61.一族の秘密
あれからもうサユリとは何日もまともに会えていない。
残念ながら今日も大学では会える時間が取れなかった。
声や文字じゃ足りない。間近であの笑顔が見たい。
それに、こんな調子じゃサユリとの関係は一向に進まない。
夕方、俺はそんな気持ちを紛らわせるために、悪魔たちと格闘ゲームをしていた。
「ハハッ! また私がイチ抜けだ!」
サフランは嬉しそうに笑っている。
「だから、これは最後まで残った人が勝ちなんだって!」
ゲームの参加者は俺、サフラン、サルビア、ジギタリスだ。
四人がそれぞれ自分の好きなキャラクターを選択して、一つのステージ上で乱闘を開始し、最後までステージに立っていた人が勝ちというルールだ。
サフランは見た目がかっこいい大技を連発するので、隙だらけですぐに狙われてしまう。
「お二人には敵いませんね⋯⋯」
次に抜けたのはサルビアだった。
サルビアは守りは固いし、こちらの攻撃を誘うのが上手いけど、大技の使用を避ける傾向があるので長期戦になれば押し勝てる。
問題はジギタリスだ⋯⋯
「ミズキくん、やっと二人きりになれたね」
「だから! ジグさんのそのいちいちわざとらしい発言やめてくんない?」
「でもミズキくんも女の子にはこういうこと言うんだもんね?」
「女の子にはね!」
ジギタリスは普段から言動が怪しい。
けど、今の状況だとこれも彼の作戦の内なのかもしれない。
「ここはカウンター」
「何でわかったの?」
「俺はミズキくんのことなら、何でもわかるから」
「⋯⋯⋯⋯」
結局俺はゲームのキャラの動きでも、耳からの情報でもジギタリスに翻弄され、あっさりと負けてしまった。
いつの間にかサルビアが席を離れて、屋外のゴミコンテナにゴミ出しに行ったらしい。
サルビアを待つ間、新しい試合を始めずにダラダラしていた。
「てか、ジグさんは女の子が好きなんでしょ? 何で俺のことも欲しがるわけ? 俺には巫女の力もないから、ほぼジグさんの下位互換なんだけど」
俺は前から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「可愛いエリカちゃんの子孫だからかな。エリカちゃんはもうストロファンツスさんが手放さない。サクラちゃんもミズキくんも、エリカちゃんに似て可愛い顔をしているからね。アヤメちゃんはまだ小さいから、大きい二人の方がいいかな」
「⋯⋯⋯⋯」
「それにミズキくんなら俺のこと、少しだけわかってくれそうな気がして。構ってちゃんをこじらせているところとか、欲しいものがあればなりふり構わないところとか⋯⋯俺たちは似てるよね。子供の頃から一緒にいるからかな。三人の中で一番ミズキくんが悪魔っぽいと思うなぁ」
「⋯⋯⋯⋯まぁ、俺は合法の範囲内だけどね」
ジギタリスは昔、母さんを魔道具で幼児化させて連れ去ろうとしたらしい。
もちろん俺はそんなことはしない。
けど、何となくジギタリスと俺が似ているのもわかる。
ジギタリスは普段は怪しいけど、たまに深い事を言っているような気もして、その言葉に考えさせられることもある。
それに、なんだかんだ言って俺も子供の頃からジギタリスに懐いている。
男の俺から見ても、モデルみたいにカッコよくていつもお洒落だし、誰も注目してないけど服装だって会うたびに違う。
憧れの親戚のお兄ちゃんって感じかもしれない。
「俺調べでは三人の中で、一番ミズキくんが可能性あると思うんだよね」
「⋯⋯⋯⋯は?」
「君が一番、魅了への反応がいいでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯」
憧れは錯覚だった。
やっぱりジギタリスは怪しい悪魔だ。
「ミズキ様⋯⋯よろしいでしょうか⋯⋯」
サルビアが呼んでいる。
俺はすぐに立ち上がって逃げるようにサルビアの方へ向かい、後をついて行った。
サルビアはさっきから無言だ。
それに、耳がおかしい。
なぜかサルビアは能力を使っている。
「サルビアまで俺に何かしようとしてる?」
「いえ。角と羽根を認知されては困りますので⋯⋯」
色々と説明不足のまま、サルビアは玄関のたたきに降りた。
「え? 何? 外?」
「はい⋯⋯お客様です⋯⋯」
サルビアに促されて外に出る。
その視線の先を追うと⋯⋯
「サユリ?」
夢か幻か。目の前にサユリが立っていた。
「ごめんなさい! 来ちゃった! この辺で公園の側に祠があるところはここって聞いて⋯⋯」
サユリは申し訳なさそうに言った後、にこりと笑った。
きれいな瞳が笑うと一瞬で消えてなくなる。
代わりにえくぼが現れる。
この笑顔が見たかった。
サユリが俺に会いに来てくれた。
俺を探してここまで来てくれた。
俺はすぐにサユリに駆け寄って、その身体を抱きしめた。
「サユリちゃん、会いたかった」
言いたいことはたくさんあった。
今日も可愛いね?どうして来てくれたの?誰が教えてくれたの?
けど、何より伝えたかったのはこの言葉だった。
サユリは突然の俺の行動に戸惑ったのか、辺りを見回すように少し身じろいだ。
でもそれからしっかりと抱きしめ返してくれた。
「私も会いたかった。ミズキくんに会いたかった」
その言葉に愛しさで胸が満たされる感覚がした。
サユリも俺に会いたいと思ってくれていた。
俺を求めてくれた。
その事が嬉しかった。
俺はサユリの髪に手を差し込んで、上を向かせてキスをした。
やば⋯⋯仮免のくせに盛り過ぎでしょ。
それでもいい。欲しい。
俺は夢中でサユリに感情をぶつけた。
サユリも俺のキスに応えてくれている。
幸せな時間が流れる。
しばらくして、ようやく唇が離れて見つめ合う。
「えっと⋯⋯元気そうでよかった!」
サユリは照れたように笑った。
「うん、今、元気になった」
俺は答えた。
ふと、サユリの肩越し、遠く向こう側に人がいるのに気づく。
⋯⋯⋯⋯アヤメ?
今、帰ってきたんだろう。
小学六年生の妹のアヤメが立っていた。
そうだ⋯⋯ここは俺の家の敷地内だった。
「お兄ちゃんが! すっごいチューしてる!!」
アヤメは叫びながら家の中へ入って行った。
それからしばらくして姉ちゃんが出てきて、サユリに上がって行くように声をかけてくれた。
サユリは遠慮していたけど、姉ちゃんの押しに負けて家の中へ招かれた。
そして今から俺たち家族五人とサユリは、一緒に夕食をとることになった。
「サユリちゃん、よく来てくれたわね! とびっきりのを作るから、ちょっと待っててちょうだい!」
母さんは張り切って食事の支度をしてくれている。
「本当にすみません! 急に押しかけてしまって⋯⋯お母さん、ご体調は大丈夫なんですか?」
サユリは申し訳なさそうにしている。
「これくらいなら平気よ!」
サユリに対する説明として、母さんが体調不良設定なのは事前に共有していた。
しかしそのメッキは簡単に剥がれかけている。
母さんが気合いを入れて作ってくれた料理は、元々今日の晩ごはんの予定だった親子丼と高野豆腐の煮物、それに加えてお祖母ちゃんの味のお吸い物だった。
サユリは美味しい、美味しいと言ってきれいに食べていた。
母さんの料理はどれも出汁が効いていて、優しい味だった。
食事が終わった頃、父さんからサユリに俺たちの力について説明があった。
この家は代々、祠を守っている家系で、一族が不思議な力を持っていること。
それが外部に漏れると、実験対象にされる恐れや兵器として利用される恐れがあるため、力は秘密にしているということが伝えられた。
加えて、今は能力を嗅ぎつけて来た者がいるため、俺も外出を最小限に控えていると説明された。
父さんは、この家の秘密をかなりの段階までサユリに開示することにしたらしい。
「この事を踏まえた上で、ミズキとの付き合いを考えて欲しい。この先、君に危険がないとは断言できない」
父さんはそう締めくくった。
そして、しばしの雑談の後、サユリは遅くならないうちに帰宅した。
俺は今まで特定の子と深く関わったことがなかったから、あまり意識してこなかった。
もしくは、無意識に気づいていたからこそ、深く関わらないようにしていたのかもしれない。
秘密を抱える俺と一緒にいることで、サユリを危険に晒す可能性だって無いとは言い切れない。
俺自身には力があるけど、サユリは違う。
父さんと母さんのように、互いを守れる関係とは違う。
その事実とどう向き合うかは、自分で答えを出すしかなかった。
この一族は昔からみんなそうして来たのだから。




