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巫女と悪魔が交わした約束  作者: 水地翼
第7章:ミズキ後編〜姉弟の絆と最愛の人〜
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67.真相※


 初めて黒髪の女性が夢に出て来てから、一週間が経った。

 朝、洗面所の鏡を見て愕然(がくぜん)とした。

 えっこれ、俺? やつれすぎ⋯⋯

 確かにここ数日、満足に食事をとれていない。

 とは言えこれじゃ俺の長所が台無しでしょ⋯⋯


 それに最近、夜以外も気がついたら寝てる時があるんだよね。

 バイトや用事は何とかこなしてるけど、一歩間違えたら廃人⋯⋯ 


 食卓につくと、母さんが食事を出してくれた。

 母さんは心配そうな顔で俺を見ている。

 けれども何も言わずにそっとしておいてくれた。

 そのまま仕事に出かけて行ったようだ。


 その日の朝食は気合いで完食することが出来た。 


 食事をとった後、まだ食卓に座っているというのに、久しぶりに満腹になったからか急に眠気に襲われた。


「ミズキくんは私に全部くれるって言ったじゃない。その中にはミズキくんの力や血筋のことは入ってなかったの? そんな大事なものが入ってなかったの? 今さら私から取り上げるの? そんなの本当にただのチャラ男だよ。ウソつき。詐欺師」


 黒髪の女性はそう言ったあと、俺にキスしようとした。


「ちょっと待って!」


 黒髪の女性の両肩に手を置いて、身体を引き離す。


「どうして?」

「どうしてって言われても⋯⋯」


 女性は俺のことを潤んだ瞳で見上げている。


「ごめんなさい。俺にはサユリがいるから」

「サユリはもういないでしょ? 違う男を好きになったんだから」


「それでも俺はサユリのことが好きだから」

「私じゃ駄目なの?」


「サユリの代わりは誰にもできない」

「⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯ねぇ、君は誰なの?」

「私は⋯⋯⋯⋯お願い。助けて」


 黒髪の女性は涙を流した。



――バチン


「痛っ!」


 激しい痛みを感じて、思わず左頬を手で押さえる。

 気づいたら目の前にはトウキが立っていた。


「ミズキさん、すまない。緊急事態だから乱暴させてもらった。サユリさんが来ている」


 え?サユリが?

 どうやら俺は気がついたら寝ていて、トウキのビンタで起こしてもらったらしい。

 そして何故かサユリがここにいる?


 俺は急いで立ち上がり、トウキの案内で居間に向かった。

 そこにはサユリがいた。

 その姿は最後に見た時よりも、さらにやせ細っていた。


「サユリ!」

「ミズキくん!」


 サユリは涙目になって俺の名前を呼んだ。

 俺はサユリに駆け寄った。

 会いたかった。ずっと会いたかった。

 思わずその身体を抱きしめようとした。


「ミズキくん! 駄目!」


 サユリは俺を突き飛ばした。

 どうして?俺に会いにここまで来てくれたわけじゃないの?

 

 側にいた姉ちゃんが、俺の肩に手を置いて話し始める。


「サユリちゃん。この指輪はこの家の家宝でね。これをはめた人が嘘をつくと、宝石が濁るの。だからこれを使ってミズキに本当のことを教えてあげて?」


 姉ちゃんが取り出したのは古ぼけた指輪だった。

 姉ちゃんはサユリの指に指輪をはめた。


「私はもうミズキくんのことは好きじゃないの」


 サユリがそう言うと、指輪の宝石の色が濁った。


「他に好きな男の人が出来たの。だからもう一緒にいたくないの。ミズキくんのこと、もうどうでもいいの!」


 サユリは涙を流しながら、苦しそうに叫んだ。

 サユリの指輪はずっと濁り続けている。

 つまり、サユリは俺のことを嫌いになったわけでも、別の男を好きになったわけでもなかった。


「じゃあどうして俺のことを遠ざけたの? 何が起こってるの?」


「毎晩、何度も見る夢の中で二回に一回はミズキくんが死んでしまう。ミズキくんが助かるのは、バームクーヘンを持ってきてくれた日に別れ話をする回だけ」


 サユリの指輪は透き通っている。

 これは本当の話みたいだ。


「夢に女の人が出て来て、そこで言動を制限されたの。これ以上はたぶん言えない。手紙も書けなかった」


「サユリ、その女の人ってまさか⋯⋯黒髪の⋯⋯」


 俺が言いかけたところで急に室内が暗くなった。



「サユリ。そんな指輪を使うなら、ミズキを愛してるって言っているのと同じじゃない。ルール違反ね」

 

 目の前に現れたのは、夢の中に出てきた黒髪の女性だった。

 頭からは角が、背中からは羽根が生えている。

 女の悪魔だ。


「やはり、ビオラの仕業だったか。やつは他人の夢の中に現れ、洗脳する能力がある」


 トウキが説明してくれる。

 

「えっ⋯⋯悪魔⋯⋯?」


 サユリは口を開けていた。

 サユリには俺の力が悪魔の力だと言うことも、この力を狙う敵もまた悪魔だということも、まだ説明していない。

 当然、悪魔を見るのは初めてのはずだ。



「ねぇ、何が目的なの? サユリをこんな目に合わせて」


 俺はビオラに尋ねた。


「ミズキを手に入れるためにはサユリが邪魔だったの。サユリがミズキを傷つけたところに、つけ入るつもりだったけど、上手く行かなかった⋯⋯」


 ビオラは悲しそうな顔をした。


「俺を手に入れてどうするつもり?」


「私たち女の悪魔は、男の悪魔よりも遅効性の固有能力を持つ場合が多いの。だから危険が迫った時には逃げるしかない。男の悪魔同士の紛争に巻き込まれて、居場所がない女の悪魔も多い。私は女の悪魔が安全に暮らせる国を作って、そこの王にミズキを据えたかった。ミズキの血を引き継いだ子たちが増えれば、より安全な国になるから」


 つまり身の危険を感じた女の悪魔たちが、巫女の力を欲しがったってことか。

 確かに巫女の力は弱い者のためにある。

 方法は間違っているけど、言いたいことは理解できる。

 

「自分で身を守れない女の悪魔は、強い男の悪魔と(つがい)になって身を守るのが一般的なはずだが、お前はそうしないのか?」


 トウキがビオラに問いかける。


「守ってもらうために男と番になることに納得できない。結局それは男に取り入るために媚びへつらって、機嫌をとって⋯⋯支配されているのと同じことでしょ?」


 ビオラは答えた。


「それは相手との関係性次第だと思う。私はトウキに守ってもらえないと生きていけない。けど私はトウキに支配なんかされてない。それは私たちが愛し合っているから。私だってトウキを守りたいと思っているから。そこに愛がなければ、相手を利用するだけならば、あなたの言うような関係になってしまうかもしれない。そういう相手がビオラにも見つかるといいけど、あなたは今、困ってるんだよね」


 姉ちゃんは静かな声で話した。


「困っているのは分かったけど、俺だって道具じゃない。君の望む形では協力できない。それにもし俺がその国の王になったら、君は俺に支配されるんじゃないの? 俺の子どもにも支配されるんじゃないの? それともビオラが俺たちを支配するつもりなの?」

 

 ビオラは黙り込んでいる。


「何とかしてあげたいんだけど。どうしたらいいんだろう⋯⋯」


 頭を悩ませていると、またもや悪魔の来客があった。

 姉ちゃんとトウキが呼んでくれたんだろう。

 


「事情は分かった。だが、いい加減、悪魔の世界の争いに、この一族を巻き込むのも終わりにしたいものだ」


 オレンジ色の髪の毛は襟足が長めのウルフヘア。

 切れ長の吊り目が印象的だ。

 黒ずくめの服装をしていて、長いマントを羽織り、その圧倒的存在感はまるで魔王のようだ。

 

「ゼラニウム様⋯⋯」


 ビオラも彼を知っているらしい。


「これ以上、義兄上や甥姪たちに迷惑はかけられまい。君たちのことは私が預かろう。似たような境遇の悪魔たちにも私を頼るよう働きかけを」


 こうして、行き場のない女の悪魔たちがゼラニウムの保護下で暮らすこととなった。

 ビオラも最初はその状況に抵抗があったようだけど、ゼラニウムの妻のベラドンナやマツリカ姉弟と接するうちに、男女の間に上下関係はないことを実感し、考え方が変わったようだった。


 穏健派であるゼラニウムは、女の悪魔たちの能力も借りながら、武力を行使せずに争いを解決しているそうだ。


 ちなみに、以前に俺たちがゼラニウムにマツリカを紹介したことが決定打となり、周辺地域に平穏が訪れたことをとても感謝された。


 そして、女の悪魔に限らず、行き場のない悪魔を積極的に受け入れる余裕ができたため、こちらに助けを求める悪魔が出ないよう気を配ってくれるとのことだ。


 ビオラは悪魔の世界に帰る前に、サユリに対してきちんと謝罪してくれた。




「ごめんね。サユリを必ず守るって約束したのに、全然守れなかった」


 俺はサユリの両肩に手を置きながら頭を下げた。


「ううん。私がもっと上手く相談出来たらよかったね。傷つけてごめんね」


 サユリは涙を流しながら、俺の肩に頭を乗せた。


「悪魔のこと、きちんと全部サユリに話す。隠しててごめん。これからもこんな目に合わせるかもしれない。また傷つけるかもしれない。俺がしっかりしないといけないのに、俺一人では守れなかった⋯⋯」


 今回は全て姉ちゃんとトウキのおかげだ。

 俺の異変に気づき、事の経緯を聞き出した姉ちゃんは、サユリの態度が急変したことにトウキの一件を重ねた。

 そこでトウキに頼んで、サユリを観察したところ、男に片思いをしているようには見えず、日々やつれていくサユリをこの家に連れてきて、話を聞こうとしてくれたそうだ。

 ちなみにあの日、姉ちゃんの肩に留まっていた蚊は、トウキの変化した姿だったらしい。



「一人で守らなくてもいいんじゃない?」


 その言葉に俺は姉ちゃんを振り返った。


「夫婦も姉弟も一緒でしょ? 力を合わせればいいんだよ。私たちは家族なんだから」


 姉ちゃんは微笑んだ。

 いつからだろう。数々の苦難を乗り越えた姉ちゃんは、こんなにも頼もしくなっていたんだ。

 俺はいつの間にか家族で支え合うなんていう、当たり前のことを忘れてた。

 

 以前までの俺は、普段は自分の考えていることを隠して、姉ちゃんの考えていることも聞かなかった。

 それでいて、自分の都合のいい時には姉ちゃんを頼った。

 でも俺が姉ちゃんのために何か出来たことはあった?


「姉ちゃん、トウキ、ありがとう。俺も頑張るから、二人のこと守るから。サユリのこと、一緒に守って欲しい」


 俺は二人に頭を下げた。

 二人は俺の肩に手を置いて微笑んでくれた。

 全く違う顔立ちの二人が、似たような表情をしていた。

 夫婦ってこうやって似ていくのかな。

 そんなことを思った。


 その日はサユリも俺も衰弱していたので、それぞれ家で休むことになった。



 後日、サユリに再び家に来てもらい、自分たちの力がもともとは悪魔から授かったものであること、その力を狙う敵というのも主には悪魔だということなど、今まで説明できていなかったことを伝えた。

 

 それから四人の悪魔――サルビア、サフラン、ジギタリス、トウキを紹介したんだけど⋯⋯


 サルビアが挨拶代わりに魅了を使おうとしたり、サフランが魔道具を自慢しようとしたり⋯⋯

 結局まともなのはトウキだけだった。


 そして予想通り、最大の難関が訪れた。


「サユリちゃん、かわいいね」


 ジギタリスは嬉しそうに小首を傾げている。

 ありとあらゆる角度からサユリの全身を観察したいようで、サユリの周りを浮きながらぐるぐると回っている。

 けど、サユリがその動きを追ってその場でくるくると回るので、ジギタリスはいつまでもサユリの背後に回れないようだった。

 

 何やってんの、この二人⋯⋯


「ミズキくんとサユリちゃんの子どもも、きっとかわいいんだろうな。はぁ⋯⋯欲しいな⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」

「どういう原理で浮いてるんです?」


 サユリにはジギタリスの危うい言動が、全く響いていないようだった。



 それから俺たちは手を繋ぎながらサユリの部屋に向かった。


「ごめんね。サユリ、こんなに痩せさせちゃって」


 久しぶりに繋ぐサユリの手は、いつもの柔らかさが失われていた。

 手が痩せるってことは、よっぽど体重が落ちたんだろう。


「ううん。私もミズキくんのことをこんなにやつれさせちゃって⋯⋯ありがとう。ミズキくんは夢の中でもビオラに抵抗してくれたんだよね。私のことが好きだって言ってくれたんだよね。嬉しかった」


 サユリは俺の顔を見上げながら、嬉しそうに笑った。

 またこのえくぼが見れるなんて、どん底にいる時は想像もしていなかった。


 

 部屋に着き、玄関のドアが閉まると、そのままサユリをきつく抱きしめてキスをした。

 やはりその身体は以前よりも細くなっていた。


「ちょっと待って⋯⋯」


 キスの合間にサユリがつぶやく。

 けれども俺はサユリの言葉を無視してキスを続けた。

 徐々にサユリの身体から力が抜けて、俺に身体を預けるようになってくる。

 唇が離れるとサユリは蕩けたような表情で俺を見上げていた。


「サユリは我慢できるの? 俺はもうできない」

「私も⋯⋯我慢できない」


 その後は、離れていた時間を埋めるようにベッドの中で愛し合った。



「はぁ⋯⋯」


 俺の耳元で甘い声を出していたサユリが、満たされたように小さくため息をつき、涙を流した。

 俺はその涙にキスをして、まだ呼吸が荒いサユリを抱きしめながら横になった。

 しばらくの間、微笑み合いながら、じゃれるようなキスを贈り合っていると、サユリが口を開いた。


「ごめんね。ゴツゴツしてなかった?」

 

 サユリは身体が痩せた事を気にしているみたいだ。


「謝ることないよ。きれいだよ」


 俺は思ったままのことを答えた。


「でも、また美味しそうにご飯を食べてるサユリを見たいな」


 サユリの唇を親指でなぞりながら言う。


「⋯⋯っ! そうだ! とってあるんだよ! バームクーヘン! 一緒に食べよう!」


 サユリの一言に、俺たちは服を着てからテーブルに着いた。


「美味しい!」


 サユリは頬に手を当てて、嬉しそうに笑った。

 俺はこの笑顔を見るのが好きだ。

 この笑顔をまた一番近くで、この部屋で、見れるなんて夢みたいだ。


「ミズキくん一口だけしか食べてないじゃない! どうしたの? 食べれないの?」

「うん。もういいや。胸がいっぱいで食べれない」

「ミズキくんって時々乙女みたいなこと言うね?」

「サユリに全部あげるから。代わりに美味しそうな顔を見せて?」

「本当にいいの? じゃあ美味しくいただきます!」


 俺はサユリの笑顔を幸せな気持ちでずっと眺めていた。


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