75.才能
この日の放課後は、いつもの四人でスイーツを食べに行くことになった。
「本当にすっごく大きいらしいから! うちの高校の女子のSNSには、このパフェが必ず出てくると言っても過言ではない」
マユちゃんはスマホ片手に熱く語っている。
これから私たちは、学校から二駅離れた場所にあるお店のパフェを食べる予定だ。
「ここ! ここ!」
マユちゃんの案内でたどり着いたのは、個人経営の小さな喫茶店だった。
「お〜雰囲気ある〜」
早速私たちはお店の中に入った。
お店の内装はレトロという言葉がピッタリだった。
ダークブラウンのテーブルに、座面が赤いイス。
天井は低めで暖色系のシャンデリアがぶら下がっていて、窓際には白いレースのカーテンが揺れている。
壁には絵画がいくつか飾られていて、注文が済んでパフェが届くまでの間、イブキは立ち上がり絵画を一枚一枚じっくりと見ていた。
しばらくして私たちのテーブルに四人分のパフェが届いた。
「すごい⋯⋯30センチ以上ある⋯⋯楽しみすぎる⋯⋯」
目の前の特大パフェに心躍る。
「でしょでしょ? ずっとこれを食べてみたかったんだ〜いただきまーす! おいし〜!」
マユちゃんはほっぺたに手を当てて喜んだ。
「んーこれはなかなか」
カケルくんはパクパクとパフェを食べている。
「美味しい」
イブキは一言感想を言った後、ずっと無言だったけど、ほんの少し嬉しそうに口角が上がっているように見えた。
「ところでカスミちゃんはシオン氏のどこが好きなの?」
マユちゃんはまたもや恋愛トークを振ってきた。
「それは⋯⋯カッコよくて、優しくて、面倒見が良くて、運動神経も抜群で⋯⋯って前に言わなかったっけ?」
「言ってない言ってない! カスミちゃん途中で意識飛んじゃってたから!」
そっか。
はっきりと思い出せないけど、そうだったかもしれない。
「でもそれってさ〜割と誰にでも当てはまるよね〜俺とか」
カケルくんは自信ありげに微笑んでる。
「うーん。カケルくんが当てはまるかはまだわからないけど、シオンの場合はそこに気がついてからの時間も長すぎて⋯⋯」
「つまり、シオン氏には幼い頃から一緒にいるというアドバンテージがあると」
カケルくんが整理してくれる。
シオン氏って言いづらくないのかな。
「そう。たぶんそう!」
「じゃあイブキは?」
カケルくんに突然問われる。
「⋯⋯イブキ?」
隣を見ると、頬杖をつきながらこちらを見ているイブキとばちんと目が合った。
子供の頃、道行く人に私と二人セットで "可愛らしい姉妹" と声をかけられていたイブキを?
今までそんな目で見た事なかったな。
「てか、イブキは兄貴の名前が恋愛トークに挙がるのをどういう気持ちで聞いてんの?」
カケルくんがイブキに質問する。
「カスミの場合は物心ついた時からだし、いつもシオンの周りは騒がしかったし、何とも」
イブキは無表情で答えた。
「年上っていう響きもいいよね〜二歳差って相手はちょっと大人で、引っぱっていって貰えそうだったり⋯⋯」
マユちゃんはうっとりとした表情をしている。
「そう! きっとそう! 大人っぽいって大事! 男子も大人っぽい女子好きでしょ?」
「確かに〜お姉さんっていいよね〜」
カケルくんは同意してくれたけど、イブキは無言でパフェをつついていた。
「じゃあ、マユちゃんは? マユちゃんはどうなの!?」
マユちゃんは一体、どんな恋愛をしてきたんだろうか。
「私はすきすき〜!って言うのがまだ経験なくて! 少女漫画を読み漁って知識量と妄想ばかり膨らんで⋯⋯」
マユちゃんは少し照れたように笑った。
可愛すぎる。
「わかる! 壁ドン、肘ドン、床ドン⋯⋯」
「顎クイ、肩ズン、バックハグ⋯⋯」
男子二人は、盛り上がる私たちを呆れたような表情で見ている。
「それってもう、恋に恋してるんじゃない?」
カケルくんがツッコミを入れてくる。
「最初はそれでもいいの! 最初から一生一緒にいる!とか、世界で一番好きだ〜!とかなる方が不自然でしょ?」
マユちゃんはビシッと言い返した。
「カケルくんとイブキくんは経験者の雰囲気が出てるけど、実際どうなの?」
マユちゃんは身を乗り出しながら質問する。
「彼女はいた事あるけど、壁ドンはしたことないな〜」
カケルくんは笑いながら答えた。
「俺はない」
イブキはぼそっと答えた。
なんだか意外だよね。
「ええ! こんな所に優良物件が! すでにイブキくん界隈はざわつき始めているというのに、これは波乱の予感⋯⋯」
マユちゃんは驚き、興奮していた。
その後は恋愛経験者のカケルくんを女子二人で質問攻めにした。
「あれだ。カケルくんは彼女に、一生大事にする!とか言ってたクチだ!」
マユちゃんの追求に、カケルくんは分かりやすく動揺していた。
翌日、この日は初めて選択授業があった。
どうやら芸術系科目の中で美術を選んだ人が、この6組に集められているらしい。
みんなでぞろぞろと美術室に移動し、授業を受ける。
「今日は絵の具と筆で人物画を描いてもらいます。この時に見たままの肌の色を直接塗るのではなくて、別の色を使って⋯⋯」
先生が手順を説明してくれるけど、正直ピンと来ない。
りんごを描けとかだったら、出来てるか出来てないか分かりやすくて良いんだけどな。
周りをそーっと見渡しても、みんなあまり筆が進んでいるようには見えない。
絵の具をつけた筆先を天井に向けて腕を伸ばし、片目で筆先を見つめる。
よく漫画とかで見かけるけど、これでなにがわかるんだろ?
なんとかそれっぽく仕上がったところで、終了時間になった。
休憩時間を挟み、先生が黒板に全員の絵を掲示していく。
その後は、お互いの作品を鑑賞する時間が与えられた。
一人につき三枚のシールが配られて、気に入った作品の絵の下に貼られている帯に、シールを貼るというシステムらしい。
投票の段階では作者の名前はわからない。
みんな上手だな⋯⋯
それなりに納得したはずの自分の作品が凡作に見えてくる。
なんか私の絵、中央が曲がってるし⋯⋯
順番に見ていると一際目を引く作品があった。
幸せそうに笑う少女の絵だ。
ミディアムヘアーの髪にはパーマがかかっていて、この絵全体からふんわりとした温かさを感じる。
赤黄青の三色だけで描かれているのに、ちゃんと肌の透明感や髪のツヤなんかも表現されていて⋯⋯
同い年なのにこんなに違うんだ。
美術部の人かな。
感動したので迷わず投票する。
この絵にはすでにたくさんのシールが貼られていた。
投票の時間が終わり、先生からの講評の時間になった。
「一番評価が高かったのは⋯⋯モリミヤ イブキさん」
え?イブキ?
どうやらあのすごい絵は、イブキの作品だったらしい。
「はい」
イブキは起立させられて、先生からのお褒めの言葉とアドバイスをもらっていた。
先生はテンションが上がっているのか、もはや素人には何のことかさっぱりわからないレベルの話をしている。
美術室から教室への帰り道、イブキはクラスの皆に囲まれていた。
放課後、やっとフリーになったイブキに話しかける。
「イブキすごいね! あんな才能があるとは!」
イブキは絵が上手いらしいというのは聞いたことがあったけど、あそこまでだったとは。
「うん。最近は時間が無いからやってなかったけど、ああいうの好きだから」
「そうなんだ⋯⋯ちなみに何をどうイメージするとあんな絵が描けるの? 実在する人物?」
「え? カスミだけど⋯⋯わかんなかった?」
⋯⋯⋯⋯え?
「ほら。右のほっぺたにえくぼ」
イブキは先ほどの絵を広げて見せてくれた。
ほんとだ〜私とおんなじえくぼだ〜
「って、え〜!」
なんだろう。すごく嬉しい。
嬉しいけど、胸がむずむずする⋯⋯
「そんな真っ赤になって喜んでくれるならこれあげる」
イブキは立ち尽くす私に絵をくれた。
静かに去っていく背中が随分と小さくなったところで、やっと私の足は動いた。
「ちょっと待って! 置いてかないで!」
帰宅後、私はすぐにその絵を部屋に飾った。
お気に入りのはずなのに、なぜかその絵を見る度に、枕に顔を埋めて叫びたい気持ちになったのだった。




