64.かっこつけ
今日は2月14日、バレンタインデーだ。
サユリが部屋で手作り料理をごちそうしてくれると言うので、午後から会いに行く予定になっている。
朝起きて、朝食を準備しようと台所に行くと、姉ちゃんが食パンを焼いていた。
軽く挨拶を交わすと、姉ちゃんが話しかけてくる。
「あれからどう?」
主語も何もないけど、どうやら姉ちゃんは俺とサユリのことを心配してくれていたらしい。
「まぁ、おかげさまで。てか、姉ちゃんはなんであの時サユリを家に強引に上げたわけ?」
「ミズキの顔を見て、絶対に逃がしたら駄目と思った。これは本気だって分かったから」
姉ちゃんはいたずらっぽい顔で笑っていた。
「なにそれ。こわ!」
照れ隠しでついつい悪態をついてしまうけど、実際姉ちゃんはファインプレーだった。
本気で感謝している。
「よかったね」
姉ちゃんは柔らかく微笑んだ。
「姉ちゃんもね」
今まで自分の力のことで、一人悩み苦しんできた姉ちゃんが、トウキと出会ってから毎日幸せそうにしていることが、俺は嬉しかった。
その後はゆっくりと朝食を摂り、出かける準備を始める。
胃腸薬⋯⋯こっそり持っていこう。
サユリは俺と付き合い始めてから、俺の家の徒歩圏内に引っ越して来た。
前の家の裏の公園で拐われそうになったことをご両親に報告したところ、最初は実家に帰って来るように言われたらしい。
そんな時に、俺との交際が始まり、俺の近くにいれば安全という結論に至ったそうだ。
サユリのご両親とは一度テレビ電話でご挨拶をする機会があった。
サユリが、俺が事件を防いだことをご両親に話した所、お礼を言いたいと言ってもらったからだ。
二人でいる所にたまたまサユリのお母さんから電話があり、急遽俺も会話に参加するという状況だった。
また近々対面でもお礼がしたいとのことだった。
俺の家には空き部屋がたくさんあるけど、さすがにサユリは落ち着かないだろうし、悪魔と同居するのも難しいだろう。
サユリの部屋の前に着いてインターホンを押すと、勢いよくドアが開いた。
「グッドタイミングだよ、ミズキくん! いらっしゃい〜!」
エプロン姿のサユリが出迎えてくれた。
あっ、なんか良いかも。
これで"お帰り"とか言われたら⋯⋯
思わず数年後の未来に思いを馳せる。
「ささっ! 入って入って!」
「じゃあ、お邪魔します」
玄関に入ると、部屋の中にいい匂いが充満していた。
「あれ? 今日は荷物が多いんだね? 何が入ってるの?」
サユリは俺が手に持っている紙袋を指さしながら言った。
「サユリ、今は気づかなかったことにして。後でかっこつけて渡したいから」
そう。これはサユリを喜ばせたくてこっそりと用意したものだ。
「え! 何だろう? アップルパイかな? じゃあとりあえず、どうぞどうぞ!」
サユリの発言にツッコミたい気持ちもあるけど、大人しくサユリの後ろをついて行った。
テーブルに案内されると豪華な料理が並んでいた。
クリームパスタとサラダとハート型のハンバーグ。
デザートはガトーショコラだ。
「これ、全部俺のために作ってくれたの? 大変だったでしょ? 超嬉しい」
想像以上のおもてなしにテンションが上がった俺はサユリを抱きしめた。
「リハーサルもしたし、味見もしたから! バッチリだから! 隠し味はないから!」
サユリは自信ありげに笑った。
ごめんね。疑って胃腸薬持って来ちゃって。
心の中で謝罪した。
早速二人でテーブルに着き、用意してもらった料理をご馳走になる。
「頂きます⋯⋯美味しい。感動した」
サユリの料理はどれも美味しかった。
食べることが大好きなサユリが、自分が食べる手を止めて俺を見ていた。
俺が一口食べて感謝の言葉を言うたびに、本当に嬉しそうに笑っていた。
二人で仲良く片付けをしたあと、映画を観ることにした。
ジャンルはラブコメで、高校生の男女の不器用な恋愛模様を描いている。
「この弟くんの方がミズキくんに似てると思うな〜」
「そう? でもこれ負けパターンな気がするけど⋯⋯」
「この子の幸せを思うと絶対に弟くん!」
「なるほど、そうくるんだ⋯⋯」
最後までハラハラしながら鑑賞した。
「あ〜面白かった! 甘酸っぱくていいね〜」
サユリは俺の肩にもたれかかってきた。
サユリは高校生時代もアイツに片思いしてたんだよな。
そんなつまらないことをついつい思い出してしまう。
この主人公たちは十代のうちからこんなに真剣に恋愛して、ちょっとしたことでも泣いて笑って⋯⋯
この時は苦しいんだろうけど、あとになったらいい経験だったってなるんだろうな。
そう思うと俺は冷めた高校生だった気がする。
「こういうの眩しくていいよね」
俺もサユリにもたれかかりながら答えた。
「ねぇ〜ミズキくん。いつかっこつけてくれるの〜?」
サユリは俺の肩に頭をグリグリと押し付けながら甘えた声で言った。
「先に言っとくけどアップルパイじゃないからね。じゃあ、今からかっこつける。目閉じて」
サユリが目を閉じたのを確認して、紙袋の中からプレゼントを取り出して、そっとサユリの手の上に乗せた。
「いいよ。目開けて」
サユリはゆっくりと目を開いて手元を見た。
「え〜! きれい! くれるの?」
俺が用意したのはソープフラワーだ。
小ぶりの赤いバラの花束がガラスカバーの中に入っているもので、生花ではなく、石鹸素材でできているものの、一枚一枚の花びらが丁寧に作られているから、なかなかにリアルできれいだと思った。
「メッセージカードもついてる! えーなになに⋯⋯" To my sweetheart "」
サユリはカードを読み上げた。
「いやいや、恥ずかしいから音読しないでよ」
こういう時って、どういう表情してればいいわけ?
「ミズキくんって、ほんとかっこつけだね?」
サユリは顔を赤くしながら、俺の首に腕を回した。
「かっこつけなところが好きって言ってなかったっけ?」
この顔が見たいからつい張り切っちゃうんだよね。
「うん⋯⋯好き⋯⋯王子様みたい」
サユリはうっとりとした表情をしながらキスをしてくれた。
自分のキザな行動に、本当は枕に顔でも埋めたい気分だったけど、枕の代わりにサユリを抱きしめてキスを返した。




