83.宣戦布告
紆余曲折を経て迎えた文化祭当日。
私たちのクラスの出し物、"ラブコメ風白雪姫"は午前中に体育館での上演となった。
「王子様、ごめんなさい! うっかり大切な壺を落として割ってしまいました!」
「とんだいたずら子猫ちゃんだな。バツとしてこれからは俺の命令を聞いてもらおう」
「そっ、それって⋯⋯ドキドキ」
「あなたなんか、世間知らずのお坊ちゃまのくせに!」
――バチン
「ふっ、おもしれー女だ」
「鏡よ鏡。この世界で一番美しいのは誰?」
「きっと多くの鏡は、それは白雪姫だと答えるだろう。でも俺の心にはもう貴女しか映らない」
「まっ、まさか⋯⋯キュンキュン」
原型をとどめていない私たちの劇は、大盛り上がりでエンディングを迎えた。
これはクラス皆が一致団結して作り上げた結果だった。
午前中に出番が終わった私たちは、午後から自由時間になっていた。
イブキとマユちゃん、カケルくん、ソノベくんの五人で他クラスの出し物をわいわいと巡る。
なんと、夏休み中にカケルくんがマユちゃんに告白をして、二人は付き合うことになった。
失恋直後の私の存在は、二人に気を遣わせるかと不安だったけど、二人が自然体でいてくれることがありがたかった。
「で。二人はどこまでいったの?」
ソノベくんは早速切り込んでいく。
「内緒〜! ね〜?」
カケルくんとマユちゃんは特に照れる様子もなく、笑顔で顔を見合わせている。
これはどのように判定したらいいのか。
「そんなことより俺は、イブキの参戦宣言の方が度肝を抜かれたんだけど」
カケルくんはイブキを肘で突いている。
今までシオンとのことを応援する姿勢でいてくれたイブキは、失恋中の私へのアプローチを強めたソノベくんに対して堂々と宣戦布告をした。
それはこの五人の中では周知の事実で⋯⋯と自分で説明するのは恥ずかしい。
「やっとシオン氏ルートが消えたと思ったのに、次はお前かよ! これ、イブキを倒したら三番目の弟が出てくるとかないよね? 四天王?」
「カナメは出てこないけど、ラスボスはカスミのお父さん。めっちゃ怖い」
ソノベくんはイブキの言葉に白目をむいた。
うちのお父さん、そんなに怖いかな。
目力は強いし、口も達者ではあるけど⋯⋯
「てか俺、王子様頑張ったよね? カスミに夢と希望を与えられたよね?」
ソノベくんは私の肩に手を置いて笑いかけてくる。
「うん! 難しい役だったのによくがんばってくれたよ! ありがとう!」
シーンによってキャラが異なる、無茶苦茶な王子様を演じ切ってくれたソノベくんには、頭が上がらなかった。
ぷらぷら歩き回り、屋台が並ぶ中庭に来た私たちは、早速何を買うかを物色する。
焼きそばは⋯⋯ある。
「カスミの分も俺が買ってくるから。ここで待ってて」
「こら! 抜けがけすんな!」
イブキとソノベくんは仲良く屋台に向かった。
若干反応に困りながら二人の背中を見送っていると、後ろから肩をツンツンされる。
振り向くとカケルくんだった。
「イブキって結構可愛い所あるよね〜。体育祭のリレーの決勝戦の時なんかさ〜カスミちゃんがシオン氏じゃなくてイブキを応援してたって、リレーが終わったあと、真っ赤な顔して報告してきてさ!」
カケルくんは人差し指を立てて、内緒のポーズをしたあと、人懐っこく笑った。
イブキが赤面?私の声援で?全く想像がつかない。
今の私の顔が赤くなってるんじゃないかってくらい、一気に身体が熱くなる。
「ははっ! これで借りは返せたかな〜」
カケルくんは私の反応を見たあと、ひとりごとのように言いながらマユちゃんの方へと歩いて行った。
イブキとソノベくんが焼きそばを買ってくれている間、私とマユちゃんとカケルくんはピザとトロピカルジュースを人数分買った。
皆でわいわいと食べる食事は特別な味がした。
校舎内に入った私たちは、自作映画鑑賞やヨーヨー釣りなどを楽しんだ。
その次にたどり着いたのはお化け屋敷だ。
この屋敷には恐ろしい怨霊が住んでいるとされていて、新しい住人が越してくる度に住人は忽然と姿を消してしまう。
その事件に興味をもったオカルト専門ライターの私たちは、屋敷の中を探索し、秘密を探るという⋯⋯
「カスミ〜! 怖かったら俺に掴まったらいいからね〜!」
ソノベくんは自分の腕をペシペシ叩きながら、頼もしい表情をしている。
「大丈夫! 私、こういうの得意! 全然怖くない!」
そう。ここでは言えないけど、私たちはしょっちゅう、夜の森やら寺やらで妖怪を退治をしている。
作り物のお化け屋敷の何が怖いと言うのだろうか。
「本当に大丈夫? 驚いて結界張ったら洒落になんないよ?」
イブキは声をひそめて心配そうに言う。
「大丈夫! フィクションですから!」
そう自信満々に答えたのだけど⋯⋯
イブキとソノベくんと三人で、薄暗い室内をゆっくりと進む。
食卓や布団なんかもあって、本当に人の家に来たみたいだ。
――プルルルル
「電話がかかってきた! こういうのは出ちゃだめだよ? 耳から呪われるから!」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
――ピタピタ
「冷たっ! 腕触られた! 幽霊の手だから血が通ってないんだね」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「このクローゼット⋯⋯気をつけて、絶対に中にいる。幽霊の気配がする」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
私は完全にのめり込んでいた。
「カスミの没入感がハンパない上に、頼もしい⋯⋯」
ソノベくんは力が抜けたように笑う。
「たぶん、ソノベが期待してるようなハプニングは起こらないと思う」
イブキは冷静に言った。
「返して⋯⋯指輪を⋯⋯返して⋯⋯」
幽霊がこちらに手を伸ばしている。
「一緒に探してあげますから! いきなり襲うのはやめてください!」
「ははっ、カスミちゃんヤバすぎ〜」
先に進んでいたはずのマユちゃんとカケルくんが、途中で立ち止まって私たちを待っていた。
二人はいつの間にか手を繋いでいる。
そして私を見て大笑いしていた。
最後の難関は一人ひとつずつカプセルを手に取り、中に指輪が入っていた人は、幽霊の指に指輪をはめて返してあげるというものだった。
このイベントが5〜6人で一組だから、二人は私たちを待ってくれていたようだ。
ドキドキしながらカプセルを開けると⋯⋯指輪が入っていた。
「私が盗ったんじゃないですから」
無実を訴えながら幽霊の指に指輪をはめる。
するといきなり腕を掴まれた。
「いや〜! 返したのに〜!」
腕を掴まれている隙に、後ろからボロボロになった人が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「ハメられた! 騙された! みんな逃げて〜!」
絶叫する私を見て、みんなはお腹を抱えながら笑っていた。
「はぁ〜楽しかった!」
久しぶりにあんなに大声を出したかもしれない。
この爽快感がお化け屋敷の醍醐味だろう。
「あははっ! お化け屋敷でこんなに笑ったの初めて!」
マユちゃんは涙を流しながら笑っていた。
その後、マユちゃんとカケルくんとは別行動になった。
最初に後半は二人きりでまわりたいと言われていたから。
そして残された私たち三人はと言うと⋯⋯
「やっと二人きりになれたね?」
ソノベくんは微笑みかけてくる。
イブキとソノベくんは、三人でまわるよりも短時間でも二人きりになりたいと言ってくれたので、こうなった。
まずはソノベくんと二人きりでまわることになり⋯⋯私は一体何様なのだろうか。
今は二人で屋上の柵にもたれながら、賑わう中庭を見下ろし休憩しているところだ。
「さっきのカスミ、最高だった! 俺、ますます夢中になりそう!」
ソノベくんは嬉しそうに笑っている。
「お化け屋敷のこと? あれで夢中になるって⋯⋯」
少女漫画的展開はなかったはずだけど。
「だって楽しいじゃん! もっと色んなカスミを見たくなった」
ソノベくんは優しい目で私を見下ろしている。
「うん。ならよかった」
私の発言の後、急に沈黙が訪れる。
ソノベくんが纏う空気が変わる。
「カスミ、一歩だけ近づいていい?」
ソノベくんは真っ直ぐに私を見ている。
「うん。あんまりびっくりさせないでね?」
体育祭の打ち上げでの一件は、私にとっては余りにも刺激が強すぎた。
「ははっ!」
ソノベくんは笑ったあと、可愛いお願いをしてきた。
「名前で呼んで欲しい」
少し照れたような、甘えたような目で私を見ている。
「うん。じゃあ、リョウくん」
なんでだろう。
カケルくんだって名前で呼んでるのに、深い意味合いに感じてしまう。
「うん。ありがとう」
ソノベくんもといリョウくんの顔は、少し赤く見えた。
約束の時間が来たのでリョウくんと分かれ、イブキと合流した。
たまたま前を通りがかったバンドの演奏を最後まで見たあと、どちらともなく教室に帰って来た。
まだ終了時刻前なので教室には誰もいない。
片付けもこれからなので、教室内には大道具や衣装などが転がっている。
私たちは教室の隅の壁に並んでもたれかかった。
イブキとこんな風に二人きりになるのは、記憶を返してもらった日以来だ。
あの日私はイブキの想いを聞いて、抱き合って⋯⋯
どんな表情をしていたら良いんだろう。
戸惑っているとイブキが口を開いた。
「カスミは王子様みたいな男が好きって言ってたよね。今日のソノベを見てどう思ったの?」
イブキは私のことをじっと見ている。
「うーん。今日のソノベく⋯⋯リョウくんの王子様はかっこつけてるのが面白いって感じだったからな〜」
リョウくんはキザなセリフを照れずに言ってのけることで、身体を張って笑いを取ってくれた。
こういっては失礼だけど、一般的な女子の憧れる王子様像とは異なるものだった。
「呼び方⋯⋯変わってる」
「うん。さっき変えることにしたの! 確かにソノベくんっていつまでも一人だけ、名字呼びだったな〜って」
「そう」
しばらく沈黙が流れたあと、イブキはこちらに身体を向けた。
「カスミには俺のことを好きになって欲しいって思ってる。けどカスミが嫌がることや怖がることはしたくない。強引なことはしない」
イブキはシオンの一件を受けて、そう言ってくれてるんだろう。
「でもだからって、何もせずに黙ってるつもりもない。カスミの気持ちは一度でも動きだしたらもう誰にも止められないと思う。だから正直焦ってる。俺はアイツにカスミを奪われたくない」
イブキはそう言うと、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「劇のシーンなら怖くないでしょ? 自分で書いたんだから」
ゆっくりとイブキの身体が近づいて来て⋯⋯
――ドン
イブキは私の後ろの壁に手をついた。
怖がらせないための配慮か、音はそれほど大きくなかった。
そのまま至近距離で見つめられる。
このまま台本通りに進むのかと思いきや、ここからは完全にイブキのアドリブだった。
「カスミのことが好き」
真剣な表情に、その言葉に、一気に身体が熱くなる。
目を逸らせずにいると、イブキはそのまま綺麗な顔を近づけてきた。
「今誰かが入って来たら、キスしてるように見えるかな?」
それっぽい角度で、徐々に顔が迫ってくると無意識に目を閉じてしまう。
「本当にキスするの? カスミの好きにしていいよ」
言葉では好きにしていいと言われているけど、体勢はイブキに支配されているわけで⋯⋯
そのギャップに心臓が激しく波打つ。
「どうしたい?」
唇が触れる直前まで近づいてくる。
私が少しでも動けばキスすることになる。
私はどうしたい?
こんなにもドキドキしてるんだから、やっぱりキスしたい?
イブキの腰にそっと腕を回す。
⋯⋯うん。いやじゃない。
ただ、今、私の気持ちは高ぶっているけど、彼を異性として意識し始めたのは最近のことだ。
でも彼からは事あるごとに愛情を感じられて、私にはそれがすごく心地よくて⋯⋯
考え込んでいるとイブキは体を離した。
「時間切れ」
イブキは教室の入り口に目をやる。
廊下を歩く人の声が聞こえ、影が横切って通り過ぎていく。
もうすぐ終了時刻だから、早めに教室に帰る生徒が出始めたみたいだ。
残念。
そう感じる自分がいた。




