、リアルな動物のフィギュアなんかもたくさん持ってたな。

 絵に関してはセンスがあるだけじゃなくて、ちゃんと勉強もして、結果を残してるんだ。

 壁には額縁に入った絵画が飾られていて、棚には受賞トロフィーも飾られている。


「これは全部イブキが描いたの?」

「そう。中学のときの」


 描かれた絵は水槽の中を泳ぐ魚や、地面から生えた花などの現実にあるものだけど、色使いの違いなのか、幻想的に見える。


 きっと同じものを見ていても、イブキの目にはもっと色んなものが見えていて、イブキの心の中にもきれいな世界が広がっているんだろうな。

 

「イブキは将来は芸術家になるの?」

「俺のレベルで画家としてやっていけるとは思ってない。けど何か活かせる仕事はしたいと思ってる」

「そうなんだ! これからが楽しみだね!」



 それ以降の話題は主に新しいクラスについてだった。


「そういえばリョウくんにちらっと聞いたんだけど、その⋯⋯イブキの周りはちょっとした騒ぎになってたんだって?」


 クラス替え早々、イブキに興味を持った子が二人同時に話しかけてきて、その二人の間には少し険悪な空気が流れたとか流れていないとか⋯⋯


「勝手に喧嘩し始めて驚いた。けど、俺には大切にしたい子がいるって言っといたから」

 

 イブキはなんてことも無いように言った。

 大切にしたい子⋯⋯

 なんだろう。

 彼女とか好きな子よりも破壊力がある気がする。

 

「それって私のこと?」


 ついつい欲張りになって、あえてとぼけてみる。


「当たり前。他に誰がいるの」


 少し呆れたようなイブキの表情⋯⋯

 大好きだ。


 私はイブキの身体に飛びついた。

 イブキは受け止めて抱きしめてくれる。

 この温かい体温に包まれる喜びを噛みしめる。



 ⋯⋯⋯⋯いや、待てよ。

 付き合ってしばらく経過した男女が、部屋で二人きり。

 もしかして今日このまま、大人の階段を登っちゃうのかな。


 興味がないと言えば嘘になるけど、不安や恐怖が勝っていて⋯⋯ 

 イブキのことは好きだけど、まだ子どもの私たちには早い気がする⋯⋯なんて言ったら嫌われちゃうかな。

 そもそもこんな事考えているのは、私だけかもしれないし⋯⋯

 頭の中を思考が駆け巡り、大騒ぎになってきた。

 顔を上げてイブキの顔を見るのがちょっと怖い。


 いつまでもそのままイブキにしがみついていると、背中をポンポンと優しく叩かれた。

 まるで小さい子どもを寝かしつけるみたいに。


「最初に言っとく。俺はカスミを傷つけたくないし、怖がらせたくない。だから絶対に手は出さない。約束する」


 イブキの声は真剣だった。

 勇気を出して顔をあげると、優しい目で見つめられていた。

 

「だから安心して、いつでもおいで」


 さらにぎゅっと抱きしめられる。

 そっか。私のペースに合わせてくれるんだ。

 好きだからこそ、先に進まずにはいられないという話もよく聞くけど、私はイブキの考えに愛情を感じた。


 抱き合っているから、イブキの優しい声が自分の胸に直接響くような感覚がする。

 もっとこの声を聞いていたい。


「イブキ、ありがとう。大好き」


 私もさらにぎゅっと力を込めながら、イブキの胸に頬を擦り寄せた。


「俺も大好きだよ。カスミのことが大好きだよ」


 イブキは何度も言ってくれた。


 幸せなほわほわとした気分に浸ろうと目を閉じる。

 しかし、話には続きがあったようでイブキの声色が変わった。


「手は出さないって言ったけど、何もしないとは言ってないから」

「え? なに? それってどういう⋯⋯」

 

 イブキは戸惑う私を片手で抱きしめながら、そっとベッドに横たえた。

 私の顔の横に手をついて、覆い被さってくる。


「あいつはなんなの? 目ざわりなんだけど。俺のカスミにちょっかいかけて」


 私を見下ろす目が鋭くなった。

 もしかしなくても怒ってらっしゃる⋯⋯


「宿泊研修の謎解きのペアになって、今は席が前後で⋯⋯」

「知ってる」


「もともと距離感がおかしな変な人だったけど、本当にそれだけだよ?」


 イブキに嫉妬されるような要素はないはずだけど、イブキの機嫌は治らない。


「もうあいつとは口きかないで」

「それは無理だよ。同じクラスで席も前後なのに⋯⋯」


 イブキは本気で怒っているんだろうけど、それがなんとも愛おしい。

 私はイブキの首の後ろに腕を回してキスをした。 


「私が好きなのも、こんなことするのもイブキだけだよ」


 それから、こちらに体重がかからないように気遣ってくれているイブキを、思い切り引き寄せる。

 バランスを崩したところを回転させて、上にのしかかった。


「なに? 寝技?」

「そう。イブキが安心できるまでしてあげる」


 そのまま布団を頭まで被って、イブキの身体に覆い被さった。

 暗くて狭い空間の中、お互いの存在だけを感じながら気が済むまで唇を重ね合った。


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