69.姉弟
この日、俺たちはショッピングモールに来ていた。
「いやー! 新しいお洋服、安くたくさん買えてよかった!」
両手に大量の紙袋を持っているサユリは、ほくほく顔をしている。
「本当にミズキくんは何も買わないの?」
「俺は服は通販派だから。店で買うと押し売りされそうになるし」
「それは店員さんの気持ちがわかる。着せ替え人形にしたくなっちゃう⋯⋯」
そんな会話をしながら、俺たちは出口の方向へ歩いていた。
すると、通路の空きスペースで何かイベントをやっているのが見えてきた。
「福引き券をお持ちの方は、こちらからお並びください〜」
メガホンを持った係の人が、客に声をかけている。
「そうだ! 私ももらったんだった!」
サユリは財布から福引き券を四枚取り出す。
「行って来なよ。荷物持っててあげるから」
俺はサユリから大量の紙袋を受け取った。
「私、福引き得意だから! 必ずや一等のロボット掃除機を勝ち取ってくるからね!」
サユリは高らかに宣言して列に並びに行った。
あまりにも自信満々な様子に、本当に何かを引き当てて来そうなオーラを感じる。
ほんの少し期待しながら、列から外れた所でサユリを待つことにした。
しばらくすると、サユリの番が来たようだ。
サユリが手招きしてくるので近づき、ベルトパーテーションの外から見守る。
「神様、仏様、ミズキ様⋯⋯」
サユリは手を合わせて祈っている。
人前でそういうの恥ずかしいんだけど⋯⋯
幸いなことに、係の人も大学生バイトのノリといった感じで、みんなサユリを見て笑っていた。
「行きます!」
サユリは勢いよくガラポンを回した。
結果は⋯⋯白、赤、赤、白
――カランカラン
「おめでとうございまーす! 二等の旅行券です〜!」
なんと、サユリは一泊二日のペアチケットを二枚も引き当てたのだった。
「つまり四人分ってことだよね? ねぇ、ミズキくん。私すごくない? すごくない?」
帰り道、サユリはぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいる。
「なんとなく何か当てるとは思ったけど、まさか二等を一人占めするとはね」
サユリの強運には驚かされる。
「じゃあさ、この前のビオラの事件のお礼も兼ねて、サクラさんとトウキさんを誘わない?」
旅行券の使い方について、サユリはそう提案してくれた。
その日の夜、姉ちゃんの部屋に行った俺は、姉ちゃんとトウキに旅行の打診をした。
姉ちゃんは最初は遠慮していたけど、最終的には大喜びでこの話に乗ってくれた。
トウキも姉ちゃんが行くならと、来てくれることになった。
そして迎えた旅行当日
「海風! 最高〜!」
サユリはフェリーの上で、海風を全身に浴びながら両手を広げている。
今回の旅行の行き先は離島だ。
離島と言っても、有名な観光地だから、本土から1時間に何本もフェリーが出ているし、島内に人も住んでいて学校もあるような場所だ。
「サユリちゃん、私たちを誘ってくれてありがとうね。すごく楽しみ」
姉ちゃんはサユリに丁寧に頭を下げた。
サユリから声をかけてもらえたことが相当嬉しかったようで、ずっとこの日を指折り数えて待っていた。
「何をおっしゃいますやら! ぜひぜひ楽しみましょう!」
サユリは嬉しそうに姉ちゃんと腕を組んだ。
姉ちゃんもサユリに懐かれて嬉しそうにしている。
それを見ている俺も、もしかしたら表情が緩んでいたかもしれない。
彼女と姉が仲良くしてる様子に、こんなにも胸が熱くなるとは知らなかった。
一方トウキは、先ほどから手すりにもたれながら離れていく本土を眺めているようだ。
この悪魔はもちろん人間に変化して参加してるんだけど、家から出発する時に、ボディバッグに着替えを詰めただけの、まさかのほぼ手ぶら状態ということが発覚した。
そこで急遽、俺の使わないカバンを持たせて、周囲から浮かないようにカモフラージュしたという、なんとも不安な滑り出しだった。
俺はというと、内心この旅行を子供みたいに楽しみにしていた。
今回のプランはサユリが考えてくれたから、どんなコースになるのか期待もしてるし、後は何事もないことを祈るだけだ。
「ささっ! 頂上まで登りましょう!」
一度旅館に行き荷物を置いた俺たちは、ロープウェイに乗り、登山を始めようとしていた。
この山は山全体がパワースポットと言われていて、この島の観光名所の一つだ。
ほとんどの行程をロープウェイでショートカット出来たから、目的地までは三十分ほど舗装された道を登ればいいと、そう聞いていたはずなんだけど⋯⋯
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
「⋯⋯もう無理」
俺と姉ちゃんは開始十五分程でバテ始めていた。
息は苦しいし、足は重くて上がらない。
「モリミヤ姉弟がんばれ〜!」
サユリは元気いっぱいに応援してくれている。
彼女はいつも通り、ほとんど息が上がっていなかった。
「いや〜トウキさんはスポーツか何かされてますか? 私の予想ではラグビーです!」
サユリはトウキに話しかけている。
悪魔ってラグビーとかすんの?
「ラグビーはしないが、この程度なら問題ない」
落ち着いた声で返答するトウキは、サユリ以上に息が上がっていないように見える。
悔しいけど、敵う気がしなかった。
それから約三十分後、当初の予定の1.5倍の時間をかけて何とか山頂に到着した。
山頂からはきれいな海と、海に浮かぶ近くの島々がよく見えた。
道中で苦しんだ分、達成感はひとしおだった。
「最高⋯⋯」
俺は思わず呟いた。
「ね! ミズキくん! 最高だよね?」
サユリは俺の腕に抱きつきながら、満面の笑みで顔を覗き込んできた。
サユリのその仕草は、俺たちの初デートのハイキングの時とは関係性が変わったことを物語っていた。
山頂ではそれぞれのカップルでしばらく別行動を取ったあと、暗くならない内に下山した。
海鮮料理店で夕食を楽しんだ後、旅館に帰って来た俺は、衝撃の事実を告げられた。
「ごめんねミズキくん! サクラさんと積もる話があるから⋯⋯」
「私もサユリちゃんとパジャマ女子会したい」
⋯⋯は?
俺は勝手に自分がサユリと同室だと思い込んでいた。
登山を頑張ったご褒美に、サユリにたくさん甘えられると思ってたのに⋯⋯
二人は立ち尽くす俺を放置して、足取り軽く部屋に入って行った。
まぁ、俺だって二人の仲が良いのは嬉しいけど⋯⋯
こうして俺はトウキとペアで部屋を使うことになった。
部屋に入った俺は、自分の荷物を整理している。
トウキはというと、そそくさと風呂と着替えを済ませ、隣のベッドの上で寛いでいるようだ。
なにこれ。気まず。
こういう旅行で、男同士が同室になるとかあるんだ。
友だちならともかく、物静かでツッコミどころも少ないこの悪魔とは、片手で数えるくらいしか会話したことないんだけど⋯⋯
「ねぇ、楽しんでる?」
何とか無難な一言を見つけた俺はトウキに話しかけた。
「あぁ。ここに来られてよかった」
トウキの返事は一言だった。
けど話しかける前よりも表情が柔らかくなったのがなんとなく分かった。
無口なだけで、別に冷たいやつでは無いんだよね。
あの日、姉ちゃんとトウキの契約の儀式を、俺も見届けていた。
愛する女性を命がけで守ると誓う熱い男気に、俺だって胸を打たれた。
「ねぇ、トウキ。俺らも男子会しない?」
俺はせっかくの機会に、この悪魔と色々話してみたいと思った。
「構わないが、何をしたらいいんだ?」
最初は俺がトウキを質問責めにして、悪魔の世界のことやトウキの生い立ちについて色々と聞いた。
あとはお互いの能力についてと、少しだけ男同士の秘密の話もした。
翌日は島の周りをぐるっと一周サイクリングしながら、のんびりと風景を楽しむことになっていた。
レンタルサイクルの手続きを済ませたところでふと疑問が浮かぶ。
「トウキって自転車乗れんの?」
トウキは自転車のハンドルやペダルをいじくりながら、研究している。
「乗っている人間はよく見かけるが、初めて乗るから分からないな」
そう言いながら見よう見まねで、ゆっくりとサドルにまたがり漕ぎ出した。
「なんだ、出来んじゃん」
トウキは自転車にすぐ慣れたようで、俺たちと同じペースで漕いでいた。
海と空が目の前に広がる開放感を味わいながら、道路の上を漕いで進む。
「島の裏側はまた雰囲気が違ってますねー!」
サユリは嬉しそうに辺りを眺めている。
この島はフェリー乗り場がある側に、観光地や居住区が集まっている。
島の裏側には神社が点在している位で観光客もそう多くは無かった。
「ねぇ、あの人⋯⋯何してるんだろう? 漁?」
姉ちゃんが急に戸惑ったような声を出す。
最初は何のことか分からなかったけど、距離が近づき徐々に詳細が分かってくる。
ボロボロの服を着た女の人が、赤ん坊を抱いたまま、海の中に立っていることが分かった。
「危ないかも。助けに行こう」
姉ちゃんは自転車を乗り捨てて、砂浜を走り、女の人の方へ向かって行った。
すぐに俺たちもその後を追った。
姉ちゃんは女の人の腕を引き、浅瀬の方へ引っ張って来た。
女の人は生気のない顔をしていて、姉ちゃんに抵抗する力もないようだ。
それから姉ちゃんが女の人に事情を聞いた。
「この子が一日中泣いているから、私がちゃんと出来ないから、夫にはうるさいから出ていけって言われて⋯⋯」
女の人は子育てで悩んでおり、夫の協力もなく追い詰められて、気がついたら海にいたという。
しばらくの間、主に姉ちゃんとサユリが女の人の話を聞いていた。
俺も最初は理解の無い夫とやらにイライラしながら話を聞いてたけど、途中から母乳が上手く飲ませられないという話になってきた事もあり、トウキと二人で離れたところから三人を見守ることにした。
三十分近く経っただろうか。
女の人に笑顔が見られ始めた。
もう大丈夫なのかな。
女の人が二人に頭を下げている。
それを見て俺たちは三人に近づき始めた。
お礼のつもりなのか、女の人が姉ちゃんに赤ちゃんを差し出して抱っこするように促している。
姉ちゃんは一度は断りながらも、抱っこさせてもらうことにしたようだ。
それにしても、もっと砂浜の方でやれば良いのに。
姉ちゃんと女の人は膝下位まで海水に浸かるような場所で話し込んでいる。
姉ちゃんと女性の会話が聞こえる位近づいた時、違和感を覚えた。
水面に映る女性の姿が違う形に見える。
なんだろう⋯⋯ヘビ?
「サクラさん! 危ない!」
サユリが一足先に異変に気づいたようで大声で叫ぶ。
それと同時に海の中から、牙が生えた牛のような顔の化け物が現れ、姉ちゃんに襲いかかろうとする。
「ハッ!」
俺は急いで姉ちゃんに近づき、保護結界を張った。
化け物の牙は結界にめり込むも、姉ちゃんの身体にはギリギリ届かない。
その隙にトウキがオオカミに変化し、化け物に噛みついた。
化け物が海に逃げようとするので、トウキはこちらに向かって一度吠えたあと、シャチに変化して化け物を追った。
たぶん、こっちは俺に任せるってことだ。
姉ちゃんは固まったみたいに動けないでいる。
さっきまで赤ん坊だと思っていたものは、岩の塊に姿を変えていた。
ヘビ女はただ生気のない表情で姉ちゃんを見つめている。
俺は赤ん坊だった岩の塊を、威圧を乗せた蹴りで弾いた。
岩の塊は海に落ちて沈んでいく。
岩から解放された姉ちゃんは動けるようになり、すぐに結界を張ってくれた。
俺は姉ちゃんの結界で強化された威圧で、ヘビ女を塵にした。
その後、シャチの姿のトウキが牛の化け物を浜に打ち上げた。
牛の化け物の身体は蜘蛛のように見えた。
俺はその化け物にも威圧を使い、塵にした。
こうして俺たちはこの状況を切り抜けた。
後でレンタルサイクルの店員さんにそれとなく聞いた所、この辺りの海には妖怪の言い伝えがあるそうだ。
言い伝えの内容は俺たちが見たものと同じで、女が赤ん坊を抱かせて動きを封じたあと、海から出てきた牛の顔の化け物がその人間を襲うというものだった。
「みんなありがとう。危ない目に合わせてごめんなさい」
姉ちゃんは俺たち三人に順番に頭を下げた。
「そんな! 私は何もしてませんから! ミズキくんとトウキさんが活躍してました!」
サユリは俺の背中をバンバン叩いてくる。
「一番最初にサユリが気付いてくれたから。あと、トウキが海まで入ってくんなかったらどうしようもなかったし、姉ちゃんの結界がなかったら詰んでたし⋯⋯」
「つまり、誰一人欠けても上手くいかなかったということだな」
トウキは俺に向けて拳を突き出していた。
「うん。そういうこと」
俺もトウキの拳に自分の拳をぶつけた。
「男同士の友情は美しいですね! ね? サクラさん!」
サユリと姉ちゃんは俺たちのことを嬉しそうに見ていた。
帰りのフェリーの中、手すりにもたれて海を眺めていると姉ちゃんが隣に来た。
「ミズキも頼もしくなったね。ありがとう」
姉ちゃんは手すりにもたれながら、優しい顔で俺を見上げていた。
あれ?姉ちゃんてこんなに小さかったっけ。
二歳差だから、姉ちゃんの方が背が高い期間が長かったのに。
「まぁ、いつまでも姉ちゃんに甘えてられないからね」
今まで一方的に姉ちゃんに頼って来た俺は、初めて自分の力を姉ちゃんのために使ったと思う。
今回の事件で少しは恩返しっぽいことができてると良いけど。
「それに本当に丸くなった。大学生になった位から危ない空気を出してたけど、サユリちゃんのお陰だね」
「なにそれ。そんな風に見えてたわけ? てか、ジグさんと一緒にしないでよ」
「いやいや、ジグさんは見た目じゃ分からないよ。ミズキは表に出てたから!」
姉ちゃんはきっとその頃も俺のことを心配してくれてたんだ。
それに、俺だって姉ちゃんのことを気にかけていたつもりだった。
けど、俺たちはいつもお互いに言葉足らずで、何に苦しんでいるのか、踏み込むことを避けて来たんだ。
「姉ちゃん。今まで一人で苦しませてごめん。一番辛かった時、何もしてあげられなくてごめん。これからは俺も姉ちゃんを守るから」
俺は言葉にして伝えることにした。
「ありがとう。私もあの頃のミズキを助けてあげられなくてごめんね。これからは何があっても助けるから」
姉ちゃんは少し目に涙を溜めていたけど、心から嬉しそうな表情をしていた。
それは今まで姉ちゃんが俺に向けてくれた笑顔の中で一番輝いて見えた。




