76.美しい力
「入学して最初の行事は球技大会です。優勝目指して頑張れ〜」
ホームルームの時間に担任のヒガシヤマ先生が言った。
ヒガシヤマ先生は五十代前半の小柄な男性で、スーツを着ている。
ゆるい雰囲気がこのクラスに合っているようで、すでに皆の心を掴んでいる。
ちなみに古典の担当だからか、時々ロマンチスト発言が飛び出す。
球技大会の種目はドッヂボールで、三学年18クラスがトーナメント形式で競い合う。
女子チームと男子チームに別れて、それぞれの優勝クラスを決める。
当日のウォーミングアップにボールに触る時間がある位で、基本的にはぶっつけ本番だと説明された。
ホームルームの後、自分たちの席に座ったまま会話していた。
「ドッヂボールなんていつぶりだろう。自信ないな〜」
避けるのはできそうだけど、果たしてボールは前に飛ぶのだろうか。
「俺も。真剣にやったの小学生以来だな〜」
カケルくんが同意してくれた。
マユちゃんも頷いてくれている。
「けど二人はバスケットボールはよく触るんでしょ? ドッヂボールにも応用が効くかな?」
カケルくんとマユちゃんは中学時代はバスケ部だったそうで、高校でもバスケ部に入った。
「ボールの硬さとか重さが違うからな〜でもバスケの動きを応用して、俊敏にボールを避けられたらかっこいいよね!」
マユちゃんはイスに座ったまま、反復横跳びの動きをするかのように手足を動かしている。
普段は面白いマユちゃんも、バスケの試合中はキリッとした雰囲気になったりするんだろうか。
見てみたいな⋯⋯
ふと、シオンとハルカ先輩の引退試合についての会話を思い出してしまう。
頭をふってすぐに振り払った。
そして迎えた球技大会当日。
私の所属する1年6組女子チームは、残念ながら一回戦で二年生相手に敗退した。
今は勝ち進んだ男子チームを応援している。
「モリミヤくん! 頑張れ〜!」
イブキは美術の一件から一部の女子から注目され始めたらしく、黄色い歓声を浴びている。
イブキ本人はというと、真剣な表情で試合に参加している。
てっきり上手に気配を消すタイプかと思いきや、中央で普通に活躍していた。
なんか意外だ⋯⋯
同時刻、二つ隣のコートではシオンのクラスの試合も行われていた。
シオンもコートの中心タイプのようだ。
試合の合間に男子の先輩に肩を組まれたり、ハイタッチをしたり楽しそうにしている。
自分の周りの声が大きくてよく聞こえないものの、シオンも女性陣に名前を呼ばれているみたい。
シオンのかっこいい所も見たいけど、イブキを応援しよ。
私は自分のクラスに目線を戻して声援を送った。
イブキたちはその試合で三年生のクラスに敗れた。
試合後、イブキとカケルくんが残念そうに笑い合いながら、グータッチしている姿になぜか少し胸が熱くなった。
その後は決勝戦を観戦した。
女子チームは三年生同士で、男子チームはシオンのクラスと二年生のクラスの対戦みたいだ。
決勝戦は同時開催ではなく、一試合ずつ行われるのでじっくりと観戦できそうだ。
最初は女子チームの決勝だった。
女子チームもシオンのクラスなんだ。
男女とも強いんだな。
コートの中を一生懸命探すまでもなく、ハルカ先輩は圧倒的存在感を放っていた。
ハルカ先輩は髪の毛を編み込みポニーテールにしていて、先輩が動く度にポニーテールが揺れる。
ここまでいい香りがしてきそうだ。
試合が盛り上がって来たところで、ハルカ先輩が前を見たまま後ろに下がる。
すると後ろで団子になっていた人たちが、ハルカ先輩を上手く避けられず、そのうちの一人が転んでしまった。
足を変な角度で着いた上に、他の人が倒れ込んで来たから、かなりの負荷がかかったように見えた。
ショートカットの先輩が右足を押さえながらしゃがみ込む。
試合は一時中断となり、先生やシオン、男子の先輩たちが駆け寄っていった。
怪我をした先輩は会話できないくらい痛そうにしている。
もしかしたら骨折してしまったのかもしれない。
ハルカ先輩は怪我をした先輩に必死に謝っている。
しばらくしてシオンがキョロキョロと辺りを見回し始めた。
もしかして、私を探してる?
すぐにピンと来た私はその場で少し動いて居場所をアピールした。
シオンもすぐにこちらに気づき真っ直ぐ向かって来る。
「カスミ、イブキ頼んだ。かなり痛そうだ」
シオンは焦った様子で私の腕を引いて、先輩の元にひっぱって行く。
イブキもその後ろを黙ってついてきた。
「俺の弟たちです。保健室に運んでもらいましょう。試合だってずっと中断するわけには行かないでしょうし」
シオンは先輩の周りにいる先生たちに声をかけた。
イブキが先輩をおんぶして、私が声をかけながら保健室に連れて行くことにした。
後ろを振り返ると、シオンは泣いているハルカ先輩を慰めるように、肩に手を置いていた。
私たち三人は保健室に到着した。
ひとまず先輩をベッドに寝かせて、足を高くして冷やす。
保健の先生は、別の生徒の付き添いで病院に行っている。
代理の先生は、保健の先生と先輩の家族やかかりつけの病院に電話をするため、ここを離れている。
"回復するなら今がチャンスじゃない?"
保健室の利用記録を書きながら、イブキに目で合図を送る。
でもイブキは首を横に振った。
"どうして?"
シオンもそのつもりで私たちに託したはず。
先輩は少しは楽になったようだけど、相変わらず痛いのか目の上にタオルを乗せている。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
結局イブキは最後まで首を縦に振らなかった。
イブキが動かない以上、私に出来ることは何もなかった。
放課後、球技大会の打ち上げと称して、初めてクラス単位で食事に行くことになっていた。
一旦帰って私服に着替えた私とイブキは、集合時間前に近くの公園のベンチに座って話をした。
「イブキごめん。さっきは止めてくれてありがとう。後で冷静になって考えたら、あそこで回復を使うのはリスクが高すぎるって気がついた」
私は先輩が痛がっていたこと、イブキが近くにいたこと、シオンに頼られたことで回復を使おうと安易に考えていた。
けど、あんな大勢の前で怪我をした先輩を治して、先輩の記憶をイブキが奪ったところで、周囲の違和感は残ったままになる。
シオンが私とイブキをあの場に呼び寄せたのも、すでに不自然だと言うのに。
「あれはシオンが悪い。あんな大勢の前でカスミと俺を呼び出して。保健室だっていつ誰が入ってくるかわからない。窓も多いし、あんなところで力を使えるわけがない。回復の使い方のハードルが下がりすぎてる」
イブキは語気を強めて言った。
「シオンは悪くないよ。先輩がすごく痛そうだったから助けたかったんだよ」
それにハルカ先輩が泣いてたから、焦っちゃったんだよ。
「私、最近たるんでるのかも。高校生になって浮かれてるのかも。なんだろう⋯⋯簡単には上手くいかないもんだね」
あ、やば。なんか色々押し寄せてきて泣きそう。
生理前なのかな。
涙が溢れそうになる直前、イブキにそっと片手で抱きしめられた。
イブキの身体は体温が高くて、少しゴツゴツしていて⋯⋯中性的だと思っていたのに男の人の身体という感じがした。
それになんだか守られているみたいな安心感があった。
イブキの顔を見上げると、切なそうな目でこちらを見つめている。
「あの、これはイブキのせいとか誰かのせいとかじゃなくて、完全に自分のせいで。過剰反応を起こしてるってだけ! ホルモンバランスというか、バイオリズムというか⋯⋯」
イブキに罪悪感を抱かせたことを何とかフォローしようとする。
「俺も辛い。もうずっと狂いっぱなし⋯⋯」
イブキは小さい声でつぶやいた。
「え? イブキも何か不順なの?」
「ひとりごと」
それからイブキは私の肩に顔を埋めながら話した。
「俺、カスミの力はきれいだと思う。あの光もそうだけど、誰かのためにある力って感じがして。それに、力を扱うカスミだってきれい心を持ってる。あの人を助けたいっていう気持ち自体は何も間違ってない。だから落ち込まないで。カスミはちゃんとできてる」
イブキは慰めてくれた。
「私が力を使えるのはイブキがいてくれるからだよ。私は一人では何もできない。伯母さんは昔救えなかった人のことを今でも思い出すって言ってた。私がそういう思いをせずに済んでるのは、イブキのお陰だよ。イブキの力もきれいな力だよ。だからありがとう」
私の言葉にイブキは微笑んでくれた。
けどその表情はさっきよりもっと切なそうに見えた。




