80.花の色
季節は移り変わり、夏がやって来た。
八月中旬。現在は夏休み期間。
今日私たちは、休み明けに開催される文化祭の出し物の準備のために自主登校していた。
うちのクラスの出し物は劇で、演目は白雪姫だ。
それも少女漫画風の。
私とマユちゃんはパソコンに向かい唸っていた。
「王子様は転校生設定かな」
「あと両親は海外出張中で、一人暮らし」
「白雪姫は意地悪な妃に、校舎裏に呼び出されて」
「過労で倒れた所を、王子様にお姫様抱っこされる」
私たち二人は劇の台本を作成している。
なぜこんなことになったかと言うと、ホームルームでこのクラスは劇、それもラブストーリーをするというのは多数派の意見だった。
そこに誰かがラブコメの要素を入れることを提案し、それなら脚本家はマユちゃんと私が適任だと、カケルくんが推薦したのだ。
「目覚めのキスシーンで床ドンは絶対入れたい」
「棺ドンになっちゃう⋯⋯」
唸りながらも筆が乗っている私たちを、男子たちは生温かい目で見ていた。
「つまりこの脚本には、カスミの性癖が詰まってるって事だよね?」
ソノベくんはからかう様に笑いかけてきた。
「いや、あくまで少女漫画にありがちな展開を取り入れただけで、全てが願望ではない!」
急に恥ずかしくなり、すぐに否定する。
あれからもソノベくんからのアプローチは続いている。
けど、恋愛初心者の私は、急に距離を詰められることに抵抗があることを正直に話し、まずは友だちからということになった。
いつの間にか呼び方も変わっている。
ちなみにソノベくんとカケルくんは演者を、イブキは大道具のリーダーを担当することになっている。
演者に関しては台本が完成してから配役が決まる形だ。
「もう3か月経った」
イブキがぼそっと呟く。
「本気になったんだからそれは無効でしょ」
ソノベくんは言い返した。
「いや、あの時はそういうニュアンスは含まれてなかった。本気だろうと3か月」
「親戚の方、なんか俺に厳しくない? 兄貴とのことは応援するのに。兄ちゃん大好きっ子かよ!?」
「ソノベは駄目」
「どういうこと〜?」
イブキとソノベくんは漫才のような掛け合いをしている。
私はどんな表情をして聞いていればいいのか分からなかった。
夕方、作業に一区切りついた頃。
「ねぇねぇ! 私たち頑張ってるからお疲れ会しない?」
タケダさんが教室を見渡しながら提案する。
確かに今日登校しているのはクラスメイト全員ではなく、中心的な役割を担うメンバーだけだ。
間違いなく私たちはクラスのために頑張っているので、お疲れ会をするべきだ。
「いいね〜どこ行く? 何食べる?」
「そういえば今週末はお祭りじゃない?」
「お祭り行きたーい!」
「いいね〜青春っぽい!」
「いこいこ〜!」
そこからはあれよあれよという間に、みんなで神社の夏祭りに出かけることになった。
夏祭り当日
私とイブキはお母さんに浴衣の着付けとヘアセットをしてもらった。
集合場所にたどり着くと、すでにクラスメイトたちが集まっていた。
「カスミ〜可愛いね〜」
ソノベくんは開口一番に褒めてくれた。
「えー! イブキくんも浴衣着てる! かっこいい〜!」
イブキは女の子たちに囲まれた。
イブキは濃紺の浴衣に灰色の帯を締めていて、これはもともとはお父さんのものだった。
髪型はいつもは下ろしている前髪をあげている。
「カスミのお母さんに着付けてもらった」
「そうなんだ〜」
しばらくして全員が揃ったので皆で歩き始めた。
「それにしてもすごい人だね!」
隣を歩くソノベくんに話しかける。
「はぐれないように手、繋いじゃう〜?」
ソノベくんは笑いながら言った。
「えーっと⋯⋯あはは」
上手く反応できずに言葉に詰まる。
「ははっ! かわいい反応が見れたから勘弁しといてあげる〜」
ソノベくんは嬉しそうに笑った。
なんだろう。甘酸っぱい。
屋台のあるエリアにたどり着くと、それぞれが自分の興味のある屋台に散っていき、徐々に小グループに分かれていく。
定番の焼きそば食べたいなー。
まずはあれを食べないと始まらない。
あれ、通り過ぎちゃってた。
でも今更、人の流れに逆らってまで行くのも微妙だな。
そんなことを考えていたら、後ろから腕を引かれた。
「焼きそばはスルー? 食べないと始まらないんでしょ?」
声をかけてくれたのはイブキだった。
従兄弟同士でお祭りに行くときも、いつも私は必ず最初に焼きそば食べていたから。
「スルーするのやめる!」
イブキが人の波から上手く逸れられるように手を引いてくれたおかげで、焼きそばの屋台にたどり着くことが出来た。
「あれ? みんなは? もう屋台タイム終わり?」
焼きそばを買ったのはいいけど、列に並んで思い思いのものを買っていたはずの皆が見当たらない。
「大丈夫。俺からは見えてる」
イブキは前を歩いている誰かと目が合ったのか、片手を上げた。
イブキがいてくれて良かった。
私の身長では完全に人に埋もれて迷子だった。
そのまま人の流れに合わせて歩く。
人が多いので簡単に追い越すこともできず、みんなに追いつく気配はない。
しばらく歩いていると急にイブキに手を握られた。
イブキを見上げると、顔を近づけて耳元で言われる。
「帰りにカスミに渡したいものがある。だから、今日は誰に何を言われても、絶対俺と一緒に帰るって約束して」
イブキは真剣な表情だ。
渡したいものってなんだろう。
さっきまで私の家にいたのに、どうして帰りなんだろう。
「うん。帰りはみんなでさっきの駅から電車に乗るんだよね? だから一緒だよ」
「約束」
イブキは繋いだ手に一度だけ力をぎゅっと込めた。
しばらく歩いていると、皆がくじ引きの前で立ち止まったので追いつくことができた。
イブキは静かに握っていた手を離した。
「カスミ! どこに行ってたの?」
ソノベくんが近づいて来る。
「焼きそば買ってた〜!」
右手に持っていた焼きそばのパックを持ち上げて見せる。
みんなより遅れていたので食べ損ねていた。
「そっか〜」
みんなが立ち止まっているうちに、私とイブキは隅っこで焼きそばを食べた。
途中でソノベくんが一口ちょうだいと言って来たので、イブキが分けてあげると言い出したら、二人は言い合いになっていた。
「あれ? そういえばマユちゃんとカケルくんがいない」
どうやらはぐれてしまったらしい。
「カスミ、口に出すなんて野暮だぞ」
ソノベくんにたしなめられる。
そっか。これは少女漫画的展開だ。
体育祭の打ち上げでの二人の雰囲気について、後日マユちゃんに尋ねたところ、マユちゃんはカケルくんが気になっていることを教えてくれた。
つまり、はぐれてしまったのではない。
今頃、二人きりを楽しんでいるんだ。
「あわわわわ」
どうしよう。
すごくキュンキュンする。
そういえば何人か姿が見えない。
まさかみんなそういうことなの?
イブキを見上げると目が合った。
"理解した"
そんな気持ちを込めて頷いて見せた。
徐々に人が減りながらも遊び尽くした後、二次会はカラオケに行くという案が出た。
浴衣だし、正直疲れたな。
イブキを見上げると目が合う。
「俺らは帰る」
イブキはみんなに引き止められながらも、手をひらひらさせたあと、二次会組に背を向けて歩き出した。
私もその後ろを追う。
みんなから離れて人混みに紛れると、イブキは再び私の手を握った。
そのままゆっくりと人気の無い木の陰に私を連れて来た。
「渡したいものって何? 私がソノベくんと消えて、帰りがバラバラになると思った?」
私の言葉にイブキは頷く。
「そう思ったけど、さすがにアイツもそこまで距離なしじゃなかった。カスミの反応をよく見てる。悪い奴じゃないから余計に厄介⋯⋯」
イブキの声は途中から小さくなり、静かにため息をついた。
それから私の方に向き合う。
「カスミに渡したかったのはこれ。誕生日おめでとう。本当は明日渡したかったけど、サツキと一緒に回復に回らないといけなくて」
イブキはプレゼント袋をくれた。
明日は私の誕生日だ。
けど明日は会えないから、今日の中で一番遅い時間に渡してくれたんだ。
「開けていい?」
「うん」
プレゼントはスマホケースだった。
白のかすみ草と淡い色に染められたかすみ草の押し花が、花束になってリボンで結ばれているデザインだ。
「ありがとう。嬉しい。すごくかわいい」
かすみ草ってこんなにきれいな色になるんだ。
「もしかして、イブキが作ってくれたの?」
「うん」
伯母さんは押し花が、伯父さんは庭の花壇の手入れが趣味だから、きっとイブキもこういうのが上手なんだ。
それに芸術のセンスもあるから。
「ありがとう。早速使う」
その場で自分のスマホについてるケースを外して、イブキがくれたスマホケースを付けた。
素敵⋯⋯
スマホケースを持ち上げてしばらく見つめていると、イブキもスマホケースに手を添えた。
距離が近くなって、触れ合う肩から体温が伝わってくる。
「かすみ草はたくさん太陽を浴びせてあげないといけないし、水をやりすぎたらだめ。暑さにも弱い」
イブキはスマホケースを見つめながら、かすみ草の特徴を教えてくれる。
「それに、かすみ草はこんな風に染まりやすい。どんな色にも染められる。真っ白なままも好きだけど、俺が一番きれいな色に染めたい」
イブキの目は真っ直ぐに私を見つめている。
あれ?かすみ草の話だよね。
けどなんだかイブキの表情と漂う雰囲気に、胸が甘く締め付けられる。
鼓動が速くなって、声が上手く出せない。
花びらが染まるみたいに、ゆっくりじんわりと何が胸に広がる感覚がした。




