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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第8章:カスミ前編〜淡い初恋と失くした記憶〜
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79.相互作用


 そして迎えた体育祭当日


 朝一番、女子たちは身なりを整えるのに必死だった。

 ショッキングピンクのTシャツを着た私たちは、順番におしゃれが得意な子たちに、メイクとヘアセットをしてもらう。


「次〜カスミっち!」


 サガノさんに呼ばれた私はイスに座る。


「編み込みしてサイドに寄せようか。色気出してシオン氏を落とさないとね」


 サガノさんは慣れた手つきでヘアアレンジをしてくれる。

 仕上げに髪がキラキラになるスプレーもかけてもらった。


 サガノさんにお礼を言い次の場所に向かう。

 そこでは三年生の先輩がマニキュアを塗ってくれた。

 ショッキングピンクの派手派手のものだ。


 最後にラインストーンのフェイスシールが配られる。

 ちなみにこのシールは男子にも配られているそうだ。


 大混雑の教室を出て、トイレの鏡の前でフェイスシールを貼る。

 目尻の方か、目の下が無難かな?

 眉間に貼ってる先輩もいたし、目頭とか、眉の上の人もいたな⋯⋯

 おしゃれ上級者の真似は危険と判断して、目の下に少しだけ貼ることにした。



 トイレを出たところでイブキとばったり遭遇する。

 イブキはショッキングピンクのTシャツを着て、前髪をセンター分けにしている以外はいつもと同じ姿だ。

 どうやらフェイスシールは貼らなかったらしい。

 イブキはこちらを見て少し目を見開いたあと、いつもの表情に戻った。


「どう? 全力でエンジョイしてるでしょ?」


 イブキの前でくるりと回る。


「爪はやばいけど、後は良いんじゃない」


 それからイブキは右手を伸ばして私の頬に手を添えた。


「お揃い」


 微笑みながら親指で左目の下をなぞられる。


「え?」


 イブキから漂ういつもと違う空気に思わず固まる。


「ここ」


 イブキは左手の人差し指で、自分の泣きぼくろをツンツンと指さした。


「ああ! ほんとだ! お揃いだ!」

 

 ようやく意味を理解した私は、笑いながらイブキの泣きぼくろを指で突ついた。



 体育祭が始まり、最初の目玉の応援ダンスが始まった。

 隊形移動がメインの団や、可愛らしい男女のペアダンスの団など、それぞれ特色があった。

 私たちの団は練習以上の結果が出せたと思う。



 開会式が終わると各団のテントに移動する。

 並べられたイスに適当に座り、競技を観戦した。


 ふと騒がしい三年生の座席を見ると、シオンは女子の先輩に囲まれて記念写真に応えていた。

 

「シオン氏はまるでアイドルですな〜」


 カケルくんが茶化すように言う。

 カケルくんの眉尻にはラインストーンが輝いていた。


「カスミちゃんは行かないの?」


 マユちゃんに尋ねられる。

 行きたいな。行ってもいいのかな。

 でも目立つだろうな。


 迷っているとイブキが立ち上がった。


「じゃあ三人で撮ろう」


 イブキは私の手を引いてシオンの元へ向かった。


「お人好しだな〜」


 カケルくんの声が聞こえた。



「写真撮ろ」


 イブキがシオンに話しかける。


「お〜いいね」


 シオンは笑顔で応えてくれた。

 それから三人で並んで写真を撮ってもらう。

 しかし何故か、私のスマホを構えてくれている先輩以外の人たちも撮影している。


「モリミヤ兄弟やば!」

「同じ人間とは思えん」


 どうやらシオンとイブキのファンの人たちが盛り上がっているらしい。

 悪魔の血も混ざってます⋯⋯と心の中でつぶやく。


 それにしても私は完全に邪魔者だ。気まずいな。

 あとで加工で消されちゃったりするのかな。

 そもそも映ってすらないんだろうな。

 想像でショックを受けながら、自分たちの席に戻った。



 その後は無事に自分の出場競技で結果を残し、後は観戦を残すのみとなった。


 うちの団の人はどこかな。

 ショッキングピンクのTシャツを探してキョロキョロしていると、後ろから話しかけられた。


「カスミちゃんだっけ? シオンの妹の」


 振り返ると知らない男子の先輩が立っていた。


「あ、はい。そうです。従妹ですけど⋯⋯」


 戸惑いながら答えた。

 それから先輩は何故か隣の席に座り、しばらくの間一緒に観戦した。


「それで借り物競争のお題が"イケメン"でさ〜迷わずシオンを借りた!」

「そのお題って、審査員の好みの問題もありますよね?」


 先輩はミヤヅという名前だった。

 ミヤヅ先輩は一年生の時もシオンと同じクラスだったそうで、私の知らないシオンの話を聞かせてくれた。


「カスミちゃんってかわいいよね。彼氏いないの?」


「いやいや、それほどでもないですから! 彼氏はいないんですよね〜」


 シオンに片思い中なんです。


「じゃあ俺なんかどう? ハチマキ交換しとく?」


 ソノベくんといいミヤヅ先輩といい、どうしてこうも軽いノリで異性に接することが出来るんだろう。

 ある意味羨ましいけど⋯⋯


「いやいや、無理です無理です! めっちゃめちゃ汗染み込んでますし、変なニオイもするかも! うん、間違いなくクサい! 全くおすすめできません!」


 何とか角が立たないように断ろうとする。


「カスミちゃんのだから大丈夫だって」

「え? 今のはちょっと変態っぽいです⋯⋯」


 なんやかんやと話していると、横から声が聞こえた。


「これ、もともと俺のだったんだけど。お前、俺のハチマキが欲しいの?」


 シオンが私のハチマキを指差しながら、ミヤヅ先輩に笑いかけている。


「げ! まじ〜? そんなのいるわけないだろ! カスミちゃん、それを先に言ってよ〜!」


 ミヤヅ先輩は笑いながら立ち去っていった。


 もしかして今のは助けてくれたのかな。


「シオン、ありがとう。助かった。けど私、このハチマキのことすごく悪く言っちゃった! あはは〜」


 思わず苦笑いが出る。


「カスミは可愛いんだから気をつけろよ! とはいえ、上級生相手には断りにくいよな。困ったら兄ちゃんに相談しな〜」


 シオンは爽やかな笑顔を私に向けたあと、自分たちのテントに戻って行った。


 シオンに可愛いって言われた⋯⋯

 でも兄ちゃんって言われた⋯⋯

 喜んでいいのか良くないのか複雑な心境だった。




 そしていよいよ体育祭最後の競技、クラス対抗リレーが始まろうとしていた。


 まずは同学年で競い、最後に各学年の勝者の三クラスの中から優勝クラスを決める。

 これまでの競技は団単位の勝負だったけど、このリレーだけは同じ団でもライバルになり得る。

 

 まずは一年生の6クラスのレースだ。

 男女合計8人のチームで、走順は各クラスが作戦を立てて決定する。

 第一走者はどこのクラスも男子のようで、6組はイシダくんだ。


「位置について〜よーい! ドン!」

 

 スタートの合図と共に各チーム一斉に走り出す。

 さすが。第一走者はどのクラスも速い。


「がんばれ〜!」


 みんなで声援を送る。


 うちのクラスは最初の二人と最後の二人を男子が担当し、女子が中間の第三〜第六走者を担当することにしたらしい。


「カケルくんがんばれ〜! オグラさんがんばれ〜!」


 うちのクラスは3位をキープしたまま、最後から二番目のイブキにバトンが渡った。


「イ〜ブ〜キ〜! がんばれ〜! イブキ〜!」


 思わずその場で飛び跳ねながら応援する。

 あっ!イブキが一人追い越した!

 2位でアンカーのソノベくんにバトンが渡る。


「ソノベくん速い!速い! いけいけ〜!」


 さすが陸上部。

 ソノベくんの走りは美しい。

 数メートル前を走っていた4組のアンカーを追い越し、1位でゴールした。


「すごーい! 勝った!」

 

 見事6組は決勝への出場が決まった。

 応援していたクラスメイトたちも大盛り上がりだ。

 

 その後二年生、三年生と順番にレースが行われた。

 シオンのクラスは男女交互に走るみたい。

 第七走者がハルカ先輩。アンカーがシオンだ。


 シオンのクラスの第一走者の女子の先輩は、周りの男子に引けを取らないくらい速かった。

 第四走者の男子の先輩が1位になった後、バトンが渡る度に少しずつその差が開き、ハルカ先輩にバトンが渡った。


「ハルカ先輩〜!」

 

 マユちゃんたち女子のバスケ部に混ざり、声援を送る。

 2位のクラスが迫ってきたものの、1位のままシオンにバトンが渡った。


「シオン! がんばれ〜!」


 髪サラサラ!速い!かっこよすぎ!

 すっかり心を奪われてしまう。


 そのままシオンは追いつかれることなく、トップでゴールした。


 三年生のテントから黄色い歓声と雄叫びが聞こえてくる。


 シオンはというと爽やかな笑顔でテントを振り返り、手を振りながら声援に応えていた。

 そのまま自分のチームの待機場所に戻り、メンバーとハイタッチする。

 ハルカ先輩とハイタッチした瞬間、ハルカ先輩はシオンの手を軽く握った。


 ⋯⋯気にしない気にしない


 モヤモヤを押し込めて決勝戦へと気持ちを切り替える。


 レースの開始前、三年生の先輩とソノベくん、イブキとシオンが何やら話している。

 どうやら走順交代の打診のようだ。

 決勝戦はアンカーがイブキに交代になったらしく、ソノベくんからイブキにアンカーの赤色のタスキが渡された。



「位置について〜よーい! ドン!」


 スタートはうちのイシダくんがトップだった。

 そこからしばらくして3位に落ちる。

 ずっと部活に打ち込んできて、身体も出来上がってきている先輩たちは男女ともに速い。


 ソノベくんにバトンが渡る。

 ソノベくんはきれいなフォームで二年生を追い越し、ハルカ先輩に迫る勢いでイブキにバトンを渡した。


「アンカーはなんと! 兄弟対決です〜!」


 実況のアナウンスが入り、場が一気に盛り上がる。 


 シオンの後をイブキが追っている。


「イブキ! がんばれ! いっけ〜!」

 

 私は身を乗り出す勢いで応援した。


 すでに走り終わった選手たちも、トラックの内側で応援している。

 

「イブキしか勝たん〜!」


 二人が目の前を通り過ぎる瞬間、興奮した私は推し活のような声援を送っていた。

 

 最後の直線で一気に加速したイブキは、シオンを追い越して1位でゴールした。


「すごーい! 優勝しちゃった〜!」


 口々に歓声をあげるクラスメイトたちとハイタッチする。

 帰って来たリレーメンバーをみんなで囲み、労った。



 熱気が冷めぬまま閉会式が始まった。

 配点が高いリレーが強かったからか、私たちのF団が優勝した。

 片付けの後は団の打ち上げということで、夜にはみんなで公園に集まった。



 打ち上げ会場の公園に着くと、すでに大勢の人がいた。

 先輩たちがお菓子とジュースと花火を準備している。


 マユちゃんはどこかな。

 辺りをキョロキョロと探していると、マユちゃんはカケルくんと二人きりで話していた。


 あれ?もしかしていい感じ?

 二人から甘酸っぱい雰囲気が漂っているのを感じる。

 微笑み合う二人の視線が好意を物語っていると言うか⋯⋯

 声をかけるのは後でいいや。


 二人に見つからないように距離を取ってうろつく。

 すると突然女の人に声をかけられた。


「あの⋯⋯いきなりごめんね? これ、イブキくんに渡してもらえないかな⋯⋯?」


 二年生の先輩が可愛らしい封筒を差し出している。


「え? 私がですか? イブキならあっちにいましたよ?」


 イブキはリレーの功績を称えられているのか、囲まれている。


「ちょっと行きにくい雰囲気というか⋯⋯ごめん! ほんと、お願い!」


 先輩は私に手紙を押しつけて立ち去ってしまった。

 この手紙ってラブレター的なやつなのかな。

 積極的だな。

 けど私だってあの輪の中に入るのはきついんだけどな⋯⋯


 私はイブキにメッセージを送ることにした。

 "預かりものを渡したい。落ち着いたらちょっとだけ抜けられない?"


 送信ボタンを押した直後、イブキは輪を抜けて、木の陰に隠れる私の元に来た。

 

「どうしたの?」

「これ、先輩からイブキに渡してって言われたから」


 私はすぐに預かっていた封筒をイブキに渡した。


「ごめん。それだけ!」 


 イブキは無言で封筒の中身を読んでいる。

 

「カスミはこういうのをどういう気持ちで仲介してるの?」

「え?」

「カスミのことをこんな風に利用して。俺、この人のこと何も知らないのに、すでにしんどい」


 イブキは嫌気が差したように木にもたれた。


「先輩はイブキに話しかけたいのに、勇気が出せなくて私を間に挟んだんだよ。私はすごいと思うな、積極的というかなんと言うか⋯⋯」


 私はシオンに対して積極的にアプローチできているかと言えば、そんなことはない。

 正直、ただ遠くで騒いでいるだけの他の人と特に変わりはない。

 その点、この先輩は行動を起こそうとしている。


「カスミは俺にこの人と仲良くなって欲しいってこと?」

「それを決めるのはイブキだけど、その勇気だけは受け取ってもらえたら嬉しいかも。ちょっとした同志として⋯⋯」

「そう⋯⋯じゃあ行ってくる」

「うん。ありがとう」


 イブキは手紙に書かれた場所に向かったようだ。

 私は自分の役目を果たした。

 けどイブキの反応にどこかモヤモヤが消えなかった。

 おかしいな。

 私の尻拭いをイブキに頼んでしまったような気がする。


 何してるんだろう。

 木にもたれながらズルズルとしゃがんで、そのままストンと座る。


 

 花火をしている人たちをチラリと見ると、輪の中心にはシオンとハルカ先輩がいた。

 見つめ合う二人からは、カケルくんとマユちゃんと同じ空気を感じた。

 もうこの恋は終わりにしなさいと、誰かに言われているような気がする。



 イブキは手紙をくれた先輩とベンチに座って話している。



 なんだか取り残された気分だ。



「寂しいな⋯⋯」


 思わずつぶやく。


「あ! 不審者発見〜! え、小便じゃないよね?」


 失礼なことを言いながら話しかけて来たのは、今日の立役者の一人、ソノベくんだった。


「ソノベくん! リレー大活躍だったね!」


 私が拍手を送ると、ソノベくんは照れくさそうに頭をかきながら隣に座った。

 肩と肩が触れ合うくらい近い。


「応援ありがとう! 聞こえてたよ〜! なんか決勝戦直前に急に先輩が、アンカーは兄弟対決にしたいとか言い出すからビビった。これ、離されたままイブキに渡したら、盛り上がらないっしょって思って必死だったわ〜」


 ソノベくんは笑いながら言った。


「で。なぜ、夜の公園、木の陰に座りこんでひとりごと? 優勝チームの打ち上げなのに?」


 ソノベくんは急に真剣な表情になった。


「ちょっとおセンチな気分になったと言うか⋯⋯ほら、私たちってお年頃じゃん?」


 おどけて見せるもソノベくんは笑わなかった。


「おセンチの原因はあれかな?」

 

 ソノベくんは立てた親指で、後ろの方向にいるシオンとハルカ先輩を指さした。


「そうかも。ソノベくんにだからぶっちゃけるけど、私⋯⋯本当はシオンが怖いんだよね。物心ついた時からずっと好きなのに、それならもっとアプローチしないといけないのに、今までなぜかそれが出来なかった。ある日突然シオンが何を考えてるか分からなくなって、今日だって優しくしてくれたのに、でも見えない壁もあって⋯⋯」

 

 ソノベくんは私の話を聞いてくれた。

 こんなこと、イブキにも相談出来なかった。


「ソノベくんが前に片思いの賞味期限は3か月って言ってたでしょ? あれはある意味正しいよ。シオンが好きなのは間違いないけど、もうどうにもならないよ。シオンに片思いしていることが、どこか私のアイデンティティになってて、そこを変えたくないだけなのかも」


 そろそろ潮時かもしれない。


「俺、恋愛は相互作用だと思ってて⋯⋯先に好きになるのはどっちでもいいと思うけど、相手が俺の言動で赤くなったり笑ってくれたりするともっと好きになって、そんな俺の反応を見て相手ももっと反応を返してくれるようになって⋯⋯反応がない片思いはつまらないでしょ」


 ソノベくんは語った。

 

「カスミっちがシオン氏に抱いてる"怖い"とは違うかもだけど、俺だって片思いは怖いよ。真剣に向き合って傷つきたくないから、ついふざけちゃう。けど⋯⋯」

 

 ソノベくんは私の目を真っ直ぐに見た。

 

「そんなに苦しいんなら、もうやめときな。俺にしとけ」


 ソノベくんは私の肩を抱き寄せたあと、唇の横にキスをした。

 顔が離れ、ソノベくんを見上げると、彼の顔はいつになく真剣で、大人びて見えた。

 心臓を撃ち抜かれたみたいに衝撃が走る。

 これがソノベくんが言ってた相互作用なのかな。

 私は今どんな顔をしてるのかな。


 こんな表情で見つめられて、心が揺れ動かないわけがなかった。


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