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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第8章:カスミ前編〜淡い初恋と失くした記憶〜
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81.世界一幸せな女の子


 夏休み最後の週、私はアヤメちゃんに誘われてカラオケに来ていた。

 とは言え会話が弾みすぎて、一時間経過するも一曲も歌っていない。


「なんて言うのかな⋯⋯お前が好きだ!的な強い感情を浴びた日に覚醒したわけ! お母さんもお父さんと初めてまともに会話した日に覚醒したって言ってた! お姉ちゃんはわかんないらしいけど、その頃もトウキさんは近くをうろついてただろうから関係あるかもね〜」

  

 アヤメちゃんは覚醒の日のことを語ってくれている。 


「そうなんだ〜アヤメちゃんはサフランから?」

「違うって! なぜかお兄ちゃんもお姉ちゃんも、私とソコとをくっつけようとするんだけど。人間の男の子だよ。もう疎遠だけど。さよなら、私の運命の人⋯⋯」


 今アヤメちゃんはお祖父ちゃんお祖母ちゃんと一緒に暮らしていて、その家には悪魔サフランと悪魔サルビア、あと悪魔ジギタリス?が一緒に暮らしている。

 サフランとアヤメちゃんはいい雰囲気だという説があるけど、本人は強く否定している。

 私の中でもサフランは残念イケメンという印象だけど⋯⋯

 アヤメちゃんは恋愛よりも、会社経営の仕事の方が楽しいそうだ。

 

「カスミはどうなの? 覚醒した日に誰かに告白された?」

「いやーそれが何にも覚えてなくて」

「よっぽど体調悪かったんだね。これって場合によっては修学旅行先とかで覚醒する説あるよね。次の世代には気をつけろって言ったほうがいいかも。それに世代を追うごとに覚醒の低年齢化が進んでいるのも問題よね。今どきの子は進んでるから⋯⋯」

 

 巫女トークは弾んでいった。



「で、今日呼び出したのは、カスミにお願いがあってね」


 アヤメちゃんはカバンから1枚の紙を取り出した。


「この商品のモニターお願いできない? 今開発中の新商品なんだけど⋯⋯使った感想とか教えてくれたら助かる。お礼もするから!」


 新商品はブラウン系統のアイシャドウだった。


 アヤメちゃんは美容系専門学校を出たあと、会社を立ち上げ、低刺激のオリジナルコスメを販売している。

 売上は上々のようだ。


「私、普段メイクとかしないからどこまでお役に立てるか分からないけど、やってみたい!」


「ありがとう! よろしく〜」


 アヤメちゃんから渡されたアイシャドウを、早速翌日からつけて行くことにした。

 


 この日も文化祭の準備のために、中心メンバーで教室に集まっていた。


 私とマユちゃんが作った台本は無事に完成し、みんなからのお褒めの言葉も頂いた。

 この日は演者組は台本を読みながらのセリフ合わせ、裏方組は背景、衣装、小道具や音響、照明などの準備を始めることになっていた。


 演者の主要な配役は、白雪姫がサガノさん、王子様がソノベくん、意地悪な妃がタケダさんで、鏡がカケルくんだ。

 台本の調整はマユちゃんが担当してくれる。

 

 大道具のリーダーのイブキはというと、演者の皆の立ち姿を参考に、背景に使う模造紙に、下絵を描いていた。


「イブキすごいね! 本物の森みたい!」


 劇の背景の木と言えば、もくもくと葉の部分を描くようなイメージだったけど、イブキの木は下絵の段階で立体感がある。


「白雪姫の衣装の色が映えるように、背景は彩度を抑えた方がいいと思う。室内は淡めで。このシーンはあえて描き込みすぎない方がいい気がして⋯⋯」


 どうやら芸術家スイッチが入っているらしい。


「イブキ〜鏡はかっこよく描いて〜」


 鏡役のカケルくんが近づいてくる。

 彼は鏡を描いた紙の後ろに立ち、顔だけを穴から出すことになっている。


「どういうのがいい?」

「金ピカに光り輝いてるやつ! けどアンティーク感も欲しいっていうかー」

「ふーん」


 果たしてどんなデザインになるのか、完成が楽しみだ。

 


「カスミ〜演技指導して! 壁ドンのやり方〜」


 今度はソノベくんがニコニコしながら近づいてきた。


「捨て猫に傘を差し出すシーンの練習でもしといて。ほら」

 

 イブキは小道具のネコのぬいぐるみをソノベくんに渡しながら言い放つ。


「そこ何回も練習する意味ないでしょ! 親戚の方、俺にだけ当たりが強すぎ! カスミ、助けて〜」


 ソノベくんが泣き真似をしながら私の方へ逃げてくる。

 なんとなく庇護欲を駆り立てられ、肩を軽くポンポンと叩くと、ソノベくんは嬉しそうに笑っていた。


 

 休憩時間、お弁当を持ってきていた私とイブキは自分の席でご飯を食べ、そのまましばらく雑談をしていた。

 今日は食堂組が多数派だ。


「そういえば今日は目に化粧してるの?」


 よくぞ気づいてくれた。

 イブキ以外の人からは特に指摘を受けていないので気づかれていないと思われる。


「そうなの! アヤメちゃんから頼まれて!」


 ポーチから試供品のアイシャドウを取り出して見せる。


「今塗ってるの、この色? カスミにはこっちの色の方が似合うと思う」


 イブキはアイシャドウと私の顔を交互に見ている。

 

「ちょっと赤みがかった色?」

「そう」


 芸術家イブキが言うなら間違いないだろう。


「ちょっと待って! 塗ってみる」


 頬杖をつきながら見つめてくるイブキに背を向けて、アイシャドウを塗り直す。


「どう?」


 勢いよくイブキの方を振り返る。


「うん。似合ってる」


 イブキは満足そうに微笑んでいる。

 なんだろう。

 今一瞬胸がときめいたような⋯⋯

 俺色に染められてしまったんだろうか。


「目尻にこっちの濃い色を足したら良いんじゃない? あと、もうちょっとぼかした方がいい」


 イブキの指が優しくまぶたを撫でる。


「ひぃ〜!」


 思わず小さな悲鳴をあげてしまう。


「ん? 触ったら駄目だった?」


 イブキは小首をかしげている。


「ちょっとくすぐったかっただけ! 指汚れるよ?」


 動揺した私は慌てふためきながら、ポーチからウェットティッシュを取り出してイブキに渡した。 


 そこからもイブキのメイク指導は続き、見違えるほど立体的な目元に変化した。

 食堂から帰って来たみんなにも、気づいてもらえるレベルだった。



 午後からはイブキのアシスタントとして背景の色塗りをしていた。


「白いペンキが欲しい。あと追加の模造紙」

 

 イブキは立ち上がる。


「オーケーオーケー。じゃあ私が準備室に取りに行って来るよ! イブキ先生は作業を続けて!」


 ここでイブキが抜けると後々の工程に響くだろう。

 イブキの両肩に手を置いて無理やり床に座らせた。


「でも、ペンキ重たいから」

「大丈夫! 今日の星座占いのラッキーアイテムは重たいものだったから!」

「そんなのあるんだ」


 考え込むイブキを置いて、さっさと教室を出た。

 

 廊下を歩きながら両腕をぐるぐると回す。

 外の空気を吸いながらストレッチするのも悪くないな。


 渡り廊下を通過し、準備室にたどり着いた。

 文化祭準備期間中は、ここにあるものは自由に持って行っていいんだよね。

 白のペンキと模造紙を取るために窓際に近づく。

 ペンキ重たっ!これ片手でいけるかな。

 模造紙も折れ目が付かないようにもたないと。

 試行錯誤しながらふと窓の外を見ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。



 中庭の木の陰にシオンがいた。

 シオンは女の人の両肩を掴んで、身体を木に押しつけるようにしてキスをしている。


 相手は⋯⋯ハルカ先輩だ。


 シオンはキスの合間に切なそうな目でハルカ先輩の表情を見ている。

 ハルカ先輩はうっとりとした表情でシオンを見上げている。

 まるで恋愛映画のワンシーンのように美しかった。

 本当は心がえぐれるみたいに苦しいはずのに、目が離せなかった。


 昔、あの場所は私のものだったはずなのに⋯⋯

 そう思ったけど、それは違うんだった。

 恋愛は相互作用だから、ハルカ先輩があんなシオンを引き出しているんだ。

 自分がそのままハルカ先輩と入れ替わったら、なんて言うのは悲しい妄想だ。

 

 足から力が抜けて床にへたり込む。

 窓から見えないように小さくなりながら、壁にもたれて両手で顔を塞ぐ。

 せっかくのアイシャドウが取れちゃうのに。


 この壁の向こうで二人はキスをしている。

 早く離れたいのに身体が動かない。



「ごめん。カスミ、やっぱり一人じゃ重たいから⋯⋯」


 イブキの声がする。

 顔を上げるとイブキも窓の外を見て固まっていた。


「はは! 星座占いすごいでしょ? 大当たりだ。やめとけって、時間の無駄だって教えてくれたんだから」


 いつかこうなるって分かってた。

 今までだって何度も彼女が出来てたじゃん。

 けど、さすがに目の当たりにするのは刺激が強すぎた。


 イブキも一緒に隠れるように私の隣に座る。

 それから私の身体を抱きしめて、私の左頬に右頬をくっつけた。


「ごめん」


「なんでイブキが謝るの? 兄が校内の風紀を乱してますって? じゃあ私もごめんなさいだ。従兄が校内の風紀を乱してます〜」


 強がってみるものの、余計虚しくなって涙がこぼれていく。


「泣いてるの?」


「うん。けど(みそぎ)的な意味合いかな〜あはは」


 涙とともにシオンへの想いも洗い流して、生まれ変わらないと。

 嫉妬や悲しみなんて、自分勝手で醜い感情は清めないと。


 イブキの頬にも、私の涙が伝ってしまってるんだろう。

 それはさすがに申し訳なくて身体を離そうとする。


「じゃあ俺も浴びる」


 イブキは逃げようとする私を押さえ込む。

 なぜかイブキの手は冷たくなって、身体は震えている。


「どうして? イブキは(けが)れてないでしょ?」


「ううん。真っ黒だよ。もう何色にも染められないくらい」


 悲しそうな声だった。

 私と同じくらい苦しそうに感じた。


「イブキって時々ポエマーだよね。どういう意味?」


「俺はただ⋯⋯カスミには世界一幸せな女の子でいて欲しいだけ」


 イブキはそう言い終わると、さらに腕に力を込めた。


 結局イブキが何を言いたいのか、はっきりとはわからなかったけど、ここまでしてもらって、ここまで言ってもらって、何も感じないほどバカじゃない。

 けど今は何も考えずに、ただ泣いていたかった。


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