60.転機
翌日、家に帰って来た俺は、威圧を人前で使ってしまったことをみんなに報告した。
理由が理由だったので誰も俺を咎めることは無かった。
力を使った相手は犯罪者だから、自ら進んで誰かに話すことは無いだろうし、逮捕されて警察に話したところで誰も信じないだろう。
「ミズキはやっと足を洗ったんだね」
姉ちゃんがぼそっと呟いた。
「足を洗うってなんだ? 何か悪いことをしていたのか?」
父さんが反応した。
ちょっと!姉ちゃんが余計なこと言うから!
父さんみたいなタイプにフレンドのことがバレたら、どうなるかわかってるでしょ?
「まぁアイドルの追っかけはやめて、現実の女の子と向き合うことにしたっていうか〜」
俺は口から出任せを言った。
「そうだったのか? まぁ女の子を守るためにその力を使った事自体は、本当に良いことだと思うぞ」
父さんは納得したらしい。
「前までは自分の欲望を満たすためだけに使ってたからね」
せっかく丸く収まった所に、姉ちゃんが更に追撃してくる。
俺に一体何の恨みがあるわけ?
この前、フレンドの彼氏に殴られた傷を回復してもらった時のことを根に持っているんだろうか。
それとも虫の居所でも悪いんだろうか。
「欲望ってなんだ? まさかその女の子を口説くために魅了を使ったんじゃないだろうな?」
父さんが立ち上がった。
「そんなことするわけ無いでしょ? 俺はそんな力が無くったって別に不自由しないんだから」
俺は女の子相手に魅了を使って遊ぶなんてことはしない。
そんなことを解禁してしまったら地獄絵図になる。
それにサユリにその手が使えるなら、俺はここまで苦労していないかもしれない。
「我が息子ながら何か癪に障るが⋯⋯まぁいい」
父さんは今度こそ納得したようだ。
姉ちゃんが次に口を開く前に、アイコンタクトで牽制した。
けど不思議と姉ちゃんからは悪意を感じられなかった。
安心したように、それでいて少し寂しそうに微笑んでいるように見えた。
これでサユリ経由で俺の秘密がバレていないことが継続的に確認出来れば今まで通りだ。
そう思っていた。
しかしこの直後、姉ちゃんが悪魔に拐われ、危うく力を奪われかけるという事件が発生した。
状況が落ち着くまで、大学などの必要最低限の用事以外は自宅で過ごすようにとのお達しが出た。
この時、姉ちゃんはそれまでフラフラしていた俺が変わったことを喜んでくれていたと後に語ってくれた。
けどこの頃の姉ちゃんは自分の力の使い方に悩んでいたという事もわかった。
俺はもっと姉ちゃんの理解者であるべきだった。
持っている能力の種類は違っても、秘密を共有する家族だ。
それに、俺自身ももっと姉ちゃんの力と自分の力の扱い方に向き合うべきだった。
大学とバイト以外は家で過ごすことになった俺は、サユリに事情を説明することにした。
俺にとってはサユリに会うのも必要最低限の用事なんだけど。
"母さんの体調が良くなくて、しばらくはデートできない"
俺はサユリにそう伝えた。
サユリは俺のことも母さんのことも心配してくれた。
それからはメッセージと電話のやり取りが主になった。
その日の夜も遅くまで通話をしていた。
「大丈夫? 飲みすぎたりしてない?」
「大丈夫だって! もう懲りたから! ミズキくんがいる時だけにする」
「そう。ごめん、怖いことがあった直後だから、バイトとかで遅くなる日は俺が送りたいのに」
「大丈夫、大丈夫! あれから防犯ブザーも買ったし、周りをキョロキョロ警戒しながら帰ってるから!」
サユリは自分なりに対策を講じているらしかった。
それを聞いて俺は少し安心した。
「お母さんはその後の調子はどう? ミズキくんは食べたり寝たり出来てるの?」
サユリはいつも俺たちのことを心配してくれた。
そんな優しいサユリに対して、自分の事情を隠すために嘘をついていることに罪悪感があった。
「大丈夫。悪くはなってないから。俺も調子良いし」
「それならよかったよ」
嘘ついてごめんね。
サユリは女関係でだらしなかった俺のことを信じると言ってくれた。
けど今度は自分の血筋のことでサユリに嘘をついている。
いつかサユリの目を見て、本当のことを話せる日が来るんだろうか。
「あぁ⋯⋯会いたいな⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯そうだね」
「好きだよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「それは同意してくれないんだ?」
「それは⋯⋯まだ先!」
サユリの声は優しかった。




