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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第8章:カスミ前編〜淡い初恋と失くした記憶〜
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86.実る初恋


 年が明け、冬休みが終わり、三学期が始まった。

 

「来月頭にはマラソン大会があります。そのすぐ後には学年末考査もあって大変だと思いますが、頑張りましょう! マラソンには心肺機能を鍛え、スタミナを養い、心を強くする効果があります。苦しい時にすぐに諦めない心はこれから先、社会に出たあとも大切で⋯⋯」

 

 ホームルームでヒガシヤマ先生がマラソン大会について説明してくれている。

 この行事は二年生と合同で行われ、上位20人の生徒は表彰される上に、クラス単位での表彰もあるという。

 会場は河川敷で男子は10km、女子は8km走るそうだ。


 一応話は聞いているものの、頭の中は別のことでいっぱいだ。

 

 クリスマスの日、プレゼントしてくれたヘアピンをつけてくれたイブキの優しい表情、寒さに震えていた身体を抱きしめてくれた温かい体温。

 ついつい何度も思い出してしまう。

 あの時自覚した気持ちは⋯⋯

 

 それは恋心だ!

 もし友だちが相談してきたとしたら、そう言うと思う。

 けど物心ついた時からシオンに片思いをしていて、今度は弟のイブキを好きになるってどうなんだろう。

 宿泊研修の時にタケダさんに言われた一言が、ずっと胸に引っかかっている。


 もちろんイブキはそれで良いって思ってくれているはず。

 結局は自分がどうしたいかが大事なはずだ。

 せっかくそう結論付けたけど、それを許さない人もいた。



 その日の昼休み、食堂横のトイレを出た所で先輩に囲まれ、トイレに連れ戻された。


「ちょっと、あんた。本当はイブキくんとどういう関係なの?」

 

 体育祭の打ち上げの時に、イブキへの手紙を託してきた二年生の先輩だった。

 知らない先輩二人も怖い顔をしている。


「どういう関係と言われましても⋯⋯従兄弟同士でクラスメイトで⋯⋯」


 現在の関係はそれで間違いない。 


「最近よく二人きりでいるでしょ? 私、知ってるんだから! あんた、私のこと馬鹿にしてんの? 私に協力するふりをして、裏では笑ってたんでしょ?」


 すごい剣幕でまくし立てられる。


「笑ってなんかいません。あの時の先輩の手紙はちゃんと本人に渡しました。本人もすぐに先輩の元に行きましたよね? それ以上私に出来ることはないです。それに、あれから何か月も経って、私たちがどう過ごそうと先輩には関係ないですよね?」


 頼まれたことをきちんとしたのに、なぜ怒られないといけないんだろう。

 この人が納得する日が来るまで、私たちはずっと監視されて責められるんだろうか。


「イブキくんはあんたに騙されてるのよ。あんた、兄貴の方が好きだったんじゃないの? 体育祭の時、デレデレしながら話してたじゃない。兄貴が他の人と付き合い出したからって、今度はイブキくんに近づいたんでしょ? イブキくんの同情を誘って甘えてるんでしょ?」


 先輩は私の肩を掴んだ。


「痛いです! 離してください!」

「もうイブキくんに近づかないって約束して!」


 先輩の腕を両手で掴んで逃げようとするも、もう二人の先輩も近づいてくる。


「この男好きが!」

「頭おかしいんじゃないの?」


 怖い。

 助けて。


「あなたたち何してるの?」


 声をかけてくれたのは⋯⋯ハルカ先輩だった。


「モテない女って必死だね! ダサすぎて見てるだけでこっちまで恥ずかしい〜私、そんな経験ないから分かんなぁーい!」


 ハルカ先輩は自分の髪の毛を弄びながら言い放った。

 いつもとキャラが違うような⋯⋯


「ちっ、兄貴の彼女じゃん」

「三年生だ」

「もう行こう」


 先輩たちは私を睨みながらも立ち去って行った。



「あの⋯⋯助かりました。ハルカ先輩ってほんと救世主ですね」


 トイレを出て、石段に二人並んで腰かける。

 ハルカ先輩は私が落ち着くまで背中をさすってくれた。


「私もああいうのやられた経験あるから。シオンと付き合い始める前も後も、まぁ色々とやられて⋯⋯でもああいうのは見下してやればいいのよ。文句があるなら男の方に直接言いなさいよって!」


 ハルカ先輩は笑っていた。


「カスミちゃんはイブキくんのこと、好きじゃないの? イブキくんはカスミちゃんのこと、好きなように見えたけど」


 ハルカ先輩は不思議そうに尋ねてくる。

 この人に話しても良いんだろうか。

 ある意味中心人物だ。

 少し迷ったけど話を聞いてもらった。


「シオンの彼女さんにこんな話をしたら不快かもしれないですけど、私、一時期シオンに片思いしていたことがありまして⋯⋯それで華麗に振られた頃にイブキに優しくしてもらって⋯⋯その⋯⋯兄の次に弟を好きになるのってどうなのって思ったり⋯⋯」


 ハルカ先輩は真剣な表情で話を聞いてくれていた。


「私は兄弟は経験無いけど、親友同士と連続で付き合ったことあるよ? 実はずっと好きだったって言われて⋯⋯一部の外野には散々な言われようだったけど、お互いが納得した上で終わって、お互いが納得した上で始まったなら何も問題ないと思ってる。浮気した訳でもないんだし。それに、私がイブキくんの立場だったら、そんな理由で付き合ってもらえないのは悲しいと思うけどな⋯⋯」


 確かにハルカ先輩の言う通りかもしれない。

 もしイブキに告白して振られたとして、その理由が昔サツキを好きだったからってだけだったとしたらすごく傷つく。


「助けて頂いた上に、話まで聞いていただいてありがとうございました。ちょっとすっきりしました」


「全然! これからもお互い苦労するかもしれないけど、よろしくね〜」


 ハルカ先輩は両手で拳をつくって、がんばれのポーズをしてくれた。

 



 2月になり、マラソン大会本番がやって来た。

 この日は朝から絶不調だった。


 最悪だ。生理二日目と被ってしまった。

 今月も安定の生理不順だ。

 緊張と試験勉強と騒がしい外野のストレスのせいかもしれない。


 けど、これを乗り越えればクラスの打ち上げがある。

 場所は焼き肉食べ放題だ。

 貧血には肉の摂取が効くはず。

 それに、生理痛の解消に軽い運動は推奨されている。

 でもこのマラソンは軽い運動に入るのかな⋯⋯

 

 学校で体操服に着替え、寒さに震えながら会場の河川敷まで全員で歩いて移動する。


 女子より走る距離が長い男子は、十五分ほど前にスタートしたようだ。

 

  

「位置について〜よーいドン!」


 二学年の女子が一斉に走り出す。

 

 はぁ、キツい。

 いつもより足取りが重いし、寒さのせいなのか息が苦しい。

 息を吸う度に冷たい空気がチクチク刺さるみたいだし、顔や手足の先が痛いほど冷たく感じる。


 普段はもう少し早く走れるんだけどな。

 クラスの表彰もかかっているから手を抜くことはできない。

 できるだけ無心になりながら、ただただ足を前に進めることにした。


 

 しばらく走っていると、後ろから野次が飛んできた。


「モリミヤ妹じゃん」

「誰ー?」

「従兄弟の兄弟を二股かけてたって」

「やばすぎでしょ」


 追い越しざまに振り返って顔を見られた。

 見知らぬ二年生の先輩だった。

 話に尾ひれがついてるし⋯⋯

 いちいち訂正してまわるのも馬鹿らしいし、何より今はそんな元気がなかった。



 それからもしばらく走り続けていると、男子の先頭集団が折り返して来た。

 先にスタートしていたとは言え、距離も長いのに凄いな。

 

 先頭集団の顔ぶれは体育祭でも活躍していたメンバーだ。

 リョウくん、カケルくんそしてイブキ。


 私はみんなに手を振った。

 イブキを見ると、指で小さくオーケーのサインをして首をかしげている。

 "オーケー"

 親指を立てて笑って見せた。

 

 

 私はというと、ずいぶんと時間が経ってから、女子の折り返し地点に到達した。

 まだ半分か⋯⋯

 さっきより足が重くなってきた。

 そりゃ当たり前か。

 けど、どんどん追い越されていくから、最初よりもペースが落ちてるみたい。

 後半戦だから疲れているというだけでは説明がつかなかった。


 それでもさっきイブキが心配してくれたことに勇気づけられた私は、なんとか完走した。

 私の順位が悪かったことは関係あったんだろうか。

 うちのクラスは表彰を逃した。

 


 教室に戻り、制服に着替えた私たちはホームルームが終わり次第、そのまま駅に向かっていた。


「走りきった! もうボロボロ。お肉食べて回復する!」


「カスミちゃん今日調子出てなかったもんね。大丈夫?」


 マユちゃんは少し心配そうにしている。


「途中で川が見えたけど渡らないで帰ってこれた!」


「それって三途の川〜? それとも普通にコースの横を流れてた川のこと?」


 カケルくんに突っ込まれる。


 ちなみにリョウくん、カケルくん、イブキは個人的に表彰されていた。


「みんなすごいね! お祝いにいっぱいお肉焼いてあげるからね!」


「やったー! 俺、カスミの焼いた肉しか食べない〜」


 リョウくんはハイテンションで冗談を言っていた。


 そのままみんなとわいわい歩いていると、身体に異変が起こった。

 あーなんか急に眠気が来たのかな。

 さっきからみんなの会話が頭に入ってこない。

 耳に膜が張ったみたいに声が遠くに聞こえる。


 早く駅につかないかな。

 ちょっと座りたい。


 それからしばらくして目もおかしくなってきた。

 いつもより視界が暗い。

 それにちょっと変な光がチカチカしだして⋯⋯


「カスミ、辛いでしょ。乗って」


 イブキが目の前にしゃがんだのが見えた。

 "急にどうしたの?"

  そう聞きたかったけど声は出ない。

 限界が近かった私は、そのままイブキの背中に倒れ込むようにしてしがみついた。


「ちょっと休ませてくる。みんなは先に行ってて」


 イブキの声が聞こえる。

 

 がんばって息を吸うけど、いつもより肺が膨らまない。

 それに指先と口も痺れて来た。

 目の前は真っ暗だ。

 この手を解いたら落ちちゃう。

 私はイブキに必死でしがみついた。



 すぐにどこかに横たえられた。

 徐々に身体が楽になって視界が良くなってくる。

 頭をそっと優しく撫でられている。


「イブキ、どこ?」

「ここにいる」

 

 声の方を見ると、私の直ぐ側にしゃがみ込んでいるイブキと目が合った。

 心配そうな顔をしている。


 どうやらここは近所の公園の東屋で、私の足元はイブキのカバンで高くしてもらっている。

 胸元のボタンとスカートのウエストも緩めてもらって、その上からふんわりとイブキの上着がかかっていた。


「ありがとう。楽になった」

「中二の正月にカスミが同じように倒れた時に、母さんがしてた処置をそのまま真似した。勝手に触ってごめん」

「ううん。ありがとう」


 すぐに起き上がろうとすると止められたので、お言葉に甘えてそのまましばらく休ませてもらった。



 目を閉じているとイブキの優しい声が聞こえてきた。


「朝から調子悪そうだった。もう無理しないで」


 イブキは最初から気づいてくれてたんだ。

 それからずっと心配してくれてたんだ。


「うん。ごめんなさい」

「別に謝って欲しいんじゃない」


 イブキはずっと頭を撫でてくれている。

 その手の温かさに涙腺が緩みそうになる。


「また病院は行くつもりだけど、色々重なったのが良くなかったかも。試験勉強やらマラソンやら」


 二年生の先輩のことやら⋯⋯と言いかけて思いとどまる。


「マラソンも集団競技扱いされちゃうと、ついつい手を抜けなくなっちゃうよね! それでもノロノロだったけど!」


 明るく言ったつもりだけど、イブキの反応は返ってこない。


「⋯⋯シオンから聞いた。俺のことで二年生に絡まれたって。ごめん」


 イブキの顔を見るとその目は伏せられていた。

 ハルカ先輩がシオンに話したのかな。

 でもどうして勝手な人たちのせいで、イブキが謝らないといけないんだろう。


 イブキはいつだって私の幸せを一番に考えてくれる優しい人だ。

 ずっとひたむきな愛情を与え続けてくれた。

 今日だって心配していてくれて、苦しい時には助けてくれた。

 打ち上げに行かずに、つきっきりで支えてくれて、寒いのに上着を貸してくれた。

 私はそんなイブキの事が好きだ。

 彼の愛情に応えたい。

 "彼を好きになった私"を見た彼がどんな表情をするのか知りたい。


 誰になんと言われようとも。



「イブキは悪くないよ。私、もう負けないから。絶対に負けないから。だから私をイブキの彼女にして?」


 半身を起こして目の前にあったイブキのネクタイを掴みながら言った。


「⋯⋯え?」


 イブキは目を見開いている。


「⋯⋯え?」


 その反応は何?

 そうか、過程をすっ飛ばしてしまったんだ。


「あ! えーっと。好きです。イブキの優しい所が好きです」

 

 ネクタイを掴んでイブキを引き寄せて、ベンチから少し身を乗り出すようにしてキスした。

 唇が離れた後もイブキは相変わらず固まっている。


「あの⋯⋯もしもし?」


 何か間違えたんだろうか。


「さっきまで真っ青な顔してたのに、ワイルドすぎ」


 やっと口を開いたイブキの顔は赤かった。

 ほんとだ。私の言動で赤くなるんだ。


「イブキ、好き! 好き好き! ねぇ、こっち見て? お願い!」


 ついついもっとその顔を見てみたくなる。

 

「もう。突然なんなの?」


 イブキは照れているのかこちらを見てくれない。


「イブキの言った通りだね! 好きになったら止まらないね?」


 自分の気持ちを認めた瞬間、一気に感情が溢れ出した。

 幸せなのに、少し苦しくて泣きたくなるような不思議な感覚だ。


「俺も好き。物心ついた時からずっと好きだった。俺を選んでくれてありがとう」


 イブキは立ち上がってベンチに座る私を抱きしめた。

 イブキの身体は冷たくなっていたけど、抱き合っているうちに温かくなってきた。


「ありがとう。大好き」


 私は彼の身体をもっと強く抱きしめた。


 こうして私たちは恋人同士になり、新たなスタートを切った。


 

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