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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第8章:カスミ前編〜淡い初恋と失くした記憶〜
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84.マイホーム


 季節は秋。

 今、私たちはバスの中にいる。

 一年生最後の大型行事の宿泊研修に参加するためだ。

 仲間たちと二日間寝食を共にし、交友を深めることが主な目的である。


 研修施設に向かうバスの座席は出席番号順。

 イブキが窓側、私が通路側に隣り合って座っている。

 クラスメイトの楽しそうな声で騒がしい車内、私の頭の中も別の意味で大騒ぎだ。


 文化祭での出来事以来、私の頭の中はイブキで埋め尽くされていた。

 イブキの壁ドンには正直言ってかなりドキドキした。

 もしあのままキスをしていたらどうなってたんだろう。

 イブキはどんなキスをするんだろう。


 あれからもイブキは宣言通り、強引なことはしないでくれている。

 私を怖がらせないように気遣ってくれているみたい。


 ちらりと隣に座るイブキを盗み見る。

 頬杖をつきながら、窓の外の景色を眺めている。

 明るい茶色の髪の毛が、太陽の光を浴びてますます明るく見える。

 それに、肌がきれいだな⋯⋯ 


 水色の長袖のカッターシャツは、肘の辺りまで捲くられていて、腕の筋肉が程よくついていて、筋や血管が浮きでていて⋯⋯

 それに白いベストって、見ようによってはちょっと色っぽいよね?

 いや、それはイブキ本人がセクシーなだけなのか。

 もうずっとこんな調子で意識しまくりだ。



「見すぎ」


 イブキは窓の外を見たまま呟いた。


「え? なんのこと?」


 とっさに誤魔化そうととぼけてみる。


「映ってる」


 イブキは窓をツンツンと指した。


「そっか。ごめんなさい」


 初歩的なミスでバレていたことに、恥ずかしさを覚える。

 穴があったら入りたい。

 誰かに席を代わって欲しいような、欲しくないような⋯⋯

  

「この研修は他のクラスとの交流が多いらしいから気をつけて。カスミは無防備だから心配」


 イブキはこちらを振り向き耳打ちしてきた。


 今回の宿泊研修は、1〜3組の前半クラスと4〜6組の後半クラスに分かれて活動するらしい。

 私たち後半クラスの生徒同士は、全員と何かしらのタイミングで会話するという目標が設定されていて、それ用のレクリエーションが用意されているみたいだ。

 そろそろ来年度のクラス替えも意識してのことなんだろう。

 部活に入っていない私にとって、いい機会だと思う。


「初めての人と話すのは緊張するね。けど仲良くなれるようにがんばるよ」


 "大丈夫"という思いを込めて胸を叩いて見せた。


「全然伝わってない」


 イブキは静かに呟いた後、また窓の外を見ていた。



 研修施設に到着した私たちは、体操服に着替え、体育館に集まった。

 早速、他クラスとの交流ということで、いくつかのお題について、その回答が同じだった者同士でグループになり、自己紹介をするというのを繰り返した。


 その後は、グループワークがあった。

 無人島に一つだけ持っていくものは何か、その結論に至った理由についてロジックツリーを作成して、発表するというものだった。

 

 何となく他の2クラスの顔ぶれがわかった所で、夕飯の時間になり、グループでカレーを作った。



 夜。

 はぁ⋯⋯疲れた。

 グループが組み直される度に顔と名前を覚えないといけないし、また一から自己紹介したり、空気を読んで話を振ったり⋯⋯

 さすがに疲労感MAXだ。



 お風呂上がり、外の空気を吸いたかった私は食堂から出られるテラスに来た。

 

 施設の周りは民家が無いのか、設備の出入口なんかにところどころ電灯があるだけで真っ暗だ。

 星も家の近所よりもよく見える。

 涼しい空気が働きすぎた頭をよく冷やしてくれる。


「は〜爽快〜」


 思わずひとりごとが飛び出す。


「あ! 不審者発見! って前にもこんなことあったよね?」


 後ろを振り返ると、ニコニコ顔のリョウくんが立っていた。


「リョウくん!」


 久しぶりに見るよく知った顔に、思わず表情が緩む。


「え、なに? その顔は俺に会いたかった?」


 リョウくんは冗談ぽく笑っている。


「そりゃもう! なんか一気に安心しちゃった!」


 お昼から無意識に作り笑いをしていたんだろう。

 久しぶりに上手く笑えた気がした。



「で。俺よりかっこいいやついた〜?」


「うーんそうだな⋯⋯ってそれはイエス・ノーどっちを答えても、どこかしらの方面に角が立つやつだ!」


「ははっ、バレた?」


 リョウくんは少年のように笑っている。


「俺の存在を忘れられたら困るから、一日一回は話しとかないとね。あと、俺も色んな人と話してるうちにカスミが恋しくなっちゃって。だからここで発見出来てよかった」


 普段は陽気で社交的なリョウくんも、今日のイベントには疲労を感じたんだろうか。

 私と同じように安心した表情に見えた。



 リョウくんと分かれ、部屋に帰ってくると、みんながわいわいと騒いでいた。

 今日泊まる部屋は五人部屋で、マユちゃん、サガノさん、タケダさん、陸上部でリレーにも出場していたオグラさんと一緒だ。

 さすがに夜だけは、慣れたクラスのメンバーで過ごしていいという配慮らしい。



「マユちゃんはハナゾノくんとどこまでいったの〜? 最後まで?」


 三人がマユちゃんを質問責めにしている。

 私がフラフラしていて出遅れたのか、すでに刺激的な話題が始まっている。

 

「それはさすがに内緒〜」


 マユちゃんは照れた感じで笑いながらも、上手くかわしていた。


 それからも恋バナは続いた。

 タケダさんはバイト先の年上イケメンとラブラブらしい。

 付き合うに至る過程を教えてもらい、転げまわるくらいキュンキュンさせてもらった。

 

「カスミっちはあれからどうなの? シオン氏が別れるのを待つってことはないっしょ?」


 サガノさんに聞かれる。


「うん! それはもうない! だから新しい恋を⋯⋯」


 と言いかけて言葉に詰まる。

 真っ先に頭に思い浮かんだのはイブキだ。

 でもこんなことみんなに話していいのかな。 

 シオンの時は簡単にみんなの前で言えたのに、なぜか躊躇してしまう。


「ソノベなんか良いんじゃない?」

「いや、イブキくんが良いんじゃない? いつも一緒にいるんだし」


 オグラさんとサガノさんは順番にそう言ったものの、二人からはおすすめされているというよりかは、押し付け合いのような意図を感じる。


「いやいや、シオン氏の後にイブキくんはさすがにないでしょ! 弟だよ? 昼ドラかよ〜!」


 タケダさんにバッサリと言われ、胸がチクリと痛んで、嫌な汗も出てくる。

 無意識にイブキにもらったスマホケースを撫でる。


「リョウくんもイブキも素敵だとは思うよ? けど今はまだ、好きとかは分からないかな〜」


 結局私は曖昧なことしか言えなかった。

 その後は案の定、サガノさんはリョウくんのことが、オグラさんはイブキの事が気になっているとわかった。

 シオンの時には意識していた、後から好きと言わないという自分の中での処世術を、この時は最後まで実行に移すことができなかった。


 マユちゃんは何も言わずに、私の顔を心配そうに見ていた。



 翌朝、午前中にはこの研修最後のワークがあった。 

 テーマは謎解きだ。

 動きやすい私服に着替えて敷地内の広場に集合する。

 昨日話せなかった人と組むというルールで、自分たちでペアを作るように説明があった。

 

 話したことがない人か。

 たぶん8割くらいの人とは話が出来たはず。

 よし、あの子は初めましてだ。

 あっ、取られちゃった。

 モタモタしているうちにどんどんペアが完成していく。


 ふと女の子の集団を見つけて近づくと、中心にイブキがいた。

 どうやら複数の女の子からペアを申し込まれているらしい。


 イブキってモテるんだな。

 かわいい女の子たちに囲まれてる。

 あの子たちにはイブキと付き合う権利があるのかな。

 昨日の夜のタケダさんの言葉が再び胸に刺さる。


 だめだ。

 今は集中しないと。

 

 あの集団に決着がついたら空いている子に声をかけよう。

 そう思っていたら、正面から怖い顔をした男の子がズカズカと歩いて来た。


 思わず避けるも声をかけられる。


「俺と組もう」

 

 いきなり腕を掴まれた。

 誰だろう。黒髪にパーマがかかっていて耳にピアスをつけている。

 なんだか機嫌が悪そうで怖いんだけど⋯⋯

 でもここで断ってもペアを組める保証もないので、黙って頷くことにした。

 しかしこの出会いが後々の大きなトラブルの原因となる。



 彼はミハマくんといい、4組の生徒だそうだ。

 身長は平均くらいで、目が大きくてくりくりしていて女の子みたいにも見える。

 けど、ふとした瞬間の目つきが悪すぎて、思わず震え上がる。


「あの⋯⋯声をかけてもらってありがとう。助かったよ」

 

 まずは空気を和まそうとお礼を言う。


「こっちこそ助かった。俺、追われてて」


 ミハマくんは鋭い目つきをしたまま辺りを見回している。


「え?⋯⋯犯罪者?」

「んなわけないだろ」


 ここからはよくわからないミハマくんに振り回されっ放しだった。


「ミーちゃん、これの答えなに?」

「たぶんこれは英語に変換してスペルを見比べて⋯⋯」


「ミーちゃん、次はなんて書いてあんの?」

「都道府県に関係あるんじゃないかな? この漢字を並べると⋯⋯」


 なぜか急かされながら、私が謎を解く。

 問題が書かれたボードを一緒に覗きこんで距離が近づく度に、ミハマくんからウッド系のいい香りが漂ってくる。


「てか、私よりミハマくんの方がミーちゃんじゃない?」

「モリミヤ カスミで2回もミが出てくるからミーちゃんはそっちだろ」


「じゃあ、ミハマ ハヤトくんはハーくん?」

「言いづらそう」


 やいのやいの言いながらもチェックポイントを歩いてまわり、謎を解いていく。

 調子が出てきたところでミハマくんは言った。


「実はミーちゃんのこと前から知ってた。部活前にリョウが文化祭の台本を見てて、これ書いた子が気になってるとか言うから、どんだけスケベな女かと思ってたら案外普通だったわ」


「え! リョウくんと知り合いなの? それよりも、スケベな女!?」


 この失礼極まりないミハマくんは、リョウくんと同じ陸上部だそうだ。

 そういえばミハマくんも体育祭のリレーに出ていた気がする。



 それからもしばらくはサクサクと謎解きが進んだ。

 しかし、半分ほどの所でペースが落ちてきた。

 ミハマくんはさっきから焦ったように辺りを見回している。


「あ! わかった! これはあいうえお表と相関してるんじゃないかな!」

「さっすが! よし次行こう!」


「ミハマくーん!」


 突然聞こえたミハマくんを呼ぶ女の子の声。

 振り返ると話したことのない女の子が手を振りながらやって来た。


「げ! 追いつかれた」


 ミハマくんは小声で言う。

 昨日のグループワークで一緒になった5組の子で、それからずっと言い寄られて困っているらしい。


「ねぇ、ミハマくん! 私たちの班も協力し合わない?」


 女の子は提案してきた。

 確かに周囲を見ると、ペアとペアがくっついてグループになっている班も多い。



「ごめん! 俺、ミーちゃんと気楽に回ってるから!」


 ミハマくんはそう叫ぶと私の腕を引いて走り出した。

 

「えぇ〜! 道連れ? 陸上部速すぎ! 身体がちぎれる!」


 私は抗議しながら走った。

 あまりの速さに足がもつれそうになる。



「ごめん! 俺ああいうのほんっっと苦手で! 悪かった! な?」


 近くの建物の陰に隠れながらミハマくんは言った。

 確かにモテる人は気苦労が絶えないのは、近くで見ているからよく分かる。


「仕方ないな」


 かわいそうなので許してあげることにしたのに、ミハマくんはとんでもないことを言った。


「やっぱりミーちゃんはドスケベだったわ。来年は同じクラスなれるといいな?」

 

 なんだか意味深に笑っている。

 どういうことだろう。

 固まっていると、ミハマくんは私の方に手を伸ばして、指で肩をすーっと撫でた。


「見えてるよ?」

 

 恐る恐る自分の肩を確認すると⋯⋯ブラジャーの紐が丸見えになっていた。

 頭に一気に血が上る。


「違う! これはキャミソールだから! 別に見えてもいいやつだから! 強引に腕を引っ張られて走ったから、ミハマくんが悪いの!」


 必死に嘘をつく私を、ミハマくんは余裕の表情で観察していた。

 こうして一泊二日の宿泊研修はアクシデントで締めくくられた。



 

 帰りのバスの中。


「カスミはなんでふくれっ面?」


 イブキに尋ねられる。


 研修はおおむね楽しかった。

 しかし、夜の恋バナに加えて最後のブラ紐事件はいただけなかった。

 けどそれをイブキに言えるはずもなく⋯⋯


「色々あって大変だったの! けどまぁ、やっぱりイブキの隣がマイホーム!」


 私は自分の座席をポンポンと叩いた。


「なんだかよくわからないけど。おかえり」


 イブキの優しい笑顔に、癒しと安らぎを与えてもらったのだった。


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